特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

吐気

2022-06-07 07:10:12 | 嘔吐物
「水無月」とも言うのに、六月に入った途端、急な雷雨・豪雨、そして、雹に見舞われるようになった。
今年の梅雨入りは例年より遅くなるようだが、私の精神状態と同様、これから、しばらく、天気・気温ともに不安定かつ不快な日が続く。
私は、もともと、時季に関係なく精神不安定で、年柄年中、虚無感を抱えている人間だけど、このところは、特に気分のUp・Downが激しい・・・
あ、でも、「Downが激しい」と言った方が正確かも。
残念ながら、気分がUpすることは「まったく」と言っていいほどないわけだから。
不眠症も更に重症化し、ここ一か月くらいは、毎晩、変な夢をいくつもみるような始末。
神経質で疑り深い性格が災いしてか、薬の効きもよくない。
時々、朝御飯を食べるときに吐き気をもよおすこともあり、こんな毎日に、嫌気がさしているような始末。
こうして生きていて、楽しいことが何もない、面白いことが何もない。
“こんな日々がいつまで続くのか・・・”と思うと、お先真っ暗、本当にイヤになってくる。
 
雨風しのげる家があり、三食の糧になる仕事があり、衰えてきたとはいえ動く五体があり、退屈に思えるくらいの平和がある。
理屈では、「贅沢な願い」「高すぎる望み」「つまらない欲」だということはわかっている。
「目を向けるべきところが違う」「心の在り方が間違っている」ということもわかっている。
ただ、それが“心”というものの不可思議なところ、“鬱”というヤツの厄介なところ。
どんなに立派な理屈を組み立てて「しっかりしろ!」と揺さぶっても、微動だにしない。
 
吐くまで飲むようなことはないけど、酒量も増えたまま。
「休肝日を復活させたい」と思っていても、酒を前にして、その理性はまったく歯が立たない。
「身体によくない」とわかっていても、「翌朝には鬱状態が待っている」とわかっていても、飲まずにはいられない。
「今夜は飲まないでおこう」と、朝、心に決めても、昼くらいになると その心は完全に折れている。
で、自分に対する言い訳を考え始める。
結局、「今日一日飲んだくらいで病気になるわけじゃない」「今日一日我慢したくらいで元気になるわけじゃない」と、冷蔵庫のウイスキーに手を伸ばすのである。
 
それでも、近年は、割って飲むようにしているから、少しは、身体への負担が減っている・・・と思う。
かつての私は、ウイスキーをロックで飲むことを日常としていた。
咳き込むくらいに濃いヤツを口に含み、舌で転がしながら特有の香りと甘みを楽しんでいた。
そして、それを喉から食道を通して胃に流し込み、五臓六腑に沁みわたらせていた。
その酔いは心地よく、毎晩の楽しみに。
しかし、度数の高い酒は、間接的に肝臓に負担をかける。
そして、胃や食道に直接的に負担をかける。
ほどほどにしておかないとダメなのはわかっていたけど、どうしてもやめられなかった。
 
何がキッカケだったのかは憶えていないけど、あるとき、「このままだと身体を壊すな・・・」
と悟った私は、ハイボールにチェンジすることに。
はじめは薄すぎて口に合わなかったけど、飲んでいるうちに慣れ、今では、美味しく飲んでいる(杯が進むにつれ濃くなっていくのが難だけど)。
とりわけ、たるみやすい胴を持つ中年男にとっては、ビールを飲むより、そっちの方がいいはずだし。
 
先日、「スパークリング日本酒」なるものを、生まれて初めて飲んだ。
“日本酒離れ”を少しでも食い止めようと、酒造元が試行錯誤して商品化したものなのだろう。
私が飲んだのは、とある大手メーカーの一商品。
だから、一概なことは言えないかもしれないけど、まぁ、私の口には合わず!
アルコール度数は5度で、とにかく甘い!甘すぎる!
おそらく、口当たりをよくするために人工的に甘くしているのだろうけど、思わず吐き出しそうに。
しかし、食べ物や飲み物を粗末にするのは大嫌いな私。
とにかく、飲み干そうとがんばった。
が、どうしても口に合わず、二口・三口飲んだところでギブアップ。
結局、そのままで飲み進めることはできず、炭酸水で割ってレモン果汁を足して、ハイボールみたいにして 無理矢理 喉に流し込んだ。
あくまで、個人的な感覚だけど、これがメジャーな酒になるのは難しいと思っている。
 
酔うと、この現実が少し遠ざかるような気がする
イヤなことが頭に浮かびにくくなる
一時でも、気分が軽くなり、鬱気が紛れる。
それが、酒の良さであり、恐さでもある。
しかし、酒が抜けると、ヒドい状態に逆戻り・・・
こんな生活習慣が、自分にとってプラスにならないことはわかっている。
ただの“ごまかし”であることもわかっている。
ただ、心が浮くようなことが他に何もない今の私には、これ以外に策がないのである。
 
 
 
ある日の真夜中、静かに眠っていた電話が 突然 鳴った。
受話器から聞こえてきたのは若い女性の声で、
「ホームページを見たんですけど・・・」
「酒に酔った同居人が吐いてしまいまして・・・」
「“24時間対応”って書いてあるんですが、今からお願いすることはできますか?」
と、かなり慌てた様子だった。
 
女性は、夢中でインターネットを検索して、手当り次第、対応してくれそうな業者に問い合わせたよう。
しかし、色よい返事をしてくれた業者は皆無。
その理由は想像に難くなく・・・
ハッキリ言ってしまえば、嘔吐物の清掃なんて、特殊清掃の中でも雑用中の雑用で、やり甲斐も使命感も見いだせない仕事。
しかも、大したお金をもらえるわけでもなく、更には、真夜中の出動なんて面倒臭くて仕方がない。
業者としては、「やってられるか!」といったところ。
それは、私も同じことで、正直なところ、「面倒臭ぇなぁ・・・」と思いながら、また、うまく断る理由を探しながら女性の話に耳を傾けた。
 
現場は、都内のマンション。
そこの共用通路。
周囲に飛び散った部分があるものの、汚染範囲はそんなに広くなさそう。
ただ、嘔吐物とは言え、侮るのは禁物。
何らかのウイルスが混入している可能性がゼロではないから。
特に、ノロウイルスには注意が必要。
感染力が強く、ちょっとしたことで感染してしまう。
ノロの疑いがある場合は即座に断るつもりだったが、そうでない場合は断る理由もないため、私は、嘔吐の原因があくまで酒であることを、念を押すように女性に確認した。
 
当初は、
「自分でできませんか?」
「そうすれば、余計なお金を使わなくて済みますよ」
と、良心的な装いで親切なアドバイスをしつつ、実際は及び腰だった私。
しかし、
「苦情がきたときのために、“専門業者にキチンと処理してもらった”という事実が必要なんです」
とのこと。
女性は、本当に困っているよう。
また、焦ってもいるよう。
結局のところ、“他に頼れる人がいない”というところに特掃魂が刺激されてしまい、出動することに。
「今が〇時〇分ですから、〇時頃には到着できると思います」
と伝え、閉じたい眼を開け、重い腰を上げた。
 
着いたのは、小規模の賃貸マンション。
出迎えてくれたのは、電話の女性。
やはり、落ち着かない様子。
シ~ンと静まり返った真夜中で、我々は、小声で短い挨拶を交わし、早速、汚染場所へ。
見ると、嘔吐物は、ドア側ではなく柵側ではあったものの、よりによって、隣の部屋の玄関前にベッチョリ。
しかし、マンションの出入口と自宅の位置関係をみると、出入口に近いのは当人宅(女性宅)の方。
つまり、吐き気をもよおした当人は、わざわざ自宅の前を通り過ぎ、隣の部屋の前に着いたところで吐いたということ。
あと、もう少し・・・自宅に入るまで耐えられなかったのか・・・
どうして、他人の部屋の前で吐いてしまったのか・・・
せめて、自室の前で吐けなかったものか・・・
怯えるように汚染個所を見つめる女性が気の毒に思えたことも相まって、まったくの他人事ながらも、私は、悔しいような気持ちでいっぱいになってしまった。
 
女性は、
「隣の人はもちろん、他の住人にも気づかれないよう急いでやって下さい!」
と強く要望。
やけに、他住人から苦情がくることや管理会社から叱られることを恐れていた。
ただ、起こったことはそれなりの事だけと、責任をもって掃除する意思もあり、掃除する手はずも整えたわけで、そこまで心配するようなことには思えず。
それで、私は、
「きれいに掃除すれば大丈夫だと思いますよ」
「念のため、消毒剤と消臭剤も使っていきますし」
と、“おっちゃんに任せとけば大丈夫!”とばかり、カッコつけ気味にフォロー。
すると、女性は、
「他にも、今まで、色々ありまして・・・」
と、気マズそうに口を濁した。
どうも、これまでも、当人は、マンション内で、何らかのトラブルを起こしたことがあるよう。
いわゆる“問題児”“トラブルメーカー”なのか、それも、一度や二度じゃなく、もっと。
しかし、それ以上の話は仕事に必要ない。
女性も話したくはなかっただろうし、私も、愛馬の“野次馬”を馬小屋に入れ、頭を作業の方へ向けなおした。
 
どちらかと言うと、フツーの人が吐き気をもよおすのは、糞便や嘔吐物ではなく腐乱死体のニオイのはず。
しかし、私は、ほぼ平気。
近年では、どんなにヒドい現場でも、重厚な専用マスクを着けることも稀。
その昔、特殊清掃を始めた頃、吐きそうになったことは何度となくあったのに・・・
一方、そんな私でも、人の糞便や嘔吐物のニオイは苦手(苦手じゃない人は少ないと思うけど)。
作業に取り掛かると、嘔吐物特有の酸系の異臭が上がってきて、実際には、吐きそうにはならなかったものの、“オエッ!”となるような不快感に襲われた。
それでも、嘔吐物の清掃なんて、さして難しい作業ではない。
で、ものの30分程度で完了。
痕もニオイも残らず、何事もなかったかのようにきれいになった。
 
作業が終わっての帰り際、玄関先でサヨナラとなって当然の場面だったが、女性は、わざわざ、車までついて来てくれた。
そして、「こんな時間に、本当に助かりました!」「ありがとうございました!」「お気をつけて!」と、私を見送ってくれた。
小さなことだけど、そんな心遣いが自然にできる女性が、私の眼には、一人の“女性”としても 一人の“人間”としても魅力的に映った。
一方の当人は、部屋でダウンしたままだったようで、終始、姿を現さず。
玄関には、男物の靴とサンダルがあったのだが、女性は、「夫」「主人」とか「ダンナ」とは言わず「同居人」と言っていたから、正式な婚姻関係ではなく「同棲相手」ということだろう。
そんな当人に、「酔って吐いた」ということだけで“ダメ人間”の烙印を押すのは、あまりに軽率だし、そもそも、この私も、当人を非難できるような人間ではない。
 
駅のホーム、友人宅の和室、タクシーの窓外・・・若かりし頃のこととはいえ、私も、飲み過ぎて吐いたことが何度かある。
本来なら自分で掃除すべきところ、どこもすべて、誰かが掃除してくれたわけで・・・
私は、一筋の汗も流さず、一円も金も出さず、一言も謝罪せず・・・
「若気の至り」なんて、何の言い訳にもならないことは明白で・・・
本当に、ダメな人間だったし、ダメな人間のまま歳をとってしまった。
私は、そんな複雑な心境を抱えつつ、好印象の女性と、勝手に悪い印象を抱いた当人を天秤にかけ、「若くてチャンスがあるうちに男を選びなおした方がいいかもよ」と、バックミラーに映る女性につぶやきながら現場を後にしたのだった。
 
 
私は、元来、内気でネクラな性格。
それに輪をかけるように患ってしまっている鬱病。
そんな人間と一緒にいて楽しいわけはなく、愚痴をこぼし、弱音を吐く相手もおらず、それを親身に聴いてくれる者もいない。
今は、読んでくれる人の精気まで吸い取ってしまいそうな陰気なブログになってしまっているけど、私にとって、ここは心情を吐露できる場でもある。
また、自分を客観視し、わずかでも冷静さを取り戻すためのツールにもなっている。
こんな みっともない姿を晒しても、「人に読まれて恥ずかしい」という気持ちはない。
そんな虚栄心を持てるほどの元気もない。
 
この先、どこまで持ちこたえられるかわからない。
どこかで潮目が変わるのかどうかも、立ち直れるのかどうかもわからない。
ただ、私が吐く弱音も、こぼす愚痴も、それはそれとして、何かの種に、何かの肥しに、何かの糧にしてもらえれば、私も、少しは、ここに存在している価値があるというもの。
 
今は、それにすがって生きていくしかないのだろう。
私には、まだ、人が生涯をかけて見るべきものが見えていないような、聴くべきものが聴こえていないような、感じるべきことが感じられていないような気がするから。
そして、生きている意味、存在している価値を完全に否定するには、まだ早すぎるような気がするから。


お急ぎの方は 0120-74-4949へご連絡ください

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