「鬨也という名で困ったこと、驚いたことは挙げれば切りがない」と、著書『鯨のこゑ』のあとがきにもありますが、珍しい名前なので、俳号だと思っている俳人も多かったと聞きます。しかし実際は、中学の頃、「鯨波」が、「鬨の声」を意味する言葉だと知って以来、自分の名前への認識が大きく変わったようです。その後長じて、岡井省二の句集に『犀と鯨』があることを知って、どんなに驚いたことでしょう。「鯨」の存在は、彼の中で、ますます大きくなっていったに違いありません。「鯨」は、自分自身のペンネームとしてたびたび登場します。
しかし、「鯨」の句となると、ほとんど詠まれていないのが不思議です。こんなところに控え目な一面を見る思いですが、「犀」をはじめ、特徴的な動物はたくさん詠まれています。
桃の花黒豹おのが身をねぶる
蟻百匹殺めたるあと一匹出づ
冬眠の熊冬眠の熊の爪
ニホンオホカミ馳せよ果てなき芒原
鰐の全長さくらの国を歩むなり
これらは、最後の句集となった『曲炎』から抄出した句ですが、どの句も動物の特徴を良く捉えています。「黒豹」と「桃の花」の視覚的な対比、「蟻」の生命力の可笑しさ、「冬眠の熊の爪」という発見、「ニホンオホカミ」への果てしないロマン、「鰐」と「さくらの国」の取合せの楽しさ・・・。60代に詠まれた作品にはどれも堂々たる詩情が感じられます。
山椒魚くれなゐの星放ちけり
こめかみを鮫よぎりたる夕立後
炎天にひらがなを食む麒麟かな
空間や時間を越えた自在な想像力は、独自のシュールな世界を描き出しています。鬨也先生の真骨頂とも言うべき句境でしょうか。(つづく)
しかし、「鯨」の句となると、ほとんど詠まれていないのが不思議です。こんなところに控え目な一面を見る思いですが、「犀」をはじめ、特徴的な動物はたくさん詠まれています。
桃の花黒豹おのが身をねぶる
蟻百匹殺めたるあと一匹出づ
冬眠の熊冬眠の熊の爪
ニホンオホカミ馳せよ果てなき芒原
鰐の全長さくらの国を歩むなり
これらは、最後の句集となった『曲炎』から抄出した句ですが、どの句も動物の特徴を良く捉えています。「黒豹」と「桃の花」の視覚的な対比、「蟻」の生命力の可笑しさ、「冬眠の熊の爪」という発見、「ニホンオホカミ」への果てしないロマン、「鰐」と「さくらの国」の取合せの楽しさ・・・。60代に詠まれた作品にはどれも堂々たる詩情が感じられます。
山椒魚くれなゐの星放ちけり
こめかみを鮫よぎりたる夕立後
炎天にひらがなを食む麒麟かな
空間や時間を越えた自在な想像力は、独自のシュールな世界を描き出しています。鬨也先生の真骨頂とも言うべき句境でしょうか。(つづく)