風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

『漱石悶々 ~夏目漱石最後の恋 京都祇園の二十九日間~』

2020-05-03 12:20:52 | テレビ




私はただ、この、淋しさを軸とした堂々めぐりが人生というものではないかという問いを設定した漱石に感謝するばかりである。この問いがあることを知っているだけでも、人生、だいぶ生きやすくなると思うからだ。

(井上ひさし 『文学強盗の最後の仕事』)

巣ごもり生活中の見逃しドラマ視聴プロジェクト第二弾は、『漱石悶々』(2016年)。
『精霊の守り人』に続いて観始めたら、いきなりシュガ様が登場して驚く林 遣都さん@津田青楓役)。

しかしNHKは本気を出すと本当にいいドラマを作るねえ。
こういう上質なドラマを作れるうちは日本のテレビ界はまだまだ大丈夫だと心底思う。

漱石役は、豊川悦司さん。
そもそもこのドラマは、脚本家?演出家?が素晴らしいよね。同じくNHKの傑作ドラマ『坂の上の雲』の漱石は全く漱石ではなかったけども(小澤征悦さんのせいではなくキャラ設定が)、こちらはしっかり漱石。
ロマンチストで、空想癖があって、実は惚れっぽくて、怒りっぽくて、冗談好きで、繊細で、真面目で、誠実。
こういう性格をちゃんと出しつつ、このドラマの個性である可笑しみと軽みも自然に表現しちゃう豊川さんの演じ方が、ほんっと上手。
もっとも漱石にしては上背があって些か素敵すぎるけれども笑。

磯田多佳役の宮沢りえさんも、ほんっと上手いよねえ。いい女優さんだなあ。こういう演技を見ていると幸せになる。ラストシーンで椅子に座っているときの表情、見入ってしまいました。

妻の鏡子さん(秋山菜津子さん)も、イメージぴったり。漱石や青楓(さんもとてもよかった!)との掛け合い、楽しかった。やっぱり脚本と演出がよくできているのだなあ。

一草亭(村上新悟さん)も橘仙(白井晃さん)もよかった(よかったばかり書いてるが)。演技の上手な人達ばかりが出ているドラマって幸せ

冒頭に載せた井上ひさしさんの文章はこのドラマとは関係がないのですが、ドラマの最後で読まれる漱石の手紙(この手紙は実在するもの)の言葉を聞きながら、「私達は漱石という人間を持つことができたことで、どれほど人生が生きやすくなっていることだろう」と改めて感じて、この井上さんの文章が思い出されたのでした。
以下は、ドラマでも読まれた漱石から多佳へ宛てた手紙(抜粋)。

私はいやがらせにこんな事を書くのではありません。愚痴でもありません。ただ一度つき合い出したあなた――美しい好い所を持っているあなたに対して冷淡になりたくないからこんな事をいつまでもいうのです。中途で交際が途切れたりしたら残念だからいうのです。(中略)これは黒人たる大友の女将の御多佳さんにいうのではありません。普通の素人としての御多佳さんに素人の友人なる私がいう事です。女将の料簡で野暮だとか不粋だとかいえばそれまでですが、私は折角つき合い出したあなたに対してそうした黒人向の軽薄なつき合いをしたくないから長々とこんな事を書きつらねるのです。私はあなたの先生でもなし教育者でもないから冷淡にいい加減な挨拶をしていれば手数が省けるだけで自分の方は楽なのですが、私はなぜだかあなたに対してそうしたくないのです。私にはあなたの性質の底の方に善良な好いものが潜んでいるとしか考えられないのです。それでこれだけの事を野暮らしく長々と申し上げるのですからわるく取らないで下さい。また真面目に聞いてください。
(漱石→磯田多佳宛。大正4年5月16日)

これ、何について書いているかというと、送った本が届いたとか届かないとか、天神様に連れていく約束をしたとかしないとか、そういう言ってしまえば些細なことについての手紙なんですが笑、漱石の人間に対する誠実さ、真面目さが大好きです。そして尊敬する。人間関係に関して決して器用な人ではないのに、それでも人間から逃げない、諦めない。漱石の性格の美徳だよね…。
学生時代に子規と意見の齟齬が起きたときも、漱石は同じように子規と正面から向き合う手紙を子規に送り、そして子規もそれに応え、彼らの友情は子規が亡くなるまで続きました。
ドラマの中で掛け軸に描かれた俳句を見て漱石が「月並みだね」と言う場面がありますが、漱石ファンはニヤリとしてしまう場面ですよね。「月並み」という言葉を今日のように「陳腐、平凡」という意味で最初に使ったのは子規で、他にも野球の「打者」「走者」「四球」「直球」などは子規が作った日本語です(子規は野球が好きだった)。子規は漱石の親友であり、また俳句の師でもありました。あるいは漱石が子規に俳句の添削を頼み続けていたのは、病人である親友の気持ちを紛らわせてやりたいという想いもあったかもしれません。

小説の初版本がドラマのあちこちで登場するのも、楽しかった
ワタクシ、漱石の初版の復刻本を買いまくった人間でございますので。
そうだ、ステイホーム中に復刻本のアンカット部分をカットしようかな。老後にカットするつもりだったけど、それまで生きてる保証はないし。やっぱり本は読んでなんぼだもの!

さて。
緊急事態宣言も延長のようですし、籠城生活はまだまだ続きそう。
次は何を観ようかな~

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