折々の記

日常生活の中でのさりげない出来事、情景などを写真と五・七・五ないしは五・七・五・七・七で綴るブログ。

「季節の移ろい」を感じた朝

2008-09-10 | 日常生活
その日の朝の佇まいは、昨日までの朝と明らかに違っていた。


先ず、空の色が違っていた。
抜けるような青空であった。

そして、空気が違っていた。
さわやかで頬に当たる風が何とも心地よかった。


愛犬のパールと朝の散歩コースを歩きながら、季節が移ろい、夏が終わって秋が来たことを肌で感じた。


いつもはそのまま通り過ぎてしまう公園のベンチに座って、思いついたことをメモする。


* 今までだったら、歩くとじっとりと不快だった汗が、今朝はさらっとして、微風が心地よい。

* 昨日までは、暑さのため長い舌を出して、ハアッハと荒い呼吸をしていたパールの呼吸が今朝はすっかり落ち着いている。


しばしメモの手を休めて風に揺れる満開の<黄花コスモス>をカメラに収める。



散歩コースにある公園に咲く<黄花コスモス>
手前はメモを書いたベンチ


そして、メモの書き込みを再開する。


* 考えて見れば、これまで季節の移ろいを肌で感じたことなどあったろうか、恐らく初めてだろう。

* 自分もこういうことに興味、関心を持つような年齢になったということなのだろう。

* つかの間、こんなことを考えさせるのも、秋が来たと言う証なのだろう。


朝日が差し込む公園のベンチに座って、しばし取りとめのない物思いの時間を楽しむ。


散歩を終えて家に戻るとそんな陽気に誘われてか、その日たまたま休暇を取っていたかみさんが、朝食が終わるとカーテンを洗濯したり、家中の大掃除をしたりと俄然張り切りだした。(お陰で、小生は居場所に困ったのだ!)

さわやかな季節は、人をリフレッシュし、やる気を起させるようだ。


翌日の朝、新聞を読んでいたら、こんな文章に出会った。

<夏と秋とゆきかふ空のかよひぢはかたへ涼しき風や吹くらむ>と古今和歌集にある。
二つの季節が行き交う空を、「ゆきあいの空」と呼ぶ。体ひとつで暑さに耐えるしかなかった古人は、秋が夏を追いやる日を待ち焦がれたことだろう。(9月9日付け朝日新聞「天声人語」より抜粋)

昨日の今日のことなので、「おっ、さすが天声人語!」と我が意を得たりの思いで興味深く読んだ。