風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

立ちのぼる生命(いのち) 宮崎進展 @神奈川県立近代美術館 葉山

2014-07-21 17:04:49 | 美術展、文学展etc




人間が生きること、そして、死ぬことの意味を、わたしは、まさにシベリアで知ったのです。死ばかりでなく、命の賛歌も、そこで体験したのです。
(2004年作者)

宮崎が描こうとしたのは、戦争や抑留そのものではなく、その生死を越える極限の中で知った、人間を人間たらしめている根源的な力、打ち負かされることなく生きるためにさまざまなものを創り出す力、そして、大いなる自然の一部としての人間という何よりも強い存在そのものです。
(図録より)


先月のことになりますが、最終日に行ってきました。
宮崎進さんは現在92歳、鎌倉にアトリエがあります。
以前から知っていた作品も写真から想像していたより遥かに大きな作品であったことにまず驚きました。舞鶴の引揚記念館で彫刻を見たことはありますが、絵を見るのは今回が初めてです。
キャンバスに貼られた麻布の立体感とその力。絵画はどれもそうではありますが、特に宮崎さんの作品は“実物を見て初めて感じられるもの”が非常に大きいように感じました。
作品から発せられる強烈な生命力に、ただただ圧倒されるばかりでした。
抽象のようで抽象でない。
それを肌で知っている人にしか表現できないリアルな説得力。シベリアの風。

北の果ての収容所での終わりの知れない捕虜生活がどのようなものであるか、皆さんは想像できるでしょうか。
終戦と同時にソ連の“労働力”として満州から強制連行された60万人の若者たち。
彼らは-40度の極寒の地で強制労働を強いられ、その10分の1の方々が亡くなったと言われています。
戦中ではありません、戦後の話です。
昭和20年8月15日は終戦の日と名付けられていますが、それは決して戦争の「終わり」ではありませんでした。

今回の会場は、展示作品の配置が素晴らしかったです。
二つの『花咲く大地』の間、その奥に見えるのは、隣室に展示された『泥土』。その手前には、彫刻『横たわる』。そして、それらの絵と向かい合うように遥か部屋の反対側の壁に展示された、最新の『花咲く大地』
この配置で見ると、『花咲く大地』の黒色は、死臭漂う『泥土』に通じるものなのだということがわかります。その中から強い生命力で芽吹き、咲く、血の色にも見える真っ赤な花。
それらに囲まれて『横たわる』人物は、一体何を見、何を思っているのでしょう。
彼は中国やシベリアの土となった兵士なのか。それとも、絶望の淵にありながらもシベリアの短い春に歓喜し、咆哮を上げ、大地に横たわり、遠く日本へと続く空を見上げている抑留者でしょうか。
極限状態に置かれた若い肉体と精神は、死の匂いの充満する凍土の中に虚無だけでは決してない、圧倒的な大自然と、そこに生きる生命の力もまた、感じとりました。
同じく抑留者であった私の祖父は帰国後、マラリアに苦しみながら、繰り返し、地平線にどこまでも続く黄金色の向日葵の絵を描いていました。向日葵はロシアの国花です。

そして『すべてが沁みる大地』
会場の最後に泥土とともに展示されていたのが、1992 年に描かれた四つの小品。そして会場の最初の部屋、入口近くに展示されていたのが、1996年に描かれた同名の大作でした。
汗も血も涙も、再び母国の血を踏むことが叶わなかった者達の肉体も、すべてが沁みる、白い大地。

会場は空いていて、皆さん2時間近くゆっくりと絵と向き合われていました。
戦争について、人間について、静かに感じることができた空間でした。


現代、人間も世界も大きく変わり、多くの犠牲を払ったシベリアの現実も、風化して忘却の波に洗われ、このままでは何もなかったのと同じになってしまうのではないか。体験した者たちは、ただ沈黙して消えていくのだろうか、身をもって体験した者が沈黙しているのは、決して忘れたということではない。不条理の中の犠牲者たちの鎮魂には、生き残った者にきざす無常の思いを、かたちに置き換える拠りどころがなければならない。

(『鳥のように―シベリア 記憶の大地』より作者。2007年)


※日本経済新聞 『宮崎進展、一原有徳展 見えないものが浮かび上がる』

劇団四季 『異国の丘』(2013年7月)

日曜美術館 『宮崎進 ~シベリア・鎮魂のカンヴァス ~』




『泥土』部分(2004年)


『花咲く大地』(2004年)









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