かぶれの世界(新)

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隣の梅は綺麗

2018-03-07 18:08:19 | まち歩き
先週、買い物をして帰る途中駅前のロータリーのバス停に長い列が出来ていた。ビール工場見学とか競艇に行くバスを待つ列とはどう見ても客筋が違った。老人カップルと幼児連れの母親が目についた。例によって物珍しがりの私は列の最後にいる老人カップルに「一体何ですか?」と聞いた。

二人から私の質問に驚いた感じの返事が返ってきた。市の公園「郷土の森」の梅を見に行くんだという。「そんなこと知らないの?住民なら知ってるでしょう。」という言外のメッセージが返ってきた。私は梅園と聞けば自動的に百草園を思い浮かぶとつい口にしてしまったが、地元に立派な梅の公園があるじゃないかと言われた気がした。

駅前の道を歩くと「郷土の森 梅まつり」というのぼりが幾つもぶら下がっていた。気が付かなかった。「隣の芝生は青い」という他人のものは何でもよく見える人の性癖があらわれて、我町の素晴らしいものを無視して言ってしまった。私も「隣の梅は綺麗」に見えていた。勿論、この辺では百草園の梅は有名だが我が家のすぐ近くにも美しい梅林があることを気付かないでいた。■
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千駄木美人

2018-01-19 17:34:40 | まち歩き
昨日、千駄木にある日医大病院に行き娘が診察を受ける間の子守を引き受けた。末の息子が学生だった頃に何度か通った記憶があるが、娘が以前不妊治療を受けた大学病院がこの近くにあるとは知らなかった。東大正門前のお店に飛び込んで道を聞き、聞いた通りに道順を辿らず最近人気の下町「谷根千」を歩くと迷路のような路地道に迷い込み約束の時間に遅れた。何度か道を聞いてやっと辿り着くと娘と孫が受付で待っていた。

もうすぐ二歳になる孫はおっとりした性格で私の顔を覚えていてくれ、院内を駆けまわったりむずがり大騒ぎして他人に迷惑をかけたりしないので楽な子守だった。暫く待っていると娘が広いロビーに戻って来て、待ち時間が長くなりそうだと言い、娘の勧めで孫をベビーカーに乗せて近くの神社に行った。

病院の斜め向かいに神社があった。歩き始めた時は小さな無名の神社かと思いきや、ここがあの有名な根津神社でかつて漱石が近所に住み今は重文に指定されているという。ゴツゴツした石畳の上をベビーカーで歩くのは手間取ったが、前方に車椅子の老婆につきそう老夫人が意外に無理なく進んでいた。

気を取り直して車椅子の軌跡を追って歩いて行くと、本堂に通じる門には高い段差がありそこに車椅子を待たせて老婦人だけ本堂に向かって行った。私はベビーカーを車椅子の真横に停め老婆に声をかけた。彼女は私の母と同じくらいの年恰好で、喜んで話をしてくれた。意外にしっかりした声だった。

いいお日和だとか月並みな会話を交わしたが、孫は恥ずかしがって押し黙っていた。そのうち老婦人が返ってきて挨拶の後、「お手伝いするから、お婆ちゃんを本堂まで連れて行きますか」と聞くと、「今日はここまでにしておきます」とちゃきちゃきの若々しい声で返事が返ってきた。きっと昔は下町美人だったに違いないと思った。

病院に戻るにはまだ時間が十分余っていた。小さな池の淵に行き鯉を見せて孫と大騒ぎした後、近くのベンチに赤ちゃんと座っている親子を見かけた。今度は現役の美人だ。ベビーカーをベンチの横につけ声をかけた。9ヶ月だという女の子は睫毛が長く白い肌の可愛い子だった。

「お母さんに似て睫毛が長いね、絶対美人になるよ」と言われて、嬉しくない母親などいない。加えて、彼女自身が中々の美人だった。尤も、最近私は齢をとったせいか若い女性は誰でも美人に見える。彼女は流行りの抱っこ紐をしていたので、台所仕事等をする時は背中の方が楽だとか無難な質問から始めて打ち解けた。後から娘に話すと、驚いた様子もなく又かという感じで「もう、お父さんはーッ」と一言。

残念ながらここでタイムアップ、急ぎ病院に戻るとまだ娘は診察を待っていた。それから小一時間でやっと診察が終わり別フロアで採血し、受付に戻り支払を済ませてやっと全ての予定を終えた。病院を出て千駄木の路地道を行ったり来たりしてベビーカーの孫を眠らせた後、遅い昼食を済ませ自宅に戻っると2時を過ぎていた。孫と楽しい時間を過し、新旧の下町美人と話せたのでまず良い一日だった。■ 
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奇跡の質問

2017-09-28 21:09:04 | まち歩き
市役所で高齢者の健康診断の手続きを済ませた後、その隣にある大国魂神社に向かうと参道の両側にぎっしりと出店が並んでいた。今頃何だろうと訝りながら歩き続けると、前方に小太りで洒落た渋い和服姿の老婦人を見つけ、いつもの様に気楽にしかし丁寧に「今日何でしたっけ?」と聞いた。

すると彼女も気楽な感じで「栗祭だって!私も何かと思ったのよ」と返事が返ってきた。俺って自然な感じで会話に持ち込むのうまいなと自画自賛しながら「そういえばそうだね、今頃だったよね」てな具合に相づちを打ち話しながら歩を続けた。すると、直ぐ前を歩く見かけ30半ばの女性が突然振り向いて、「スミマセン、今日何なんですか?」と老婦人に聞いてきた。

老婦人は栗祭だと答えて、私の顔を見て笑った。私も「驚いたね、全く同じ質問をするなんて」と若い女性に聞こえるように応じた。その女性はにこりともせず礼を言って前を歩き始めた。気恥ずかしかったのかもしれない。彼女は私たちの会話が聞こえる距離で歩いていたはずで、もしそうなら何故そんな質問をしたのだろうか。

意地悪く考えれば、わざわざ振り返って後を歩く人に私がしたのと同じ質問をしたことになる。質問された老婦人の身なりや身のこなしは「いかにもお祭りや神社のしきたりを知ってる」感があった。私もそう思ったから声をかけた。もしかしたら奇跡が起こったのでは、と私は思った。日常生活の中の小さな奇跡だ。■
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我町の南北格差

2016-02-24 18:14:16 | まち歩き
仮住いに転居して散歩の範囲が徐々に広がり、視野が広がった様な気がする。最も印象的な発見は私が長らく住んだ町には南北格差があるということだ。格差の境界は甲州街道だ。今迄は甲州街道の南側に住んでいた。南側には京王線やJR南武線が走り、駅の横の百貨店からけやき通りを通り大國魂神社、東京競馬場、ビール工場、多摩川と続く。交通や買い物の便がとても良かった。

一方、北側には都立農業高校、芸術劇場、私達が住む団地の先に府中刑務所、東に東京農工大、西に東芝工場などがある。南側に住んでいた私達が転居して初めて分かったことだが、交通や買い物の便利さでは境界線を挟み北側はとても不便だ。日常生活ではただ通り過ぎるだけの大きな施設が続いている。特に夜間は通勤の人達が急ぎ足で通り過ぎていくだけだ。洒落た美味しいレストランとか居酒屋の賑わいが全くない。

話しは脱線するが、2000年頃まで仕事で何度も行ったサンフランシスコが、大通り(マーケットストリート)を挟んで北側と南側とで同じ町とは思えない程全く違った印象だった。有名なホテルは全て北側にあり夜間でも安全とされたのに、危険だから南側には行くなと言われた。米国にはそういう町が沢山ある。何故か町の南側が危ない所が多い。米国での格差を実感するのはまず治安だった。

我らが町は治安上の南北問題はないと思う、聞いたこともない。だが、夜間人通りが少なく頼りが街灯だけという状況に慣れるのは時間がかかりそうだ。先に投稿したように仮住いの集合住宅に隣接する商店街はシャッター街だ。団地内で見かける住人は高齢者が多い。隣の棟をざっとチェックすると物干し竿が無く人が住んでないと思われる部屋が3割前後あった。

悲観的な目で見ているから悪いニュースばかりが目についているのかもしれない。最近知り合ったバドミントン・クラブのメンバーで偶然にも北側の住人だという家庭の主婦によれば、上記の商店街で野菜を良く買うという。新鮮で美味しく高くないのだという。近くの小学校から纏まって帰宅する子供達の列が団地に向かわないのを怪訝に思い聞くと学区が違うらしい。2週間余りで私達は先入観が出来上がってしまったのかもしれない。■
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俺の渋谷

2015-04-12 14:36:47 | まち歩き
昨日久し振りに渋谷に行き、家族揃って食事をした。家内の誕生祝の食事会が目的で、初めは私の好みで新宿のスペイン料理のお店でパエリアやタパスを頂こうと提案した。ところが、直前になって家内がウナギが食べたいと言い出し、急遽ウナギ屋さんを探す羽目になった。直前だったので老舗のウナギ屋は個室の予約が取れず、渋谷の姉妹店を紹介して貰った。

食事の1時間前にヒカリエの裏手にある喫茶店ルノアールで、子供達と恒例の資産運用会議をやった。私が若い頃ルノアールは喫茶店というより談話室と言われ、新宿界隈に何軒もあり利用したが渋谷にもあった。仕事の合間や飲み過ぎて終電に遅れ始発の電車待ちに使った。何十年ぶりかのルノアールは昔の面影はなくお洒落れなカフェという感じだったが、コーヒーの拙さは変わらなかった。

実はここまで渋谷駅から連絡橋を通りヒカリエを抜けてルノアールに行ったので、渋谷の地面に降りてなかった。渋谷の地面から見た風景は様変わりしていた。そこからうなぎ屋に行くには青山通りに出て東横線をくぐり桜丘町の坂を上っていくはずなのだが、周りの風景が全く変わって方向感を失ってしまった。高層ビルが建ち東横線は地下に潜ったし、南口の蜘蛛の巣みたいな歩道橋で私の頭の中の地図がぐちゃぐちゃになった。

かつて駅の両側にあった東急プラザや文化会館が目印だった私には、子供達がスマホでここだと言われてやっと昔の記憶が修正された。だが、桜丘町に向かって坂を上っていくと、両側に東急ホテルや大学キャンパスがあり再び頭の中の地図は混乱した。うなぎ屋は文化センタービルの1階にあった。そこで家族全員が集合して家内の誕生日を祝った。肝心のウナギは特別美味しい程ではなかったが、ウナギパーティは楽しく過ごせた。

その後、長男夫婦が気に入っているという最近注目の喫茶店「茶亭羽とう」に行った。うなぎ屋からもう一度渋谷駅の反対側に出た所の宮益坂下にあった。と言っても子供達の後をついて行くだけで、どこを通っているかよく分かってなかった。これは「俺の渋谷じゃない!」と叫ぶと、長男の嫁さんも「私の渋谷じゃない」と反応した。私の知っている渋谷は30年前の渋谷、彼女のは10年前息子とデートした頃の渋谷だ。

米国でコーヒートレンドになった人気の「ブルーボトル」が参考にしたコーヒー店だと紹介され、「羽とう」が注目され人気になったという。私もネット情報を見たことがあり興味津々でついて行ったが、何のことはない昔からの喫茶店のコーヒーの味だった。スタバの焦げ臭いコーヒーと違い、低温でハンドドリップしたものだ。このトレンドは悪くないと思うが、これなら田舎の馴染みのカフェの方が安くて美味しいと思った。お店は御客で一杯だったが、何でこんなものに一杯850円とか950円払うんだろうと訝った。

いささか疲れた私は先に自宅に帰ることにした。昔と変わらない小汚い高架下を通りハチ公前に出た。外国人観光客に人気のスクランブル交差点のせいなのか物凄い人出だった。理解できない言葉があちこちから聞こえて来た。時代は変わった。渋谷は「俺の渋谷」じゃなくなっていた。■
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