語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】ブラック企業の「辞めさせる技術」 ~違法すれすれ~

2013年01月09日 | 社会
 (1)雇用契約終了には、(a)退職、(b)辞職、(c)解雇の3パターンがある。
 合意による(a)に対して、(b)と(c)は紛争含みだ。
 (c)には、客観的に合理的な理由(社会通念上相当であると認められる理由)が必要だ。「合理的な理由」は、①普通解雇(労働能力)、②整理解雇(経営上の必要)、③懲戒解雇(労働者の行為)・・・・の3つに類型化される。いずれも厳しい規制がかかっている。
 ①は、(ア)疾病、(イ)勤務成績、(ウ)労働者の適正・・・・などを問題とする場合だが、会社側のさまざまな努力にもかかわらず改善の可能性がない場合にしか認められない。
 ②は、(ア)解雇の経営上高度な必要性(企業全体の赤字など)、(イ)解雇回避努力、(ウ)人選の合理性、(エ)労働組合・当事者との協議・・・・の4要件が求められる。これも厳しい規制が課せられている。
 ③は、適用される場合が就業規則に明記されていることと、その内容の合理性と厳格な適用が求められている。

 (2)(1)-(c)に対する規制が、使用者にとって法的なリスクだ。
 (1)-(c)-①は、将来にわたる教育可能性などが総合的に判断されるため、会社側はそう容易には裁判で勝てない。
 また、ブラック企業はそのほとんどが好業績であり、新卒を大量に採用するということは、拡大基調にある。よって、(1)-(c)-②-(ア)があてはまる企業はほとんどない。また、大量に採用し続けるかぎり、(1)-(c)-②-(イ)の回避努力を一切行っていないことになる。だから、(1)-(c)-②が認められることは殆どない。
 要するに、法的には、新卒の大量解雇は絶対に不可能だ。
 だから、解雇せずに辞めさせる「技術」が必要になる。つまり、(1)-(c)ではなく、(1)-(a)、(1)-(b)に持っていく「技術」だ。
 恐るべきは、ブラック企業が(1)-(a)、(1)-(b)の形式を手に入れるため、若者を意図的に鬱病に罹患させるという事実だ。

 (3)(1)-(c)を避ける退職勧奨は、1990年代後半から2000ン年代初頭の大規模なリストラで、「早期退職」という形で行われてきた。退職者には好条件が提示された。退職勧奨はあくまで(1)-(a)であり、同意を必要とするから、こうした交渉が行われるのは当然だった。
 しかし、ブラック企業の退職勧奨は、これとは全く異なる。退職の特典がないだけならまだしも、いじめ、嫌がらせ、パワハラによって自ら辞めるように仕向けていくのだ。
 本来、退職勧奨は、しつこく行ったり、やり方が暴力的なら、「勧奨」と見なされず、退職強要とされる。「同意」の形式をとっても無効とされるし、損害賠償の請求も可能になる。
 ブラック企業は、ここまで熟知して、ただ退職を求めるのではなく、自己都合退職を自ら行うように追い込む。これによって、退職を要求したという形式すら失われ、早期離職した若者のほとんどが自己都合退職扱いとなっている。そして、自己都合退職には社会的制裁を与えられる。
 自己都合退職への追い込みとは、自分から辞めるしかないと思う状態への追い込みだ。仕事上の命令や訓練の一環であるかのように偽装しながら若者を追い込んでいく。
 <例>絶対にこなすことができないノルマを課し、これができない場合に「能力不足」を執拗に叱責する。
 ひとたび鬱状態になれば、「辞めたほうがいいのではないか」という「アドバイス」も親切なものに聞こえてくる。
 むろん、こうしたハラスメント自体は違法行為だ。法的には、(a)命令や訓練の真の目的がハラスメントであれば、使用者の権利濫用となるし、(b)命令や訓練が(仮に真に営業目的だったとしても)やり方過剰であれば違法になり得る。(a)は立証困難だから、実際には(b)に焦点があてられる。特に、業務と関係ない人格を傷つけるような発言は、いかに叱責であろうとも認められない。だが、実際には圧倒的な力の格差と恐怖によって、ほとんどの場合自分から辞めてしまう。鬱病に罹患しても、その責任を争うことなどできない。

 (4)これらの手法がひどくなると、「民事的殺人」と呼び得る状況にまで至る。
 職場のことを思い出すだけで過呼吸になる。涙が止まらなくなる。声が出せなくなる。鬱病になる。人間の破壊が極限まで進むと、権利行使の主体となりえないほど完全に破壊されてしまう。
 ブラック企業がこれを行う動機は、「選別」の場合があるし、「使い捨て」の場合もある。「無秩序」の場合には、上司が気に入らない部下を意図的に鬱病にして辞めさせるケースもよくある。
 リーマンショックを境に、こうした行為が広がった。内定切りや派遣切りが問題になっている一方、入社したばかりの社員に対して容赦ないいじめ、パワーハラスメントが吹き荒れた。

 (4)辞めさせる「技術」の高度化
   (a)カウンセリング方式・・・・個別面談で抽象的な「目標管理」を行い、自己反省を繰り返させる。カウンセリングを通じて、「怠惰な人生」など自己の内面を否定させ、自ら退職に追い込む手法だ。
   (b)特殊な待遇の付与・・・・「みなし社員」「準社員」「試用期間」など、辞めることを前提とした呼称を設けることで、自分から辞める決意を促す方式だ。<例>「退職かみなし社員かを選びなさい」といった選択を迫る。ひとたび「辞めるはずの正社員」になったら、会社の中で「村八分」の扱いを受ける。法的には、待遇の変化は会社からの一方的な契約解除である「解雇」の通告と同じ効果を持つが、労働者の目にはあたかも「自分の選択」であるかのように映り、事態が転倒して見えてしまう。ために、労働者は解雇が自己責任であるかのような思いに至る。心理トリックを用いた洗練された手法。
   (c)ノルマと選択・・・・ノルマについて規制はない。どこまでが適正か、法的、社会的に不明確だ。ために、ノルマの達成・非達成は労働者の能力や業務方法の問題に落とし込まれ、結果、自己都合退職に追い込まれてしまう。研修や「再教育」を形式的にだけ行って、「能力がない」ことの根拠にする場合もある。
   (d)その他(ソフトな退職強要)・・・・あからさまなハラスメントは行わない。ただひたすら、会社に「居づらくなる」方法をとる。<例>「どうしたいの?」と定期的に言葉をかけ、居続けたにくい雰囲気とプレッシャーを与える。「仕事ができないなら、違う仕事を紹介できるけれど」とか、「私だったら採らない」とか言い、上司らが退職を「求めている」というニュアンスを伝えつづけることで居づらくさせる。

□今野晴貴『ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~』(文春新書、2012)の第4章「ブラック企業の辞めさせる「技術」」

 【参考】
【本】ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~
【本】ブラック企業の実態
【社会】若者を食い潰すブラック企業 ~傾向と対策~
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