北朝鮮の粛清は、時代遅れの独裁政治の実情を示しているが、日本政治の状況も、秘密保護法であるとか、原発再稼働であったり、憲法改悪の企みであるとか、為政者の姿勢において、同様な、古さを感じないわけにはいかない。
民意軽視もさることながら、人間社会を考える上において、深い洞察がないようにみえる。国益などと言い放って、何の反省もない。恥ずかしい見識といわねばならない。中国、韓国の為政者も、視野の狭さが目立つ。これこそ、人類社会にいま、矛盾を噴出させている元凶である。
そもそも、政治家になろうとするものが、普通人の感覚をもっていないとすれば、恐ろしいことである。一方、山本太郎氏のような人は、極めて健全だと思う。マスコミの報道ぶりは、相当の変人扱いをしているようにみえるが、それこそ、マスコミの姿勢の方に問題があるとみたい。
先に書いた、伊勢谷氏もそうだが、まことに、好ましく、真っ当である人がいて、明らかに、おかしな傾向に対して、明確な意見を持つ人が増えてきているように思う。
おかしいことをおかしい、と言い出す人が増えてきている。そのことで、いままで、矛盾とも思っていなかったことが、実はおかしいことだ、との認識が広がっている。
矛盾がみえてきて、それを指摘する人が増えてきていることは、矛盾が次々と暴かれ、指摘され、矛盾が噴出していることとなる。