かぶれの世界(新)

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泣けない朝ドラ

2017-11-17 23:00:24 | 芸能ネタ
NHKの朝ドラ「わろてんか」が好調な視聴率をとり人気だそうだ。だが、私は前作の「ひよっこ」ほど「食いついていない。毎朝食後に新聞を読んでいると朝ドラの時間が始まり自然と見てしまう、という程度の視聴スタイルで熱狂的なファンという程ではないし、偉そうに評価する程詳しくもない。

だが、ここ数年の朝ドラは嫌いではなかった。「花子とアン」とか「マッサン」、「朝が来た」など実在の人物を描いたものは嘘っぽくなくて良かった。又、「ひよっこ」は高度成長時代の自分に重ねて合わせて見たものだ。私をよく観察して分かっているとばかりに、娘は「お父さん、これ見て毎日泣いてるでしょう」とぬかした。

私は「違わい、3日に一度だけ」とメールを返した。だが、「わろてんか」は泣けないのだ。そういう物語ではないようだ。しかし出足は展開が安っぽくて笑えなかった。最初から視聴率が20%を越えたというニュースを見て、私は自分の感覚を疑った。特に藤吉が真面目に頑張るといった直後に脱線して挫ける展開が不自然だった。

だが、ここに来て主人公夫婦が寄席を手に入れて工夫しながら奮闘する姿を見て、ホンマの物語らしくなってきたように私は感じた。笑いの感覚のズレは私が長く関東に住んでいて関西風の笑いに慣れてないからかも知れない。多分、ブツブツ言って素人評価しながら今後も朝ドラを見続けるのだろう。■
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AKBと幼児願望

2012-07-07 23:52:16 | 芸能ネタ

楽のセンスが余り無いと自認する私が云々するものおこがましいが、最近人気の絶頂にあるAKBについてちょっと書いてみたくなった。AKBは余りの人気で社会現象になっている。それと最近堅い記事ばかりだったので息抜きを兼ねて。

きっかけは東日本大震災の支援に感謝するイベントにAKBがワシントンを訪れた時、ミニコンサートを見た当地の人達の戸惑いの反応を報じる記事を見て、私はある種の既視感があった。

米国から帰任した1999年の初め頃、テレビの歌番組に出て来るのは所謂JPOPシンガーと呼ばれる人達だと気付いた。歌謡曲ではなくJPOPなのだ。目に付いたのがローティーン世代の人気グループで、私には小中学校の学芸会レベルのように感じた。が、凄い人気だった。

米国にいた時はCディオンやHヒューストンのようなこれでもかとばかりに声を張り上げて歌い上げる曲を毎日聞いていたものだから、技術的に未熟で女性の魅力にも欠けるまだ子供臭さの抜けないグループの楽曲を聴いて著しい違和感があったのは当然だと思う。

ワシントンでAKBのコンサートを聞いた人達も同じような印象を受けたのだろうと、私は思った。プロとしては音楽的に未熟で子供の学芸会を超えないようなグループが、何故日本を代表するような人気があって感謝を伝えに来たのか、当地の人は理解できなかったはずだ。

本の音楽ファンには、年若いミュジシャンが人気者に成長して行く過程を幼い子供を育てるように楽しむ人達がいると、最近別の機会に聞いた。それを聞いて分らなくはないが、プロレベルに達した音楽だけ楽しむのとはちょっと違うのではとも思った。

それは昔からそうだったろうか。どのくらい昔から言われているのか分らないが、この特異な現象は日本のポップカルチャーの特徴として幼児願望があるという説と関係があるのかもしれない。

先日亡くなったザ・ピーナツとか三人娘とかが私の青春時代のアイドル的な存在であったが、彼らの音楽レベルは若くともかなり高かった気がする。当時は先ず米軍キャンプ巡りをしてプロの歌手として鍛えられた結果であり、こちらの方が一時的で日本的に正統とはいえないかもしれない。

キャンディーズが大人気になった時、私はこんな下手くそなグループに何で人気があるのだろうと訝ったのを記憶している。彼女達も年齢的に米軍キャンプは経験して無いだろう。だが、衝撃だったのは何と言っても上記の帰任時に見たローティーン・グループだった。

本社会の根底が変わるような変化がこの頃に起こったのと関係があるだろうか。金融不安の深刻化、リストラに代表される日本的雇用慣行の崩壊、中流階級の縮小と格差拡大、これらの分岐点は98年だといわれる。それが幼児願望を進化、もしくは変化させたのだろうか。

私は、それがいいか悪いのか言っている訳ではない。幼児願望と密接に関ると思われる日本特異のカワイイ文化は世界に広がっているというが、それはサブカルチャーでありメインストリームではないように感じる。所謂ガラパゴス化の一つだと感じる。

ガラパゴスといえば、その代表として日本家電のガラパゴス化もこの頃から目立ってくるようになった気がする。98年は日本にとって多くの分野で重要な転換点だったのかもしれないと、この記事を書きながら思いついた。経済だけではない、文化も含めた大掛かりな転換だったのかもと。

もしかしたらもっと昔からの日本的現象かもしれない。例えば、江戸時代に渡来した南蛮人(アーネスト・サトウ)が書いた本に、子供が最優先される接し方・育て方を見て驚いた記述がある。欧米には子供が大人の食事や音楽界などに同席を許されない習慣を聞いたこともある。そこでは子供が大人のレベルに達するまでは認められない。

ところで、初め学芸会みたいに見えていたAKBのメンバーだが、最近では顔を見て誰か認識できる子が増えたし、名前まで判る子も片手では足りなくなり、お気に入りの子も出来た。テレビの見過ぎといわないで欲しい、彼女達がテレビに出過ぎるのだ。AKBまでそんなに理屈っぽくならないで、と娘に嫌味を言われそうだ。■

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もし私がやっていたら

2006-11-21 13:28:18 | 芸能ネタ

下世話ネタを一つ。妻殺しの疑いで裁判を受け無罪になったOJシンプソン氏が出版予定だった「もし私がやっていたら」という題名の本の出版を中止したと今朝方報じられていた。元妻の家族を傷つける内容だとして一斉に非難を受け急遽中止したそうだ。

シンプソン氏の裁判の陪審員評決が出る日、私は米国のオフィスにいたのを思い出した。元スーパースターの黒人夫と白人妻の組み合わせと、殺人現場から逃げる夫の車をメディアのヘリコプターが追いかけるという展開にスキャンダル好きの全米で注目の的となった。

当時のメディアの過熱報道はあきれるばかりだった。社員は朝からそわそわし、ラジオを聴きながら仕事をしているものが沢山いた。評決が出ると直ぐに秘書が部屋に飛び込んで来て、こんなこと信じられないと言いながら私に教えてくれた。

評決に対する感想が人種間でこれほど割れたのを私は見たことがない。白人は誰の目にも明らかな証拠があるのに無罪になるのは信じられない、黒人はOJが人種差別を受けた、無罪が当然だといった。職場でもテレビに流れるインタビューでも反応は同じだった。

その後陪審員裁判制度の欠陥という議論もあったがそれほど大きい声にはならなかったし、これといった人種間のトラブルも起こらなかった。それだけ陪審員裁判制度が定着しているということか、制度に対する疑問の声は大きくなかったのは私には不思議だった。

この時、当地の人達は誰もがシンプソン氏のことを“OJ”としか言わなかった。初めてイニシャルで名前を呼ぶことが結構多いのに気がついた。特に名前でも姓でも“J”のイニシャルがあるとこのパターンでニックネームが決まる。言いやすいからなのだろうか。

OJCJJCRJJ-loJJJFKMJ、・・・ しかし、Jがあっても必ずしも省略して言われるとは限らない。ジョン・ウェインがJWと呼ばれるのを聞いたことがない。何かルールのようなものがあるのだろうか。まあ、どうでもいいけど。■

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