特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

深刻な深呼吸

2006-10-24 17:21:40 | Weblog
季節は初冬、現場は老朽一戸建。
閑静な住宅街に、その家だけが異様な雰囲気を醸し出してした。
「近所付き合いなし!」
「発見が遅れてもやむなし!」
と、家が語っていた。

腐乱場所は奥の洋間。
死亡推定日が間違いじゃないかと思うくらいに酷い状況だった。
「真夏ならいざ知らず、この季節でこの汚染とは・・・」

私は、ガッカリしながら作業手順を頭の中で組み立てた。
本来なら、汚染部を先に片付けたいところだったが、家財(ゴミ)が多すぎてそれができなかった。

猛烈な悪臭に閉口しながら、まずは家財を梱包して搬出。

私がいつも使っているマスクは、安物の簡易マスク。
防臭より防塵優先。
悪臭は、余裕でマスクを通り抜け、鼻から肺に入ってくる。

ん!?ちょっと待てよ。
これを書いていて気付いたが、ひょっとすると、大量の腐敗臭を吸ってきている私の肺は、腐敗臭にバッチリ冒されているかも?
だとすると、私の吐く息は腐乱死体の臭いがするのかな?
調度、タバコと同じような原理で・・・。
ウェ~ッ!
そう考えると、自分で自分が気持ち悪い!

話を戻す。
腐乱現場では、本能的に浅い息で通す。
とても、深い息ができる所ではないから。
ま、それが適度な酸欠状態をつくりだして、脳的にも作業をしやすくしてくれているのかもしれない。

家財の梱包・搬出を終え、やっと汚染箇所に着手。
汚腐団をたたみ、汚妖服を拾った。

汚妖服に言及するのは初めてかと思うが、早い話が「故人の着衣」。
警察が遺体を片付ける際に脱げてしまうのだろう(あえて脱がせているとは思えない)、汚妖服が現場に落ちていることは多い。
腐乱死体が着ていたものだから、普通じゃない。
タップリの腐敗液を吸っているのが常。
現場によっては、ベトベトの腐敗粘土にまみれているモノもある。
また、故人が脱いだ汚妖服は、その後はウジが着ていることが多い。

次は、床に敷いてあるカーペットに手をつけた。
どうも、二枚重で敷いてあるらしく、まずは上のものを剥がした。
ネチョネチョと捲くれ上がるカーペットの間にも、腐敗液が浸透して粘土状態になっていた。
「ミルクレープみたいだな」

二枚目のカーペットを見て驚いた。
「ん!あったかい?」
「これ、ホットカーペットじゃん!」
「しかも、スイッチONのままじゃねぇかよ!」
「誰かスイッチ切っとけよーっ!」

こんな状況じゃ、遺体の分解もはかどるし、ウジだってスクスクと育つに決まっていた。

「あ゛、い゛、う゛、え゛、お゛ーっ!」
と、くだらない悲鳴を上げながら、ホットカーペットをコンパクトに丸めた。
「ウジロール完成!」

そんなこんなで、その現場を終えた(楽しそうに書いていても、実際は全然楽しくない)。
現場を離れても、腐乱臭が鼻に着いているのは毎度のこと。
それは仕方がないものと諦めている。
風呂に入れば、だいたい落ちるんで。

しっかし、肺にまで腐乱臭が付着していないことを祈るばかりだ。

身の回り、見渡す世の中は空気が汚れている。
たまには、きれいな所に行って、のんびり深呼吸したいもんだな。

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感情の味

2006-10-23 16:55:24 | Weblog
腐乱死体現場には色々な生き物がいる。
ウジ・ハエはもちろん、ゴキブリ・蚊・ダニ・謎の虫、そして私。
この括り方でいうと、「俺って一体・・・」と思ってしまう。

ここで取り上げるのはネズミ。
特掃に入る家には、たくさんのネズミがいることも珍しくない。
押入の衣類等を片付けていると、その中からポトポトと子ネズミが落ちてくることがある。
ネズミ達の安住地をいきなり奪うのは申し訳ないような気もするが、こっちも仕事なんで仕方がない。
行き場を失った子ネズミは、とりあえず物陰に隠れようとする。

子ネズミって、丸くて小さくて可愛いいもんだ。
そんなのが、小刻みに震えたりなんかしていると、不憫に思えて大きな同情心がでてくる。
仕事を忘れて、代わりの住家を造ってやりたくなる。

捕まえて始末することは容易なこと。
しかし、そうしようと思ったことはない。

片やウジ。
汚腐団など、ウジの安住地を奪うことには何の抵抗もない(別の抵抗はあるけど)。
更には、抹殺することにさえ抵抗感はない。
ウジは天敵、宿敵。
殺すのに抵抗感がないどころが、妙は使命感・責任感みたいな・・・闘争心?がでてきて、ウジの始末には燃えてしまう。

ウジだって丸くて小さな生き物。
しかし、そんなのが途方に暮れて震えていても、とても「可愛い」なんて感情は湧いてきそうにない。

ウジは殺せてもネズミは殺せない。
そう考えると、ウジも可哀相なヤツかもしれない。

一見は可愛いネズミでも、デカいヤツになってくると話が変わってくる。

ある現場。
ゴミ屋敷に近いボロボロの老朽家屋。

古ぼけた和室の一部が腐乱死体によって汚染されていた。
汚染度は、特記するほどでもない並レベル。

ただ、その家には、やたらとたくさんのネズミがいた。
どうも、故人の生前からそうだったらしく、あちこちに毒餌とネズミ捕りが仕掛けてあった。

いくつかのネズミ捕りにはネズミがかかり、こっちも腐乱していた。
私は、視線を逸らしながらそれらを片付けた。

その中の一つがやたらと重い。
中がどうなっているのか、だいたい想像できたのだが、バカな好奇心から中を開けてみてしまった。
すると、やたらとデカいネズミがかかっていた。
しかも、まだ生きていてキーキー鳴いていた。

私は驚きと同時に悪寒が走り、全身に鳥肌が立った。
気持ち悪くて持っていたネズミ捕りを床に放り投げた。
それから、しばらくは寒気が引かなかった。

「イヤなものを発見しちゃったなぁ・・・どうしよう」
放心状態の中、私は余計なことを考えてしまった。
「このネズミは親ネズミだろうか・・・」
「親ネズミだとすると、家族(子)がいるはすだな」
「故人が仕掛けたネズミ捕りと俺の特掃作業が、ネズミ一家の幸せをブチ壊したのか・・・」
「この悲惨な親ネズミの姿を、可愛い子ネズミはどこからか見ているだろうか・・・」
「この親ネズミも、苦しみながらも、子供達のことを心配してるんじゃないだろうか」
そんな妄想をしたら、ネズミが物凄く可哀相に思えてきた。

でも、親ネズミは虫の息。
粘着シートにからまって、とても助けられる(助かりそうな)状態ではなかった。

親ネズミの始末をどうするか、私は悩んだ。
選択肢は限られているので、悩みようもなかったのだが。

余計な想像をしてしまった私だったが、結局、親ネズミを始末するしかなかった。
自業自得、ブルーな気持ちで親ネズミandネズミ捕りをゴミ袋に入れた。

私は、汚物の中を這い回るウジを見て思った。
「こいつらにも家族はいるんだろうか・・・」
「仮に、いたとしたら大家族だな」

幸いなことに、ウジってやつは感情移入を拒んでくれる生き物だ。
ウジに感情移入してたら、とても特掃なんてやってられないから。

感情ってものがコントロールできたら、どんなに楽だろうと思う。
でも、コントロールできたらできたで味気ないかもね。

喜怒哀楽・七転八倒・七転八起・迂余曲折・試行錯誤・春夏秋冬・焼肉定食・・・生きているから味わえるもの。
生きるってそういうこと。


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ビッグウェーブ

2006-10-22 13:06:53 | Weblog
人間であるかぎり、気分・感情に波があるのは自然なことだろう、
ただ、私においては、その波の高低差が激しいのが難点。
特に、30歳を過ぎてからは、全体的に低い位置で上下している。
歳のせいかメンタルな問題か分からないが、若い頃に比べて、気分がスカーッと晴れることが少ない。

そうは言いながらも、特掃業務においては、年々パワーが上がっている。
特掃業務に対しては、体力は落ちても、精神力は上がっているのだ。
単に、経験を重ねている がゆえの「慣れ」かもしれないけど、我ながら、「たくましくなったなぁ」と思うことが増えてきた。
そんな今では、どんな現場でも臆することなくズカズカと入り込む。
そして、「こりゃヒドイ!」等と、時には無神経な言葉を吐いてしまう。

そんな私でも、特掃を始めた頃はいつもビビりながら現場に入っていたものだ。
あまりの凄惨さに、目を閉じたこともある。
あまりの悪臭に、一分と部屋に留まれなかったこともある。

そんな初々しかった頃の話。
とある1Rマンションの一室。
腐乱現場はトイレだった。
依頼者はマンションのオーナー。

玄関を開けた途端に強烈な腐敗臭とハエが襲ってきた。
それだけで、逃げたい気分。
内心ではかなりビビっていたのだが、そんな心情を依頼者に悟られてはマズイので、精一杯気丈に振る舞った。

玄関を突破し、問題のトイレの前へ。
悪臭が外にもれないように、玄関ドアは閉められてしまった。
もちろん、依頼者は外。
薄暗くて臭い室内には私一人きり。
その時点で、既に半泣き状態。

しばらく悶々とした後、勇気を振り絞ってトイレのドアを開けてみた。
すると、衝撃の光景が目に飛び込んできた。
液化汚物になった元人間が床一面に溜まっていたのだ。
ユニットトイレの床は、液体を浸透させないから、腐敗液はドア下面までなみなみと溜まっていた。

気持ち悪さを通り越した嫌悪感で、私の脳と心は、「イヤ!嫌!イヤ!無理!ムリ!無理!」と、完全な拒絶反応を示した。
まるで、脳ミソと心臓が、プルプルと横振れするかのように。

「これをきれいに掃除するのが俺の仕事(責任)か?」
そう考えると物凄い重圧がのしかかってきた。
更に、何とも言えない惨めで悲しい気分に襲われた。

「何で俺がこんなことしなきゃならないんだ?」
「生きていくためか?」
「食っていくためか?」
「俺は、こんなことをしなきゃ生きていけない人間なのか?」
その葛藤の中で、私は深く落ち込んだ。
「最低だ・・・最悪だ・・・」
私の心は完全に泣いていた。

あれから、私も歳を重ねた。
葛藤と戦いの日々に変わりはないが、私は強くもなり弱くもなった。
頑張れるときもあれば、頑張れないときもある。
晴れの日もあれば、雨の日もある。

日々の気分にも波はあるし、人生にも波がある。

私には、凪の道ではなく波浪の道が定められているのだろうか(それとも水中?)。

今でもアップアップ状態なのだが、どうせならビッグウェーブを待ちたい(望みたい)。
波にのまれるのもよし、乗れれば尚よし。
それが私の人生。
でも、希望の浮袋を持っていれば、とりあえず溺れることはなさそうだ。

私のアップアップ人生は、まだしばらく続きそうだ。


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野次馬

2006-10-21 12:54:21 | Weblog
人は誰しも好奇心を持っていると思う。
特に理由もないのに「知りたい」と思う気持ちだ。
それは、有意義に働くこともあれば無意味な行動をとらせることもある。

その両者は五分五分ではない。
自分の経験で言うと、残念ながらそのほとんどは無意味な方に働いている。
自分にとって関わりのない知識や、自分に影響を及ぼさない(自分が影響を及ぼせない)情報を得るために、いかに多くの時間を費やし、多くの手間をかけているか。

好奇心を持ち見識を広げることは大事だが、無闇やたらの好奇心や度を越した好奇心は、時間(人生)を無駄にするだけではないかと、自分の中で危機感を持っている。

有名人のゴシップを笑うヒマがあったら、自分を省みた方がいい。
大企業の株価を気にするヒマがあったら、秋刀魚の値段でも観察した方がいい。
政府の政策を憂うくらいなら、自分ができることを考えた方がいい。
流行に追われるくらいなら、流行から外れた方がいい。

自分が知っていても知らなくても現実に影響しないことは世の中にたくさんある。
なのに、そんな情報・知識を得るために膨大な時間・労力を費やしている。
持っている知識・情報の量で人間の能力(価値)を計るような風潮がある。

自分が本当に知っておかなければならないこと、真に覚えておかなければならないことが蔑ろにされているような気がする。

自分にとって大事(本当に必要)な知識・情報が何であるかを整理するだけで、随分と時間(人生)の無駄が省けるのではないだろうか。
得ようとする知識・情報の優先順位を考えながら、それらを選別していきたいものだ。

車で道路を走っていると、「事故渋滞」に遭遇することがある。
走行車線が規制されたりすれば渋滞が発生するのは当然。
しかし、走行車線が規制されない反対車線まで渋滞することがある。
いわゆる「見物渋滞」だ。

みんな、それなりに急いでいるはずなのに事故現場にさしかかると見物のために徐行する。
そんな渋滞にハマるとイライラしてくる。
「野次馬根性だしてないで、さっさと行けよ!」
かく言う私が事故現場にさしかかると、ブレーキを踏みながら、
「どれどれ、事故の具合いはどんなかな?」
と、しっかり野次馬の一員になっている始末。
大きな事故だと、
「こりゃ、人が死んだな」
と、軽く(冷たく)走り去る。

遺体がらみの現場には、野次馬が集まりやすい。
もちろん、黒山のハエ・・・もとい、黒山の人だかりができる程ではないものの、チラホラと人が寄ってくる。

私の作業を、ただただ遠目に眺めているだけの人もいれば、話し掛けてくる人もいる。
また、話し掛けてくる人の中には、事情を知らずに尋ねてくる人と事情を知っているのにそれ以上のことを聞き出そうとしてカマをかけてくる人がいる。

関係者以外の人に対しては、「故人や遺族のプライバシーも守られるべき」と考えるが私は、「詳しいことは知らない」ととぼけるのが常。
ただ、腐乱臭がプンプンする特掃現場で、
「ここで人が死んだんですか?」
と尋ねられて
「詳しいことは知りません」
と応えると
「こいつ、アホか?」
みたいな顔をされる。

関係者のフリをして近づいてくる筋金入りの野次馬もいる。
例えば、遺族・不動産会社・大家の関係者を自称したりして。
そんな人は、「死体」とか「腐乱現場」に対する好奇心が抑えきれないのだろう。
または、噂話や陰口が大好きな地域の「情報通」か(こんな人はどこの地域にいるんだよね)。

そんな人は直感的に「怪しい」と感じる。
こんなケースでは、野次馬に悪意すら感じることが多いので、私は無視することにしている。

そんな猥雑な日々の中、昨夜、今秋初めて焼イモ屋の車を見かけた。
なんだか、ホッとするような幸せを感じた。

芋は、馬も好きだしね。



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リアル

2006-10-20 16:05:29 | Weblog
現場に行ってから、「こんなのありかよぉ」と思うことは多い。

床を埋め尽くすウジの集団、壁を黒く染めるハエの大群、飛び散る血、正体不明の肉塊etc。

私が現場に到着するのは、腐乱死体の本体は警察が回収した遺体の後。
死体本体が残っていることは稀である。

まぁ、「死体本体」と言っても、その溶け具合いによって、指すモノが変わってくるのだが。
溶けた人間が相手じゃ、何が「死体本体」なのか不明確だ。
とりあえずは、骨は本体にあたる。
では、「死体本体」に含まれないものは?
お馴染みの、腐敗液・腐敗粘土・毛髪などの小物(?)がそう。

現場によっては、残された汚物から遺体があった状況がリアルに想像できるところがある。
手足や頭があった位置がハッキリ分かると、結構不気味なものである。
人間の痕を残す汚物が、私の想像力をバーチャルな世界に引き込むのだ。

そんな時は、いつもの手段で脳の思考を停止させるしかない。
防衛策はそれしかない。
ある腐乱現場。
汚染場所は洗面所だった。
洗面台の前に膝まづくような格好で汚染が広がっていた。
その汚染から、シンクに両腕と頭を突っ込み、膝立ち状態だったことがうかがえた。
シンクの内側には無数の頭髪がつき、腐敗液・腐敗脂が溜まっていた。

死後日数がそんなに経っていなかったのだろう、腐敗液はみずみずしい(変な表現?)ままで、腐敗粘土にまではなっていなかった。

大量の髪が小さな排水口に詰まっているらしく、先に腐敗液を除去するしかなかった。
吸水・吸油用のパックを使って吸い取りながら、髪の毛も拭き取った。

排水口が浅いところで詰まっていたのは不幸中の幸いだった。
深いところまで汚染されていると、水回りの管を通じて風呂・トイレ・キッチンにまで悪臭がまわる可能性があるからだ。

アパートやマンション等の集合住宅の場合、その臭いは他住居にまでまわることもある。
「家の水回りから変な臭いがしてくると思ったら、他世帯の腐乱死体臭だった」なんてことも有り得るわけ。
こうなると、部屋の消臭だけではどうすることもできない。
ま、ここではそこまでのことにはなっていなかったので、よかった。

シンクの脇には腕の痕、ワインレッドの液体が伸びていた。
腐敗液の態様からは、警察が遺体を回収した様もうかがえる。
それもひたすら拭き取るしかなかった。
床の汚染も同様。

特掃作業が終わってから、依頼者が現場確認にきた。

「遺体はどんな格好で死んでたんでしょうね?」
そう尋ねられた私は、洗面台の前に膝まづきポーズをとって言った。
「ちょうど、こんな感じだったと思います」

何も考えずに安易な行動をとってしまった私。
とっさに、特掃前の光景が頭を過ぎった。
頭の中で、自分と腐乱死体が重なってしまい、思わず「ウワッ!」と叫んで飛び退いた。

こともあろうに、実際の現場で腐乱死体を代演する自分にこう思った。
「いい度胸をしてるのか、バカなのか・・・」

汚物が人間的だと精神的にキツい!
人間が汚物的だと、これまたキツそうだけど。


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人間の価値

2006-10-17 17:00:54 | Weblog
故人は老いた男性。
遺族とは遺体処置の業務で、一時間余り時間を共にした。

私が尋ねた訳でもないのに、遺族は息つく間もなく私に話し掛けてきた。
話の中身は故人の自慢話。
どうも、故人はそれなりの社会的地位だったらしい。
それが遺族にとっては自慢に思えて仕方がないようだった。

家柄・学歴から始まり、勤めていた企業、そこでの肩書、やってきた仕事などを誇らしげに喋っていた。
まるで、「故人は、この社会になくてはならない価値ある人」と言わんばかりの勢いだった。

ただ、私には、生前の故人を偲び、讃えて(労って)いるようには聞こえず、ただ優越感を楽しんでいるようにしか思えなかった。
だから、私には耳触りのいい話ではなかった。

私は、特に反応することもなく黙って聞き流していた。
しかし、遺族はそんな冷淡な態度に不満を覚えたのか、どんどんと自慢話をエスカレートさせてきた。

「何か反応しとかないと、この話は終わらなそうだな」
そう思った私は、態度を逆に変えることにした。
しらじらしいくらいに驚き、感心してみせたのだ。
更には、自分を低くして故人の生前とその家族(遺族)を讃えた。

すると、遺族はそれに満足したらしく話のトーンを落としていった。

私は腹の中で思った。
「生きているうちがどんなに偉かろうが、俺には関係ない」
「冷たくなってしまえば、偉人も凡人もだたの死体だ」
「人間の価値って、そういうことじゃないだろ?」
「じゃ、どういうことだ?・・・」

「人の命は地球より重い」
「人の命の価値に差はない」
子供の頃、道徳・倫理の授業などを通じて、教師からこんなことを教わったことがある。
漠然・抽象的な価値観だ。

いい歳の大人になった今、それを考えてみると、今までそれを体感・実感したことがないことに気づく。

「人の命より地球の方が重い」
「人の命の価値には個人差がある」
身の回りの現実を見渡せば、そんなことばかりだ。
大袈裟ではなく、人間一人一人が値札をつけられているように思えるくらいだ。

そんな世の中では、社会的地位と命の価値が比例してはいないだろうか。
・・・している。
内閣総理大臣と特掃隊長の命の価値は同じだろうか。
・・・とても、同じだとは思えない。
だったら、何故、何人の命も平等の価値だと言えるのだろうか。

私が経験してきた学校では、「命の価値は万民平等」と教えながらも、答案の正解は「命の価値には個人差がある」だった。
この現実をどう解釈していいのか分からず、教師に尋ねると、「へ理屈をこねるな!」と一蹴されるか、「ひねくれ者」とされて敬遠されるだけだったように思い出す。

一つの解釈方法として、命を、人間と魂(霊)に分けて考えたらどうか。
魂(霊)の価値は同じであっても、人間の価値は違うと考えればいいのかもしれない。
そう考えれば、なんとなく頭の中が整う。
ごまかしかな?

こんな私でも、自分を価値ある人間に見せたくて、格好をつけたり見栄を張ったりすることが多い。
社会の底辺を自認している私でさえ、「他人からよく見られたい」と言う気持ちが強いのだ。
残念ながら、材料不足(マイナス材料が多過ぎ)で自己満足にもならないことが多いけど。

そもそも、命の価値が分かっていない者(私)に、価値を上げる力・手段を持っているはずがない。
人間の価値を上げようとする悪あがきが、逆に人間の価値を下げているような気もする。

それでも、もがきあがく毎日から少しの光が見えてきた。
死体業15年目、30代後半になってやっとである。

「人間の価値は人が決められるものではない、人が決めてはいけない」


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うんこのにおい

2006-10-16 17:07:52 | Weblog
当たり前の話だが、人間は、一人一人が違う。
身体の造り(外見)はもちろん、内面まで含めるとその違いは明らかだ。

そして、異質の者同士が寄り集まって、この社会やコミュニティーを形成している。
金銭的な利害関係の集まりだったり、趣味思考が同種の集団だったり、血のつながりだったり、その形成要因は様々だ。

世の中には、ホントに色んな人がいて色んな集団がある。
私のような珍者もいれば、特掃隊みたいな珍集団もある。
人の多種多様性は面白い。

そんな世の中だから、合う人・合わない人、好きな人・嫌いな人がいても仕方がない。
個性と個性の融合やぶつかり合いがある。
そんな人間関係にもまれながら、人は成長するのだろうか。

ま、個性を持っていられるのも形がある死体まで。
腐乱死体になってしまえば、個性はなくなる。
そして、「腐乱死体」というカテゴリー自体が個性に代わる強烈な特性を放つようになる。
(※死体と腐乱死体の違いに注意)

この仕事をやっていると、色んな面で新しい発見がある(発見したくなかったモノも多いが)。

その中のひとつが腐乱臭。
人間が腐ったときの腐乱臭は、どの現場・どの人の場合でも同じ臭いがするのだ。
自然摂理の一つか?
当然、強烈な悪臭なのだが、まるで万民共通の原則でもあるかのようだ。。

腐乱臭にも少しくらいは個人差があってもよさそうなのに、どこの腐乱現場に行っても、面白いくらいに(実際は全然おもしろくないけど)同じ臭いがするのは不思議だ。
人間は、腐ってしまうと個性もへったくれもなくなるのか。

一人の人間から出るウ○コでさえ、毎回同じ臭いではない。
同じ人間が出すのだから、毎回同じ臭いがしてもよさそうなのに。
食べたものや体調が影響するのだろうか。

余計な話だか、私は深酒をした翌日に下痢することが多い。
聞くところによると、肝臓が弱っているかららしい。
ウコンでも飲んでからウ○コを出した方がよさそうだ。

更に余計な話だが、管理人は脱糞を一日数回に分けて行うらしい。
聞いて驚いたのはそれだけではない。
和式便器にまたがる時に、ズボン・パンツの片足を完全に抜くらしい(言ってることが分かるかなぁ)。
ズボン・パンツを降ろすだけじゃなく、片足を抜くということ。

くだらな過ぎるネタで脱線してしまった。

一人のウ○コでさえ違う臭いがするのに、不特定多数の腐乱臭が同じ臭いなんて、不可解なものだ。
金持ちでも貧乏人でも、若くても年寄りでも、自殺でも自然死でも、美人でもブ男でも、腐ってしまえばみんな同じ。

通常は、腐乱する前に焼かれる(火葬)。
しかし、それは人為的な行為。
普通に放っておくと誰でも腐る。

しかし、生きているうちは腐らない。
どうせいつかは腐るなら、生きているうちくらいはクサらずに生きていきたいもの。
そう、自分に言い聞かせるこの頃だ。

ちなみに・・・
非常に変な言い方たが、色んな現場に行く中で、いつもの臭いがすると妙な安心感みたいなものがある。
「ウン、この臭い!」
った感じでね。


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笑いのツボ

2006-10-15 10:57:28 | Weblog
この仕事をやっていると、「大変な仕事ですね」と言われることが多い。

その言葉が意味するところは、労い・励まし・感謝であり、嫌悪・蔑み・同情である。
同じセリフでも、声のトーン・顔の表情から、その人が何を思ってそんなセリフを発するのかが、だいたい分かる。

今更、奇異の目で見られたところで気にするまでもないが、時々、「俺って、しょうがないヤツだなぁ」と思うことがある。

ある日の夕方、マンションの一室に出向いた。
依頼者はマンションのオーナー。
現場マンションの駐車場で待ち合わせすることになっていたのだが、約束の時間になってもなかなか現れなかった。

時間を持て余した私は、現場の部屋の前に行き、玄関ドアの隙間から腐敗臭を嗅いだりしながら待っていた。
(※腐敗臭フェチではないので、くれぐれも誤解のないように。中の状況を想定するための行為である。)
それなりの臭いを感じたので、並、またはそれ以上の汚染であることを想像した。

しばらくすると、依頼者がやって来た。
手には、この場に合わないバッグを持っていた。

簡単な挨拶を交わして、とりあえず現場を見ることに。

すると、「今、仕度をしますから」と、依頼者はバッグから何かを取り出した。
上下の雨合羽(深緑色)、ゴーグル、防塵マスク、手袋、長靴etc・・・次から次へと色んなモノがでてきた。
そして、それらを身につけはじめた。

本格的な装備を整えた依頼者は、「一体、これからどこに行くの?」と言いたいくらいの格好になっていた。
軍隊の化学部隊みたいに。
一方の私はいたって軽装。
作業ズボンにスニーカー、半袖のポロシャツ。
衛生用品と言えば、薄っぺらいマスクと手袋ぐらい。

二人のギャップがあまりに大き過ぎて、かなりおかしなコンビになってしまった。
私は、別の意味で回りの人の視線が気になった。

依頼者と私は、現場の玄関の前に立った。
先に嗅いでおいた腐敗臭がしてきて、依頼者の息づかいが急に荒くなってきた。

「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です・・・」
しかし、あまり大丈夫そうではなかった。

「私一人で行ってきますよ」
「え?一人で行ってきてくれるんですか?」
「ええ、かまいませんが」

私は、依頼者の重装備を見回しながら言った。
「せっかく準備をして来られたのですから、一緒に入られてもいいですけど・・・」
依頼者は首を横にプルプルさせながら、「お願いします!」

依頼者は、てっきり自分も現場に入らなければならないものと思って、かなり気を重くしていたらしかった。
そして、その憂鬱さが、現場到着を遅らせたのだろう。

依頼者に現場を見てもらうことはベターなのだが、気が進まないなら見ない方がいい。
凄惨かつインパクトのある腐乱死体現場は、トラウマになって一生引きづることにもなりかねないから。

結局、私一人が現場に入って、中の状況を確認した。
中の見分が終わってから外に出ると、依頼者は重装備のままで「スーハー、スーハー」と荒い呼吸。
中に入った訳でもないのに、前より息が荒くなっていた。
ゴーグルも曇って、回りがよく見えていないようで、玄関から離れる私の後ろをピッタリくっついて来た。

我々は駐車場に戻り、私は中の状況を伝えた。
素人でも理解しやすいように、丁寧に説明。

私の話を黙って聞く、謎の化学部隊員の姿がかなり可笑しくて、思わず笑いながら話す私だった。

「こんな現場でも笑っていられるなんてスゴイですね」と依頼者は感心してくれた。
「いやぁ、こんな仕事だからこそ、自分を鼓舞するために無理矢理笑ってるんですよ」と私はごまかした。

作業の打ち合わせが済み、我々は後日(作業日)の再会を約して別れた。

「俺って、しょうがないヤツだなぁ」と思いながらも、依頼者の姿に笑いを抑えられない私だった。
緊張の糸が解けたのだろう、謎の化学部隊員は、自分の姿が平和な街に馴染まないことに気づかないまま歩き去って行った。


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旅路の果て

2006-10-13 12:57:00 | Weblog
旅行って、いいもんだ。
脱日常、いい気分転換になる。
ここ数年は旅行らしい旅行に行っていない私。
行きたいんだけれど、お金と時間の都合がなかなかつかない。

毎日飲む酒の量を減らせば、塵積で旅費くらいは貯められそうだが、なんだかんだと酒はやめられない!
所詮は、安酒ばかり飲んでるに過ぎないのだか。
自分ではアル中ではないと思っていても、とっくにアル中になっているのかもしれないね。

私が美味しいウニ丼を食べたがっていたことは、以前のブログに書いた。
それは実現したのでいいとして、他にも同様のことがある。

温泉!それも広い露天風呂!
海に接していれば尚Good!
贅沢言うなら冬で雪が積もっていたら最高だ。
熱い湯に雪を入れて温度調節したり、熱くなった身体で雪の中にダイブしたり・・・TVの見過ぎの感もあるが、そんな風呂に入ることにずっと憧れている。
普段は他人様(死んでるけど)の風呂の掃除ばかりしているので、たまには温泉にでも行って気分転換したいものだ(実現できるのはいつになることやら・・・)。

仕事の問い合わせは日本全国からある。
所在が東京なので、首都圏からの問い合わせが断トツに多いが、それ以外からの問い合わせもチラホラある。
ただ、残念なことに、関東地域以外からの問い合わせには電話相談のみの対応しかできない。
それ以外でできることと言えば、せいぜい提携会社を紹介するくらい。

と言う訳で、関東圏外では直接施行はやってない私は、地方出張するようなこともない。

友人・知人から出張の話を聞くと、少し羨ましく思う。
昼間は仕事に追われていても、夜は羽根を伸ばす話など聞くと尚更だ。
なんだか楽しそうだ。

私は時々思う。
この世に生きて(生かされて)いることは旅のようなものだと。
この身体はよそ行きの服、旅が終われば服を脱ぐだけ。
そして、黙ってても、いつかはその服(身体)を脱がなきゃいけない時がくる。
旅の終わりは、自分で決めるもんじゃない。

10月も中旬、いい季節だ。
季節の移り変わりは早い。
過ぎてみれば、人生も短いはず。

例年通り、特掃の発生件数も落ち着いてき始めている。
5月から突っ走ってきたこのブログも、秋の深まりに合わせてそろそろ閉じようかと思っている。
冬眠にするか完全終了にするか、まだ決めてはいないが、あとひと月ぐらいが潮時のように感じている。

何事にも、始まりがあれば終わりがある。
漠然とだが、スタートした時から終わりを意識していた。
そろそろ、その時がきたのかも。

このブログは、私の内面に少なからずの変化をもたらした。
いい変化と悪い変化、両方。
いい変化はそのままに、悪い変化は捨てたいと思っている。

私は無力。
何の力もないくせに、このブログの中では力があると錯覚していた。

私は疲れた。
書くことに疲れたのではない。
ブログの向こう側にいる人の価値観・人生観・死生感を動かしてしまうこと、その逆に、それらを動かすことができないことに疲れたのである。

私は弱い。
偉そうなことを書いていても、所詮は無責任な文字を発信しているだけ。
それ以上踏み込む勇気がない。

・・・思いを文章にするのは難しい。
頭の中が支離滅裂で、うまく表現できない。

以下、隊長命令。
「死ぬな!」

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汗と涙(後編)

2006-10-12 16:32:04 | Weblog
「しょうがない!やるしかない!」
私はまず、道具を揃えることを考えた。
代用できる物は、だいたいどこの家にもある。
男性の許可をもらって、あちこちを物色した。
そして、手袋・マスク以外は、台所・風呂・洗面所にある一般の生活用品を使わせてもらうことにした。

一通りの代替道具を揃えてから、私は腐敗液の除去に取り掛かった。
男性は、部屋を出たり入ったりして落ち着かない様子だった。

手始めに固形物の除去。
頭皮付の毛髪(毛髪付の頭皮?)を持ち上げた。
長い髪の毛に腐敗液がベットリの光っており、それが手に絡んでくる様が髪が生きているようで不気味だった。
多少のウジはいたものの、無視できるレベルだった。

次に、腐敗液を拭き取る作業。
厚い部分や乾いた部分は、「拭く」と言うより「削る」と言った方が適切。
私は、床にしゃがみこんで、ひたすら腐敗液と格闘した。
暑い季節ではないのに、私の額と首筋には汗が滲んできて、そのうちに床にポタポタと垂れ始めた。

しばらくすると、男性が寄って来て、黙って私の作業を見始めた。
私は、男性の存在は無視してコツコツと腐敗液を片付けていった。

しばらくの沈黙の時を経て、男性が声を掛けてきた。
「大変な仕事だね」
「よく言われます」
「稼げるんでしょ?」
「そうでもないですよ」
「だったら、なんでやってるの?」
「他に取りえがないもんで」
「そんなことないでしょ」
「残念ながら、そんなことあるんですよ」

男性は、私の作業の過酷さを目の当たりにして同情してくれたのか、横暴キャラから柔和キャラに変身してくれていた。
そして、話しているうちに、お互い打ち解けてきた。

私は、床にしゃがんで手を動かしながら、男性は私の傍に立ったままで会話は続いた。

「娘は自殺した可能性が高いらしいんだよ・・・」
「そうですか・・・」
「女房は、そのショックでまともに話もできなくなってね・・・」
「・・・」
「驚かないんだね」
「職業病ですかね」
「娘は精神科に通ってたらしくて・・・薬を大量に飲んだらしいんだ」
「そうだったんですか・・・」
「精神科に通ってたことすら知らなかった私は、親として失格だよ」

男性は悔しそうに言いながら、自分に腹が立って仕方がないみたいだった。

腐敗液もだいぶ除去できたところで、男性は私の作業を手伝い始めた。
素手でやろうとしたため、私は慌てて手袋を勧めた。

「死んだ娘のためにしてやれることと言ったら、これくらいのことだから」
男性は私と一緒になって床を拭いた。

気づくと、男性の足元にポタポタと雫が落ちている。
どうも、泣いて涙を落としているみたいだった。
悲しくて、寂しくて、悔しくて仕方がないのだろう。
少しは男性の気持ちが分かった私は、気づかないフリをして床を拭きつづけた。

腐敗液の上に男性は涙を、私は汗を落としていた。
涙と汗で拭く腐敗液、こんな局面を故人は想像することができただろうか。

「涙は心の汗って言うよね」
「TVか何かで聞いたことがありますね」
「なんだか涙がでて仕方がないよ」
「涙が心の汗なら、汗は心の涙ですかね?」
「・・・そうかもね」
「現場で汗をかくことが多い私は、心が泣いているのかもしれません・・・こんな仕事はイヤだってね」
「正直言わせてもらうと、色んな意味できつそうな仕事だよね」
「おっしゃる通りです」
「でも、アンタに頼んで助かったよ」
「そう言っていただけると幸いです」
「大家と近隣からうるさく言われて、弱っていたもんで・・・こっちは、娘が死んだって言うのに」
「さっさとここ片付けて、また新しい日を迎えましょうよ」

汚染箇所の掃除と汚物の撤去を終えた私は、汗を拭いながら残された両親の今後を考えた。
そして、眠くなりながら帰途についた。


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汗と涙(前編)

2006-10-11 15:54:02 | Weblog
夜の出動は身体にこたえる。
特に、家でくつろいでいる時に出動要請が入ってくると、かなり気落ちする。
その重さは想像してもらえると思う。
普通の仕事でもかなり面倒だろうに、私の場合は行き先にあるものがアレだからなおさらだ。

そんなある日、一本の電話が入った。
ぶっきらぼうな男性が一方的に特掃を指示してきた。
ハイテンションで私の言うことを最後まで聞かない男性は、なんだか怒っているようでもあった。
私の質問にも最後まで答えず、とにかく一方的に、命令口調に近い話し方だった。

私としては、見ず知らずの男性に横柄な態度をとられる筋合いはない。
見積りだけだったら翌日にしてもらおうかと交渉したが、男性は聞く耳を持たず「とにかく、今すぐ来い!」と言わんばかりの勢いだった。

寛容さがない私は、男性の無礼な態度に不満を覚え、見積依頼を断ってしまおうかと思った。
しかし、「いちいちそんなことに引っ掛かっていたんじゃ、死体業なんかできないか」と、気を取り直して現場に向かうことにした。

現場に着いたのは、夜中近くになっていた。
電話をしてきた男性は、イメージ通りの横暴キャラで、私に労いの言葉ひとつ掛けることはなく、いきなり部屋に案内した。

現場は新しいアパートで、フローリングの中央に腐敗液が広がっていた。
汚染としては並。
腐敗液に、頭皮とともにくっついたままの長い髪の毛と部屋の雰囲気が、故人が女性であることを示していた。

男性は故人の父親、つまり、死んだのは男性の娘らしかった。
故人はまだ若そうだったが、雰囲気的な判断で男性に故人の年齢を尋ねることは控えた。
ましてや、そんな雰囲気では死因なんか聞けるはずもなかった。

「故人は若い女性・・・」
私は、とりあえず自殺を疑った。
だから、まず先に汚染箇所に面した壁や天井を観察した。
念入りに凝視したが、首吊りを思わせるようなものは発見できなかった。

自殺方法は首吊りとは限らないが、今までの経験から、まず首吊りを疑う私なのである。

時間も時間だったので、私はそそくさと現場の状況を観察して、特掃の見積金額を提示。
すると、男性は、私が提示した金額に異を唱えることなくすんなり了承した。
私は、電話の時から男性の態度が気に入らなかったので、「仕事にならなくてもいいや」と、始めから値引き交渉には乗らないつもりでいた。
しかし、予想に反して男性の方から値引要請はなかったので少し拍子抜けした。

金額の問題はあっさり片付いたのはよかったが、それからが問題だった。
男性は、「これから直ちに作業してほしい」との依頼(指示)してきたのだ。

「えっ!?これから?」私は困った。
現場見分・見積だけのつもりで来たため、ろくな装備がなかったためだ。
明日、夜が明けてからの出直しではダメなのかどうか交渉したが、男性は頑として受け付けてくれなかった。

「わざと俺を困らせているのか?」
「俺が困る様を見て楽しんでいるのか?」
私は疑心暗鬼になってきた。

どんなに頑張っても、できることとできないことがある。
私は、最初より低い姿勢をとって(チャッカリしてるでしょ)作業スケジュールを交渉した。
それでも、汚染部分の清掃と汚物の撤去は当夜中に行うことになった。

「上等だよ!やってやろうじゃないか!」
私は、ヤケクソ気味に特掃の仕度にとりかかった。

つづく


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まりも(後編)

2006-10-09 17:14:24 | Weblog
「顔は見れないのですか?」
「ご覧になりたいですか?」
「ええ、できたら・・・」
「個人的には、あまりお勧めできませんが・・・」
「状態がよくないと言うことですか?」
「ええ、私の臭いでお分かりになりませんか?」
「確かに・・・」
「ただ、私が責任を持てるものでもありませんので、ご家族で決めて下さい」
「どうしようかなぁ・・・」

すると、親戚らしき中年女性が口を挟んできた。
「最期のお別れなんだから、顔ぐらい見ておきなさいよ!私も一緒に見てあげるから!」
躊躇う娘を無視して、その中年女性は、私に柩の蓋を取るように指示してきた。

「本当に開けてよろしいんですね?」
と、私は念を押した。

「構いませんから、早く遺体を見せて下さいよ!」と、中年女性は不機嫌そうに返事。

「では、早速!」と、私は事務的にテープを剥がし一気に柩の蓋を取った。
すると、中に潜んでいた猛烈な悪臭が勢いよく溢れた。
遺族は驚嘆の声をあげながら、柩から離れていった。

私は、続けて納体袋のファスナーに手をかけて言った。
「これから、お顔をご覧いただきますので、どうぞお近くに」

しかし、誰も近くに寄って来なかった。
言い出しっぺの中年女性も、顔をひきつらせたまま近寄ってこない。

「あのぉ、お顔をご覧になりたいのでは?」
私は、中年女性に目を向けて、柩に近づくよう促した。
中年女性は、不満そうに近づいてきたので、私は納体袋のファスナーを少し開けた。

緑色の皮膚が少しだけ見えた。
ハンカチで鼻口をおさえながら中年女性は尋ねてきた。

「これは何です?」
「故人様の身体です」
「え?身体?」
「そうです、身体です」
「・・・身体のどこ?」
「おそらく、頭部のどこかのはずですが・・・全部開けてみますか?」
「・・・」
「全部開けてみますか!?」
「イ・イヤ、結構です!結構です!は・早く蓋を閉めて下さい!」

中年女性は、後退りしながら、「見ない方がいい!見ない方がいい!」と、遠巻きに眺めていた遺族に叫んだ。

その様子を離れて見ていた娘さんは泣き始めてしまった。
中年女性はハイテンションで興奮するし、娘さんは悲しそうに泣きだすし、私はトホホ気分になった。

私は、娘さんが持っていた故人愛用のタバコを柩に入れて、急いで蓋をした。
そして、再び厳重にテーピング。

人は、死んで腐ってしまえば、誰からも嫌悪される汚物になるだけか・・・毬藻人間は、人のはかなさを訴えかけていた。
更に、その処理を生業としている自分に疑問を持たずにはいられなかった。

私は悩んだ。
着ているスーツを捨てるべきかクリーニングに出すべきか。
また、いつまでもこんなことをやっていていいのだろうか・・・。

迷いの中、毬藻人間と別れたのであった。
悪臭をプンプンさせながら。


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まりも(中編)

2006-10-09 09:22:40 | Weblog
「緑の怪物」は、沼から引き上げられたものだった。
事故なのか自殺なのか、私には関係ないので尋ねたりはしなかった。
どちらにしろ、遺族も立ち会っていなかったし、ここまで腐ってしまっていては死因なんて関係なかった。

その沼は、普段は子供達大人達が釣りや水遊びを楽しんでいるような所。
まさか、そんな沼にドザエモンが浮いているなんて誰も思っていなかっただろう。
魚を釣り上げて喜んでいる人もいる訳で・・・そんな魚を食べている人もいるかも?

私は、手や腕をベタベタに汚しながら、何とか遺体を防水シーツに包んだ。
それから、納体袋に入れようとしたのだが、これが重くて持ち上がらない。
もう1~2名の男手が必要だった。

助っ人の男性は、更なる助っ人を呼びに出て行った。
遺体と二人きりになった私は、「なんで沼なんかで死ぬかなぁ・・・」とボヤいた。
死体に愚痴っても仕方がないのだが、吸い込んだ悪臭を愚痴にして吐かないと気が滅入りそうだったのだ。

しばらくして、モノ凄く嫌そうな顔をした部下(後輩)らしき二人の若い男性が霊安室に入ってきた。
二人は明らかにビビっていた。
充満した悪臭パンチを浴びて、作業に入る前からダウン寸前の様子。

腐敗液が各所から流れだしているとは言え、遺体は既にシーツに包んだ状態なので、最初から比べると随分とマシになっていた。
それでも、若い二人にとってはかなりキツいみたいだった。

しばらく我慢していた二人だったが、一人は顔を蒼くして早々とリタイヤ。
もう一人もリタイヤ寸前の様子だったので、とにかく急いで遺体を納体袋に入れることにした。

巨大な怪物と化した遺体は、男三人でもなかなか持ち上げることはできなかった。

「セーノ、ヨイショ!」
ボタボタと垂れる腐敗液に目もくれず、遺体を何とか納体袋に入れた。
そして、「焼石に水」と分かっているものの、ありったけの消臭剤を一緒に入れた。
あとは、袋のチャックを閉じて一段落。
ここまでくれば先が見えた(ちょっと安堵)。

先が見えたからと言って小休止すると、途端にくじけてしまいそうなので、我々は手を休めることなく遺体を柩の中に入れた。
それから、手早く蓋を閉め、蓋と本体の隙間に目張りテープを貼り付けた。

亡骸を葬るなんて雰囲気も気持ちもなく、ただただ汚物処理をした感覚の惰性作業だった。

柩を積み込んだ私は、疲労困憊の状態で搬送車を出発させた。
目的地は斎場の霊安室。
警察署の霊安室ほどではないものの、走る車の中も悪臭が充満。
その原因が、柩(遺体)なのか自分の身体なのか、はたまた鼻の内腔なのか分からなかった。

それにしても、私の鼻は、よくも壊れないでここまで働いてくれている。
ひょっとして、鼻が壊れる前に脳が壊れているのかも?

私が斎場に到着したときは、何人かの遺族が集まっていた。
挨拶をするために近寄って来た私があまりに臭かったからだろう、遺族は悲しみの表情ではなく驚きの表情をみせた。

そんなことは気にせず、私は慣れた手順で車から柩を降ろした。
すると、故人の娘さんらしき人が声を掛けてきた。

「最期の別れになるから、父親(遺体)の顔が見たい」と言う。

家族の誰かが警察で遺体確認をしたはずなのに、娘さんはその状態を知らされていないみたいだった。

「せっかく密閉梱包した柩を、また開けるのか?」
私は、面倒臭い気持ちと娘さんの想いを汲んであげたい気持ちの間で葛藤した。
そして、何よりも、家族とはいえ素人に毬藻人間を見せていいものかどうかを考えあぐねた。

つづく


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まりも(前編)

2006-10-06 13:26:28 | Weblog
「毬藻」を知っているだろうか。

子供の頃、私の家には毬藻がいた。
祖父が買ってきたものらしかった。
小さな容器の水の中、いつまでもジッとしている緑の球体が不思議に思えた。
実際にも摩訶不思議な生物らしい。

「毬藻」は知っていても、「毬藻人間」を知っている人はいないだろう。
私は、不本意にも毬藻人間と遭遇してしまったことがある(本件に限らず何度も)。

ある日の午後、遺体搬送の依頼が入った。
遺体搬送業務の制服はスーツなので、私はスーツに着替えて出発した。
到着した現場は、警察の霊安室。
何人かの人が入口の前で右往左往しており、中には誰も入れない様子。
どことなく、ザワついた雰囲気だった。

「ヒドイよー!」「クサイよー!」と嫌悪する誰かの声が聞こえた。
正直言うと、私も中に入るのはかなりの抵抗があったのだが、仕事の責任があるので仕方なくドアを開けた。

「ブハッ!」
「ゲホッ!」
あまりの悪臭に、鼻と肺が空気を吸うのを拒んだ。
それ以上、ドアから先に進むことができなかった私は、急いでドアを閉めて一時退却。

とにかく、モノ凄い臭いだった。
普段嗅いでいる腐乱臭を、もっと生々しくしたような臭い(と言っても分かる訳ないか)。
私は、簡易マスクを何重にも着け、気持ちを落ち着けて再突入。
寂しいことに、後に続く者は誰もいなかった。

検死の終わった遺体は、ステンレス台に置かれていた。
バンバンに膨らんだ身体は、今にも溶けだしそうに全身緑色。
全体の形を見ないと、人間だと分からないくらいに酷い有様だった。

「これをどうやって運べっつーんだよ!」
私は、誰にでもなく腹が立ってきた。
遺体搬送業務では、大した装備は携行しない。
しかし、これは特掃級の装備が必要なレベルだった。

中は猛烈な悪臭が充満しており、私の身体は一瞬にしてその悪臭を纏った。
遺族や故人には申し訳ない表現だが、私にとってその遺体は「緑色の怪物」。
私は、怪物を前にしばらく立ち尽くすしかなかった。
そして、どうやって運び出すかを悶々と考えた。

とりあえず、私一人では無理なことは明白。
誰かの助けが必要。
助手を頼めそうな人がいないかと、外に出てみた。
すると、ほとんどの人が私と目を合わすことなく蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

「うわぁ、薄情だなぁ」
わずかに残った人も、私が何か言う前から私と目を合わせようとしなかった。
イザと言う時の人の冷たさを、あらためて痛感した。

そんな中でも、一人だけ「手伝ってもいい」と言う人がいた。
本件の担当刑事らしかった。
仕事への責任感からか、慈善意識からか分からなかったが、とにかく助かった。
イザと言う時の人の温かさを、あらためて痛感した。

私は、その人と中に入り、ジェスチャーを交えながら作業手順を打ち合わせた伝えた。

どちらにしろ、遺体は納体袋に入れなければならないのだが、このままの状態では持ち上げることさえできない。
とりあえず、吸防水シーツで遺体を包んでから納体袋に入れることにした。

まずは、遺体を横に転がすようにしながら、背中からシーツを回し、膨張腐敗した怪物を包む作業。
この作業が、かなり過酷なものになった。

何倍にも膨らんだ遺体の表皮は苔のようなものが付着して、全身緑色。
あちこちに水房ができて破れている。
そして、各所から黄色・茶色・緑色の液体が漏れ出していた。
そのクサイことと言ったら・・・文字でしか表現できないのが悔しいくらい。

身体に触ると皮がズルッと剥けてしまい、下からツルンとした白い脂肪層かでてくるような始末。
シッカリ持つために力を入れようものなら、腐った肉に自分の指がグズグズと食い込んでいく・・・。
でも、そんなことを躊躇っていたら、一向に作業が進まない。

「もー、最悪!」
私は、開き直って手を汚すしかなかった。

つづく


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もったいない

2006-10-05 09:23:41 | Weblog
小さい頃の私は、モノが捨てられない子供だった。
何を見ても、いつか必要な時が来るような気がしていた。
そんな訳だから、私の机の引き出しや収納箱には不要な物がたくさん納まっていた。

何事にも「もったいない精神」は大事だと思うが、度が過ぎると問題がでる。

ある腐乱死体現場。
年配の女性が依頼者で、依頼者と共に現場に入った。

「かなり臭いですよ」
と、申し訳なさそうに言いながら、女性は玄関ドアを開けた。
そして、あちこちの窓を急いで開けて回った。
少しでも悪臭を緩和させようと、私に気を使ってくれたみたいだった。

「大丈夫ですよ、慣れてますから」
と、言いながら私は汚染部屋に入った。
汚染は、ベッドだけに見えた。
やはり、他の部屋に増して濃い腐乱臭がこもり、ハエが飛んでウジが這っていた。

「ヒドイでしょ?」
「スイマセンねぇ」
と、女性は私に優しい声を掛けてくれた。
「大丈夫ですよ、慣れてますから」
と応えて部屋の観察に入った。

汚染度は深刻な状態だった。
一見、ベッド以外に汚染されたものはないように見えた。
ただ、腐敗液がどこまで染み込んでいるかを確かめておく必要があった。

まず、私は敷布団をめくった。OUT!
更に、その下のマットをめくった。OUT!
そして、ベットマットを動かした。OUT!
ベッドの底板まで腐敗液は下りていた。
まぁ、ここまでは仕方がない。よくあることだ。

腐敗液がベッドを通り抜けて畳に到達していると、作業も費用も全然変わってくる。
私は、「止まっていてくれよ!」と念じながらベットを横にずらした。SAFE!
幸い、床の畳には汚染痕はなかった。
腐敗液は、ベットの底板でかろうじて止まっていた。

腐敗液は少しでも見逃す訳にはいかないもの。
悪臭はもちろん、ウジの温床になる危険性があるから、私は念入りに畳を見た。
とりあえずは、汚染ベッド一式を撤去すれば急場は凌げそうだった。

私がそんなことをしていると、台所の方から女性の独り言が聞こえてきた。
「お茶くらい出した方がいいわねぇ」
「何かないかしら」
「あら牛乳、賞味期限は・・・切れちゃってるわ」
「もったいない」
「あとは・・・このジュースはどうかしら」
「○○(故人の名前)の飲みかけか・・・賞味期限は・・・あら、これも過ぎちゃってるわ」
「もったいない」
「他には・・・何もないわねぇ」
「一昨日までだから、ま、大丈夫でしょ」

断片的に聞こえる言葉から意味を推測すると、どうも私に飲物でもだしてくれようとしているらしかった。
そして、見つけたのが賞味期限が切れた、故人飲みかけのジュース。

冷蔵庫の中に保存してあったとは言え、腐乱現場にある物を口にするのは抵抗がある。
しかも、故人が生前に飲みかけていたうえ、賞味期限が切れてるものなんて。
私は、イヤ~な予感がして不安になってきた。

見積を終えた私は、女性と今後のことを打ち合わせるため、台所の椅子に腰を掛けた。
全部の窓が開いているとは言っても、腐敗臭はバッチリ臭っていた。
話し始める前に女性は、「どうぞ」と言ってジュースを出してくれた。

「このジュースは・・・」
さすがに、このジュースには「慣れているから大丈夫」とは思えなかった。
私の脳は、非常事態宣言を発令。
女性は、自分の分は用意していなく、私は増々警戒感を募らせた。

「せっかく出してくれた物に口をつけないなんて、女性は気分を悪くしないだろうか」
「ここで飲むのが礼儀か?」
「俺って失礼なヤツ?」

自分の中に葛藤があったが、どうしてもコップに手を出す気にはなれなかった。
打ち合わせの最中も、女性はジュースを飲むように促してきた。

私が飲まないのは、明らかに不自然だった。
「仕方ない・・・口をつけるか・・・」
私が諦めかけた時、一匹のハエが飛んで来てコップにとまった。
私と女性は、ハエを見た後にお互いの顔を見合わせた。
三者、しばし沈黙。

「嫌なハエだこと、すぐ新しいのを入れますから」
「すぐに失礼しますから、もう結構ですよ」

私は、ハエに助けられて、その場を切り抜けることができた。

物があふれている現在、まだまだ使える物がどんどん捨てられていく。
機能・性能より外見・デザイン重視か。
これは人間にも当てはまる。
人格や性格は二の次・三の次。

こんな時代には、この女性のような「もったいない精神」を持つ人が貴重かもしれない。

コップにとまったハエが、両手を合わせて「いただきま~す」する姿が印象的な出来事だった。


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