かぶれの世界(新)

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お金で済ます国

2022-04-30 20:57:12 | ニュース
ウクライナ政府が25日に公開した各国の支援に感謝する動画に日本が含まれなかった。これに異議を申したてる声が報じられ、27日ウクライナの軍幹部が新たに日本に感謝する動画を公開したという。日本側の公式なコメントはウクライナは武器支援国への謝意だったと報じられた。

私は一義的には日本の事情を見落としたウクライナのミスだと指摘したい。何故か、直感的に私は武器支援をせず少数の難民受け入れしかしない日本の支援は軽く見られていると感じた。マスコミが大々的に少人数の支援例を報じても、ウクライナが欲しい支援は他国に比べ全くないのだ。

それは軍事支援だ。湾岸戦争で巨額の支援をしたにも拘わらず「お金で済ます国」と世界は非難したのはいまだ記憶に新しい。言い換えれば自国民の血を流してでも守るか否かの覚悟だと私は考える。第2次世界大戦を経験した日本人はドイツやイタリーとは異なる道を選んだ。

外交官だった岡本幸夫氏の自伝で「日本は外国の軍隊に守ってもらいながら、外国人が攻撃されても助けない。防衛費を最低限に抑え、もっぱら自国の繁栄と福祉にお金を使ってきた。こうした「ジャパン・ファースト主義」はいつまでも続けられない――」と指摘した通りだと思う。

この問題はいつまでも続くと私は思う。ウクライナ国民は圧倒的軍事力を持つロシアに敢然として立ち上がり、誰もが予想しなかった戦いを繰り広げ持久戦に持ち込んだ。それを可能にした支援は何だったか考えれば直ぐ分かる。モチロン、日本のお金も重要なのは間違いないのだが。

もう一つあまり報じられてないが、日本以外にも韓国や台湾も支援したが最初の謝意を示す動画には含まれていなかったらしい。夫々に事情があり日本と同じかどうか不明だが、アジア諸国の支援が軽んじられた気がしないでもない。一纏めで「お金で済ます地域」と思われているのかもと思う。

実際のところあるべき姿を守るより例えば中国マネーで動く国がASEAN諸国には多いのは否定できない。生きるか死ぬかの厳しい試練を潜り抜けて来た歴史があるのかもしれない。程度の差はあっても、日本も同類と思われているのかと思うと複雑な気持ちだ。■
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大河ドラマで歴史を学ぶ

2022-04-29 21:48:16 | 日記・エッセイ・コラム
もう何年もNHKの大河ドラマを見なかったが、去年頃から時折見るようになった。日曜の夜8時は裏番組の「ぽつんと一軒家」を家内と一緒に見ていた。しかし、昨年半ば頃から渋沢栄一の生涯を描いた大河ドラマを時折見るようになった。

その理由は単純で、維新後の明治時代を支えた人材の多くが、実は徳川幕府の官僚達だったとドラマに教えられたからだ。番組を見て100%納得できた。西洋式の国の運営を取り入れたと言ってもゼロから国の運営を出来るはずがない。考えてみれば当たり前のことだが、私は知らなかった。

しかし、私は歴史音痴という訳でもない。60年以上前に中学校で歴史を教わったはずだが全く覚えていない。社会人になる前から興味を持ったのが昭和史だ。戦争直後に生まれた団塊世代として、何故自分のオヤジ達は戦争を止められなかったのか疑問に思い昭和史にのめり込んだ。

勧められて本格的に読んだ「昭和憲法史」(長谷川政安著)を皮切りに、昭和初期から敗戦までを描いた歴史書から大岡昌平や野間宏などの小説まで読み漁った。週末になると神田の古本屋街に通い木戸幸一関係文書や宇垣日記なども買った。計算機関連の専門書は会社の図書室で済ませた。

結論から言うと幾ら本を読んでも、その程度の独学では何故戦争を止められなかったか何ら論理的結論を得られなかった。その意味では単なる趣味だった。私の歴史書漁りはそこからスタートして、ウォーターゲート事件から大正デモクラシーくらいまで広がった。ニクソン大統領に興味を持ち、90年代に米国東部に出張時にはハーバード・スクエアの古本屋まで捜しに行った。

管理職になり職場の責任者になった頃から歴史書に限らず読書欲が減退して行き、最近では全く読まなくなった。気力がなくなった。多分、その代わりがテレビの大河ドラマだったと思う。最早、ソファに座ってコーヒーでも飲みながらリラックスして歴史ドラマ見るといったところか。

そして現在放送されている大河ドラマが、私には単なる娯楽というより武士政権(鎌倉幕府)が築かれた経緯を知る上で興味深く勉強になっている。今はまだ戦国時代から徳川時代を経て明治時代になる道筋が見えない、繋がっていない。そういう視点からも興味がある。大河ドラマは歴史書ではなく娯楽だと言えばそれまでだが、私的には後期高齢者になって新しい興味が湧いてきた。■
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田舎暮らし雑感2022(3)

2022-04-28 11:51:35 | 日記・エッセイ・コラム
昨日の午後は足はパンパン、歩くのも苦痛で階段の上り下り時に体が揺れて怖かった。原因は半年ぶりのバドミントン練習に参加した為で、頑張ったが後半に体がついて行けなくなった。東京のクラブではついて行けず退会したが、田舎のオバサン主体の練習なら何とかなると思っていた。

しかし、実際にコートに立ってシャトルを追いかけ打ち返すとなると、日常生活では有り得ない瞬時の動きの筋肉が衰えていた。6月に後期高齢者になる私には難しい動きだった。普段から健康のために山歩きやジョギングをしてきたが、全く別の動きが求められ疲弊した。

しかし、一晩寝て今朝起きると筋肉痛は半減し、高い階段は手摺が必要だがそれ以外はみっともない歩き方はしなくても良くなった。バドミントンの実力は衰えても、何とかゲームを壊すことなく練習に参加できる気がする。暫らく練習に参加して頑張ってみようと思う。

田舎に戻ってきて気になっていたことの一つが、実家のある集落のお婆ちゃん三人組(通称三ババ)だった。二人は独り暮らしの老婆だ。限界集落と言ってもおかしくない。帰郷時に元地区長に会い直接的に聞くのは気が引けたので「変わったことはないか」と聞くと、何もないとの返事でホッとした。その後散歩中に日向ぼっこする3人の姿を見た。だが、衰えは隠せなかった。

散歩途中で少し若めのオバサン連中にも一通り出会って、お互いに元気にやっていることを確認できた。山歩き中に軽トラで走る同級生のOに出会った。彼は如何に自分の体力が低下したか健康談義を始め止まらなかった。市内や中国・九州地方に住む3人の子供が時々様子を見に来るらしい。

昼食後に思いついた散歩なので早く散歩を再開したいが、市内の医者の評価を聞くと私のガン疑惑など経験と一致するところがありつい話が長くなった。山道では車を止めて道を塞いでも車が来ない。遂に対向車が来たところで、「遊びに来い」と誘われ相槌を打ってサヨナラした。

半年の東京郊外生活の間に残っていた前歯がボロボロになり、西日本豪雨以来通っている歯医者に診て貰った。看護婦さんが顔ぶれが替わっているのに気付いた。私には若い美人看護婦で嬉しかったが、「歯医者崩れ」の友人は看護婦さんを安定して確保するのが難しいという。

その看護婦さんの一人から翌日実家に電話がかかって来た。「うわっ、来た!」なんてジーサンはぬか喜びしたが、病院の玄関に保険証が落ちていたとの連絡だった。あり得ない期待だったが、助かった。実は、帰郷直後に最初に診て貰った時の帰りに別の患者の処方箋を歩道で拾って届けた。その時はお年寄りのボケと想像したのに、保健所を落とした私も同じ年寄りだと恥ずかしく思った。

その後、散歩を兼ねて郵便局に行った。家内の保険証が私宛に転送されてきたので送り返した。私が後期高齢者になるからか、家内が古希を迎えたからか、どちらかの理由で扱いが変わったと思う。今回は何故なのか詳細が分からないが、調べようともせず取り敢えず転送した。田舎生活は続く。■
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知床観光船事故の衝撃

2022-04-26 10:26:12 | ニュース
知床半島沖で観光船が遭難し乗客など26人は絶望的と思われ、北海道に何度か行き楽しい思い出しかない私には衝撃だった。最初の北海道旅行は20歳前で、夏休みに同級生と北海道一周旅行した。上野発の寝台特急で青森に行き、連絡船で函館に渉ったのを鮮明に覚えている。

詳しいルートは忘れたが、ウトロでユースホテルに一泊し翌日観光船で知床半島の先端まで行った。報道で見る陸地に近い航路ではなかった、陸地に近いところに小さな船がいた記憶がある。個人的に印象に残っているのは半島の突端から見た明るい海と空の開けた景色だ。

その後電車で網走に向かった記憶がある。国鉄の安価な1カ月有効な周遊券で乗り継いで、当時カニ族と言われ大きなリュックを担いで北海道を一周した。車中泊はせずユースホテルを利用した。ホテルは一泊550円、本州は500円だが北海道は毛布代と称して50円上乗せされた。ホテル前の広場の焚火を囲み歌を唄い話が弾んだ。東京からの若いお姉さん達が眩しかった。

一昨年釧路から阿寒湖・摩周湖・野付半島・根室などに家族旅行した時は、中標津から海岸線沿いの道を走り50余年ぶりに知床半島を太平洋側から見て懐かしく思い出した。それなのに、この悲惨な遭難事故のニュースを聞いて楽しい思い出が吹き飛んだ気がした。

報道によると地元の漁師から海が荒れているから船を出さない方が良いと助言を受けたにも拘らず、観光船の船長は出港したという。偶然にも昨年天橋立に家族旅行で行った時似た経験をした。伊根の舟屋から観光船で宮津港に行く予定だったが、地元漁師の助言でバスに変更になった。

伊根町の高台から見た小さな伊根湾は静かだったが、旅行会社は助言を受け入れ予定を変更した。翌日伊根町の更に北にバスで向かうと伊根湾の外に繋がる若狭湾は強風で白波が立ち、更に北上して日本海に面する経ヶ先岬灯台ではトイレ下車するとまっすぐ歩けない程風が強かった。その先の日本海沿いの道はずっとそんな調子だった。

知床半島の観光船長は港の波を見て大したことない、コロナ下で減少したお客を少しでも取り戻そうとしたのか。他の観光会社が運航を中止したのを聞いても何とかなると思ったのだろうか。私達が利用した大手旅行会社が入ってしたら中止したろう。今となっては、船長の声も聞けない。

この先、マスコミ各社は事故を巡って出向判断や安全対策、海上保安庁の在り方等について根掘り葉掘り追及するだろう。それも悪くはないが、問題は法を含め危機に対する事前の備えがお粗末なことだ。大袈裟だが、ウクライナ戦争で明らかになった危機に対する日本の準備不足と共通する問題だ。

残念ながら最悪事態に対する法的な備えに反対する国民性が常に足を引っ張っている。与党もそこは無理できない選挙の事情があるのだろう。それが日本なのかもしれない。それにしても、北海道とか知床半島と聞けば出て来る楽しい思い出がぶっ飛んでしまった。■
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ロシアのウクライナ侵攻に思う(8)日本の事情

2022-04-24 16:12:56 | 国際・政治
ロシアのウクライナ侵攻によって第二次世界大戦後の「あるべきルール」は破られた。原爆による脅しや民間人の殺害などやりたい放題のロシアに世界は第3次世界大戦を恐れ適切な手が打てないでいる。世界は従来ルールだけで対応できなくなった。ドイツは戦後守って来た国防予算を拡張し、中立国スイスはウクライナ支援を決め、フィンランドやスウェーデンはNATO加盟に動き始めた。

では日本はどうか、従来は新たな世界でのルール作りが求められる時、日本が積極的に先頭に立って動くより欧米の顔色を見て対応した。今回は問題はロシアだけに留まらない、放置すれば北方領土に限らず中国が台湾や尖閣列島に手を伸ばすという危機感があると言われる。

昨日の日本経済新聞によると22年版外交青書でロシアとの関係を「極めて重要」との記述が無くなり、北方領土を「不法占拠」との表現を復活した。また、大規模な日米合同訓練を今秋北海道で開催すると発表された。ロシアのウクライナ侵攻と中国の軍拡を意識したものとされる。

しかし、日本国民は果たして自らの問題として捉えているのか私は疑問に思う。分かり易い例は中国が台湾に攻め入った時にウクライナと同じ構図が出来る。中国がロシア、台湾がウクライナ、日本がNATOと置き換え、日米安保条約と同じく米国はNATOの一員だ。日本がウクライナ支援するNATOのように台湾を支援するだろうか。台湾・米国vs中国の他人の戦いと思うはずだ。

更にはウクライナ人の様に日本人が自ら武器を持って立ち上がり国を守る覚悟があるだろうか。ウクライナ人の戦う姿が世界の支援を呼んだのを肝に銘ずるべきだ。日米安保条約を盾に日本人が自ら血を流して戦わなければ、米国が自国の若者の血を流して助けてくれるとはとても思えない。そんなに甘くないことはウクライナ戦争で世界の支援の限界を感じたはずだ。

いざという時に政府の意思があっても憲法・法律上の制約があり、どうしても対応が手遅れになる恐れがある。他国支援だろうが自国防衛だろうが同じで、法的制約が壁になり危機に適切に対応できない事態になりそうな懸念がある。5月のバイデン大統領訪日、秋の参院選などの政治機会が予定されている。政治に任せるだけでなく我こととしての国民の意思表示が求められる。■
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