十七音のアンソロジー★。・.:・゜'☆,。.:・゜'★

虚と実のあはひに遊ぶ  Since 2008 by Midori♡ H

日記買ふ

2012-12-31 | Weblog
我が生は淋しからずや日記買ふ   高浜虚子

多忙な日々を送っていたと思われる虚子だが、
ふと感じる一抹の淋しさは、虚子とて同じ。
「淋しからずや」の問いかけに対する答えが、
「日記買ふ」となって新しい年を迎えたのだろうか。
「ホトトギス新歳時記」より抄出。(Midori
)

煤払

2012-12-30 | Weblog
妻癒えて小言も楽し煤払     淺井多

妻の主導型で煤払いをしている作者。
いつもはうるさいだけの小言が、今日は楽しい。
妻の小言が聞けるほど、妻の病が癒えたから。
「日本伝統俳句協会」カレンダー 2010より抄出。(Midori)

時雨

2012-12-29 | Weblog
時雨るるやいま窯変の日本海     廣瀬直人

時雨がもたらす海の色。
日本海の表情は、時雨によって大きく変わる。
「今窯変の日本海」の大胆な把握が素晴らしい。
「俳句」平成24年6月号より抄出。(Midori)

寒芹

2012-12-28 | Weblog
岩水に濯ぐ寒芹銀雫     湯本牧人

清冽な岩水に寒芹を濯げば、
寒芹の生命力のほとばしりとも言える「銀雫」。
「寒芹」という季語の在りようが、清らかな光の中で、
余すところなく描写されている。
2013年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

2012-12-27 | Weblog
クリムトの接吻以後が枯世紀    宮坂静生

何やら、魅力的なフレーズに、混沌とした枯世紀がよく似合う。
クリムトは、オーストラリアの画家で、代表作は「接吻」。
世紀末を象徴的に表現したことで知られる。
世紀末を枯世紀に置き換え季語を組み込んだ技は流石!
2013年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori
)

冬紅葉

2012-12-26 | Weblog
冬紅葉見てゐて燻つてきたる     中村堯子

冬紅葉は、秋本番の紅葉よりも、ずっと赤が極まり、
その美しさに思わず見とれてしまうほどだ。
きっとこの冬紅葉も燃えんばかりに色づいていたのだろう。
わが身が、いつか「燻つてきたる」という感覚は、
冬紅葉の色による体感だったのだろう。
2013年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

マスク

2012-12-25 | Weblog
マスクしてみんな弱気になつてをり   中村菊一郎

目に見えないものは、どう防ぎようもなく、
せめてマスクして、自己防衛を計るしかない。
どれほどの意味があるのかさえわからないというのに・・・。
しかし、「なつてをり」の傍観的余韻は、
「弱気になるな」の叱咤激励のメッセージを感じる。
2013年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

懐手

2012-12-24 | Weblog
遅れ来て是是非非主義の懐手   千田一路

遅れ来て、是是非非主義、懐手、
どれを取ってみても、傍観的。
懐手して見ているしかない世の中だけど、
じっと見ていることが必要な世の中。
2013年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

クリスマス

2012-12-23 | Weblog
ジングルベル昔ときめき今嘆息    河野 薫

山下達郎、マライア・キャリー、ワム・・・
ラジオから定番のクリスマスソングが流れると、心が弾む。
作者も昔はときめいたというが、嘆息が出るのは、
まだまだ、何かを期待している証拠。
2013年版「俳句年鑑」より抄出。(Midori)

雁来紅

2012-12-22 | Weblog
かまつかの路地に消えたる女かな    佐々木經義

かまつかの強烈な赤は、思わず惹きつけられてしまう。大抵、ひとかたまりに植えられていて、赤く色づいてはじめてその存在に気づく。さて、「かまつかの路地」に消えていった一人の女性。余程、インパクトのある女性だったのか、かまつかが印象的だったのか?なぜか気になっている作者。「かまつか」を見るたびにその女性を思い出すという条件反射が成り立てば、ますます想像は膨らむばかりだ。「滝」12月号〈滝集〉より抄出。(Midori)

一位の実

2012-12-20 | Weblog
頬杖に不意の涙や一位の実     田口啓子

日頃は胸の奥深くにしまい込んで、その存在すら忘れてしまっていること、あるいは、そんなものすらない平穏な日々を送っているのかも知れない。しかし、ふと訪れた空白の時間に頬杖をつけば、訳もなく流れた涙・・・。生きることの緊張感からふっと開放された瞬間だ。「一位の実」がすっと配されて、端正な作者の暮らしぶりが偲ばれた。「滝」12月号〈滝集〉より抄出。(Midori)

2012-12-20 | Weblog
傷つきて傷つきて鮭星になる     鈴木要一

宮沢賢治の童話、「よだかの星」を思い出す。よだかは自ら願って星になったのだが、鮭は、それとは少し違う。産卵のために生まれ故郷の川を遡り、上流で産卵を終えた鮭はまもなく死んでしまう。壮絶な鮭の一生はドラマティックでもある。だからこそ星にった鮭に感動を覚えるのだろう。

爽秋

2012-12-18 | Weblog
     爽秋の風遊びゐる能舞台     鈴木三山

「爽秋の風遊びゐる」という表現は他にもありそうだが、「能舞台」と置かれると、途端に魅力的な空間が立ち現れる。風の遊ぶ場所に「能舞台」を持ってきた手柄は大きい。シテとなり、ワキとなる風を想像するのは楽しい。人気のない能舞台に、「風」の存在を見た作者の感性の賜だ。「滝」12月号〈滝集〉より抄出。(Midori)

おけら鳴く

2012-12-17 | Weblog
おけら鳴く土の上なる夜の厚み    相馬カツオ

おけらのあの「ジー」という鳴き声は、秋の深まりとともに、夜の重量感を感じさせる。「土の上の夜の厚み」とはそんな感覚だろうか?鈴虫や蟋蟀では決して得られなかった感覚だ。「滝」12月号〈滝集〉より抄出。(Midori)

神無月

2012-12-16 | Weblog
日時計の影の行方や神無月    清野やす

一瞬、日時計の影の行方?と思ってしまったが、考えてみれば、「日時計」というだけあって昼間の晴れの日しか日時計の影は見ることはできないのだった。しかし、見ることができないからと言って、「当たり前」と思ってしまえばそれまでのこと。俳人の目は「神無月」を配して、詩に昇華させることに成功した。「滝」12月号〈滝集〉より抄出。