蟻の這い出る隙
私は東京で5年間生活した経験がある。その5年間で、「春が来た、春が来た、どこに来た。」とか、「春よ来い、早く来い。」などと歌われるような春が来た喜びや、春を待ち望む気持ちがよーく解るようになった。
それまで、私は暑さに弱い体質だと思っていたが、それは沖縄に住んでいる限りのことであった。私は、ホントは寒さに弱い体質なのであった。東京の冬を、6回目も経験するほどの根性は無かった。何しろ、死ぬほど暑いといっても、じっとしていて死ぬことは滅多に無い。死ぬほど寒いといってじっとしていると、死ぬ。
沖縄に帰ってからは、7、8、9月の三ヶ月、じっと我慢して過ごすことが続いたが、東京の冬をじっと我慢するよりは楽である、と感じている。沖縄の冬は、時々「ひぇー寒い」と感じる日があるが、それでも10度切るか切らないかの気温なので、屁みたいなものである。しかも、そんな日が1週間も2週間も続くことは無い。というわけで、沖縄に住んでいると春の喜びなんてものはあまり感じない。
実は数年前から、「春は喜び」どころか、「春は嫌だなあ」と思うようになっている。春の職場が嫌になっている。「春は仕事が忙しくなるから嫌」なのでは無い。
数年前から、職場に、それも私のデスクのすぐ傍に、サシアリが巣を作ったみたいで、デスクの周りで多数見かけるようになった。サシアリは人の皮膚を噛む。噛まれると痛痒い。イライラする。春になるとサシアリが活発に動くようになり、それに皮膚を噛まれてイライラする。よって、私は春になると嫌だなあと思うようになっている。
目の前をうろちょろしているサシアリが、ほんの数分も経たないうちに靴下の裏側、Tシャツのお腹の辺りの内側を噛んでいる。Tシャツの布の目は、まあ、割と粗いのでアリが進入することもあろう。が、靴下の布の目は細かい。そんな細かい目からもサシアリは進入する。ごく小さいアリなのである。彼の這い出る隙間はごく小さい。
イエヒメアリ(家姫蟻):膜翅目の昆虫
アリ科ヒメアリ属 琉球列島、熱帯、亜熱帯各地に分布 方言名:アイ、サシアイ
屋内に生息し、小さいことからイエヒメアリ(家姫蟻)という名前。ウチナーグチ(沖縄口)ではアリのことをアイ、またはアイコーと言うが、本種は人を刺す(噛む)ことからサシアイ(刺し蟻)と、特別な名前がついている。
家の中で最も多く見かけるアリ、家の中の畳の下、壁の裏、家具と壁の隙間などに営巣する。食物を嗅ぎつけると、その巣から大量にやってくる。
参考にしている『沖縄昆虫野外観察図鑑』には本種の紹介は無かった。同属のフタイロヒメアリはあって、その紹介文の中に、仲間として本種の名前があった。フタイロヒメアリの体長は2ミリと記載されているが、イエヒメアリの体長については書かれていない。私の経験では2ミリの長さは無い。1ミリから1ミリちょっとくらい。
上述の通り、人の皮膚を噛む。皮膚を食べているのかもしれない。痛痒いのでとても気になる。イライラしてくるほど。このアリを見つけた際は、できるだけ殺している。
記:ガジ丸 2007.7.15 →沖縄の動物目次
参考文献
『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行
『名前といわれ昆虫図鑑』偕成社発行