十七音のアンソロジー★。・.:・゜'☆,。.:・゜'★

虚と実のあはひに遊ぶ  Since 2008 by Midori♡ H

青芝

2009-08-31 | Weblog
    デカルトもノンポリもゐて芝青し   江藤豊子

衆議院選挙は、半世紀ぶりの政権交代の結果となったが、日頃、ノンポ
リの私ですら、無視できない政権の行方だった。この「ノンポリ」という言
葉、「non political」の略語だが、今ではもう懐かしい響きだ。俳句に略語
を使用することの是非を問われそうだが、「デカルトもノンポリのゐて」の
リズムのよさはやはり捨てがたい。青芝に集う若者たちに、これからの日
本の未来を託したいものだ。「阿蘇」9月号に所収。(Midori)>



白菖蒲

2009-08-30 | Weblog
     表裏白無垢仕立て白菖蒲    介弘紀子

白無垢といえば、白一色で仕立てられた花嫁衣裳や死に装束だろうか。
白菖蒲には、どこか凛とした品格と日本古来の美しさがあるようだ。さて、
ここに白菖蒲の花びらを、裏返して見ている作者がいる。「表裏白無垢
仕立て」と、その手つきは、すでに反物を見ているようだ。ぼろ布に喩え
られることの多い菖蒲の花だが、「白無垢仕立て」の思い切った比喩表
現に共感した。「阿蘇」9月号に所収。作者は「ホトトギス」「阿蘇」同人。


涼し

2009-08-29 | Weblog
水涼し静かに落ちしもの乗せて    山下接穂

6月、日本伝統俳句協会の吟行会が八代市の「松浜軒」で行われた。菖蒲、
蓮、河骨の咲く池を前にして私は、吟行の難しさを実感しながら、呆然として
見つめていたのを思い出す。わずかに目に触れたものがありながら、一句に
しようなど思いもしなかった。しかし、上掲句、一瞬をこれほど平明な言葉で
詩情豊かに詠まれたことは、私にとって驚きというよりショックに近かった。
作者の静かなまなざしが捉えた「落ちしもの」に、美しき無常を覚えた。
「阿蘇」9月号巻頭作品。作者は「ホトトギス」「阿蘇」同人。(Midori)



ほととぎす

2009-08-28 | Weblog
いきなりといふうれしさよほととぎす   岩岡中正

虚子の謂う花鳥諷詠は、宇宙を含めた自然諷詠にとどまらず、人事界
まで諷詠できるという。また自分の心の中の風景を言葉に写し取ること
も一つの諷詠だと信じたい。上掲句、全く別のことを期待していた作者
に違いない。ところが期待もしていなかった「ほととぎす」が鳴いたのだ。
飾らない感動の一瞬が、ひらがな表記にも表れているような気がした。
「阿蘇」9月号に所収。「ホトトギス」同人。「阿蘇」主宰。(Midori)



法師蝉

2009-08-27 | Weblog
つくつくぼふしつくつくぼふし愛の欲し   松山足羽

法師蝉の「つくつくほ~し」の鳴き声が聞こえはじめると、夏が
終わったことを実感する。そしていくらかの感傷・・・。「欲ーし
欲ーし」と何が欲しいのかと思えば、「愛の欲し」とは、本気な
のか冗談なのか。どちらにしても、リフレインの効果は大きく、
遊び心が楽しい。「川」主宰。
(Midori)


八月

2009-08-26 | Weblog
   八月へ犠牲フライの上がりけり   三好万美

夏の高校野球は、愛知県の中京大中京高校が、接戦の末、
7度目の優勝を飾った。球児たちの真剣なまなざしに勝者も
敗者もなく、大きな感動を与えてくれた。上掲句、青空へ高く、
犠牲フライ」が上がった。鎮魂の月でもあった8月もやがて
終わろうとしている。満ち潮』所収。「船団」会員。

台風

2009-08-25 | Weblog
  台風圏叩いて枕ととのふる   大島雄作   

気象予報士は、台風圏に入ったことを告げ、真夜中に暴風域に達すること
を予報している。もしかしたら避難勧告も出しているかもしれない。しかし、
作者にとって、台風は寝て待つしかないのだ。「叩いて枕ととのふる」のい
つもとはどこか違う行いに、作者の緊張感が伝わってきた。平成21年角川
学芸出版「俳句手帖」より抄出。「青垣」代表。(Midori) 

莢隠元

2009-08-24 | Weblog
  光年や莢隠元に収斂す   石母田星人

妖精の羽のように美しかった合歓の花が、いつの間にか、まるで隠元豆の
ような実を、ぶら提げているのを見たときのショックは、今もよく覚えている。
しかし、それは「莢隠元に収斂す」と同じ造化だったのだ。それは、ひとつの
季節が収束した事を告げていた。莢隠元が蔵しているものは、過去の時間
とこれからの時間・・・。光年という時間が、一粒の莢隠元に収斂されたかの
ような錯覚を覚えた。句集『膝蓋腱反射』に所収。作者は「滝」同人、「俳句
スクエア」編集長。(Midori)

生身魂

2009-08-23 | Weblog
  親方と今も呼ばれて生身魂    坂本あかり

親方と言えば、やっぱり大工の親方さんだ。仕事には厳しく妥協を許さない、
まさに「技」の世界に生きてきた人だ。そして、今も、尊敬と親しみを込めて
「親方」と呼ばれている。その土地の人にとっても「親方」はいつまでも親方
なのだろう。「生身魂」という季語がよく生かされて情感のある作品に感動
した。「阿蘇」2007年11月号より抄出。作者は熊本市在住。(Midori)

秋思

2009-08-22 | Weblog
   をとこより果てなき秋思もらひけり   川崎陽子

「春愁」と「秋思」、どちらも似ていて異なるものだが、「秋思」の方が「春愁」
よりもどこか深刻だ。「果てなき秋思」であれば尚更だ。しかしこの秋思、男
から貰ったというから、ちょっと羨ましくもなる。恋も、ある意味、秋思の一つ
なのかもしれない。「をとこ」の即物的な捉え方が、甘さを巧く抑制した。
平成21年角川学芸出版「俳句手帖」より抄出。作者は、「河」所属。(Midori)

唐辛子

2009-08-21 | Weblog
唐辛子極道色と云ふべかり    奥坂まや

唐辛子のあの「赤」は、まさに辛さのバロメーターだ。摘み取って充分に
干された唐辛子は、艶やかな光沢を放ち、見ているだけでも実に辛そう。
その唐辛子の色を喩えて、「極道色と云ふべかり」とは恐るべし。極道
色がどんな色なのかはわからなくても、大抵の読者は納得するだろう。
平成20年角川学芸出版「俳句手帖」より抄出。(Midori)

毒茸

2009-08-20 | Weblog
   紅や黄や風土記の丘の毒茸   石垣青葙子

風土記の丘というと、なるほど「赤」や「黄」のイメージだ。縄文時代の土器
の赤、壁画に描かれた象形文字の紅や黄・・・。そして、毒茸といえば、や
っぱり紅や黄だ。しかし毒茸は、原色ばかりではないらしいから要注意。
「や」「や」「の」「の」の軽快なリズムに乗って、「毒茸」が置かれた意外性
は流石だ。句集「万籟」に所収。石垣氏は、「うまや」主宰。(Midori) 

夕焼

2009-08-19 | Weblog
天地のささやき古代蓮ひらく
蛇いちご石の仏にひとつづつ
膝頭まるく線香花火かな
雲梯の一段ごとの夕焼かな   平川みどり


*「滝」8月号掲載 

毛虫

2009-08-18 | Weblog
   残照に身をひるがへす毛虫かな   吉村裕一
                                  「滝」8月号 <滝集>
毛虫を見るたびに思う。毛虫に何の罪もないのにどうしてこうも嫌われているの
かな~?と。たぶんその姿かたちのせいなのかもしれないが、「美」の基準は一
体どこにあるのかとつい考えてしまう。上掲句、何かしら刺激を与えない限り、
毛虫が身をひるがえすことはないと思う。きっと毛虫を退治している作者なのだ。
残照に映える毛虫が、一瞬美しくも感じられた。(Midori)

初浴衣

2009-08-17 | Weblog
  すれ違ふ真水の匂ひ初浴衣   佐々木ひろ子
                              「滝」8月号 <滝集>
浴衣は、入浴後などに素肌にじかに来た「湯帷子」(ゆかたびら)の略であるが、
今では、夏祭などの特別な日に着るお洒落な単衣の着物である。さて、初浴衣
を着た作者はどこで「真水の匂ひ」とすれ違ったのだろうか?真水の匂いは、清
流の匂いをまとった蛍の匂い、あるいは河鹿の鳴く山峡の宿ですれ違った浴衣
の匂いのような気がする。「真水の匂ひ」に初浴衣の清潔感が感じられた。(Midori)