関東は、もう梅雨に入ったのだろうか。
やけに蒸し暑い。
日(陽)によっては、ちょっと動いただけで・・・いや、動かなくても汗が流れてくる。
それでも、この気温はまだ序の口か。
今はまだ、朝晩に涼しさがあるけど、近いうちに、朝だろうが夜だろうが汗をかかないでは済まされない真夏がくる。
私は、汗水たらさなくても生活できる境遇にある人を羨ましく思うことが多い。
資産(不動産)の運用益で生活が成り立つような人は、その最たるもの。
資産を形成するにあたって費やした金銭や時間・努力などを棚に上げ、表面上のことだけで判断し、楽な生活をしているように見てしまうのだ。
しかし、実際は、楽に暮らしているように見える人でも、人それぞれに見合った労苦や苦悩があるだろうと思う。
身体に汗をかかなくて生活できているように思われる人でも、心には相応の汗をかいて奮闘しているはず・・・
ただ単に、私とは、抱える労苦と苦悩の種類が違うだけで・・・
誰かに憧れて目標とするならまだしも、他人を羨んでも自分が成長するわけではない。
それがわかっていても、羨んでしまう。
そんな思考が頭を占めるのは、多分、私が努力や忍耐ができないタイプの人間だから。
また、社会人としての能力と人格的なレベルが低い人間だからだろう。
人間として、まだまだ汗をかく必要がありそうだ。
「マンションのオーナー」と名乗る女性から、現地調査の依頼が入った。
もともとの性格からか、抱える事情からか、女性は元気なく暗い声。
そして、何からどう説明したらいいのかわからないようで、困惑気味。
それを察した私は、私からの質問に答えてもらうかたちで会話をスタート。
私のせいで女性の気が沈んでしまわないよう、努めて明るく応答しながら、話を掘り下げていった。
女性が所有するマンションの一室で、その部屋の住人が死亡。
遺体は、少し離れた街に住む家族によって、比較的、早期に発見。
その遺族の話によると、部屋に特段の汚損はないとのこと。
「家財生活用品は、近日中に遺族が片付けるから、その後のことを決めるために部屋の状態を調査してほしい」との依頼だった。
出向いた現場は、閑静な住宅街にある小規模マンション。
築年数は10年くらいだろうか、なかなか凝ったデザイン。
その家賃は、地域相場に比べて高そうな、風格のある建物だった。
玄関前に立った私は、死後の発見が早かったことを思い、緩めてはいけない気を緩めてしまった。
しかし、油断と慢心は大敵。
それで何度も痛い思いをしている私は、心の中で、“イカン!イカン!”と呟きながら、ドアノブに手をかけた。
ドアの向こうは、一般的は1Rスペース。
一歩前進・一時停止して臭気を確認したが、特段の異臭は感じず。
また、室内はどうみても土足が許されるようには思えず、私は、靴を脱ぎ、小さな声で「失礼しま~す」と何かを感じる空間に挨拶をして、中に上がりこんだ。
小さな部屋に、一般的な家具・家電・生活用品が一式。
遺族が荷造りをしたのだろう、多くのものは梱包・分別され、きれいに整理整頓。
私は、そこにあるカーテンの色と化粧台から、故人の性別を判断。
同時に、PC・AV機器類と某キャラクターの大きなぬいぐるみから、故人の年代を想像。
そして、不自然な壊れ方をしたクローゼットの扉から、故人の死因を察知した。
私は、クローゼット側の壁面や床を注意して観察。
そしてまた、鼻を近づけて臭気を観察した。
しかし、周辺に汚染らしい汚染はなく、部屋に異臭らしい異臭もなく・・・
起こったことは普通じゃなくても、部屋自体はごく普通の状態だった。
一通りの見分を終えた私は、部屋の中から大家女性に電話。
電話にでた女性は、相変わらず暗い声。
私は、“不幸中の吉報”のつもりで、まず先に、部屋には特別な汚損も異臭もないことを伝えた。
そして、簡易消毒とルームクリーニングで、原状が回復できる旨を説明した。
「家財の処分が済んだら、簡易消毒をして全体をクリーニングすれば大丈夫ですね」
「・・・」
「特に、消臭作業は、いらないと思います」
「そうですか・・・」
「あとは・・・クローゼットの扉を修繕しないといけませんね」
「それは、まぁ・・・」
「やる必要があることは、それくらいでしょうか・・・」
「いや・・・」
「他に何かありますか?」
「ありますけど・・・」
部屋が大事になっていないことに女性は安堵してくれるものとばかり思っていた私。
だから、私は、その部分を強調し、念入りに説明。
しかし、実際は、女性に安堵の様子はなく・・・
どちらかと言うと、私の説明(提案)に不満があるみたいに、女性の声のトーンは下がっていった。
「内装工事もやっていただけるんですか?」
「え? まぁ・・・頼まれればやりますけど・・・」
「どこまでできます?」
「一通りのことは・・・」
「じゃぁ、全部、見積もって下さい」
「全部って?」
「部屋中、全部です!・・・あと、玄関ドアの交換も!」
「え!?」
「費用は、家族に払ってもらいますので」
「・・・」
女性は、部屋の大規模改修を希望。
私は、女性が、事に便乗して、部屋を新築に造り変えようとしていることを疑った。
そして、そんな女性に、不快感を覚えた。
「しかし、部屋は充分にきれいですよ?」
「・・・」
「そこまでやる必要ありますか?」
「・・・」
「あえて必要だとすれば、せいぜい天井と壁のクロス張替えくらいじゃないでしょうか・・・」
「でも・・・」
「一度、見に来られた方がいいと思いますけど・・・」
「・・・」
私の中で、何かの堰が切れた。
常日頃、人の不幸に便乗して仕事をしている立場もわきまえず、私は女性に反論。
そして、女性がそこまでの改修工事を求める理由を尋ねた。
女性は、“裕福な資産家”というわけではなく、現場マンションは、“老後の糧に”と、女性夫妻が身を粉にした結晶。
しかし、その夫は、老後を迎えることなく他界。
女性は、マンションを夫の代わりみたいに思って大切にした。
定期清掃も業者に任せず自ら作業し、部屋が空けば、室内の換気・清掃も自分で行っていた。
そんな中で起こった今回の出来事。
女性は、“悲しみ”“怒り”“嫌悪”“恐怖”なんて簡単な言葉では表現できないような闇に落とされた。
同時に、故人が使っていたものはもちろん、故人が一度でも触ったものすべてに対して抑えようのない嫌悪感が湧いてきた。
そして、マンションに愛着を持ち続けたい気持ちと嫌悪してしまう気持ちが交錯し、更に、その上に夫への想いがのしかかって、自分を苦しめているのだった。
「大家さんの事情はわかりました・・・“使える・使えない”とか“きれい・汚い”は、全く関係ないわけですね・・・」
「はぃ・・・」
「しかし、御遺族が納得しますかね・・・」
「それは・・・」
「御遺族も何度か部屋に来ているみたいですし、部屋がきれいであることは知ってますでしょ?」
「えぇ・・・」
「だったら、尚更、難しいような気がしますけど・・・」
「・・・」
私は、女性の涙声に、事の深刻さと、一時的にでも女性を蔑視した自分の浅はかさを痛感。
女性が抱える苦悩と心情を理解した。
しかし、それを遺族がすんなり受け入れるとは思えず・・・
“大家vs遺族”で揉める構図を描いてしまう自分に無責任さと冷たさを感じながらも、少しでも事が前進しそうな意見を考えた。
「御遺族とお話しされました?」
「いえ・・・まだ・・・管理会社を通じてのやりとりで・・・」
「一度、大家さんのお気持ちを直接お伝えになったらいかがですか?」
「でも・・・」
「話しにくいとは思いますけど・・・」
「・・・」
「はやり、話しにくいですかね・・・」
「はぃ・・・」
「・・・」
「こういうことには、慣れてらっしゃるわけでしょ?」
「???」
「あとのことを、お任せするわけにはいきませんか?」
「???」
見積書もつくっていないような段階で、女性は、私に何を任せると言うのか・・・
私は、自分が置かれた立場と、ともなう義務と責任が整理できず、その後の任に見当がつかず・・・
返事に困って言葉を詰まらせた。
つづく
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やけに蒸し暑い。
日(陽)によっては、ちょっと動いただけで・・・いや、動かなくても汗が流れてくる。
それでも、この気温はまだ序の口か。
今はまだ、朝晩に涼しさがあるけど、近いうちに、朝だろうが夜だろうが汗をかかないでは済まされない真夏がくる。
私は、汗水たらさなくても生活できる境遇にある人を羨ましく思うことが多い。
資産(不動産)の運用益で生活が成り立つような人は、その最たるもの。
資産を形成するにあたって費やした金銭や時間・努力などを棚に上げ、表面上のことだけで判断し、楽な生活をしているように見てしまうのだ。
しかし、実際は、楽に暮らしているように見える人でも、人それぞれに見合った労苦や苦悩があるだろうと思う。
身体に汗をかかなくて生活できているように思われる人でも、心には相応の汗をかいて奮闘しているはず・・・
ただ単に、私とは、抱える労苦と苦悩の種類が違うだけで・・・
誰かに憧れて目標とするならまだしも、他人を羨んでも自分が成長するわけではない。
それがわかっていても、羨んでしまう。
そんな思考が頭を占めるのは、多分、私が努力や忍耐ができないタイプの人間だから。
また、社会人としての能力と人格的なレベルが低い人間だからだろう。
人間として、まだまだ汗をかく必要がありそうだ。
「マンションのオーナー」と名乗る女性から、現地調査の依頼が入った。
もともとの性格からか、抱える事情からか、女性は元気なく暗い声。
そして、何からどう説明したらいいのかわからないようで、困惑気味。
それを察した私は、私からの質問に答えてもらうかたちで会話をスタート。
私のせいで女性の気が沈んでしまわないよう、努めて明るく応答しながら、話を掘り下げていった。
女性が所有するマンションの一室で、その部屋の住人が死亡。
遺体は、少し離れた街に住む家族によって、比較的、早期に発見。
その遺族の話によると、部屋に特段の汚損はないとのこと。
「家財生活用品は、近日中に遺族が片付けるから、その後のことを決めるために部屋の状態を調査してほしい」との依頼だった。
出向いた現場は、閑静な住宅街にある小規模マンション。
築年数は10年くらいだろうか、なかなか凝ったデザイン。
その家賃は、地域相場に比べて高そうな、風格のある建物だった。
玄関前に立った私は、死後の発見が早かったことを思い、緩めてはいけない気を緩めてしまった。
しかし、油断と慢心は大敵。
それで何度も痛い思いをしている私は、心の中で、“イカン!イカン!”と呟きながら、ドアノブに手をかけた。
ドアの向こうは、一般的は1Rスペース。
一歩前進・一時停止して臭気を確認したが、特段の異臭は感じず。
また、室内はどうみても土足が許されるようには思えず、私は、靴を脱ぎ、小さな声で「失礼しま~す」と何かを感じる空間に挨拶をして、中に上がりこんだ。
小さな部屋に、一般的な家具・家電・生活用品が一式。
遺族が荷造りをしたのだろう、多くのものは梱包・分別され、きれいに整理整頓。
私は、そこにあるカーテンの色と化粧台から、故人の性別を判断。
同時に、PC・AV機器類と某キャラクターの大きなぬいぐるみから、故人の年代を想像。
そして、不自然な壊れ方をしたクローゼットの扉から、故人の死因を察知した。
私は、クローゼット側の壁面や床を注意して観察。
そしてまた、鼻を近づけて臭気を観察した。
しかし、周辺に汚染らしい汚染はなく、部屋に異臭らしい異臭もなく・・・
起こったことは普通じゃなくても、部屋自体はごく普通の状態だった。
一通りの見分を終えた私は、部屋の中から大家女性に電話。
電話にでた女性は、相変わらず暗い声。
私は、“不幸中の吉報”のつもりで、まず先に、部屋には特別な汚損も異臭もないことを伝えた。
そして、簡易消毒とルームクリーニングで、原状が回復できる旨を説明した。
「家財の処分が済んだら、簡易消毒をして全体をクリーニングすれば大丈夫ですね」
「・・・」
「特に、消臭作業は、いらないと思います」
「そうですか・・・」
「あとは・・・クローゼットの扉を修繕しないといけませんね」
「それは、まぁ・・・」
「やる必要があることは、それくらいでしょうか・・・」
「いや・・・」
「他に何かありますか?」
「ありますけど・・・」
部屋が大事になっていないことに女性は安堵してくれるものとばかり思っていた私。
だから、私は、その部分を強調し、念入りに説明。
しかし、実際は、女性に安堵の様子はなく・・・
どちらかと言うと、私の説明(提案)に不満があるみたいに、女性の声のトーンは下がっていった。
「内装工事もやっていただけるんですか?」
「え? まぁ・・・頼まれればやりますけど・・・」
「どこまでできます?」
「一通りのことは・・・」
「じゃぁ、全部、見積もって下さい」
「全部って?」
「部屋中、全部です!・・・あと、玄関ドアの交換も!」
「え!?」
「費用は、家族に払ってもらいますので」
「・・・」
女性は、部屋の大規模改修を希望。
私は、女性が、事に便乗して、部屋を新築に造り変えようとしていることを疑った。
そして、そんな女性に、不快感を覚えた。
「しかし、部屋は充分にきれいですよ?」
「・・・」
「そこまでやる必要ありますか?」
「・・・」
「あえて必要だとすれば、せいぜい天井と壁のクロス張替えくらいじゃないでしょうか・・・」
「でも・・・」
「一度、見に来られた方がいいと思いますけど・・・」
「・・・」
私の中で、何かの堰が切れた。
常日頃、人の不幸に便乗して仕事をしている立場もわきまえず、私は女性に反論。
そして、女性がそこまでの改修工事を求める理由を尋ねた。
女性は、“裕福な資産家”というわけではなく、現場マンションは、“老後の糧に”と、女性夫妻が身を粉にした結晶。
しかし、その夫は、老後を迎えることなく他界。
女性は、マンションを夫の代わりみたいに思って大切にした。
定期清掃も業者に任せず自ら作業し、部屋が空けば、室内の換気・清掃も自分で行っていた。
そんな中で起こった今回の出来事。
女性は、“悲しみ”“怒り”“嫌悪”“恐怖”なんて簡単な言葉では表現できないような闇に落とされた。
同時に、故人が使っていたものはもちろん、故人が一度でも触ったものすべてに対して抑えようのない嫌悪感が湧いてきた。
そして、マンションに愛着を持ち続けたい気持ちと嫌悪してしまう気持ちが交錯し、更に、その上に夫への想いがのしかかって、自分を苦しめているのだった。
「大家さんの事情はわかりました・・・“使える・使えない”とか“きれい・汚い”は、全く関係ないわけですね・・・」
「はぃ・・・」
「しかし、御遺族が納得しますかね・・・」
「それは・・・」
「御遺族も何度か部屋に来ているみたいですし、部屋がきれいであることは知ってますでしょ?」
「えぇ・・・」
「だったら、尚更、難しいような気がしますけど・・・」
「・・・」
私は、女性の涙声に、事の深刻さと、一時的にでも女性を蔑視した自分の浅はかさを痛感。
女性が抱える苦悩と心情を理解した。
しかし、それを遺族がすんなり受け入れるとは思えず・・・
“大家vs遺族”で揉める構図を描いてしまう自分に無責任さと冷たさを感じながらも、少しでも事が前進しそうな意見を考えた。
「御遺族とお話しされました?」
「いえ・・・まだ・・・管理会社を通じてのやりとりで・・・」
「一度、大家さんのお気持ちを直接お伝えになったらいかがですか?」
「でも・・・」
「話しにくいとは思いますけど・・・」
「・・・」
「はやり、話しにくいですかね・・・」
「はぃ・・・」
「・・・」
「こういうことには、慣れてらっしゃるわけでしょ?」
「???」
「あとのことを、お任せするわけにはいきませんか?」
「???」
見積書もつくっていないような段階で、女性は、私に何を任せると言うのか・・・
私は、自分が置かれた立場と、ともなう義務と責任が整理できず、その後の任に見当がつかず・・・
返事に困って言葉を詰まらせた。
つづく
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