十七音のアンソロジー★。・.:・゜'☆,。.:・゜'★

虚と実のあはひに遊ぶ  Since 2008 by Midori♡ H

梅雨寒

2010-10-31 | Weblog
  梅雨寒や空耳かとも聞く告知   江藤豊子

それは、これまで無縁のものと思っていた病名だったに違いない。
医師の告知を聞いても、すぐには納得できずにいるのだ。
しかし、それが避けることのできない現実のものだと、
理解するまでのわずかな時間の経過・・・
家族には、哀しみの涙さえ許されない。
いつか、希望の光が見えてくるまで。
「阿蘇」11月号、巻頭作品4句より抄出。(Midori)

秋草

2010-10-30 | Weblog
  秋草に詩人一塊の石となるか   岩岡中正

名前も知らないような秋草でも、花時を迎えれば、
それぞれに可憐な花を咲かせる。雑踏から離れて、
こんな秋草にふと出合うとき、一時立ち止まることができたら、
それだけで一詩人になり得たような気がする。
秋草の咲く野辺に、いつか一塊の石となるのだろうか・・・、
と問いかけている作者だ。一詩人としての大きな矜持と、
飾らない死生観が感じられた。
「阿蘇」主宰。「阿蘇」11月号より抄出。(Midori)


秋高し

2010-10-29 | Weblog
   誰ひとり定刻に来ず秋高し   鶴岡加苗

5、6人の待ち合わせだろうか?決まって遅れて来る人は、
いるにしても、その日は、誰も定刻には来なかったようだ。
ただそれだけのことだけど、定刻に来ている「作者」と「秋高し」の
空間の構図が、とても伸びやかで好きだった。
「俳句」11月号、角川俳句賞候補作品50句より抄出。(Midori)

秋草

2010-10-28 | Weblog
北きつね秋草を蹴りひかり蹴り  井上弘子

『サロベツ』と題した、12句の中の一句だ。
サロベツは、北海道北西部に位置する原野だが、
キタキツネの生息地でもあるらしい。
「ひかり蹴り」に、キタキツネのしなやかな肢体と、
艶やかな金色の体毛が見えるような気がした。
「俳句」11月号より抄出。

扇風機

2010-10-27 | Weblog
扇風機かけつぱなしにどの辺り   千田一路

誰もいない部屋に、扇風機だけが回っている。
扇風機が、ひとりでに回りだすはずないのだから、
誰かがかけっぱなしにして、慌ててどこかに出かけたらしい。
そのあいつは、今どの辺りにいるのだろうって、
省略の効いた楽しい一句。
「俳句」11月号、作品8句より抄出。(Midori)

芒野

2010-10-26 | Weblog
  芒野をゆく約束のある方へ   井上信子

目の前に、空と芒野だけが広がっているとしたら・・・
極度の方向音痴の私なら、きっと迷ってしまうことだろう。
しかし、「約束のある方」だけは、迷わずに辿りつけそうだ。
「俳句」11月号、作品8句より抄出。(Midori)

穂絮

2010-10-25 | Weblog
   衰へてなほつづく道穂絮とぶ  綾部仁喜

アスファルトでりっぱに舗装された道路も、進むにつれて、
凸凹が目立つ細い道になっていたりすると、ちょっと心細くなる。
「衰へてなほつづく道」とは、こんな道だろうか?
穂絮ばかりがぽかぽかと飛んでいる鄙びた道は、どこか、
老境にも似ている。季語の付け方が絶妙だと思う。
「俳句」11月号、作品16句より抄出。(Midori)

木犀

2010-10-24 | Weblog
木犀の香やぬばたまの夜を渉る   五島高資

「ぬばたまの夜」は、漆黒の闇夜だ。
じっと息づいている獣も居そうな、生々しい質感がある。
木犀の香は、本来心地よいものだが、
「ぬばたまの夜を渉る」となると、木犀の香が、
まるで生き物のように思えてきた。
「俳句スクエア」代表。2010年『俳句年鑑』より抄出。

2010-10-23 | Weblog
  秋は夕暮ケータイから目を上げよ   須川洋子

春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮・・・と言ったのは清少納言。
10世紀後半を生きた彼女は、秋の夕暮の情緒を余すことなく、
伝えている。もちろん、作者もそう感じているのだ。
ケータイを閉じれば、秋の夕暮の「あはれ」「をかし」を
今もなお、耳で肌で感じることができそうだ。
「季刊芙蓉」主宰。2010年版『俳句年鑑』より抄出。(Midori)

2010-10-22 | Weblog
渋柿を喰うて砂漠となりし口  坊城俊樹

渋柿だと知っていて、渋柿を食べる人はまずいない。
美味しそうな柿だと思う。そして齧ってみる。
その瞬間、はじめて渋柿だったと知る。
渋柿だと知るまでの過程は、大抵こんな感じだ。
「砂漠となりし口」の比喩に、追体験させられた。
角川書店『必携季寄せ』より抄出。(Midori)

夜寒

2010-10-21 | Weblog
   そつぽ向きあへり夜寒の紙相撲    菊田一平

紙相撲は、土俵に見立てた台の上に、紙で作った力士を組ませ、
台をとんとん叩き、倒れた方が負けとなるゲームだ。しかし、
そっぽを向き合ってしまえば、もう勝敗もわからない。
そっぽを向き合った紙相撲に、ちょっぴり自己投影された
心の屈折もあるような気がした。句集『百物語』より抄出。

ばつたんこ

2010-10-20 | Weblog
   父より享くる短気と根気ばつたんこ  戸恒東人

「ばつたんこ」は、水の流れを利用して竹が石に当たり、
大きな音を立てるようにした装置で、「添水」のことだ。 
さて、短気と根気は相反するものだが、作者はその両面を、
受けついでいらっしゃるらしい。「ばつたんこ」のすぐに、
音を立てるさまを短気とするならば、いつまでも鳴り続けるさまは、
根気と言えるのかもしれない。季語の斡旋がとてもお上手だ。
「春月」主宰。2010年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

龍田姫

2010-10-19 | Weblog
   竜田姫月の鏡にうち向ひ  青木月斗

竜田姫は、大和の国、龍田山に鎮座する秋の女神のことで、
春の佐保姫に対して、野山の紅葉を司っている神だ。
「月の鏡」という壮大なロマンに対し、「うち向ひ」のリアルな動作・・・
月の鏡に見入っている竜田姫の姿を、容易に想像することができる。
角川書店「必携季寄せ」より抄出。(Midori)

月光

2010-10-18 | Weblog
月光の粒木犀の香を散らす   菅原鬨也

月光を「粒」と捉えたとき、「香を散らす」と言い得た。
その瞬間、一つの幻想的な詩の世界が広がった。
抒情を排した感覚の鋭い作品に、心惹かれる。
「滝」主宰、第3句集『飛沫』に所収。(Midori)

秋の蝶

2010-10-17 | Weblog
大宰府政庁跡のすぐ近くには、私の母校、太宰府市立学業院中学校がある。
大秋晴れの今日、都府楼跡とも呼んでいた政庁跡、観世音寺、太宰府天満宮、
光明寺などを吟行地として俳句大会が行われた。かつては、いくつかの礎石が
あるだけの鄙びた政庁跡だったが、今ではすっかり整備されて、在りし日の
西の都の壮大さを実感することができた。

天平のひかりを曳いて秋の蝶   平川みどり