シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

もうひとりの息子

2013-11-19 | シネマ ま行

題材が「そして父になる」と似ているのですが、こちらはイスラエルとパレスチナの紛争地域の子どものアクシデントによる入れ替わりのお話で、息子同士も18歳とかなり成長しているので、随分趣は違うでしょう。ワタクシは「そして父になる」を見ていないので比べてどうというのはありません。

イスラエル人のヨセフジュールシュトリクは兵役のため血液検査を受ける。その結果父アロンパスカルエルベと母オリットエマニュエルドゥボスの間に生まれるはずのない血液型だった。母オリットの不貞が疑われるが調査の結果、18年前出産した病院で爆撃があり、そのパニックの中で赤ん坊の取り違えが起こったということが判明する。取り違えの相手はパレスチナ人の子ヤシンマハディザハビ。母ライラアリーノマリと父サイードハリファナトゥールに連絡が行き、両親同士が会うことになる。

取り乱し、父親同士は息子に言わないという選択をしようとするが、母親は言うべきだと考えた。まずオリットがヨセフに話し、やがてライラも息子に話すべきだと夫に告げたときにヤシンに聞かれてしまう。ヤシンはそれでも何も変わらないと考えるがヤシンの兄は弟が憎き敵イスラエル人だと知りヤシンを拒絶してしまう。

息子たちがすでに18歳ということで、彼らそれぞれのアイデンティティの崩壊というのが興味深い。特にイスラエル人のヨセフは自分をユダヤ人だと強く意識してそれを誇りに生きていた感があり、ラビにユダヤ人の血が流れていないことで拒絶され一時は自暴自棄になる。パレスチナ人のヤシンはパリに留学していたこともあり、視野が広く特にイスラエル人を強く恨んで生きてきたという感じはなかったが、兄はそうではなかった。

父親同士もやはり男同士ということからか、敵同士という感情を強く持っていたようだ。特にアロンはイスラエルの軍人だし、サイードはイスラエルの占領政策のため思うように仕事ができずにいたパレスチナ人だから憎しみを持っても当然だろう。

しかし、母親同士は初対面のときから手に手を取り合い、この悲劇が降りかかってきた同じ被害者として共感し合っていたし、息子に対する愛情も同じように持っていて育てた息子への感情も初めて会った実の息子への感情もかなり共有していたようだった。母親が実の息子に初めて触れるシーンというのがすごく印象的だったし、育ててきた息子への対応も2人とも素晴らしかった。このあたりはロレーヌレヴィ監督が女性だから、かなり女性の視点が強く描かれていたのかもしれない。

初めは父親同士の言い争いや、ヤシンの兄の抵抗などはあったものの、ヨセフとヤシン自体はまるで兄弟のように自然に仲良くなり、やがてそれが父親同士や兄も懐柔し、敵同士の2つの家族が自然に融合していった。

兄がヨセフに「自分のアイデンティティを取り戻すんだろ」と聞いた時、ヨセフは「アイデンティティは血だけのことじゃないよ」と自然に言ってみせる。ヨセフはユダヤ人であることを否定されヤシンよりも傷ついているように見えたが、それまでの自分の人生に裏打ちされた自信をちゃんと持った子だったんだなぁ。

ヨセフもヤシンも「ハイブリッド」としての自分を受け入れることができたのは、それまできちんと両親に愛されているというバックグラウンドがあったからなんじゃないかなと感じた。

もう少し侵略者と被侵略者の葛藤みたいなものがあるのかなぁと思ったのですが、それよりももっと2つの家族としての物語にスポットが当てられていました。その辺をもっと期待していた分ちょっと物足りなさはありました。パレスチナ人の怒りってそんな甘っちょろいもんじゃないんじゃないの?と感じたけど、人と人って個人対個人になったときには意外に様々な壁をあっさりと乗り越えてしまうものなのかもしれないなとも感じました。そういう描き方をすることで逆にいかに2つの民族がいがみ合うことが愚かなことであるかを表現したかったのかもしれません。