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敬老の日に母の長寿を祈って書いた「般若心経」の写経を贈った
今年92歳になった母は、耳が少し遠くなったことと、足が弱ったことを除けば、いたって元気で、自分のものは自分で洗濯したり、われわれが行った時のおみやげにと今も畑で野菜を栽培している。
兄貴夫婦と一緒に暮らしているが、自分の健康のことで
「子供たちには、迷惑をかけたくない」
が口ぐせで、体に良いと聞けばすぐに実践するなど、自分の健康管理には人一倍気をつけている。
その努力には、本当に頭が下がる。
母は19の春に当家に嫁いで来て、6人の子供をもうけたが、6人が6人とも全部男であった。(6人のうち2人は幼児期に亡くなってしまった。)
母は余程女の子が欲しかったのだろう、われわれが長じた後も、みんなが集まった席などで、
「お前たちの中の一人でも女の子だったら、もう少し張り合いがあったのに・・・・」
とせんない繰言をしばしば口にする。
母の第2の口ぐせである。
その母には、一人だけ残っている同級生の幼なじみがいる。
その幼なじみは、近所に住んでいて、以前はちょくちょく母の所に遊びに来ていたようだが、さすがに最近はもっぱら電話で色々と四方山話を楽しんでいるらしい。
その幼なじみは、母と対照的に娘がいっぱいいて、何かにつけて、あちこちに連れて行ってくれているようで、その孝行話しを、自慢げに長々と母は聞かされるらしい。
それが母にとっては、何ともうらやましいのだろう、われわれ息子たちが集まると、「お前たちは、まったくたまにしか顔を見せないし、来れば来たで黙ってばかりで、ろくに話しもしない」
「これだから男の子供って、張り合いがなくて、全くつまんない」
と毎度決まったせりふを聞かされる。
母の第3の口ぐせである。
「おれは、いつもこのての話を聞かされてるんだ。お前たちも、おふくろの体が動くうちにたまにはどこか食事にでも連れて行ってやれよ」とは、母と同居している長兄の弁。
どこかに連れて行って欲しいという母の思いの中には、多分に幼なじみへの対抗心があるのだろうが、それにしても92歳になっても出かけたい、という気持ちがあること自体が凄いと思った。そして、この「好奇心」が92歳の母の元気の源なのかも知れないと思った。
9月15日は敬老の日。
敬老の日の贈り物は、いつも何にしようかと頭を悩ます。
そこで今年は市販の品物でなく、小生が気持ちをこめて書いた「般若心経」の写経を額に入れて贈った。
「お前が一生懸命書いてくれたものをもらって、うれしいよ」と母が喜んでくれた。
今年の敬老の日の贈り物は、われながら「いい、アイデアだった」と自画自賛している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/07/338f803af13bc60875e6e08213dab8eb.jpg)
「般若心経」の写経と一緒に書き込み式の「えんぴつ写経」を贈った
般若心経の意味がやさしく解説されているので、鉛筆で写経し、
経文を音読すれば一石三鳥の効果である
敬老の日のプレゼントに般若心経の写経とは恐れ入りました。
でも、うちらは親父達のことはまだまだ「ご老人」だとは思ってないので敬老の日プレゼントはしばらく期待しないでね(笑)。
久しぶりのコメントありがとう。
コメントが何よりの贈り物ですよ。