風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

NHK交響楽団 第1965回定期公演 Aプロ(2日目) @NHKホール(10月16日)

2022-10-17 03:59:39 | クラシック音楽



[Aプログラム]はマーラーが完成させた最後の交響曲である《第9番》。今までこの曲は、健康への不安を抱えた作曲家が、死の予感に怯えながら書いた“現世への告別の辞”と言われてきた。しかし最近、こうした見方には疑問が呈されている。脂の乗り切ったマーラーによる、充実した日々の所産だというのである。それを裏付けるようにブロムシュテットも「生きる喜びを歌い上げた、晴れやかな音楽」と語っている。この大作はむしろ、生死や美醜などあらゆる対立概念を包み込んだ、マーラーの世界観の集大成と捉えるべきだろう。

マエストロと演奏する第9番は12年ぶりだが、曲のイメージから連想される「最後の機会かも知れない」といった特別な思いは、私たちに露ほどもない。おそらく作曲当時のマーラーがそうであったように。選曲も演奏も、マエストロにとってはあくまで音楽家としての日常の一部なのだ。だが同時にそれは生きることそのもの、神から与えられた使命でもある。
NHK交響楽団 2022年10月定期公演プログラムについて


前日のマケラ&パリ管の興奮さめやらぬなか、ブロムシュテット&N響を聴きにNHKホールに行ってきました。本日は『マーラー9番』のプログラムの2日目。
ブロムさんでこの曲を聴くのは、録音も含めて今日が初めて。
事前にN響による冒頭の紹介文を読んでいたのだけれど、実際に今日の演奏を聴いて受けた印象は、半分そのとおりで、半分違うものでした。
いずれにしても、忘れられない演奏会体験となりました。

会場は満席。
今日のブロムさんは、奏者達に続いてマロさんに支えられながら入場され、指揮台の椅子へ。
この姿を見てショックを受けたという声もSNSであったけれど、私は6月に転倒されたというニュースを知っていましたし、来日は難しいのではないかと思っていたくらいなので、支えられながらもご自分の足で歩かれるその姿にほっとしました。9月21日に復帰されたばかりだそうで、はるばる日本に来てくださって本当に感謝です。

そして始まった1楽章は、N響の演奏とは思えない不安定さで、正直驚きました。これほど不安定な演奏をするN響というものを聴いたことがなかったので。演奏自体もそうだけど、楽器の音のバランスも安定していない。一体どうしてしまったというのだろう。リハの時間が足りなかったのか。理由は今もわからず。ただそれでもなお端々で「ブロムシュテットの音」を感じることがました。
2楽章は、だんだん違和感はなくなり。
3楽章では、すっかり音楽に入り込んで聴いていました。ブロムさん&N響はこの楽章に特有の神経質な暗さは少なく、前へ前へと進んでいく推進力を強く感じて、「ああ、ブロムさんの音だなあ」としみじみ。静かに広がっていく夕映えの箇所(と私が思っている部分)では、その響きの美しさに泣きそうに…。そして今回のブロムさん&N響、今までこのコンビから聴いたことがないくらいの解放感のある音を出している気がする。

そして、4楽章。
ここでも、推進力のある演奏は変わらず。
それはとても”幸福な”4楽章で、この楽章にこんな演奏があるのかと驚いた。穏やかさとか、諦念とか、死の間際の澄んだ心とかそういうものではなく、かといってラトルのような日常の一日という感じでもなく、いっぱいに「生きることの喜び」を感じさせてくれる演奏。
それは、あの最高の幸福感をくれたブロムさんのマーラー1番を私に思い出させました。
若き日の1番のあの幸福感と、そして9番のこの幸福感。
その2つの音色が私の中で同時に響いた瞬間、涙腺が・・・・・。
なんて幸せで、輝かしく、優しい響きだろう。
95歳のブロムさんが長い両腕を使ってこの楽章を指揮するその後ろ姿は、そこから奏でられる音楽は、「生きるということは、素晴らしいことなんですよ」といっぱいに言ってくださっているように感じました。
そしてこれまで聴いてきた指揮者達のこの楽章の響きを思い出して(そのうちの二人はもういらっしゃらない)、涙が込み上げてきた。

でも、やはり終わりは来る。ブロムさんがこのラストを死と結びつけているかどうかはわからないけれど、そして死と結びつけないのが最近の主流のようだけど、ラトルやサロネンのような変化球の演奏ならともかく、今回のように正攻法で演奏されると、この音を死と結びつけない方が不自然だと今日も改めて感じました。それはもちろんマーラー自身のことではなく、曲想という観点で。
けれど死は決してこの曲の、そして私達の人生の中心部分ではないのだと、今日の演奏からは感じました。めいっぱいにこの世界で生きて、そして終える。それは生きとし生ける者にとって当たり前の自然の流れなのだと、そう言われているように感じたのでした。ヤンソンスさんの最後の来日のときにBRSOがこの曲について言っていた「生きて、そして死んでゆく全てのもの達へのラブソングであり讃歌」という言葉が浮かびました。でもヤンソンスさんが「The cellos play their last notes, then I take a big break, and then the strings play this incredible music, where you can really cry. For me, this music is no longer on earth, there Mahler's soul is already in heaven - and we feel his spirit and his genius that remain for us on earth.」と言っていたこの部分は、ヤンソンスさんの演奏ではまさにそういう感じだったけれど、今日の演奏では最後まで”人間”のものであったように感じました。同時に、中間部のあの独特の明るく清澄な光の輝かしさはキリスト教徒であるブロムさんならではの音のように感じられました。

ヴィオラが最後に同じフレーズを幾度も繰り返し、一番最後だけが違う音型になって音楽が閉じられるところ。私達の体の鼓動は意思とは関係なく続き、そしてその時を迎えるのだろうと、そういう風に感じました(ここは毎回そういう風に感じるけれど、今回は特にそう感じた)。全ては自然の懐の中、大きな自然の流れの中にある。それを、宗教の世界では神と呼ぶのかもしれない。
繰り返しますが、そこに「死」はあるけれど、そこから私が感じたのは、紛れもない人生讃歌の音楽でした。
最後の一音の響きが美しく美しく消えていったとき、そしてそれから長く長く続いた静寂のなか(ブロムさん、右手でちゃんと静寂をコントロールされていた)、その不思議な余韻の中に私はいました。
しかし、マーラー9番。なんという曲だろう・・・・・。

一般参賀は、マロさん&郷古さんに支えられて出てきてくださいました。ブロムさん、嬉しそうな表情をされていた。
N響もブラヴォー!

ホールを出たところで、「ブロムシュテットもこれが最後だから」とさらりと言い切っている人達がいたけれど、いやいやいやおいおいおい、と。そもそも今回の来日だって、まだシューベルトプロとニールセンプロが普通に残ってるでしょうに。



ブロムさんはどういうお気持ちで今日の演奏を指揮していらっしゃったのだろう。ブロムさんも幸福な気持ちになってくださっていたら嬉しいのだけれど・・・。
ところでこのツイートをされてる方、一日目と二日目の沈黙時間を数えていて(あの演奏を聴いた後でよく数える気持ちになれるな)、一日目は37秒で二日目は52秒だったそうな。そんなに長かったのか。私はそれほどの長さには感じなかったけど、「ブロムさんは今お祈りしているのかもしれない」と思ったくらいだから、それくらいの長さはあったのかも。

 

★★★オマケ★★★


なんと、マケラ
今日は明日のサントリー公演のリハかと思いきや、私と同じ客席でN響を聴いていたとは。彼は今日の演奏を聴いて何を感じたろう。何も変わったことをしない自然体の演奏でもこんなに感動的なマーラー9番になるんだよ、ということを感じ取ってくれたら嬉しいなあ(変わったことをしない未来のマーラー9番指揮者を増やしたい私)。
ブロムさんが95歳で、マケラが26歳。
お二人とも北欧出身で弦楽出身ですね。
そういえば二人は互いをどう思っているのだろうと軽くググってみたら、お互い好意的に感じているようでよかった↓

Wie schaffen Sie es, sich bei Ihrem vollen Kalender ständig wieder aufzuladen?
Ich versuche, in Proben genauso intensiv zu spielen wie im Konzert. Nur so kann man sich wirklich vorbereiten. Wenn man einem Orchester viel Energie gibt, gibt es einem auch viel zurück, man fühlt sich danach erfrischt. Das hält mich am Leben. Außerdem esse ich jede Menge Bananen … Und ich glaube, Herbert Blomstedt macht immer noch mehr Konzerte als ich (schmunzelt), er ist in vielerlei Hinsicht ein großes Vorbild.
Klaus Mäkelä im Interview @ISSUU

What of today’s young conductors? Blomstedt confesses he doesn’t get to see many as his schedule (in a normal year) includes 80-90 concerts of his own. He expresses admiration for Gustavo Dudamel and the work he did with El Sistema in Venezuela. And Klaus Mäkelä has caught his eye: “He’s very young, but I’ve seen him conduct and he looks very promising, not flamboyant at all but a wonderful, serious musician. So many of them come from Finland...
(“Music keeps me young”: Herbert Blomstedt on a life making new discoveries  @Bachtrack)

Asked why the Finns are so successful at producing good conductors he said:

‘Finland is less of a spoiled nation than Sweden, there are fewer temptations. They’ve lived in a dangerous place, been skilled in diplomacy and managed to handle Russia. Therefore they are more introverted and work on their own. Sweden has succeeded in its economy and could afford to hire foreign conductors.

‘Here we have the ratpoison that Finland couldn’t afford.  Elias Canetti said: “Success is ratpoison for art.”‘
(HERBERT BLOMSTEDT EXPLAINS WHY FINNS CONDUCT BETTER THAN SWEDES  @Slipped Disc



演奏会前に明治神宮をお散歩。大きな木が気持ちいい。
ところで原宿駅を出たところにある鳥居の前で、かなりの割合の若い子達が深くしっかりお辞儀をしてからくぐっているのを見て、驚きました。神社での作法といえばそれまでだけど、私の世代やそれより上の世代は明治神宮でそういうことをする人は少ないように思う(実際にしばらく見てたけど、お辞儀をするのは若い子達が圧倒的に多かった)。この現象をどう捉えればいいのか、ちょっと心配な気持ちになりました。


マーラー9番でお腹が鳴ってしまうとまずいので、腹ごなしのお団子を神宮内のカフェにて。







※2022年11月10日追記
以下は、クラシック音楽館のブロムさんのインタビュー。
交響曲第9番はマーラーの最高傑作だと思います。この作品でマーラーは人生、そして音楽に別れを告げているのです。今の時代にぴったりの作品だと思います。命に別れを告げる音楽だからです。地球上の全ての命に別れを告げる可能性が今、あります。核戦争になれば全てが終わりです。この楽曲を書いたときマーラーはまだ50~51歳、重い心臓の病を抱えていることを知っていました。長くは生きられないことも知っていました。だから、これは彼の別れの曲です。歌詞を伴わずとも音楽を通して巧みに終わりを告げています。
(しかしこの曲は悲観的な音楽ではない、とブロムシュテットは言います。)悲劇と同時に幸福を描いた曲だからです。愛にあふれた曲で、最後に愛するすべてのもの、そして人生に別れを告げているのです。マーラーの交響曲はすべて愛情に満ちています。彼は人生を愛していました。オーケストラを愛し、作曲することを愛し、音楽で自己表現できることを愛していました。そうした能力があることに感謝していました。私たちも、そうでなければならないと思います。人生に別れを告げることになるかもしれない、危険で不穏な時代に私たちはいます。でも私たちには音楽をはじめ、幸せを感じさせてくれるものがたくさんあります。それを多いに楽しみ、他の人たちに伝え、分かち合いましょう。

「長く生きられないことを知っていたマーラーが人生に別れを告げている曲」とはっきり言い切っておられますね。
だよね。今回のブロムさんによる演奏、私もはっきりと「死」や「別れ」を感じたもの。それは決して不幸なものではなく、ブロムさんが仰っているとおり愛に溢れたものだったけれど。
となると「この曲は健康への不安を抱えた作曲家による“現世への告別の辞”ではない」と明記していたN響HPの紹介文は、今回の演奏に関しては当てはまらないことになる。N響HPもあまりアテにならないな…
ところでテレビで見て初めてわかりましたが、ブロムさんが胸につけていらっしゃったリボンは青と黄色のウクライナカラーだったんですね。以前フィンランドから優秀な指揮者が多く出る理由について「常にロシアの脅威にさらされている国だから、甘やかされているスウェーデンとは緊張感が違う」と話されていたことがあって、北欧出身の指揮者らしい見方だなと感じたことがあります。上記の「核云々」も、もちろんウクライナを意識されての発言ですよね。

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