(1)ブラック企業問題は、参議院選挙の争点の一つとなった。
2013年8月、政府の対策が打ち出された。
同年12月、2013年度流行語大賞のトップ10に挙げられた。
社会運動が、ブラック企業問題を社会問題として認知させたのだ。
(2)企業が違法行為を行っても、珍しくはない。残業代不払い企業は「違法企業」だが、それだけではブラック企業ではない。
ブラック企業が社会問題として認知されていく過程では、その定義が重要なカギを握っていた。
今では、ブラック企業とは「若者を使い潰す企業」であることが共通認識になっている。ブラック企業は、「正社員」として若者を大量に採用し、過酷な労働や選別のための解雇(パワーハラスメントやいじめが行われる)を行う結果、大量離職を引き起こす。その過程で多くの若者が鬱病になり、ひどい場合は過労死や自殺にまで追いやられる。
(a)この「大量採用→大量使い潰し→大量離職」の過程で、働くことができなくなった若者が膨大に生み出される。
(b)その結果、税収や社会保障を圧迫し、さらには少子化の要因ともなる。
(c)若者が鬱病に罹患すると、その後の生活を支えなければならない両親にとっても深刻な問題となる。
(d)職場に送り出す学校の教師や、社会保障・福祉・医療に関わる人に対しても、深刻な問いを投げかける。
(e)さらに、人材の使い潰しは人材の枯渇を招くから、経済界にとっても無視できない問題である。
要するに、ブラック企業による若者の使い潰しは、日本の将来を危機にさらす。同時に、およそほとんどの人々を関係当事者とする。
「ブラック企業」の含意が再定義されることで、この言葉は初めて社会的な広がりを獲得した。
(3)「ブラック企業」の定義はどれぐらい普及したか。その象徴的な例の一つは、厚生労働省によるブラック企業対策の結果報告発表だ。
2013年8月、厚労省は「若者の『使い捨て』が疑われる企業」への集中臨検を行った。
これを踏まえて厚労省がたてた対策は、離職率の高い企業に着目し、長時間労働やパワーハラスメントへの対応を集中的に行う、というものだった。ブラック企業を的確にとらえている。
田村厚労大臣は、記者会見で述べた。われわれも若者の活躍推進を掲げていて、問題を野放しにしておいたら、再興戦略どころか、日本の国の将来はない、云々。
厚労省が調査し、対策を実施した結果、12月にはブラック企業の「違反・問題等の主な事例」が示された。国がブラック企業の中身を若者の「使い潰し」であると定義し、実際に取り締まることを通じて社会にブラック企業の定義を定着させた。
<事例>社員の7割に及ぶ係長職以上を管理監督者として取り扱い、割増賃金を支払っていなかった。
(4)「ブラック企業」の定義普及の象徴的なもう一つの例。
(3)の厚労省の対策公表の翌日、朝日新聞の社説でもこの定義は踏襲された。社説「ブラック企業--根絶のために行動を」は次のように指摘した。ブラック企業は<体力と気力のあるうちは徹底的に働かせ、心身をこわしたりして「能力不足」と判断したら、退職に追い込む。まさに使い捨てだ>。
それまで多くのメディア関係者は「ブラック企業は定義があいまいで、報道に適さない」と言っていた。朝日新聞社説は、この問題がメディアにとっても「よくわからないもの」から、積極的に報道すべき社会問題に変わったことを示す一例となった。
国やメディアのこうした動きを受けて、各地方自治体でも急速にブラック企業対策の動きが広がっている。
(5)ブラック企業問題は、漠然とした出発点(「違法な企業」)から、社会問題としての「定義」が与えられたことによって、国・自治体が具体的な政策を打ち出すところまで展開した。
こうした社会問題化は、放っておいてもそうなったわけではない。社会運動が積極的にこの定義を普及してきたからなのだ。
ブラック企業対策弁護団(ブラック企業の被害者の権利行使を支援する)の設立趣意文は、ブラック企業を次のように定義する。
ブラック企業は、<狭義には「新興産業において、若者を大量に採用し、過重労働・違法労働によって使い潰し、次々と離職に追い込む成長大企業」であると定義できます。/広義にとらえると、「違法な労働を強い、労働者の心身を危険にさらす企業」であると定義できます>
2013年9月、上記弁護団、NPO、労組および大学教員らが共同して「ブラック企業対策プロジェクト」を発足させた。このプロジェクトでも同様に定義している。
厚労省の対策と同時期に発足したが、これらの運動団体は、従前からブラック企業の被害者を支援してきた弁護士、NPOおよび労組が主体となって作られた。これら運動家たちの取り組みなくして、決してブラック企業の「定義」が社会一般に普及することはなかった。
□今野晴貴「ブラック企業はなぜ社会問題化したか ~社会運動と言説~」(「世界」2014年6月号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【ブラック企業】赤字49億円! 「瀬死」のワタミから人もカネも消えた」
「【ブラック企業】奨学金という貧困ビジネス ~学生の苦難(3)~」
「【ブラック企業】全身就活 ~学生の苦難(2)~」
「【ブラック企業】ブラックバイト ~学生の苦難(1)~」
「【ブラック企業】激変する若年労働者市場 ~労使間の話し合いが不可欠 ~」
「【ブラック企業】調査対象の8割で違法行為 ~厚労省初「ブラック企調査」~」
「【ブラック企業】対策講座 ~騙されないための心得~」
「【ブラック企業】対策講座 ~就活~」
「【社会】ブラック企業大賞2013 ~ワタミフードサービス~」
「【社会】「ブラック企業」への反撃 ~被害対策弁護団が発足~」
「【社会】「ワタミ」の偽装請負 ~渡辺美樹・前会長/参議院議員~」
「【社会】学校もこんなにブラック ~公教育の劣化~」
「【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負」
「【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負・その後 ~裁判~」
「【本】ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~」
「【本】ブラック企業の実態」
「【社会】若者を食い潰すブラック企業 ~傾向と対策~」
「【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~違法すれすれ~」
「【心理】組織の論理とアイヒマン実験 ~ブラック企業の心理学~」
「【社会】第二回ブラック企業大賞候補 ~7社1法人~」
「【社会】ブラック企業における過労死、ずさんな労務管理 ~ワタミ~」
「【社会】ブラック企業の見抜き方 ~その特徴と実例~」
2013年8月、政府の対策が打ち出された。
同年12月、2013年度流行語大賞のトップ10に挙げられた。
社会運動が、ブラック企業問題を社会問題として認知させたのだ。
(2)企業が違法行為を行っても、珍しくはない。残業代不払い企業は「違法企業」だが、それだけではブラック企業ではない。
ブラック企業が社会問題として認知されていく過程では、その定義が重要なカギを握っていた。
今では、ブラック企業とは「若者を使い潰す企業」であることが共通認識になっている。ブラック企業は、「正社員」として若者を大量に採用し、過酷な労働や選別のための解雇(パワーハラスメントやいじめが行われる)を行う結果、大量離職を引き起こす。その過程で多くの若者が鬱病になり、ひどい場合は過労死や自殺にまで追いやられる。
(a)この「大量採用→大量使い潰し→大量離職」の過程で、働くことができなくなった若者が膨大に生み出される。
(b)その結果、税収や社会保障を圧迫し、さらには少子化の要因ともなる。
(c)若者が鬱病に罹患すると、その後の生活を支えなければならない両親にとっても深刻な問題となる。
(d)職場に送り出す学校の教師や、社会保障・福祉・医療に関わる人に対しても、深刻な問いを投げかける。
(e)さらに、人材の使い潰しは人材の枯渇を招くから、経済界にとっても無視できない問題である。
要するに、ブラック企業による若者の使い潰しは、日本の将来を危機にさらす。同時に、およそほとんどの人々を関係当事者とする。
「ブラック企業」の含意が再定義されることで、この言葉は初めて社会的な広がりを獲得した。
(3)「ブラック企業」の定義はどれぐらい普及したか。その象徴的な例の一つは、厚生労働省によるブラック企業対策の結果報告発表だ。
2013年8月、厚労省は「若者の『使い捨て』が疑われる企業」への集中臨検を行った。
これを踏まえて厚労省がたてた対策は、離職率の高い企業に着目し、長時間労働やパワーハラスメントへの対応を集中的に行う、というものだった。ブラック企業を的確にとらえている。
田村厚労大臣は、記者会見で述べた。われわれも若者の活躍推進を掲げていて、問題を野放しにしておいたら、再興戦略どころか、日本の国の将来はない、云々。
厚労省が調査し、対策を実施した結果、12月にはブラック企業の「違反・問題等の主な事例」が示された。国がブラック企業の中身を若者の「使い潰し」であると定義し、実際に取り締まることを通じて社会にブラック企業の定義を定着させた。
<事例>社員の7割に及ぶ係長職以上を管理監督者として取り扱い、割増賃金を支払っていなかった。
(4)「ブラック企業」の定義普及の象徴的なもう一つの例。
(3)の厚労省の対策公表の翌日、朝日新聞の社説でもこの定義は踏襲された。社説「ブラック企業--根絶のために行動を」は次のように指摘した。ブラック企業は<体力と気力のあるうちは徹底的に働かせ、心身をこわしたりして「能力不足」と判断したら、退職に追い込む。まさに使い捨てだ>。
それまで多くのメディア関係者は「ブラック企業は定義があいまいで、報道に適さない」と言っていた。朝日新聞社説は、この問題がメディアにとっても「よくわからないもの」から、積極的に報道すべき社会問題に変わったことを示す一例となった。
国やメディアのこうした動きを受けて、各地方自治体でも急速にブラック企業対策の動きが広がっている。
(5)ブラック企業問題は、漠然とした出発点(「違法な企業」)から、社会問題としての「定義」が与えられたことによって、国・自治体が具体的な政策を打ち出すところまで展開した。
こうした社会問題化は、放っておいてもそうなったわけではない。社会運動が積極的にこの定義を普及してきたからなのだ。
ブラック企業対策弁護団(ブラック企業の被害者の権利行使を支援する)の設立趣意文は、ブラック企業を次のように定義する。
ブラック企業は、<狭義には「新興産業において、若者を大量に採用し、過重労働・違法労働によって使い潰し、次々と離職に追い込む成長大企業」であると定義できます。/広義にとらえると、「違法な労働を強い、労働者の心身を危険にさらす企業」であると定義できます>
2013年9月、上記弁護団、NPO、労組および大学教員らが共同して「ブラック企業対策プロジェクト」を発足させた。このプロジェクトでも同様に定義している。
厚労省の対策と同時期に発足したが、これらの運動団体は、従前からブラック企業の被害者を支援してきた弁護士、NPOおよび労組が主体となって作られた。これら運動家たちの取り組みなくして、決してブラック企業の「定義」が社会一般に普及することはなかった。
□今野晴貴「ブラック企業はなぜ社会問題化したか ~社会運動と言説~」(「世界」2014年6月号)
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【参考】
「【ブラック企業】赤字49億円! 「瀬死」のワタミから人もカネも消えた」
「【ブラック企業】奨学金という貧困ビジネス ~学生の苦難(3)~」
「【ブラック企業】全身就活 ~学生の苦難(2)~」
「【ブラック企業】ブラックバイト ~学生の苦難(1)~」
「【ブラック企業】激変する若年労働者市場 ~労使間の話し合いが不可欠 ~」
「【ブラック企業】調査対象の8割で違法行為 ~厚労省初「ブラック企調査」~」
「【ブラック企業】対策講座 ~騙されないための心得~」
「【ブラック企業】対策講座 ~就活~」
「【社会】ブラック企業大賞2013 ~ワタミフードサービス~」
「【社会】「ブラック企業」への反撃 ~被害対策弁護団が発足~」
「【社会】「ワタミ」の偽装請負 ~渡辺美樹・前会長/参議院議員~」
「【社会】学校もこんなにブラック ~公教育の劣化~」
「【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負」
「【社会】私学に広がる教員派遣と偽装請負・その後 ~裁判~」
「【本】ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~」
「【本】ブラック企業の実態」
「【社会】若者を食い潰すブラック企業 ~傾向と対策~」
「【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~違法すれすれ~」
「【心理】組織の論理とアイヒマン実験 ~ブラック企業の心理学~」
「【社会】第二回ブラック企業大賞候補 ~7社1法人~」
「【社会】ブラック企業における過労死、ずさんな労務管理 ~ワタミ~」
「【社会】ブラック企業の見抜き方 ~その特徴と実例~」