十七音のアンソロジー★。・.:・゜'☆,。.:・゜'★

虚と実のあはひに遊ぶ  Since 2008 by Midori♡ H

涅槃

2014-05-31 | Weblog
ロープ一本涅槃図の慟哭を吊る     荒牧成子

ロープ一本が、「涅槃図」を吊っているのであれば当たり前だが、「涅槃図の慟哭」を吊るという大胆な把握が見事である。「ロープ」の即物的な素材と、「涅槃図の慟哭」という異質な取合せでありながら、人々や動物たちの慟哭が、一つに吊られる様に、大きな詩情が感じられた。意表を突く視点によって詠まれた作品に、作者の力量の大きさを実感。「阿蘇」6月号より抄出。(Midori)

野火

2014-05-30 | Weblog
昃りて色濃くなりし野火の情     井芹眞一郎

野火と言っても、決して一色ではなく、さまざまに色を変えながら燃え盛る。真っ赤というより、まさに「色濃くなりし」瞬間の感動を、どう言葉にしたらよいのか分からず、ただ茫然と見つめていたことがあるが、「野火の情」と、野火に息づく命を発見した作者である。写生の目と心が捉えた野火の情である。「阿蘇」6月号より抄出。(Midori)

遅桜

2014-05-29 | Weblog
一身を渡して橋や遅桜      岩岡中正

「一身を渡して橋や」の措辞から、見えて来るものは、渓谷に架かる吊橋だ。吊橋は鉄橋などに比べると、どこか頼りない。ゆらゆらと揺れれば、一瞬恐怖心も覚えるが、それだけに吊橋を渡り終えた時の安堵感は大きい。「橋」に主体を置かれた叙法によって、橋と作者との間に感じられるのは、そんな微妙なつながり感だろうか。さて、吊橋の向うには遅桜。山間ならではの景に、日常を離れた、安息にも似た詩情が感じられた。「阿蘇」6月号より抄出。(Midori)

ハンカチ

2014-05-28 | Weblog
ハンカチの耳を揃へて聞く話     山本淑子

その日はいつになく少し深刻な話になったようだ。きちんと四角に畳むハンカチを、「耳を揃へて」と表現されて、ハンカチだけでなく姿勢まで正している様子が見えて来る。「聞く」のは作者でありながら、ハンカチの耳までも話に加わっているような楽しさも見逃せない。2013年出版、句集『帰り花』より抄出。(Midori)

卯波

2014-05-27 | Weblog
ミサイルの砕けし卯波かもしれず     千田一路

国と国の境目は国境だけではなく、空や海にもさまざまな境界線があることを知って驚く。これも世界平和のための約束事だと思えば、仕方のないことかもしれないが、ミサイルの出現や無人偵察機の開発などを見ていると、卯波さえ、ふと不安になってしまう。2014年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

更衣

2014-05-26 | Weblog
あやしげなポケットティッシュ更衣     岡田志乃

街角で貰うポケットティッシュだろうか。若者が何気なく近づいて来て、差し出してくれるが、貰っておいてもいいかと思いつい手にしてしまう物だ。何かの宣伝なのだが、あまりよく見もしないで、持ち歩いているのではないだろうか。さて、「あやしげなポケットティッシュ」と認識しながらも、手にしている作者だ。「更衣」が配合されて、軽装となった人々が行き交う街角の何気ない情景が見えてきた。2014年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

風鈴

2014-05-25 | Weblog
江戸や南部や風鈴の氏素性     小川匠太郎

その土地で作られたものは、その土地に古くから伝わる技法や原料によるものだろう。自ずと優れた物となるのも必須。しかし、氏素性となるとあまり穏やかとは言えないが、江戸や南部の風鈴と聞けば、どこか風鈴の音色も違って聞こえそうだ。2014年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

2014-05-24 | Weblog
何もせぬつもりの十指蚊を打てり     山川幸子

今日は何もしないと決めているのか、あるいは脱力感に襲われているのか、両手は無気力に下げられたままだ。しかし、十指に一瞬の動きがあった。何もせぬつもりの指が、蚊を打つために働いたのだ。生きているということは、こういう事なのかと、気づかされた一句。2014年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

火取虫

2014-05-23 | Weblog
たましひにたかるアメリカシロヒトリ     高橋 龍

蝶と蛾の違いは、羽を閉じて停まるのが蝶、羽を開いて停まるのが蛾、というほどの違いはあるようだが、先日のテレビ放送で、「今でしょ」の林先生によると、「蝶と蛾の違いはない」ということだった。フランス語では、ともにpapillonだとも。林氏の結論は、人間がイメージを創り上げたというようなことだったが、確かに蝶と蛾とでは大きく違う。さて、アメリカシロヒトリは蛾の一種だが、イメージからして蝶は「たましひにたからない」気がする。2014年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

2014-05-22 | Weblog
たかんなの十三階のワンルーム     鳥居美智子

庭のある家は、開放感があって良いものだが、次々に生える草に辟易してしまうとマンションに移りたいと本気で考えてしまう。さて、こちらは、十三階のワンルーム。ワンルームには違いないが、皮を脱いだばかりの若竹の一節だ。どんなお姫様が住んでいるのかと、想像が膨らんだ。現代的な発想が楽しい一句。2013年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

はだれ野

2014-05-21 | Weblog
はだれ野や地平の先に光る海     谷田節子

春の季語、「斑雪」の傍題に、「はだれ野」があるので、まだらに降り積もった雪の野と解したらいいのだろうか。そのはだれ野が広がる地平の先に、小さく光る海を見つけた作者だ。きっと雪に覆われていたときには、雪の白さに紛れて気づかなかったのかもしれない。「光る海」に、春がすぐそこに来ていることを知った作者の感動が伝わってきた。「滝」5月号〈滝集〉より抄出。(Midori)

昭和の日

2014-05-20 | Weblog
窓開けて買ふ駅弁や昭和の日     中井由美子

列車の窓を両手で持ち上げて開けていたレトロな時代があった。しかし、空調設備の完備と高速化は、窓の開閉ができない構造へと変えてしまった。高速化は、停車時間さえ惜しむかのようだ。今も日本のどこかに、窓を開けて駅弁を買うことができる駅があると思うと何だかほっとする。長閑な旅の途中で買う駅弁は、土地の人々の温かいもてなし。「昭和の日」に思い出される懐かしい日本の文化だ。「滝」5月号〈滝集〉より抄出。(Midori)

花種

2014-05-19 | Weblog
花の種秘めたる色の音を聞く     鈴木清子

花の種は、大抵黒色か茶色に決まっている。どんな花の色なのかは、咲いて見なければわからない。それを「秘めたる色」と詠んだ作者である。種袋を振ったときに生じる音が、花の色によって違っているかのような、「秘めたる色の音を聞く」という断定が、花への期待感の大きさを物語っている。「滝」5月号〈滝集〉より抄出。(Midori)

2014-05-18 | Weblog
星々のざわめき蛇の穴を出づ
花の夜の水占ひの文字濡れて
都心の灯蹴つて一人の半仙戯
いちまいの空の捲れる山火かな    みどり


*「滝」5月号〈滝集〉菅原鬨也選

黒揚羽

2014-05-18 | Weblog
黒あげは来て青馬を口説きけり     阿部風々子

黒揚羽の神秘的な存在感によるものだろうか、青馬とは、大きさも種類も全く異なる生き物でありながら、なぜか物語性を感じてしまう。アダムとイブが蛇にそそのかされて、神に禁止されていた知恵の実を食べてしまったように、黒揚羽がふっと来て青馬を口説けば、何がはじまるのだろうか。独創的な発想がとても楽しい作品。「滝」5月号〈渓流集〉より抄出。(Midori)