風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 @サントリーホール(11月8日)

2021-11-10 21:49:02 | クラシック音楽


ウィーンフィルとの共演は、私の人生のうちで最も大切なものであり、オーストリアは私にとって第二の祖国になった。音楽ばかりでなく、人間関係も培われていった。このオーケストラは私がスカラ座を去ったばかりで難しい立場にあったときも、私の傍らにいてくれた。ウィーンフィルは私にとって、まさに”運命の”と呼ぶにふさわしいオーケストラである。
(公演プログラムから『リッカルド・ムーティ自伝 はじめに音楽 それから言葉』より)

ウィーン・フィルは私の音楽人生の一部であり、ウィーンフィルがなければ、私は異なった音楽家になっていたでしょう。彼らからウィーン音楽の典型的なフレージングを学びました。また多くの音楽的なアイデアを習得しました。私にとって”ウィーンフィルの音楽の作り方”が、まさに音楽の理想型なのです。
(公演プログラムから「2021年ニューイヤーコンサート前のインタビュー」より)

1年ぶりのウィーンフィルの演奏会に行ってきました。
これほど長く海外のオーケストラが来日できない状況が続くとは、昨年の今頃は思いもしなかったな…。あのウィーンフィルの来日の後に他のオケも続くかと思いきや、そうはならなかった。この2年間で来日できてるのってウィーンフィルだけだよね。それでも、たとえ裏で政治的アレコレがあろうとも、ウィーンフィルの音楽を今年も東京で聴けたのは素直に嬉しい。
今年はムーティとウィーンフィルの初共演から50周年で、このコンビでの来日は2008年以来13年ぶりなのだそうです。
※追記:9月にプラハ・フィルが来ていたことを今知った!なぜこんなに話題になっていないの…?


【シューベルト:交響曲第4番 ハ短調 D. 417「悲劇的」】
クラシック音楽ド素人ブログの気楽さで正直に書いてしまいますが・・・・・、感動した方はすみません。この演奏、私には全く良さがわからなかった・・・・・・。
音の歌わなさ&弾まなさには2016年のムーティ&シカゴ響の悪夢も思い出したけれど、今日の演奏はそれ以前の問題というか、ムーティの解釈云々以前の問題のように私の耳には聴こえたのでありました。
各楽器が自分のパートをきちんと演奏しているという音以上のものが聴こえず、なんとなくバラバラしている印象というか、音楽全体が自然に流れないで最後までぎこちないままで終わってしまった。
音も確かにウィーンフィルの音ではあるけれど、そうであってそうじゃないというか。私が知ってるウィーンフィルの音はこんなもんじゃない、これが昨年あの火の鳥を演奏したオケだろうか、これが春にあのマクベスを聴かせた指揮者だろうか、と首を傾げながら最後まで聴いてしまった。
いくら”ウィーンフィルの通常モード”という言葉が巷に存在しているとはいえ、この演奏はそれでさえもなかったように感じられたがなあ。。
ムーティの解釈も確かに重かったのだろうけど、たとえそうでも音楽が自然に流れることは可能だったはずと思うの。ポゴレリッチの演奏が通常の倍の遅さでも、ちゃんと自然に流れているように。ウィーンフィルならそれくらいの実力は十分にあるはずなので、なぜなのか不思議だった。

【ストラヴィンスキー:ディヴェルティメント~バレエ音楽『妖精の接吻』による交響組曲~】
このストラヴィンスキーからは、だいぶ記憶の中のウィーンフィルの音に近づいてきたように感じられました(うわーエラそうにごめんなさい でも本当にそう感じたの…)。
昨年の『火の鳥』の感想でも書いたけれど、ウィーンフィルの音色のストラヴィンスキーは私の好みにドンピシャ。最強。ただ演奏しているだけなのに、ただ何気なく音を出しているだけなのに(そう見えるのに)、どうして一瞬でこんな異世界が浮かび上がるの?
このメルヘンな素朴で甘い音…。そのうっとりする甘美さにプラスされる気ままさというか自由さというか、奔放な人間味と官能性。微かに見え隠れする退廃性。そんなウィーンフィルの音の個性はストラヴィンスキーに物凄くはまる。ウィーンフィルからしか聴けない演奏だと思う。
そしてこの曲は木管が大活躍で楽しい(ストラヴィンスキーの木管の使い方好き♪) 特に大活躍だったフルートのSchützさん(←お名前はSNS情報より)は、最初に舞台に出てきたときも座った後もP席やLA、RAの客席を見渡してニコニコニコニコ。海外のオケって近くの客席に至近距離で笑顔をくれる人懐こい奏者さんが多いですよね。目が合うと反射的に微笑むのは欧米人の国民性なのかもしれないが、日本のオケにはないこういうところ、好きだな。
それにしてもクラリネット(Ottensamerさん)とフルート(1stがSchützさん、2ndがAuerさん)がただ音を繋ぐだけで、ヴァイオリン(Steudeさん)やヴィオラ(Tobias Leaさん。この方もずっとニコニコされていた)や他の弦がただ同時に弾いているだけで、ホルンがただ朗らかに吹いているだけで、どうしてこんな異世界の物語世界が立ち上るのか…。ウィーンフィルの音って、幸福な音がちゃんと幸福に聴こえる長閑さもいい。一方で火の鳥のときと同様、とんがったキレキレの強奏も素晴らしかった(ウィーンフィルのこういう音も大好き!)。
ムーティはきっとこの曲が好きなんだろうな。前回の来日でもこの曲がプログラムに入っていたし、youtubeでこの曲を検索するとムーティ指揮の演奏が出てくる。
ところでこのバレエの初演の振り付けはニジンスカだったそうですが、ストラヴィンスキー&ニジンスカでも委託元はバレエ・リュスではないんですね。なお今回予習に使った映像は、モスクワ・クラシック・バレエ団のマラーホフ主演のものでした(マラーホフが若い~)。

(20分間の休憩)

【メンデルスゾーン:交響曲第4番 イ長調 作品90「イタリア」】
おお、音の密度が休憩前とは違う これよこれ、私が昨年恋に落ちたウィーンフィルの音は!
そしてゲルギエフ×ウィーンフィルとも違う個性の、ムーティ×ウィーンフィルならではと感じられる音!
一楽章から聞き惚れました。明るくて、でも明るいだけじゃない音の艶。
こういう言い方はできるだけしたくはないけれど、こういう音を聴いていると、日本にオーケストラには絶対に出せない西洋の長い歴史や文化の上に成り立っているさりげない凄みのようなものを感じるんです。そしてそれは彼らが努力して作っている音ではなく、努力して作れる音でもないように思う(同様に、たとえば歌舞伎の世話物などには日本人にしか出せないさり気ない凄みがあると思っている)。
一楽章が終わったときのムーティ、満足そうな表情をしていたなあ。この時だけじゃなくこの曲の間ずっと、時々零れるような笑顔を見せて、楽しそうで嬉しそうでした。Leaさんとも笑顔でアイコンタクトしたり。いいねえ。
三楽章のハーモニー、美しいという言葉では表せない音が舞台から広がっていた。なんだかとにかく凄いとしか言えない、もはや音ではない何物かがそこにある感覚。人間ってこんな美しさを作り出すこともできるのか、と昨年も感じた人間への信頼回帰のようなものを今年も力強く感じさせてもらえました。
そして四楽章。うまい、うますぎる。なんだあのめちゃ速な弱音のヴァイオリン。技術的な意味ではなく(いや技術もすごいんだけど)、あの独特の音の凄み。ヴァイオリンだけじゃなくウィーンフィルのどの楽器も、すごくさりげなく演奏しているように見えるのに、どうしてあんな音が出るのか…。本当に「ウィーンフィルの音」ってありますよね。今年も「世界一のオーケストラ」という言葉が頭に浮かぶ。その同じオーケストラがああいう『悲劇的』を演奏するのはなぜなのか。ウィーンフィル七不思議だ。。。
そして最良の演奏では必ず感じられるオーケストラ全体が指揮者を中心に一人の人間、一つの心になったような感覚も、この曲ではしっかりありました。
今日のムーティは春祭のときよりも更に動きが少なかったけれど、ちゃんと最初から最後まで奏者達に目を光らせていたように見えました。省エネというよりはリハーサルでちゃんと伝えてあるから奏者達を信頼している感じで、あえて動く必要がないところは動かずに、重要な部分や気になる部分の修正のときには動く感じだった。ああここでムーティはこういう音を欲しているのだな、というのがとてもよくわかる指揮。やっぱり私のようなド素人には指揮者の表情や細かな動きが見える席は勉強になるし楽しい。
ちなみに今回はLA席だったんですけど(音のバランスはP席よりも悪いように感じた)、ムーティが演奏中に何度もこちらの方を見上げながら指揮するのですよ。チラッとかじゃなく、結構長い時間。正面のP席ならわかるけど、なぜLA?目が合う錯覚を持てて楽しかったけど、ムーティは左上を見る癖でもあるのか。それとも後ろの関係者席に知り合いでもいたのかな。
そんなわけで、ストラヴィンスキーとこのメンデルスゾーンが聴けただけで、あのシューベルトの演奏分はチャラどころかたっぷりお釣りがくる!と大満足なところに、アンコール。

【ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲(アンコール)】
ムーティが客席を振り返って「Verdi, La Forza del Destino」(←ネット情報)と言った瞬間に客席大喜び。大声で言ったわけではないのにあれを瞬時に聞き取れるとは、お年寄りも多かったのに客席のリスニング力半端ないな…。私は「ヴェルディ」しかわからなかった。そもそも『運命の力』のイタリア語名を知らなかったが。
今日のプログラムのアンコールがこの曲であることはSNS情報で知っていて、youtubeでもウィーンフィル以外のオケの演奏のものを聴いていたけれど、やっぱり生で聴くと迫力も美しさも全然違いますね!ただただ圧倒される。
そしてウィーンフィルの音色!
最初の金管の咆哮の響きから、息を止めて聴き入ってしまった。
昨年アンコールで『ウィーン気質』を聴いたときに「この一曲を聴けただけでもこのチケット代を払う価値ある」と感じたけれど、この演奏も同じでした。
しかしあんなただならぬ(といっても本人達は全く無理していないのだろうけれど)メンデルスゾーンの四楽章を演奏した後で、よく間をあけずにこんな更にただならぬ演奏ができるものだ。私はまだ魂が抜けてぼんやりしているというのに。プロだなあ。
この曲ではムーティは別人のように動きまくっていたが、そうよね、全部の曲でこんな風に動きまくっていたらさすがに体力もたないよね。全くそうは見えないけど、ムーティも今年80歳。
それにしてもこの官能的で劇的な音よ。。。。。。。。。
「ウィーンフィルは私にとって、まさに”運命の”と呼ぶにふさわしいオーケストラである」とムーティは言っているけれど、そんなコンビによる『運命の力』はまさに別格でした。これは完全にムーティ指揮だから聴けた音で、やはりムーティのヴェルディってずば抜けているのだなと再認識したと同時に、ウィーンフィルとのコンビだから聴けた音だと思う。
一日たってもあの音色が耳から離れません。

Aプロも伺います

「私が初めてサントリーホールで演奏したのは1989年の春、フィラデルフィア管弦楽団との公演でした。ホールの音響の素晴らしさが印象的でした。エレガントで濃厚な響きが美しく、『まるでチョコレートを溶かしたカップにスプーンを入れるようだ』と感じたのを覚えています」
『Hibiki』Vol.16より)

”チョコレートを溶かしたカップにスプーンを入れるよう”
イタリア人指揮者の感想らしくて大変よい


18時開場かと思っていたら(コロナ禍になってからそうだったよね…?)、以前どおり18:20開場だったので、ホール前で時間を持て余してしまった。


この開場の合図のパイプオルゴール、目の前でちゃんと聴いたの初めてかも。遊び心があっていいねえ


3日の公演の写真です。

La Forza del Destino, Verdi (obertura)

ムーティ指揮ミラノ・スカラ座フィルの『運命の力』。こちらもほの暗い音色がいいですねえ。今日の演奏、この映像の3:10~のクラリネット→オーボエ→フルートのソロが歌い継いでいくところの空気も凄かったです。

Mendelssohn, Italian Symphony (Haitink)

ハイティンク追悼。
1997年のロンドンフィルとの『イタリア』。今日の演奏よりも軽やかで、こちらもとってもいいですよ。ロンドンフィルって昔ユロフスキで一度聴いたけど、こんな艶やかな音が出ていた記憶がないな。音響のよくないRoyal Festival Hallで聴いたせいもあるかも。

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