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特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

ねこみⅡ

2009-06-01 17:24:43 | Weblog
睡眠環境の好みは、人によって違うのだろう・・・
私は、ちょっと肌寒いくらい・・・布団を一枚で、暑からず寒からず、ポカポカになるくらいの温度が好き。
本来なら、暑い夏でも、寒いくらいにエアコンをかけて、布団を掛けて寝たいくらい。
しかし、世の中が、これだけ地球環境に配慮する風潮にある中で、そんな無謀なことはできない。
(ホントは、電気代が気になってできないだけの、〝エコ〟ならぬ〝エゴ〟。)

それにしても、不眠症を患う(煩う?)私は、どんなに長く横になっていても、充実した睡眠がとれない。
以前、その状態を、知り合いの医師に相談したことがある。
すると、
「身体と精神の疲労バランスが悪すぎるのではないか?」
とのこと。

それを考えると、確かに、思い当たる節がチラホラ。
惰眠を貪らせているのは、ただの怠心だから、逆に、眠れないのかも・・・
ちゃんと仕事をして、心身がバランスよく疲れれば、よく眠れるのかも・・・
グッスリ眠りたければ、もっとハードに働く必要があるのかも・・・
ん゛ー・・・仮にそうだとしても、この衰えてきた心身では、それも考えものだな・・・


「こんな時間にすいません・・・」
ある日の夜遅く、男性の声で特掃を依頼する電話。
時刻を気にしてか、男性は、声量を控えめに自分の身分を名乗った。

「どういたしまして・・・」
礼には礼をもって接するのが、私の流儀。
礼儀をわきまえた男性に好印象を抱いた私は、不機嫌の芽を生えさせずに済んだ。

「動物の死骸なんですけど・・・片付けてもらえるんですか?」
男性は、ちょっと言いにくそう。
それでも、困っているらしく、思い切って電話してきたようだった。

「はぃ・・・やりますけど・・・」
それまでにも、数々の動物死骸を処理してきていた私。
慣れているとは言え、一つ一つの作業を思い出すと、おのずと気分は重くなった。

「お願いした場合、いつ来てもらえますか?」
男性は、焦っている様子。
私が応じれば、すぐにでも呼び付けそうな勢いだった。

「お急ぎですか?」
急いでいなければ、そんな時間に電話をしてくるはずもない。
その察しはついていたけど、私にとって出動の要否は大事なので、念のためにそれを訊ねた。

「えぇ・・・急いでます・・・」
男性は、断られることを恐れている様子。
声を、低姿勢が伺えるようなトーンに落としてそう言った。

「明日の朝一とか?」
怠け者の私は、〝明日でいい〟という返事を期待。
祈るような気持ちで、男性の返答を待った。

「いぇ・・・できたら、今夜中にお願いしたいんですけど・・・」
やはり、相応の事情があるよう。
申し訳なさそうに言う男性に、私は、年貢の納め時を悟った。


夜の出動は、独特のおっくうさがある。
しかも、その時は、眠気もさしてきていた時刻だったので、余計にそう思った。
しかし、世の中は、私を中心に回っているわけではない。
仕事なら尚更で、自分の都合なんか二の次にしてお客の都合を優先するのは当然のこと。
私は、面倒臭がってグズる自分をなだめすかして、頭を切り換えた。


「では、これから向かいますので・・・到着は○時頃になると思います」
「来てもらえるんですか!?ありがとうございます!」
「ところで、動物は何です?」
「多分、猫だと思うんですけど・・・犬かもしれません」
「どちらかわからないんですか?」
「猫っぽいんですけど、やたらと大きいんですよ」
「そうですか・・・」
単に、見えにくいだけなのか、それとも判別不能なくらいに腐乱しているのか、はたまた、犬でも猫でもない第三の動物なのか・・・
私は、男性の曖昧な返答に、恐怖に近い不安を覚えた。


到着した現場は、閑静な住宅街にある一戸建。
夜が深まり、シーンの静まりかえる暗がりの中、依頼者の男性は私の到着を玄関先で待っていた。
私達は、お互い、名乗り合う必要もなく、簡単に挨拶。
そして、事の経緯と事情を話してもらった。

異臭は、数日前から周辺に浮遊。
当初は、その原因がこの家にあるとはまったく思わず、そのまま放置。
そのうちに、異臭の濃度は高まり、同時にハエが飛び回るように。
その状態を異常に思った男性は、念のために家の内外を点検。
そして、ウッドデッキの下に、妙な物体を発見したのだった。

男性は、この家の主ではなく、不動産会社の担当者。
家は空家で、男性の会社が仲介をして売却することになっていた。
そのためのオープンハウスを男性が企画。
宣伝広告もしっかりやって、それなりの来場者を見込んでいた。
しかし、敷地内に猫の腐乱死骸があっては、家がいくら良くても買い手がつくはずはなく・・・
開催日が翌日に迫ってのこの出来事に、男性は蒼冷めたのだった。


「この下か・・・」
男性に教わった通り、庭には建物続きのウッドデッキが設置。
腐乱動物は、その下に潜んでいるらしかった。

「どれどれ・・・」
私は、地に膝をつけ前傾。
デッキの下に懐中電灯の光を差し込んだ。

「あ゛ー・・・アレか・・・」
ウッドデッキの床板と、砂利の地面の間は約50㎝。
異臭が漂うその奥に、白っぽい毛を生やした物体が見えた。

「ありゃ、猫だな・・・」
今までの経験から、私は、犬説を否定。
そして、丸みのあるかたちに、猫を想像した。

「これだけ臭うってことは、かなり腐敗が進んでるはずだな・・・」
腐敗度が浅い硬直状態か、肉が完全に消化して毛皮と骨だけになったミイラ状態が好ましい。
しかし、これは、最も困難な状態・・・腐乱溶解の真っ只中にあるようだった。

「ここに潜れってか?・・・」
デッキの下は、這うくらいの高さしかなく・・・
土に汚れるのはもちろん、作業が困難なものになることを覚悟した。

「〝夜〟っつーのがミソだよな・・・」
明るい昼間なら、不気味さも半減したはず。
この作業を夜中にやらなけるばならないことに、太刀打ちできない因果を感じた。

「コレ、抱えんのか?・・・」
私は、猫を自分の手で抱えることに強い抵抗感。
這った姿勢で抱えたら、顔にくっつく恐れもあり・・・
さすがに、それは御免だった。

「崩れたら、目も当てられないしな・・・」
下手に持ち上げて崩壊でもしたら、とんでもないことになってしまう。
私は、そのリスクを避けるため、策を思案した。

「そうだ・・・そうしよ・・・」
私は、シャベルを使うことに。
手で抱えることを免れただけで、嬉々安堵。
イソイソと車からシャベルを持ってきた。

「ヨッシャ!始めるとするか!」
意を決した私は、使い捨ての防護服を身に纏い、地面に腹這いに。
片手に懐中電灯、片手にシャベルを持って猫に向かって匍匐前進した。

「やっぱ、猫だ・・・」
近づくと、動物の正体が判明。
目玉は、ウジに食われてなくなっていたけど、それは間違いなく猫だった。

「それにしても、デカい猫だなぁ・・・」
豊食の飼猫だったのか、その図体は巨大。
その下にシャベルを差し入れるにも、一苦労を要した。

「うげー!」
動かした死骸は、予想通り、死後硬直を通り越して溶解軟化。
グズグズのズブズブ状態で、毛も皮も肉も内蔵もあったものではなく、慎重に動かさないとイケないかたちに分解してしまいそうだった。

「俺って・・・」
深夜の住宅街、地ベタに這いつくばって、人知れずヘンテコな作業をする男が一人。
その様には、自分でも滑稽に思えるくらいの奇妙さがあった。


作業を終えた私は、本来のかたちを失った猫を車に乗せ、帰途に・・・
死体と夜中のドライブ(遺体搬送業務)をしたことは何度もあるけど、それが腐乱猫となると、また独特の雰囲気。
普通に考えると、気味のいい車中ではないはずだったが、私は、ひたすら疲労困憊。
ルームミラーに映る暗闇に怯える余裕もなく、来たときの道をそのまま逆に車を走らせた。

その日の私には、夜明けを待つ昼間の通常業務があった。
とっとと布団に戻りたかったけど、やってきたことを考えると、風呂に入らない訳にはいかない。
心地よい疲れと不快な睡魔を抱えながら、急いで入浴。
そして、
「人生って、なかなか愉快な代物だな・・・感謝!感謝!」
と、自分をなだめながら、病に寝込むかのように、グッタリと短い床についた私だった。






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人情味(後編)

2009-05-26 12:31:36 | Weblog
世の中には、ボランティアで働いたり、他人のための無償奉仕を惜しまない人が多くいる。
そんな生き方が、苦にならない人がいる。

〝人助け〟には、少なからず、苦痛や自己犠牲がともなうはず。
それを、金銭と引き替えずに喜びと満足に変えるなんてことは、なかなかできることではない。

頭はよくないくせに、打算だけはよく働くこの私。
物事を損得以外で考える思考回路を、持ち合わせていない。
だから、強いられもしないのに、どうしてそういう生き方ができるのか不思議である。

不思議に思うだけならまだしも、かつて私は、その類のことを冷視していたことがある。
ビジネス性の強いチャリティーイベント等に、強い嫌悪感を覚えていたのだ。

特に若い頃・・・10代・20代の頃は、それが顕著。
人の打算や利害・表裏や偽善ばかりが目について、とても賛同する気にはなれなかった。

しかし、そもそも、人間に、完璧な善行なんてできやしない。
人間なんて、そんなにデキた動物ではない。
短所もあれば愚所もある
弱点もあれば欠点もある。
表があれば、裏もある。
陽があれば、陰もある。
それが、〝人間〟というもの。

問題なのは、そんな人間の不完全性ではなく、そこばかりに目がいく私の感性。
他人が悪人に見えてしまうのは、見る目が邪悪だから。
他人が偽善者に見えてしまうのは、見る目が不誠実だから。
同様に、他人の打算や利害・表裏や偽善ばかりが目につくのは、自分の頭がそれらに侵されているから。
結果は、それがもたらすのは、何もせずに傍観し、ただただ、くだらない批評や非難で利口者気分を味わって満足するだけの情けない自分・・・
とにもかくにも、こんな風に、理屈ばかりこねている私なんかより、どんなに小さくても、偽善や打算がつきまとっていても、身を削って行動している人の方がずっと立派だ。


前回の続き・・・

しばらくすると、大家の男性と不動産会社の担当者がやってきた。
二人とも、見た目は、〝おじさん〟というより〝おじいさん〟。
不動産屋の男性は、個人事業の社長らしく、地域密着で古くから商っているよう。
二人の付き合いは長いようで、幼なじみかと思うくらい随分と親しげ。
同様に、住民達とも古くからの顔見知り。
ただ、苦情に応えていないからだろうか、住民女性達に対して少し気マズそう。
一方、女性達は、いたって穏やか。
こちらも、見た目は〝おばさん〟というより〝おばあさん〟。
苦情らしい苦情も言わず、ニコニコと愛想よくしていた。

年配者には年配者ならではの、若年者にはない懐の深さがある。
悪い意味で年寄り扱いしてはいけないが、いい意味での大らかさがある。
本来なら、ピリピリした空気に包まれてもよさそうなシチュエーションだったが、皆か醸し出すのんびりした雰囲気に自然とリラックスする私だった。

それから、またしばらくすると、故人の母親がやってきた。
特に身体が悪い訳でもなさそうだったが、何分にも高齢。
背中を丸めた前傾姿勢で、ゆっくりと歩いてきた。

その姿が見えるなり、穏やかに弾んでいた会話はストップ。
故人の死を悼む気持ちからなのか、母親を気の毒に思う気持ちからなのか、皆の表情と場の空気は、一気に神妙なものに変わった。

「うちの子が、迷惑をかけて申し訳ありません」
母親は、最初から詫びを入れるつもりだったよう。
我々の傍に寄ってくるなり、深々と頭を下げた。
「・・・」
そんな母親に、誰も声をかけず。
誰も、掛けるべき言葉が見つからないようで、無言で頭を下げるだけだった。


母親がいくら気の毒に思えても、関係者全員が揃ったからには本題を協議しない訳にはいかない。
しかし、大家も不動産屋も、老いた母親に面と向かっては言いにくいよう。
後始末に必要な作業と費用を説明するのは、おのずと私の役回りとなった。

私は、自分が口火を切ることに躊躇を覚えたが、〝これも必要な仕事〟と割り切り。
部屋を元に戻すための必要事項を、それぞれの立場に気を遣いながら説明した。
一方、聞く側の母親は、こちらが恐縮するくらいに平身低頭。
必要な話をしているだけとはいえ、弱い老人をいじめているみたいで、何とも気分のいいものではなかった。


一通りの説明が終わると、今度は、母親の方からポツリポツリ・・・
その話は、本件の言い訳をするつもりでも、後始末の同情を誘うつもりでもなく、ただ、故人(息子)のことを弁護してやりたいと思う親心からきたものだった・・・

「ついこの前も、うちに来たばかりだったんですよ・・・」
「あれが、最後になったんですね・・・」
現場アパート(故人宅)から少し離れたところに、母親も独り暮らし。
高齢独居を案じてのことだろう、故人は、母親によく電話をかけ、よく顔を見せにやって来ていた。

「いつも、私のことを心配してくれてまして・・・」
「〝生活が苦しい〟なんて、一言も言ってませんでした・・・」
故人は、母親に心配を掛けないように努めていたよう。
それで、母親もその生活苦を知らず。
裕福でないことは薄々感づいてはいたけど、家賃や公共料金を滞納するほど逼迫しているとは思ってもいなかった。

「昔から、気の優しい子でね・・・(金銭問題に)悪気はなかったはずです・・・」
「もっと、ちゃんと育てておいてやればね・・・」
母親は、自責の念が、後悔をこえた大きな重荷になっている様子。
その悲しそうな表情からは、集まった関係者だけでなく、故人にも謝りたいと思っている心情が読みとれた。


いくつになっても、親は親・子は子。
親子の愛情は、年齢に応じて形を変化させても、風化することはないのだろう。
既に中年に達していた故人を〝子〟と呼ぶ母親にそれが感じられ、同時に、母親が息子(故人)を想う気持ちと、故人(息子)が母親を想っていたであろう気持ちを考えると、暖かい切なさを感じた。

そして、それは、私だけではなかった・・・
住民女性の中には、母親の話に涙する人もいたりして、それぞれの人がそれぞれの想いを抱いたよう。
皆、固い表情をして、頷いていた。

大家・不動産屋・住民女性達、皆が子を持つ親。
親の気持ちは、言われなくてもわかる・・・皆、母親の気持ちが痛いほどわかったようで、その後の協議は、母親への同情を機軸に進められた。


「私ができることは、精一杯やる」
これが、母親の誠意。

「過ぎたことだから、滞納分の家賃は請求しない」
これが、大家の誠意。

「預かっている敷金は、全額返す」
これが、不動産屋の誠意。

「ゴミ出しを手伝う」
これが、住民女性達の誠意。

そうして、皆が、それぞれの親切心を働かせた。
しかし、肝心要の特掃・消臭消毒を担う人は誰もおらず・・・
さすがに、これだけは、情をもってしても、誰にもどうすることもできないようだった。

場は、〝皆で少しずつ労苦を分け合って、部屋を片付けよう〟といった暖かい雰囲気。
それはそれで感じるものはあったし、嬉しくも思った。
そして、私も、それに相乗りして善行気分を味わうこともできた・・・
しかし、私は、一時的な感傷に動かされて、タダ作業するわけにはいかなかった。

確かに、ここで自分が無償奉仕するれば、ここの人達には感謝されただろう。
しかし、経費がかかる以上は、別のところにシワ寄せがいくし、母親が両手を挙げて喜んでくれるとも思えず・・・
結局、経費ギリギリの代金と引き換えに、作業を行ったのだった。


心や身体が弱っているときは、それがどんな小さなものでも、人の親切は骨身に沁みるもの。
この時の母親も、そうだっただろう。
そして、心の痛みや悲しみは、人と分かち合うことで小さくなることがある。
この時の母親も、そうだったかもしれない・・・
どんなに小さくても、人情には、人を生かす大きな力があることを知った現場であった。


「情けは他人のためならず・・・巡り巡って己がためなり」







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人情味(前編)

2009-05-19 17:07:18 | Weblog
人間関係は、社会的動物である我々が生きていくうえで必要なものではあるけど、時に、煩わしいものでもある。
無人島に一人きりでは困るけど、人間社会にあっての一人きりは、わりと心地よかったりする。
特に、人と関わることを苦手とする私のような人間はそう。

いつの頃からか、私は、人間関係に楽しさを覚えることよりも、疲れを覚えることの方が多くなってきた。
〝仲間とワイワイ〟といったノリは歳とともになくなり、一人で静かに過ごすことを好むようになってきた。

今更、社交的なキャラにはなれないけど、とにもかくにも、人は一人では生きられないものなので、好む・好まざるに関わらず、一定の人間関係は保持しなければならない。
どうせ関わらなければならないなら、できる限り、愛と・誠と・善と・情をもとづいた関係をつくりたいものである。


調査を依頼された現場は、細い路地を迷路のように巡った奥にあるアパート。
私は、塀や電柱に当てないよう、車を慎重に徐行させた。

ナビが目的地指定したアパートの前には、何人かの年配女性達が屯。
議題は、意味のない雑談と噂話だろうか、どこの地域でも見られる井戸端会議をやっているようだった。

「こんにちはぁ」
マスクと手袋を見て、私が何者かわかったのだろう。
女性達は、車を降りて挨拶した私に軽く会釈。
アパートに歩く私に、好奇に感じる視線を送ってきた。

「ボロボロ・・・」
そこは、〝超〟をつけてもいいくらいの老朽アパート。
思わず眉を顰めてしまうくらいの建物だった。

「どの部屋だ?」
一般的なアパートなら、部屋番号は〝102〟とか〝203〟と表記。
しかし、このアパートの部屋は全て一桁の通し番号で記されており、私は教わっていた部屋番を探すため、端から順に一戸一戸を確認した。

「この部屋か?」
錆び付いた鉄階段を上がった二階に、目的の部屋を発見。
いつもの異臭が漂う玄関前に立って、とりあえず、外観を観察した。

「だいぶ、いるな・・・」
窓の内側には、大きく成長した無数のハエ。
それが、死んだ人間から出たとは思えないくらい活発に蠢いていた。

「貧困・・・」
足下には、ドアポストからハミ出たチラシや郵便物が散乱。
その中に混ざる公共料金や消費者金融の督促状が、故人の逼迫した暮らしぶりを代弁していた。

「失礼しま~す」
部屋は、〝オープンルーム〟。
泥棒を警戒する必要もなく、鍵は開いたままになっていた。

「予想通りだな・・・」
間取りは、シンプルな1K。
外観と同じく、中もかなり老朽。
小さな流し台と狭い和式トイレがあるだけで、風呂はなし。
窓も木製で、昭和30年代の佇まいがそのまま残っていた。

「随分、汚いなぁ・・・」
古い部屋でも、整理清掃が行き届いていれば、それなりの趣があるもの。
しかし、この部屋は、ゴミが散らかり放題の上、住人が腐乱していたものだから、〝趣〟どころの話ではなく、ただただ惨状を晒すのみとなっていた。

「これも、〝シンプルライフ〟って言うのかな・・・」
散らかっているとは言っても、家財生活用品は少量。
そこからもまた、故人が質素な生活を送っていたことが伺えた。

「でも、自殺じゃなさそうだな・・・」
人痕は、布団の上に残留。
警察が掛けていったであろう毛布の端からは、腐敗液の一部が顔を覗かせていた。

「うへぇ~・・・」
毛布をめくってみると、下からは、黒茶色の人型がついた敷布団。
更に、そこには、千万?億万?のウジが山盛ライスのように潜伏していた。

「畳もダメか?」
私は、敷布団の隅を指先で摘み上げた。
すると、その下にはビニールシート。
除湿?防カビ?失禁対策?・・・何のためだか、それは、以前から敷かれていたらしく、その御陰で、畳は何とか無事だった。


一通りの見分を終えた私は、数匹のハエとともに外へ。
井戸端会議を続ける女性達の視線を感じながら、車に乗り込んだ。

そして、まずは、不動産屋に電話。
部屋の中で見たことを、素人にも理解しやすいよう例を用いて説明した。
次に、大家に電話。
ショックを与えないよう、不動産屋に話たのと同じ内容のことを、表現を柔らかくして話した。
最後は、遺族である故人の母親に電話。
心を深く傷めていることを想定して、慎重に言葉を選びながら、部屋の状況を伝えた。

「業務責任は果たしている」
「原状回復費用は、当社が払う筋合いのものではない」
これが、不動産会社の言い分。

「生活も苦しそうだったので、家賃の滞納も大目に見てきた」
「後始末の費用までは負担できない」
これが、大家の言い分。

「少ない年金で、やっと生活しているような状態」
「貯金らしい貯金もないし、費用を負担したくても負担できない」
これが、母親の言い分。

「安くやるにも限界がある」
「代金がもらえないなら、作業はできない」
これが、私の言い分。

それぞれにそれぞれの立場と思惑があるのは、然るべきこと・・・
皆、唸ってばかりで、結論を得ず。
結局、その時点で、手を挙げる人は誰もおらず、現場に手のつける術を得られないまま電話は終わった。


八方ふさがりの状態になった私は、その場でしばらく黙想。
本件はそれで放るか、それとも次の手を考えるか、悶々と考えた。

ふと気がつくと、外に屯している女性達が私の方に視線をチラチラ。
どうやら、私に訊きたいこと・話したいことがあるよう。
私は、野次馬的な質疑には応答するつもりはなかったけど、近隣住民の考えを把握しておくことも必要と考え、笑顔をつくって車を降りた。


亡くなったのは、中年の男性。
死後二週間で発見。
それなりに腐乱が進んでおり、搬出時は、近所を巻き込んでの大騒ぎに。
そうして、遺体は何とか搬出されたものの、その後、積極的に後始末をする人は現れず。
そんな中で、悪臭は近所に漏洩し続け、窓につくハエは日に日に増殖。
その状態に、女性達(他住民)の不安も増殖。
不動産屋と大家への苦情も虚しく、部屋は放置されたまま、更に二週間が経過していた。

故人が、このアパートに暮らした期間は、十数年。
その生活は、最初から質素。
見栄を張ることもなく、強がりを言うこともなく、慎ましく生活。
その間、近隣住民達とも仲良く付き合っていた。
しかし、それが、ある時期を境に一変。
正職をなくして収入が不安定になったのを機に、故人は少しずつ人付き合いをしなくなり、そのうち、人目を避けるように。
亡くなる直前の数ヶ月は、外への出入りも見受けられなくなり、近所の人が故人の姿を見かけることもほとんどなかった。

故人は、晩年、一段と困窮した生活を強いられていたよう。
家賃の滞納をはじめ、水道光熱費の支払いもままならず、電気とガスを止められることもしばしば。
水道だけは、アパート全室の共同栓だったので、故人の部屋だけ止められることはなかったが、故人は、この費用も払わず、他住民の費用負担に便乗してタダ使用。
そんな故人が住民達から顰蹙をかわないわけはなく、その関係は、おのずと悪化していった。


住民達は、そんな故人のことが気にならない訳ではなかったが、一人一人、自分の生活を守っていくことで精一杯。
付き合いたがらない故人の意思を侵してまでお節介をやく余裕は誰にもなかった。
そうして、故人の存在は、次第に、誰の気にも留まらない稀薄なものに。
そんな状態での死は、早くに気づいてもらえるはずもなく、結果、気づいてもらえるまで、二週間を要したのであった。


そんなつもりはさらさらないのに、私は、関係者の話を聞くうちに、故人の代理人のような位置づけになりつつあり・・・
何の打開策も・そのヒントも持たないのに、大家・不動産屋・遺族(母親)・住民、四方の間を取り持つことを期待されているようにも感じられ、その後、増々困窮してしまう私であった。

つづく






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死屍糞人・獅子奮迅

2009-05-13 16:54:16 | Weblog
GWも終わり、皆、どんな気分で勤めを再開しているのだろうか。
鬱々としている人、晴れ晴れしている人、そこまで仕事にウェイトを置いてない人etc・・・色んな人がいるだろう。
連休に縁のない私は、気分の浮き沈みがなく過ごせているけど、俗に言われる〝五月病〟は、この時期に顕著に現れる。
特に、それは、新入社員にとっては深刻。

少し古いデータだが、大手企業に入社する新入社員のうち、約10%の人間が一年以内に退職するらしい。
つまり、10人に1人。
これが、二年以内になると約20%、三年以内は約30%になるとのこと。
〝大手企業〟と言われるからには、処遇もステイタス性もそこそこの会社だろう。
また、入社するために、ハードな就活も経験したはず。
なのに、たった三年の間に3人に1人の人間が辞めている・・・
この現実に自分の過去を重ねると、気が病んでいなくても溜息が漏れてしまう。


「このアパートなんですけどぉ・・・」
不動産会社の担当者は、現場アパートの前まで私を案内。
〝ここから先はお一人でどうぞ〟と言いたげな表情に意味深な笑顔を滲ませてそう言った。

「中、見られました?」
ブログでデカい口を叩いていたって、所詮、私も人の子。
心の準備に必要な情報を少しでも得るべく、担当者に尋ねた。

「一応・・・よくは見てませんけど・・・」
私を行かせる手前、〝見てない〟と言いにくかったのか、担当者は曖昧な態度。
気マズそうな顔で、そう応えた。

「ちゃんと見といてもらった方がいいんですけどねぇ・・・」
こういう仕事では、Before.Afterをキチンと確認してもらうのが原則。
汚染レベルが高い現場は特にそうで、私は、担当者に直接確認を促した。

「だ、大丈夫です!お任せします!」
担当者は、中に入ることを拒否。
笑みが混ざるくらいに余裕をみせていた表情は、恐怖に怯える表情に一変した。

「とりあえず、行ってきます」
グズグズしていると、軽く見られるように思えた私。
緊張を腹に隠し、玄関に向かって足を踏み出した。


「グハッ!」
玄関を開けると、いきなり濃厚な腐乱臭が鼻を直撃。
それは、並のパンチ力ではなく、私は、急いでマスクを装着した。

「う゛ぅ・・・」
目の前には、〝凄惨!〟という言葉では物足りないくらいの光景。
鳥肌を立たせるセピア色が、辺り一面を覆っていた。

「なんで?・・・」
腐敗粘土から滲み出た腐敗液は、トイレだけに留まらず。
火山から流れ出た溶岩のように、廊下を広く汚染していた。

「便・・・器?」
かたちは間違いなく便器だが、陶器の面影はなし。
元の色を完全に失い、土を塗りたくった粘土細工のような風体に変わっていた。

「・・・」
糞尿か・・・はたまた姿を変えた元人間か・・・
近づいて見るまでもなく、便器の中にはタップリの何かが溜まっていた。

「詰まってる?」
正体不明の汚物は、便器のキャパを越えて外に漏洩。
排管が詰まっていない訳はなかった。

「スゴ過ぎ・・・」
感心するつもりがなくても感心。
黄土色の粘液表面は、無数のウジが埋め尽くし、一匹一匹が楽しそうに?身体を伸縮させていた。

「〝一ヶ月から二ヶ月〟の間違いじゃないの!?」
〝死後1~2週間〟と聞いていた私だったが、目の前の汚物と時季はそれとリンクせず。
どこからどう見ても、桁が違っているように思われた。

「これを俺にどうしろっつーんだよ・・・」
答えはわかりきっているのに、お約束の愚痴。
次に考えなければならないことを思うと、私の気分は、憂鬱になる以外の選択肢を持てなかった。

「どおすっかなぁ・・・」
考えたくなくても、考えざるを得ず。
私の辞書に〝不可能〟の文字はあるのだが、とにかく、〝可能〟だけを前提に作業の段取りを模索する自分が、頼もしくもあり可笑しくもあった。


「何とかなります?」
担当者の顔には、心の内の好奇心がありあり。
私には、〝仕事〟としてよりも、〝見せ物〟として、〝何とかしてみてほしい〟と彼が考えているように思えた。

「掃除だけ元通りにするのは無理です」
そのトイレは、掃除で処理できるレベルを完全に超越。
再び使えるようにするには、丸ごと壊して新築するしかなかった。

「ですか・・・」
担当者も、そうなることは想像できていた様子。
特に、驚きも異論もないようだった。

「一応、撮ってきたんですけど、写真だけでも見てもらえないですか?」
これも、リスク管理の上で大切なプロセス。
私は、威圧感を漂わせて、担当者が断ってこないように予防線を張った。

「は、はぃ・・・」
担当者は、承諾はしたものの、本音はその逆のよう。
嫌悪感を隠すことなく、諦めたように画像に目を向けた。

「これが便器で、ここが床で、溜まってるのと広がってるのが腐敗物で・・・」
写真を一見しただけでは、何がどうなっているのかわかりにくい。
私は、画面に指先を当てながら、状況を細かく説明した。

「・・・」
頭の中で想像したのだろう・・・
担当者は、顔を蒼くして言葉を無くした。

「写真じゃ、伝えたいことの半分も伝わらないんですけど・・・」
私は、実状の凄まじさが、少しでもリアルに伝わるよう説明。
そして、これを掃除する作業の過酷さを担当者に察してもらった。


作業の日。

「これ、身体のどの部分かなぁ・・・」
〝元〟とは言え、人間に使うにはふさわしくない言葉かもしれないけど、見た目は、まさに〝ウ○コ〟。
床面に広がった腐敗汚物をかき集めると、バケツ一杯半・・・
更に、便器に溜まった腐敗汚物を汲み出すと、バケツ一杯半・・・
結果、私は、計バケツ三杯分もの元人間を始末することになった。

「なんで、俺はこんなことやってるんだろう・・・やらなきゃいけないんだろう・・・」
「生きるため・・・食うため・・・自分のため・・・金のため・・・これが俺の仕事・・・」
私は、作業中、ブツブツと自問自答。
時に自分を励ますように、時に自分を抑えるように・・・
まるで呪文でも唱えるかのように、それを繰り返した。

こんな汚仕事でも、私にとっては大切な仕事。
ポリシーらしいポリシーも、プライドらしいプライドもないけど、食べるためにやっている、生きるためにやっている仕事。
〝やめたい〟と思っても、〝やめよう〟とは思わない仕事。

仕事って、辞めるのは簡単。
ワガママ言わなければ、就くのもそう難しくない。
一番大変なのは、続けること・・・腰を据えてやり続けることではないだろうか。

往々にして、隣の芝は青く見える。
対して、自分がやっていることが枯れて見えるもの。
しかし、ここで勘違いしてはいけないのは、〝やりたいこと〟と〝やれること〟とはまったく別次元の話であるということ。

私だって、他にやってみたい仕事はたくさんある。
カッコいい仕事・イケてる仕事・流行の仕事・儲かる仕事etc・・・
しかし、その中に自分がやれる仕事はない。残念ながら。

自分の〝逃げ根性〟や〝怠け心〟を、〝夢〟や〝野心〟にすり替えてたって、結局、働かなければならないのは自分。
生きるための糧にする限り、ストレスや不平不満を覚えない仕事なんてないと思う。


「働かざる者、食うべからず」
(怠慢によって働かない者は、食うべからず)
色んな悩みを抱えつつも、このシンプルな教えをを肝に銘じて、死屍糞人に獅子奮迅している私である。





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彼のCurryと蟻と俺

2009-05-06 11:32:31 | Weblog
不動産会社から、特掃の依頼が入った。
現場は、管理している一軒家。
故人は、そこで一人暮らしをしていた中年の男性。
亡くなっていた場所は浴室で、浴槽の湯に浸かったままの状態。
〝死後2~3日が経過し、それなりに腐敗汚染が進んでいた〟とのことだった。

「早めに処理した方がよさそうですね」
担当者の慌てぶりからそれを察した私は、訪問する時間を段取り。
それから、〝2~3日ものの汚腐呂〟に対応できる準備を整え、現場に急行した。

「随分と、立派な家だけどなぁ・・・」
立派な家は、演出された○○屋敷のような様相。
私は、ちょっとビビりなが、予め教えられた所から隠しキーを取り出して、それで玄関を開けた。

「うはぁ~・・・」
ドアを開けると、覚悟の腐乱死体臭。
それは、部屋とは異なった、汚腐呂特有のニオイだった。

「ホントに2~3日か?」
歩を進めるに従って、異臭は濃厚に。
それは、かなりの期間を要して熟成したニオイに感じられ、半信半疑でマスクを装着した。

「Curry?・・・」(←何故か横文字)
目に飛び込んできた浴槽に、私の頭はそう反応。
その汚腐呂レベルは、私の想像をはるかに超越し、ものスゴい重圧となって私の呼吸を乱してきた。

「凄まじいな・・・」
光景もさることながら、ニオイも強烈!
そのパワーにマスクのフィルターもギブアップしたのか、〝肌にも嗅覚があるんじゃないか?〟と思われるくらいの異臭が身体で感じとれた。

「こいつのせいか?」
浴槽の脇には、何かの装置の操作パネル。
それは、いわゆる〝24時間風呂〟というやつで、それがずっと稼働していたようだった。

「これじゃ、イクはな・・・」
さしずめ〝弱火で2~3日〟と言ったところか・・・
本物のCurryは、煮込めば煮込む程に美味くなるものだが、これは、逆にマズいことになっていた。

「結構、深刻ですね・・・」
見分を終えた私は、外に出て不動産会社に電話。
保温で煮込まれた可能性を説明し、状況が深刻であることを伝えた。

「え!?今日中に!?」
担当者は、至急の作業を要望。
それに応えるしかないことは理性ではわかっていたけど、本性は完全に逃げ腰。
心の準備と作業の準備に、しばらくの猶予が必要だった。

「足りない道具もありますので、家の中の物を使っても構いませんか?」
遺族は、家財生活用品の処分も不動産会社に一任。
どちらにしろ、それらは廃棄されるものばかりなので、作業に必要な物は遠慮なく使っていいことになった。

「ま、とにかく、やるだけのことはやってみます」
〝仕事〟とは、往々にしてそういったもの。
私は、担当者に返事すると同時に、イヤがる自分にもそう言いきかせた。


現場となった家屋は故人の所有物件で、一般的に、不動産会社の管理下には置かれない家。
しかし、仕事で全国を飛び回り、家を空けていることが多かった故人は、日常の管理を不動産会社に委託していた。

故人には妻子はなく、親兄弟もおらず。
法廷相続人として遠い親戚が探されたが、日頃の付き合いはほとんどなく、単に血のつながりがあるのみ。
そんな親戚に、故人の家財生活用品や家屋への思い入れがある訳はなく、家財を先に処分してから、家自体も売却処分する意向とのことだった。

故人は、一線のビジネスマン。
なかなか仕事がデキる人だったようで、その生活は仕事中心。
経済はおのずと裕福で、誰に迷惑をかけることもなく、悠々自適の生活を送っていた。

仕事が好きだったかどうかは別として、故人も、一生懸命に働いていたのだろう。
そして、久し振りに帰ってきた我が家で、ゆっくり風呂に浸かって労働の疲れを癒していたのかもしれない。
一生、風呂から出られなくなるなんてことは露ほども疑わず・・・


Curryの正体は、脂・・・
人体の脂も、分離してしまえばただの動物性脂肪。
高い温度では透明に溶け、低い温度では黄白く固まる。
ここの場合、黄色く凝固した故人の脂が汚湯(汚水)の表面を覆い尽くしていた。
そして、その層の厚さは、故人の体格とその煮込まれ具合を私に悟らせた。

〝脂〟と言われるものがどれもそうであるように、故人から出たこの脂もドロドロのベタベタのギトギト。
そして、その黄色脂層の下は、コーヒー色の汚水。
更に、その底には、得体の知れない汚泥。
とにもかくにも、それらすべてを除去し・清掃し・消臭消毒するのが私のやるべき作業だった・・・


足りない道具の代わりに無理矢理の特掃魂を使ったせいか、私は、作業の山場を前に早々とギブアップ寸前に。
しかし、自分まで倒れては、それこそ、本末転倒。
私は、小休止するべく、グッタリする身体を引きずって玄関に向かった。

外に出ると、まずは急いでマスクを外し、貪るように深呼吸。
無臭の空気を美味に感じながら、一息ついた。
そして、人目につかない軒先に腰を降ろし、力みを解くために首をうなだれた。
すると、その視界に、動くものが入ってきた・・・

「コイツら・・・何かに悩むことなんて、あるのかなぁ・・・」
「毎日・毎日、同じ仕事の繰り返しで、イヤになんないのかなぁ・・・」
「女王蟻に生まれてこれなかったことを、嘆いたことはないのかなぁ・・・」
「コイツらだって、頑張って生きてるんだよなぁ・・・」
「つまらないこと考えてクヨクヨする俺より、そんなこと考えずに黙々と働く蟻の方が偉かったりするかもな・・・」

考えなくていいことを考える、考えても仕方のないことを考える、考えちゃいけないことを考える・・・それが〝人間〟というものか・・・
私は、地を這う蟻を眺めてボーッ・・・
凄惨な光景と過酷な作業は身体ばかりでなく脳まで溶かし、その頭には、とりとめもない考えばかりが沸々・・・
タバコでも吸えば頭がシャッキリしたのかもしれないが、タバコは嗜まない私。
コーヒーでも飲めば目がシャッキリしたのかもしれないが、コーヒーも好まない私。
ただ、ひたすら、Curryみたいに溶けた脳がもとのかたちに固まるのを待つしかなかった。


そうして、しばしの休息・・・

「そうだ・・・台所にあるだろうな・・・」
私は、家の中に戻り台所へ。
戸棚・吊棚・収納庫・流台etc・・・思いつくところに砂糖を探した。

「あった!これ!これ!」
私は、それをすぐに発見。
塩でないことを念入りに確認して軽く一掴みし、再び外に出た。

「ほら、御馳走だぞ!」
私は、地面に〝盛塩〟ならぬ〝盛砂糖〟を一山。
すると、すかさず一匹の蟻がそれを発見。
そして、そいつが合図したかのように、次々と蟻がやってきて・・・みるみるうちに黒山の蟻集りができた。

「賢いもんだな・・・」
少しすると、蟻達は秩序を形成。
怠ける者も私利私欲に走る者もおらず、一匹一匹が一粒一粒の砂糖を巣に運び始めた。

「お疲れさん・・・」
私は、その様をボーッと傍観。
そしてしばし後、劣等感に近い共感を覚えながら、重くなった腰を上げて空を見上げた。


過ぎたことは、すべてが夢幻の想い出・・・
私も含め多くの人が誤解しているが、自分を取り巻く〝現実〟という名の苦悩も、今の今の今、味わっている辛酸も、人を否定する力も人を不幸に陥れる力もない。
一瞬後には既に夢幻・・・気づいた時にはもう、その柵(シガラミ)の中に自分はいないのだ。

そして、悠久の時の中では、人の一生なんて限りなく〝無〟に近い小さなもの。
大宇宙の中では、その歩みも存在も、地に這う蟻と大差なく小さい。
これまた、私を含めて多くの人が誤解しているが、自分を苛む〝現実〟という名の苦悶も、今の今の今、襲いかかっている辛苦も、人生を壊す力も人の幸を奪う力もない。
一瞬後には既に夢幻・・・気づいた時にはもう、自分の背中からその小さな重荷は無くなっているのだ。


一通りの想いを巡らせた私は、小さな蟻を通してきた大きな知恵を掴み、故人の想いと彼のCurryを汲みに、再び汚腐呂に戻ったのであった。




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ダメ親父とバカ息子

2009-04-30 17:44:55 | Weblog
一向に減る気配のない自殺・・・我が国は、まさに〝自殺大国〟。
本ブログにも度々取り上げているように、その数は少なくない。

手法として多く用いられるのは、やはり、首吊りか。
正式にカウントしてきた訳ではないけど、私個人の経験でも、それが最多だと思う。

だいぶ前のこと、日本人の多くが縊死を選ぶことを分析したものを見聞したことがある。
仕事柄、興味を覚えたのだが、それを知ったところで自殺が防げる訳でなし。
私の仕事には手遅れな内容ばかりだったので、中身を頭に刻むことはなく、今ではほとんど忘れてしまっている。

一口に〝縊死遺体〟と言っても、その状態は様々。
自然死と変わらず、特段の変異が見られない遺体もあれば、逆に、不自然な変容が表れている遺体もある。

よくある変容は、顔の変色。
鬱血による変色なのだが、その色は、赤から紫まで様々。
深刻な場合、黒に近いグレーになることもある。

あとは、舌出し。
吊った衝動で、一時的に垂れ出るのだろうが、場合によっては、そのまま噛んでしまっていることもある。
その場合、舌が切れかかって出血していることがあり、処置に手を焼くことも多い。

〝口から出てしまった舌は、口の中に戻せばいい〟
簡単に言うと、それだけのことなのだが、これがなかなか難しい。
往々にして、強く噛み締めたまま硬直しているから。
下顎を強く押して、口に隙間を開けようと試みるのだが、これがなかなか開かない。
自分で歯を強く食いしばり、その顎を押してみればわかるけど、首ばかりが動いて肝心の口は一向に開かないもの。
それを、時間がかかろうが・手間がかかろうが、何とかこじ開けて、舌を口の中にもどさなければならないのである。

そんな変容の中で、最も特徴的なのは、やはり首の傷痕。
一般の人は、映画やTVのメイクでたまに見かけたことがあると思うけど、ありがちなのは、首の中央・真横に引かれた紫色の線。
内出血した様を模しているのだろうが、実状とはかけ離れている。

細い紐状のものに、自分の全体重をかけるわけで・・・
それに、首の柔らかい表皮が耐えられる訳はなく・・・
実際は、顎のラインに沿って深く食い込み、表皮に裂傷・擦傷を負っていることがほとんど。
たまのケースでは、首の骨が折れたり外れたりして、首が不自然にグラグラしていることもある。

そんな縊死体。
遺族が最も気にするのは、やはり首の傷痕。
見ていて痛々しい・・・
会葬者に見られたくない・・・
自殺した事実を許容できない・・・
等の遺族感情が働くからだろう。
だから、
「損傷を修復してほしい」
「首を隠してほしい」
「傷痕を目立たなくしてほしい」etc・・・
そんな依頼が多い。

この時の仕事も、そんな風だった。


依頼されたのは、故人に遺体処置を施し、柩に納めた上で斎場に運ぶ作業。
凝った段取りは要らず、手数も少なくて済む、シンプルな仕事だった。

呼ばれて出向いたのは、警察署の霊安室。
目的の遺体の他にも〝訳あり遺体〟が何体も保管され、殺伐とした雰囲気。
そこは、本来、〝死体検案〟をするところであって〝遺体処置〟をするところではない。
〝納棺〟をすることはあっても、〝納棺式〟をすることはない。
哀悼の精神も厳粛さも二の次の、慌ただしい作業場。
私は、与えられた時間が少ないことは言われなくてもわかったので、署員に急かされる前に作業を終えるべく、頭と手を同時に動かしながら作業に取りかかった。

立ち会っていたのは、中年の男性一人・・・故人の父親。
無精髭に、頭もボサボサ。
服装も、普段着を更に乱した感じのもの。
自分のとるべき態度がわからないようで、憔悴した顔に狼狽の色を滲ませていた。

「目立たなくできますか?」
やはり、男性はそれを要望。
口にしたくなかったのだろう、男性は、〝首〟とか〝傷痕〟といったキーワードを避けるように、そう言ってきた。

「大丈夫ですよ」
ほとんどの場合、特別な処置を施さなくても、納棺するだけで傷痕の大半は隠れるもの。
私は、故人を納棺した状態を思い浮かべて、そう応えた。

「本人も、人に見られるのはイヤでしょうから・・・」
男性は、少し後ろめたそうな感じ。
何かの言い訳をするみたいに、小声でそう言った。

「そうですか・・・」
〝気にしているのは家族じゃない?〟
私は、そう思ったが、あえて気にも留めない素振りで空返事。
その方が、男性も気が楽だろうと思ったためだった。


亡くなったのは、20代の男性。
霊安室にいくつか並ぶ検死台の一つに安置。
裸の上に時代遅れの浴衣がかけられており、首には、それとわかる傷痕がクッキリ。
それは、故人が自分にやった事と、故人が警察に連れてこられた理由を暗に示していた。

〝不幸中の幸い〟と言っていいのか・・・顔に鬱血色はでておらず。
ただ、口から頬にかけて一筋の血痕。
わずかに唇を分けると、案の定、その隙間か血が漏出。
口の中には、赤い血がタップリ溜まっているようで、頬に少し圧をかけるとグシュグシュと不快な音がたった。

更に唇を開いてみると、歯と唇の間に異物を発見。
それは、小指の先くらいの肉片・・・
首を引かれた衝動だろう・・・よく見ると、それは故人が噛み切った舌先だった。

事情がどうあれ、その状態は、葬式をするにあたって難をもたらす。
私は、できる限りの〝血抜き〟をするため、口を開けることにチャレンジ。
しかし、例によって、顎は食いしばられたまま強く硬直。
それは、まるで、故人の死に対する意思を表しているかのようで、少々の力ではどうすることもできなかった。

時間がないこともあって、私は、口を開けることを早々と断念。
代わりに、脱脂綿を使って血を少しずつ排出。
それから、外れた舌先を口の奥の方に押し込めた。


そんな私の作業を見つめながら、男性はブツブツと独り言・・・
「バカな奴だ・・・」
呻き声と溜息が混ざったような声で、また、何かにとりつかれたように、何度も何度もそうつぶやいた。

私は、最初、その言葉は、故人にぶつけているものとばかり思った。
同時に、それに圧倒的な虚無感を覚えた。
しかし、男性が繰り返す言葉を何度も聞いているうちに、それは故人だけにぶつけている言葉のようには聞こえなくなってきた。
そして、そんな男性の心情を察すると、私が、この親子に抱いていた悲しい虚無感に、生きることの苦しさと悲しさが加わって、更に辛さが増してきた。

「ダメな父親だったな・・・すまなかったな・・・」
一通りの作業を終え、柩の蓋を閉めようとした時、男性は、何もなかったかのように目を閉じる故人にそうつぶやいた。
そして、その様に、正味の人間が見えたような気がした。


世の中、善人や賢者はたくさんいる。
博学な頭脳者や立派な人格者も多い。
しかし、欠点や短所のない人間は一人もいない。
皆、少なからず、愚かさや弱さを持っている。
皆が、ダメな自分・バカな自分を内包して生きている。
だから、私は、男性がダメな親父だったとも、故人がバカな息子だったとも思わない。
それどころか、それが正味の人間なのだと思う。
故人が、自死を選んでしまったことも含めて・・・

人間は、適当にダメで・適当にバカな生き物・・・
悪に触れないダメさや、命に触れないバカさなら、あっていいと思う。
そして、自分のダメさ・自分のバカさは、力んで対峙するのではなく、怯えて目を背けるのでもなく、構わずそっとしておけばいいと思う。
その陰は、人生を照らす日向の明るさを、一層際立たせるために必要なのだろうから。





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おにぎり(後編)

2009-04-23 09:13:11 | Weblog
「それがですねぇ!・・・」
「???・・・」
女性は、急に声高に。
その変容から、私には、話が本題に移っていくことが読みとれた。

「不動産屋は、〝何も知らない〟って言うんですよ!」
「は?・・・」
私には、女性の言うことがすぐには飲み込めず。
ほんの一瞬だったが、頭の中が白くなった。

「どうも、大家に口止めされてるみたいなんです」
「なるほど、そういうことですかぁ・・・」
所有のアパートで腐乱死体がでたとなったら、大家は相当のダメージを喰らう。
だから、不動産会社に口止めした大家の気持ちが、わからないではなかった。

「とりあえず、警察は来ますよね?」
「えぇ・・・遺体が発見されてたら、結構な騒動になったはずですけどね・・・」
仕事で外出していた女性は、事の始終を把握しておらず。
遺体がでた事実も、実際に確認した訳ではなかった。

「事が事だけに、近所に訊いて回る訳にもいかないじゃないですかぁ・・・」
「そりゃそうですね・・・」
そんなこと訊いて回って、もしそれが事実でなかったら、かなりの顰蹙をかうはず。
また、事実だとしても、余計なことを近所に言いふらすことにもなりかねない。
女性は、確証を得る術がなくて、行き詰まっていた。

「臭ってることは、認めてるんですか?」
「えぇ、誰が嗅いでも明らかですから・・・」
漂う悪臭は、女性の鼻だけで感知されているものではなく・・・
不動産会社は、さすがに、そこまではトボケられないようだった。

「で、ニオイの原因は何と?」
「〝知らない〟〝わからない〟の一点張りです」
不動産会社が実状を把握してない訳はなく・・・
しかし、事の真相については、頑なに口を閉ざしているようだった。

「お話を伺った限りでは、ほぼ間違いないと思いますけど・・・」
「私も、そう思ってるんですけど・・・」
悪臭は悪臭でも、種類は色々。
可能性は高いにしても、はたして、それが本当に腐乱死体のニオイなのかどうかは、実際に嗅いでみないとわからないことだった。

「これから、伺いましょうか?」
「え!?いいんですか!?」
相手が、横柄な口をきく無愛想な男だったら、そんな気も起きなかったかも。
しかし、相手は礼儀をわきまえた女性。
更に、場所がそんなに遠くなかったこととに加えて身体が空いていたこともあり、私は、現場を見に行くことにした。


電話を切ってから程なくして、私は現場に到着。
まず、一階の共有通路を直進、女性宅前を素通りし、一番奥の部屋の玄関前で停止した。
すると、鼻を動かすまでもなく、辺りには憶えのあるニオイがプ~ン。
それは、嗅ぎ慣れた腐乱死体臭と酷似するニオイだった。
次に、ベランダ側に回って窓を観察。
その内側には、私の想像を裏付けるかのように、でっかくなった無数のハエが徘徊していた。

「御足労いただいて、ありがとうございます」
「どういたしまして・・・」
「このニオイなんですけど・・・どうです?」
「やはり、間違いないと思います」
「やっぱり、そうですか・・・」
「不動産屋に、強く言った方がいいんじゃないですか?」
「何度も言ってるんですけど・・・」
「必要でしたら、私が話しても構いませんけど?」
「そうしていただけると、助かります」
私に促されて、女性は、携帯電話を取り出してその場から不動産会社に電話。
私を強い援軍と感じてくれたのか、意外に強気な交渉を展開。
しばらく話して後、私にバトンタッチ。
〝専門家(自称)〟の出現に不動産会社も年貢の納め時を悟ったのか、〝喋ったことを大家にはバラさない〟という約束で、事の真相を明かしてくれた。

亡くなったのは高齢の男性。
自然死で、死後二週間放置。
家賃や公共料金の滞納はなかったが、まとまった遺産もなし。
更には、身よりらしい身よりはなく、賃貸借契約の保証人も既にこの世にはおらず。
後始末をしようにも、法定相続人・・・故人の権利義務を引き継ぐ人間が見当たらず。
不動産会社も大家も、誰の権利と責任で後始末をすればいいものやら・・・誰もが逃げ腰で、頭を悩ませているばかり。
結局のところ、〝後始末の目処は全く立っていない〟とのことだった。

「不動産会社の立場もわかりますけど、あまり頼りになりませんね」
「ですね・・・」
「この際、引っ越しを考えた方がいいかもしれませんよ」
「引っ越し!?」
「このまま、ズルズルいく可能性も大きいですし・・・」
「それは、ちょっと・・・」
女性は、常識的にも良識的にも、近々のうちに事の収拾が図られると信じているよう。
落ち度のない自分が退去しなければならないなんてことは、少しも考えていないようだった。

結局、二人で話してても妙案はでず。
不動産会社に対しては〝暖簾に腕押し〟で、故人宅に対して手も足も出せないため、根本解決の道は閉ざされた状態。
私ができることと言えば、女性に防臭の術を伝授することくらいで、非常に中途半端なかたちで役目を終えざるを得なかった。

「役に立たなくてスイマセン」
「いえいえ・・・とにかく、本当のことが聞けてよかったです」
「放っておいて、自然に臭わなくなるなんてことはありませんから、また困ったことがあったら連絡下さい」
「ありがとうございます・・・少ないんですけど、お昼代にてもして下さい」
帰り際、女性は、〝昼食代の足しに〟と、私にチップを差し出した。
紳士(?)のお約束で、一旦は断ろうかとも思ったが、それも野暮と思われたので、私は礼を言って素直に受け取り、現場を後にした。

帰途中、私は、もらったチップでいくつかのおにぎりを買い、それを頬張りながら車を軽快に走らせた。
昼食を逃してヒドく腹が減っていたせいか、女性の心遣いが嬉しかったのか、はたまた、何かの御褒美か、いつものおにぎりがいつもよりちょっと美味しく感じたのだった。


このブログも掲載数が400編を越え(多分・・・)、来月で丸三年を迎えようとしている。
終了宣言云々以降は、一回一回が最終回になる可能性を秘めている訳だが、振り返ると、〝よく続いてきたもんだ〟と、我ながら感心して(呆れて?)いる。

取り扱うネタは、〝生死〟〝命〟〝人生〟等、限られたもの。
多少、味付けや観点を変えているだけで、書いている内容・伝えたいことの核心はほとんど似たようなもの。
〝模様が単調〟というか、〝色が単一〟というか・・・平たく言うと〝ワンパターン〟。
しかし、私の浅知恵・偏見・独善・偽善・貧欲・杞憂・陰鬱・勘違い等の雑味が独自のテイストを作り出しているのだろうか、ありがたいことに、それぞれに違う味を見いだし、噛み分けてくれる読み手の方々がいる。

そんな本ブログが目指すところを食べ物に例えると、〝おにぎり〟なのかもしれない。
華もなく艶もなく、人の目を引く魅力もない。
地味で小さく、味も栄養価もほどほど。
中の具が多少変わるくらいで、食感も味も一辺倒。
一般の料理と並べるのもおこがましいくらい、舌や腹に飽きられやすい。

しかし、身近であり・手軽であり・優劣を感じることもなく・食べるのに背伸びする必要もない。
そして、食べれば、わずかでも飢えが癒やせる。
更には、命をつなぐことができる・・・
生意気を言うようだが、自分にとって・読んでくれる人にとって、本ブログはそんなささやかな糧になれば幸いだと思う。

しかし、それはお互いのこと。
〝もっと美味いモノはないのか!?〟〝もっと豪華なモノをたらふく食いたい!〟と、文句ばかりたれている私だけど、実は、気づかないところで、色んな人から色んな〝おにぎり〟を食べさせてもらっている。
だからこそ、こうして自分も〝おにぎり〟が握れているわけ。
そのありがたさと真味がわかってこそ、握り出す〝おにぎり〟の具が〝愚〟から〝Goo〟に変わるってものなのだろう。

そんな生き方を探求しながら、そして噛みしめながら、一粒の飯を一綴の文字に変えている私なのである。
(↑ちょっと、格好つけすぎだね。)





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おにぎり(前編)

2009-04-17 15:38:52 | Weblog
このところ、体調が優れない話を毎回のように続けているが、今日現在でいうと、少しずつ持ち直してきている。
口に入る食べ物と酒の量が増えてきたので、それがわかる。

しかし、年柄年中、愚痴や弱音を吐き続けている私。
憂鬱・疲労・倦怠・不眠・食欲不振・拒食・二日酔etc・・・
この類のことは、私に限らず多くの人も抱えているだろうに・・・
読んでくれる方にとって、いい加減、目障りになっているのではないだろうか。

私は、〝器が小さい〟というか〝度量が少ない〟というか・・・人としてのキャパが小さい。
だから、抱える苦悩をいちいち吐き出していかないと、身が保たないのだろう。
ま、自分を分析して解釈の仕方を変えても、自身の性質そのものが変わる訳でなし。
読んでくれる方の目汚しになることを承知しつつも、このまま、お付き合いいただくほかあるまい。


前回書いたように、最近、私の主食の一つになっている〝おにぎり〟。
(〝おにぎり〟と〝おむすび〟の違いがわからないけど、本編では、私が聞き馴染み・言い馴染んでいる「おにぎり」を使うことにする。)

食欲不振・拒食状態であっても、2~3個くらいなら難なく完食。
また、車であちこち動き回っていることが多い私は、運転しながらでも食べられるので重宝。
結果、一日の食事を、すべてコンビニおにぎりで済ませるような日もでてきている。

私が一度に買う数は、ほんの2~3個。
これが、このところの私の一食分。
元来の大食いがウソのようだ。

一口に〝コンビニおにぎり〟と言っても、その種類は多い。
コンビニ自体の種類も多い上、一つの店だけで何種類もあるから。
そして、よくできたものもあれば、そうでないものもある。

某大手チェーンのおにぎりは、やわらかめに握ってあって具も多い。
片や、別の大手チェーンの製品は、固く握られていて具も少ない。
頭のいい人達が商品開発に取り組んでいる大手コンビニでも、この差は歴然。
まぁ、これは、商品開発部門の問題ではなく、製造工場の問題なのかもしれないけど・・・
事情がどうあれ、やはり、握りはやわらかくて具は多めが私の好み。

好んで、よく買うのは梅。
食欲を刺激してくれそうだし、身体にもよさそうだから。
そう言えば、最近、梅干一個を種ごと御飯に埋めているようなおにぎりに出会わなくなった。
ちょっと前は、コンビニにも、そんな梅おにぎりがあったように思うのだが・・・
食べやすさ・作りやすさ・コスト等に不利な面が多く、淘汰されてしまったのだろうか・・・
今は、ほとんどが練り梅。
これはこれで悪くはないのだが、やっぱ、梅は粒の方がウメー(・・・)。


朝に食べたおにぎりは、とっくに胃から消えていたある日の正午前、〝昼は何を食べようかなぁ・・・〟なんて暢気なことを考えているところに、電話が入った。

「もしもし・・・」
「あのー・・・仕事の依頼ではないんですけど、ちょっと教えていただきたいことがあるんです・・・」
声の主は、女性。
自分では消化しえない不安を抱え、第三者の助言が欲しくて電話をしてきたようだった。

「どういった御用件ですか?」
「隣の部屋で、人が亡くなったらしいんですが・・・」
始めは〝何の相談だろう・・・〟と引き気味の私だったが、〝人が亡くなった〟と聞いた途端に目を見開き・耳もダンボに。
苦笑いするしかない悲しい性(サガ)を、自分に感じた。

「それで?」
「〝死臭〟って言うんですか?・・・うちまでそのニオイがしてきまして・・・」
私の中では、〝死臭〟と〝腐乱死体臭〟は別物。
しかし、それは〝おにぎり〟と〝おむすび〟くらいの違いしかなさそうだし、そんなことは女性も眼中になさそうだったので、サラリと聞き流した。

「そうなって、どのくらい経ちます?」
「もお、10日くらいになります・・・」
不動産会社に連絡したのは、四日前。
ただ、ニオイは、その更に一週間くらい前から、女性宅に漂っていた。

「かなりニオイますか?」
「嗅いだことのないニオイですけど、誰が嗅いでもクサいと思いますよ!」
腐乱死体現場に遭遇すると、ショックのあまり、〝感覚的なニオイ〟ではなく〝精神的なニオイ〟にやっつけられてしまう人が少なくない。
私は、その辺の錯誤がないか、女性に確かめた。

「それは、キツイですねぇ・・・」
「えぇ・・・ちょっとツラくて・・・」
どんな異臭でも、嗅がせ続けられるのはたまらない。
ましてや、それは、腐乱死体臭なものだから、肉体的な問題にとどまらず精神的にも滅入ってきているようだった。

「とにかく、精神的にまいりますよね」
「それもそうですが、身体への影響が心配で・・・」
腐乱死体臭は、精神を蝕むもの。
しかし、女性は、それよりも、悪臭自体が、ウィルス等の身体に悪いものをまき散らしていないかを心配していた。

「空気感染するものは、いくつもありますけど、〝死臭〟自体が病原体になるなんてこと聞いたことないですよ」
「・・・なら、いいんですけど・・・」
仮に、そんなことがあるとしたら、〝ウ○コ男〟がこうしてピンピン?してられるはずもなく・・・(頭は、壊れてるけど・・・)
私は、身をもって、それを証した。

「部屋の位置関係は、どんな風ですか?」
「アパートの一階で、臭ってるのは一番端の部屋です」
現場は、木造アパートの一階。
悪臭を放っている部屋は一階の端部屋で、隣に位置するのは女性宅だけだった。

「上の部屋は?」
「空いてるみたいなんです・・・」
女性宅がそれだけクサければ、上の部屋もニオっている可能性が大。
ただ、上の部屋の状態を知ろうにも、そこには誰も住んでいなかった。

「第一発見者は?」
「不動産屋に連絡したのは私です・・・見てはいませんけど・・・」
普段はたまることがなかった新聞が、何日分も玄関前にたまるように。
そのうち、窓の内側に黒点がチラホラと発生。
日に日に増殖するハエと漂い始めた悪臭に異変を感じた女性は、不動産会社に対処を要請した。

「人が亡くなってたとしたら、警察が来たはずですけど・・・」
「その辺のことは、知らないんです・・・」
女性が不動産会社に連絡したのは、日中、自分の職場から。
したがって、それ以降にアパートで起こった出来事を知る由もなく・・・
帰宅した時のアパートに、朝と変わったところはなく、異臭だけが静かに漂っていた。

「どんな方でした?」
「年配の男の人・・・ごく普通のお爺さんです」
老年男性の一人暮らしは、整理整頓・家事清掃が行き届かないもの。
私は、過去に蓄積した経験を材料にして、部屋のグレーと汚染部のワインレッドを思い浮かべた。

「(お隣同士の)お付き合いは?」
「いえ・・・付き合いらしい付き合いは、ほとんどありませんでした」
性も世代も異なる〝お隣さん〟。
ただでさえ、人間関係が稀薄になってきている時勢で、付き合いがなかったのは自然なことだった。

「具合でも悪くされてたんでしょうかね?」
「さぁ・・・見た目は、元気そうでしたけど・・・」
顔を合わせれば、社交辞令の挨拶を交わすのみ。
悪い印象はなかったようだが、人柄や体調まではわかるはずもなかった。

「死因なんて、わかりませんよね?」
「わかりません!わかりません!」
身内でない女性は、さすがにそこまでは把握しておらず。
自殺or自然死の違いで、女性の精神の揺れ方も変わってくると思われたので、後にミスを犯さないよう予め確認しておいた。

「どちらにしても、人が亡くなっていたことには、間違いないんですよね?」
「それがですねぇ!・・・」
女性は、声のトーンを急に上げた。
そして、その後、話は本題に移っていった。

つづく





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ゴテゴテ

2009-04-10 08:50:58 | Weblog
春なのに・・・大したことはやっていないのに・・・
睡眠不足と食欲不振が続いている。
ヒドい時は、倦怠感と拒食感が、一日中つきまとう。
お陰で、身体は痩せたような気がしているのだが、それに併せて体力まで落ちしまっては、もともこうもない。
放っておくと、気分まで落ちかねないので、暑くなる前に再起を図らなければいけないと思っているのだが、何をどうすればいいものやら・・・

まずは、食生活の改善?
今、食べ物は、アッサリ系・サッパリ系が中心。
バナナ・そば・おにぎり・・・そんな物が主食になっている。
もっと力のつきそうなものを食べた方がいいかもしれないけど、無理に食べると余計に体調が崩れてしまう。

重いものは、胃が受け付けない。
特に、油脂系はダメ!
もともと、子供の頃から、揚げ物が得意ではない私。
大人になって、だいぶ改善されたけど、それでも油脂系料理には弱い。
唐揚くらいなら普通に食べられるけど、天ぷら・フライになると量が限られる。
適量に抑えておかないと、胃がもたれるし消化不良を起こす。
下手をすると、腹をヒドく壊してしまうこともある。

また、本来は好物のはずの肉料理も、今の私には重過ぎる。
焼肉な焼鳥などはもともと大好物なので、口では美味しく食べられるけど、胃腸が受け付けない。
少し食べただけで、即座に不快感が襲ってくる。
そんな具合で、今は、ゴテゴテしたものを前にすると、吐き気をもよおしそうになるのだ。


「冷蔵庫を処分してほしいんですけど・・・」
30代くらいの声の女性から、不要品処分の依頼が入った。
その声はヤケに明るく、ネクラな私の耳には心地いいくらいのトーン。
しかし、並の家電処分依頼が、私のところに舞い込んでくるのは稀。
私は、それが不要品ならぬ〝腐妖品〟であることを、すかさず察知した。

「中は空?・・・じゃないですよね?」
「えぇ・・・実は、そぉなんですよぉ・・・」
「結構、たくさん入ってます?」
「冷蔵の方は少ないですけど、冷凍庫には結構・・・」
「それって、腐ってます?・・・よね?」
「多分・・・」
「電源は?」
「入ってます・・・今は・・・」
「〝今は〟!?」
「はぃ・・・」
女性は、羞恥心を越えた何かを達観していたのか、雰囲気は明るく口調もハキハキ。
〝私、バカでしょ?〟〝笑っちゃうでしょ?〟と言わんばかりに、明るく開き直っていた。


事の経緯は、こうだった・・・

女性は、海外へ短期留学することに。
準備を進める中で、しばらく空けることになる部屋も整理整頓。
出発の数日前からは、余計な食べ物が残らないように、食生活も注意。
買ってくる食品は常温で保存できるものを中心にし、生鮮類は完食できる量に制限。
そうして、腐る食品が残らないように努めた。

ただ、冷凍食品は別。
〝冷凍庫内の食品は長期保存に耐え得る〟と判断して、魚肉系食品が多く入る冷凍庫はそのまま手をつけず。
そうして、全ての準備は完了。
期待に胸を膨らませて、念願の海外留学に出掛けたのだった。


「それで?」
「しばらく空ける家に、電気は要らないじゃないですかぁ・・・」
「まぁ・・・そうですね」
「・・・」
「ん!?まさか?」
「そうなんです・・・安全のために、電気の ブレーカーを落として出掛けちゃったわけなんですよぉ・・・」
「あらら・・・」
「どうかしてますでしょ?」
女性か帰宅したのは、半年後。
久し振りの自宅は、出掛ける前と比べても変わったところはなし。
女性は、玄関を入ってすぐ電気がつかないことに気づき、電気ブレーカーをON。
眠っていた各家電は息を吹き返し、台所の冷蔵庫も〝ブーン〟。
その音は、女性が浸っていた海外生活の余韻を一気に吹き飛ばしたのだった。

生鮮食品を半年も常温で放置すれば、腐るに決まっている。
女性は、そこまでは容易に想像できたものの、それ以上の画が思い浮かばず。
その未知の不安が、恐怖心を掻き立て、冷蔵庫のドアを開けるのを躊躇わせた。
しかし、冷蔵庫をそのまま放置するわけにはいかず。
女性は、〝心の準備を整える時間が必要〟と考え、次の休日に片付けることを決意しコンセントを抜いたのだった。

しかし、心の準備は、なかなか整わず。
女性は、萎えた気持ちを立て直せないまま、休日を幾度もやり過ごし・・・
それでも、冷蔵庫は、中に抱える問題を外に訴えることなく辛抱していた。

そんな冷蔵庫の大人しさと女性の〝掃除したくない〟という気持ちとが相まって、女性の気持ちは、次第に〝気が向くまで放っておこうかな?〟という方向に変化。
後始末を先に延ばせば延ばすほど、大変さが増すことはわかっていたけど、自分の意志に理性は効かず。
そうして、腐妖冷蔵庫は、台所の一員として期限なく鎮座することになり、再びコンセントが差し込まれたのであった。


「そういうことだと、腐った食べ物は凍ってるわけですね」
「えぇ・・・多分・・・」
「妙な液体とか、漏れ出てません?」
「はぃ・・・特には・・・」
「ニオイは?」
「特段のニオイもありませんね」
さすがは冷蔵庫。(←何が〝さすが〟なのか、よくわからないけど・・・)
その機密性は高く、臭気も液体も漏らすことなく、外観は平然。
しばらく放置しても尚、外に問題らしい問題は発生していないようだった。


作業の日・・・
「お待ちしてましたぁ!」
女性は、電話で抱いた印象の通り、快活で愛嬌タップリのキャラクター。
留学から当日に至るまでの心模様も聞いていたし、また、その人間らしい弱さ親しみを覚えてもいたので、私の顔からも自然と笑みがこぼれた。

「どうなってるんでしょぉ・・・」
怖いもの見たさの好奇心もあってか、女性は、中を見たそう。
私が開けるのを期待しているようだった。

「やめときましょう」
安易に開けて〝腐敗液が流れ出す〟・〝悪臭が噴き出る〟等の事故が起きたら大変。
そうなったら、余計な仕事が増えるだけだし、クレームを誘発しかねない。
私は、冷蔵庫の扉(引き出し)を開けず、封印したままの状態で運び出すことにした。

「ありがとうございました!」
女性宅での作業は、冷蔵庫を回収するだけのこと。
ほんの十数分で請け負った仕事は完了した。

「あとは、持ち帰って、キチンと処分しますので」
女性から教訓を得た私は、当日中に中身を片付けることを心に予定。
ハツラツとした女性の笑顔に見送られて現場を後にした。

しかし、少し時間が空くと、女性から得た教訓はどこへやら。
中身の始末する作業を思い浮かべると、頭は憂鬱な気分が支配。
そして、嫌なこと・苦手なこと・気が進まないことへの対処を後手後手に回す・・・
切羽詰まった状態にまで追い込まれないと、腰を上げない・・・
時間は無限にあると錯覚して、大切な機会を逸する・・・
〝重症に陥る前に・重傷を負う前にやった方がいい〟ってわかっているのに気づかないフリをする・・・
そんな悪い癖が、ムクムクと顔を出してきた。

結局、萎える気持ちを奮い立たせることができず、当日の作業は断念。
しかし、翌日も・翌々日もやる気はでず・・・
しまいには〝このまま乾燥してくれないかなぁ〟なんて、ムシのいいことを考えるようになった。

しかし、現実はシビア。
電気を失った冷蔵庫は、自分を冷静に保つことができず・・・
そのうちに、妙な液体と異臭が漏れ出してきて、私に逃げ道はなくなり・・・
結果、後手後手のツケは、ゴテゴテしたものを前にした吐き気となって回ってきたのであった。




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命根・命花 ~続・Flight~

2009-04-04 09:24:53 | Weblog
もう四月。
春も本番。
冷え込みが和らぎ・暖かさが増し、陽も少しずつ延び・夜明けも早まってきている。

春の到来は、冬季の朝鬱を患う私には大歓迎なのだが、問題もある。
ここ二週間くらい、極度の不眠症に陥っているのだ。
更に、頭痛・食欲不振etc・・・

春を迎えて、私の中で何かが芽吹いているのか・・・
冬眠していた何かが目を覚ましたのか・・・
もともとの不眠症に輪がかかり、深刻な状態。
寝付きはいいのだが、早朝(夜中)に覚醒。
目が冴えたまま明け方を迎え、やっと眠くなったかと思ったら起床時刻。
そんな困った(弱った)状態なのだ。

そんな具合だから、このところ、昼間っから目がショボショボ。
頭も、回転が鈍化してボーッ。
常に軽い睡魔に襲われているような状態で、なかなかツラい日々を過ごしている。

ただ、そんな私にも、柔らかい元気を与えてくれるものがある。
満杯の酒・・・じゃなく、満開の桜だ。
これから一週間が見頃らしいが、〝桜好き〟の私にとって、それは格別の眺め。
欲を言えば、〝ゆっくり花見〟といきたいところだが、現実は、通りすがりに眺める程度。
それでも、何ともいえない快感覚をもって、私の心をプラスにもっていってくれる。
ありがたい春の風情だ。


母親との電話を終えてしばらく後、不動産会社の担当者から電話がかかってきた。
予定通り、母親は、私との電話が終わってすぐ、連絡を入れたよう。
そして、相続を放棄する旨を伝達。
言葉の端々には謝罪の意が混ぜられていたが、その口調は事務的で、一方的なもののようだった。

一方の担当者は、そうなることを全く予期しておらず、〝寝耳に水〟。
そんなことが罷り通ることが信じられず、唖然。
返す言葉もそのための知識もなく、ただ母親の言うことに返事をするのが精一杯だった。

「大家さんのプレッシャーが、藪蛇になりましたかね?」
「少なからず、影響したでしょうね・・・」
「困りましたよ・・・」
「資産補償や慰謝料の類はさて置いて、物理的な原状回復だけでも請求されたらいかがですか?」
「でも、それだけでも、相当の費用がかかるでしょ?」
「まぁ・・・アノ状態ですから・・・」
「多分、〝うん〟とは言わないでしょうね・・・」
「責任を感じていないわけではなさそうですから、打診するだけしてみたらどうですか?」
「・・・ですかねぇ・・・」
本来の権利義務者は、故人。
しかし、当人がいなくなったため、事後処理の責任は宙を浮遊。
〝母親が責任を負うべき!〟と断言できる根拠もない。
しかし、このままでは、大家が気の毒。
私は、部屋の原状回復だけは母親の責任で行われることを期待した。

「こんなことって、普通、あり得ないでしょ?」
「いや・・・多くはありませんけど、たまにありますよ・・・」
「え゛ー!そんなバカな話があるんですか!」
「法律上は、正規に認められた権利ですからね・・・」
「でも、さすがに、このまま黙って承知する訳にはいきませんよ!」
担当者は、全然納得できない様子。
母親を責める手だてがないことを承知しつつも、諦めきれない感情を抱えて苛立っているようだった。

「契約の保証人は?」
「それがですね・・・」
「母親じゃなくて、保証会社を使ってたんですよ・・・」
「そうなんですか・・・じゃ、(母親を責めるのは)尚更、難しいですね」
「ん゛ー・・・」
故人(娘)の自死を予感していた訳ではないだろうが、母親は、賃貸借契約の保証人にはなっておらず保証会社を利用。
ただ、保証会社が担うのは家賃滞納時の補償のみ。
部屋の原状回復は、まったく範疇にないことだった。

「大家さんはどうです?」
「それが・・・状況が呑み込めないみたいで・・・」
「はぁ・・・」
「とにかく、〝責任はとってもらう!〟の一点張りなんです・・・」
「・・・」
「娘がこんなことしでかしといて、何もせずに逃げるなんて、普通じゃ考えられないじゃないですか!」
「まぁ・・・」
「理解できるはずないですよ!」
「・・・」
母親の相続放棄に、大家も唖然。
そんな権利が母親に認められること、そして、それが自分にどういう事態をもたらすのか、現実のこととして理解できないらしかった。

そんなこんなで、話は煮詰まる一方。
いつまで話してても結論に達し得ないのは明らかで、我々は、再度、現場に集まることにして話を締めた。


約束の日時、私は再び現場へ。
大家と担当者は、約束通り現れたが、当然、母親は来ず。
それでも空気はピリピリと張りつめ、そんな中で、話は始まった。

部屋を放置したところで、状態は、悪くなることがあっても良くなることはない。
それは、腐乱死体現場に見識がない二人も、容易に理解。
短い話し合いの結果、トイレの特掃と消臭消毒だけは急いでやることに。
そうして、私は、その作業を請け負った。

「ところで、費用はどなたが?・・・」
その場は、お金の話をしにくい雰囲気。
しかし、無償ではやれない私は、浮くことを覚悟で費用負担の話を持ち出した。

「それは・・・」
担当者は、口を濁しながら視線を大家へ。
それ以上は言及せず、大家に返事を譲った。

「私が払います!」
私に対して向けられたものではなかったが、大家は、不満感情を丸出し。
鬱積する悔しさを吐き出すように、そう言った。


ほとんどの現場に共通することだが、特掃に着手する際、特有の嫌悪感を覚える。
特に、自殺現場はそれが強い。
この時は、特に、母親の相続放棄にも大きく引っかかるものがあったので、それが尚更だった。
しかし、請け負った仕事は完遂しなければならない。
私は、最初は余計なことを考えないようにして、機械的に腐敗液に手をつけた。

雨戸が閉められた部屋は、不気味な暗闇。
狭いトイレを照らすのは、小さな蛍光灯のみ。
そんな静寂の中での作業は、心身に堪えた。
しかし、仕事を完遂するまで後には退けない。
労苦と恐怖感と嫌悪感をグチャグチャに混ぜ、生きる糧と使命感に作りかえ、特掃魂を燃やした。


「ニオイは残ってますけど、見た目はきれいになりましたよ」
「そうですか・・・」
「家財生活用品はどうしますか?」
「処分するにも、それなりの費用がかかるでしょ?」
「それは、まぁ・・・」
「片づけたところで人には貸せませんし、ゆっくり考えて少しずつやりますよ・・・」
「はぃ・・・」
「ただ・・・七輪だけは持って行っていただけると、ありがたいんですけど・・・」
「はい・・・わかりました」
「すいません・・・」
大家は、〝冷静さを取り戻した〟というより〝元気をなくした〟といった様子。
当初のハイテンションとのギャップが大きく、その様が気の毒に見えた私は、誰もが嫌がる七輪の処分を二つ返事で承諾した。

それから後・・・
家財生活用品は、全て処分。
建具・備品も取り外し撤去。
そして、トイレをはじめ、すべての内装を解体。
最後に残ったのは、基礎コンクリートが剥き出しの四角いスペース。
そして、それは、住居に戻る予定もなく、無期限で放置されることになったのであった。


あれから、しばらくの時が経つ・・・
その後、アノ部屋は、原状を回復し、誰かが何事もなかったかのように暮らしているかもしれない。
そして、本件に関わった人々はもそれぞれの人生を歩いていることだろう。
母親も、大家も・・・
古い過去を捨て、悩める今を生き、新しい未来を描きながら・・・


今思うと、コンクリートの箱と化した部屋は、花ビラが散った後の桜と重なる。
独特の淋しさと虚無感がある中でも、再生・新生の希望がある。

花が散っても葉があれば、
葉が枯れても枝があれば、
枝が折れても幹があれば、。
幹が倒れても根があれば、
すべてを再生するチャンスを持つ。
根があれば強い幹も・しなやかな枝も・鮮やかな葉も・美しい花も生むことができる。
しかし、根を失っては、幹は幹でなくなり・枝は枝でなくなり・葉は葉でなくなり・花は花でなくなる。

美しいのは花ビラだけではない。
葉には葉の・枝には枝の・幹には幹の美しさと価値がある。
そして、その基は、誰にも気づいてもらえず・陽も当たらず・冷暗の中にあり・泥まみれになって汚れた根・・・つまり、〝命〟そのものにある。
そして、それこそが、命の花なのかもしれない。




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Flight ~母の苦悩(後編)~

2009-03-28 10:11:41 | Weblog
「なんで私が、こんな目に遭わされなきゃいけないんですか!?」
大家は、故人を罪人扱い。
母親のことも、共犯者のこどく思っているようだった。

「最後に、御祓いもキチンとやってもらった方がいいでしょ!?」
顔は担当者に向いていたが、その声は、母親と私にもシッカリ聞こえる大きさ。
明らかに、母親に対するあてつけだった。

「とにかく、今日中にニオイだけでも何とかして下さいよ!」
大家は、最後までハイテンション。
吐き捨てるようにそう言い残すと、後姿に肩を怒らせて立ち去った。

「じゃ、そういうことで・・・」
担当者は、みえみえの逃げ腰。
〝あとはヨロシク!〟とばかりに、自分の仕事を私に押しつけて去って行った。

残されたのは、私と母親と汚部屋・・・
そして、〝夏臭や、強者どもが夢のあと〟のような呆然とした空気・・・
私と母親は、何をどう話せばいいのか、何からどう手をつければいいのかわからず、しばし沈黙。
私は、気の利いた言葉が見つからず、ただ、母親が口を開くのを待つしかなかった。


「こんなことをしでかしたのは他の誰でもなく私の娘なんですから、何を言われても仕方がないと思いますけど・・・」
「・・・」
「でも・・・大家さんに言われたこと全部は、とても無理です・・・」
「・・・」
「ちょっと、考える時間をいただいていいですか?」
「えぇ・・・私は、構いませんけど・・・」
「また、あらためて連絡します・・・」
「わかりました・・・お待ちしてます・・・」
結局、現場の処理を一つも進めないまま解散することに。
大家の怒り具合を思い出すと少々気が咎めたが、母親の下にいる私は、やむを得ず了承。
大したことはやってないのにヒドイ疲れを覚えて、しばらく休憩してから帰途についた。


その翌日。
約束の通り、母親から電話がきた。

「あれから、よく考えたんですけど・・・」
「はぃ・・・」
「相続を放棄することにしました・・・」
「そうですか・・・」
「心苦しいんですけど、私には、到底、負い切れなくて・・・」
「・・・」
「ですから、お掃除の依頼もキャンセルさせて下さい・・・」
「・・・わかりました・・・」
私は、〝相続放棄〟と聞いても驚かず。
それは、母親への配慮からではなく、もとからその予感があったから・・・
あと、〝他人事・・・俺には、関係ない〟というな冷たい想いもあったかもしれない。
とにかく、余計な質問はせず返事だけに徹して、母親の話を聞いた。


母親は、長年に渡って故人(娘)と格闘。
故人もまた、長年に渡って病と格闘。
家が修羅場になることは、日常茶飯事。
そんな生活を重ねる中、母親は心身共に疲労困憊。
娘のことはおろか、自分自身さえ持て余すように。
そして、自分が病気になる前に、娘とは生活を分けることにし、近くにマンションを賃借。
とにかく、現実から逃げるように、二人はそれぞれの生活をスタートさせた。

仕事も収入もない故人の生活を成り立たせるため、母親は、自分の生活を切り詰めてその生活を支援。
しかし、日常の関係は疎遠。
娘を案じる気持ちがない訳ではなかったのだが、極度の心労は、そんな親の愛情をも破壊していた。

同居していた頃のことを鑑みると、故人が、部屋を汚くしていることは、容易に想像できた。
しかし、関わるための精神的余力はとっくになくなっており、その暮らしぶりには口を挟まずに放置。
そして、その結果、内装・建具・備品は、取り返しがつかないくらいまで汚損。
加えて、今回の事件が勃発し、母親一人では負いきれない事態になってしまったのだった。


「不動産屋さんには?」
「この電話が終わったら、すぐに連絡するつもりです」
「そうですか・・・」
「また、結構なことを言われるでしょうね・・・」
「・・・」
母親の決意は、単なる〝開き直り〟とは違った感じ・・・
それよりも、もっと深刻な覚悟のように聞こえた。

「お手数をお掛けして、申し訳ありませんでした・・・」
「いえいえ、私には迷惑はかかってませんから・・・」
「でも、これから何かあるかもしれませんから、その時はヨロシクお願いします」
「はぃ・・・」
「私が、こんなこと言うのもおかしいですけど・・・」
「・・・」
「どちらにしろ、もうこの町には住めなくなるでしょうね・・・」
「・・・」
母親は、故人に起因した出来事に、責任は感じているよう。
しかし、不本意ながらも、それを負う力がなく・・・
後のことを、祈るように私に要請。
そしてまた、肉的生命は維持しつつも、社会的生命を一時差し出し・精神的生命を生涯差し出すことによって、娘が犯した〝罪〟を少しでも償おうとしているかのよう・・・
そして、そんな母親に、人が負う、逃げる弱さと戦う強さの宿命を見たような気がした。


現実、確かに、ない袖は振りようがない。
どんなに非難されようが、どんなに非常識だろうが、どんなに非道だろうが、無理なものは無理。
また、相続放棄は法的に認められた正当な権利。
しかし、そのことと、事の善悪は別物。
全ての責任は負えなくても、自分が負えるだけの責任は負うべきか・・・
そもそも、故人がやったことの責任を、母親は負うべきなのか・・・
どの類の問題は、考えても答がみつからないものばかり。
ただ、説明のつかないシコリ・・・釈然としな靄みたいなものが気持ちの中に湧いてきた。

結果的に、母親は、経済的な問題からは逃げることができたかもしれない。
そして、生きる地を変え・人のつながりを変え・月日が流れるのを待てば、社会的な問題からも逃げきれるはず。
しかし、精神的な問題からは、おそらく一生逃げることはできないだろう。

そう悲観しつつも、私は、母親を安易に非難できるだろうか・・・
母親の立場になったら、私も同じことをしたかもしれない・・・いや、しただろう・・・

もともと私には、逃げ癖がある。
ちょっとした困難でも、すぐに逃げたくなる。
身体が逃げられないときは、頭だけでも逃げようとする。
それくらいの逃げ根性が、私にはある。

「戦う男たち」なんて、格好つけてはいるものの、その実体はちょっと違う。
正確に言うと、〝逃げ回った挙げ句、仕方なく戦う男〟・・・
思い返すと、色んな事から逃げてきた・・・
そして、その結果が今・・・

「逃げてきた道程は、平坦だったか?」
「逃げた先は、安住の地だったか?」
というと、そんなことはなかった。
起伏の激しいデコボコ道をヒーヒー言いながら歩き、休息するつもりで立ち止まると、そこは、安住はおろか、長居もできなそうな荒地ばかり。
逃げても逃げても、そんな自分をあざ笑うかのように、目前には、新たな敵が出現。
結局、逃げきれないまま人生の戦いは延々と続いている・・・
ま、ご存じの通りのこの状態だ。

逃げれば、肩の重荷は降ろせる。
しかし、結局は、肩の荷以上のものを失うことになる。
そして、別の重荷を背負うことになる。
逃げることもまた戦い・・・逃げることは、新たな戦いを生むこと・・・
結局、生きているかぎり、人生の戦いから逃げることはできない。


人生の戦い・・・
日々を生きることに疲れを覚えている人は、少なくないと思う。
生きることに疲れてヘトヘト・・・
惰性で、何となく生きている・・・
ただ、死にたくないから生きている・・・
昨日を悔やみ・今日に疲れ・明日に失望している・・・
しかし、恐れることはない。
それがどんな戦いであれ、一つクリアする度に、人生に何かが新生する。
身体で、古く傷んだ細胞が滅び、新しい細胞が生まれるように、心に、戦う力が与えられる。
そしてまた、我々は、終わりのない戦いを強いられているのではない。
悠久の時間の中で、わずかの戦いが用意されているだけ。過ぎてみれば一瞬。
ならば、そこで火花を散らし、人生を輝かせてみても悪くない・・・
そんな風に思い、ホッとするような戦う力を静かに得ている私である。



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Flight ~母の苦悩(前編)~

2009-03-22 16:54:40 | Weblog
依頼者は、中年の女性。
固い表情に女性の緊張も察したが、私に対して愛想は一切なく、正直なところ第一印象はいまいち。
また、部屋の状況や故人に関することはほとんど話さず、とにかく、現場調査を急ぐよう促してきた。

現場は、小規模の1Rマンション。
私は、女性の要望を汲んで、そそくさと現場に入室。
玄関を開けると、目の前には靴を脱く必要がないことが明白な汚部屋。
土足に慣れた私は、抵抗なく靴のまま上がり込んだ。

「やば・・・」
室内には、嗅ぎ慣れた異臭が充満。
ただ、その濃度は極めて高く、素人が嗅いだら、何のニオイかも分からないまま卒倒するであろうレベル。
慣れたニオイと言っても鼻を塞がない訳にはいかず、私は、首にブラ下げていたマスクを急いで装着した。

「これかぁ・・・」
汚染は、トイレの中。
床は、赤茶黒の腐敗液が占領。
その汚染はヘビー級で、不気味な紋様を描いて光沢。
特掃の難易度は極めて高く、心の準備をしないと掃除できそうにないレベルだった。

「・・・」
腐敗液も充分にインパクトのある光景だったが、最も目を引いたのは、隅に置かれた七輪。
トイレで何かを焼いていたわけはなく、私は、探るまでもなく故人の死因を知ることとなった。

「自殺か・・・」
床にしゃがみ込んで、七輪を眺めていると、力の抜けるように想いばかりが沸々。
しかし、死因がどうであったって作業内容が変わるわけでなし。
私は、考えても仕方がないことは考えないように、努めて思考を切り替えた。

「キツい仕事になりそうだな・・・」
トイレの汚れは、精神的なことを含めても、素人では到底掃除できないレベル。
玄人の私でも腰が引けそうだったが、自分が生きることを考えて、特掃魂に熱を込めた。

「女か・・・比較的若そうだな・・・娘か?・・・」
部屋に残る家財生活用品は、訊かずして、故人の素性を明示。
そして、女性の心情を察して、その無愛想に納得した。

「それにしても、ヒドいなぁ・・・」
私は、部屋を観察して溜め息。
故人は、普段から掃除を怠っていたよう。
家財生活用品はどれもホコリが積もって薄汚く、床や壁もモノクロに変色。
破損した建具もいくつかあり、〝故人の死〟がなかったとしても、充分にヒドい状態だった。


一通りの室内調査を終えて外に出ると、女性の側には見知らぬ二人の姿。
一人は普段着の中年女性、一人はスーツ姿の中年男性。
挨拶を交わすと、女性は大家で、男性は不動産会社の担当者であることが判明。
どういう経緯かわからなかったけど、私が来ることを事前に知っており、それに合わせてやって来たようだった。

二人は、中の様子を知りたくて、矢継ぎ早に私に質問。
しかし、私が話すことがきっかけで、不測の災い・争いが発生したらマズい。
大家と女性の間・・・立場を対立させる双方の間に立たされた私は、無難に場を収める術を見つけるため、頭を悩ませた。

しかし、結局、妙案はでてこず。
自分の中で出た結論は、〝とにもかくにも、自分の目で見てもらうのが確実〟というもの。
玄関から覗く程度で構わないので、一度、中を見てくれるよう提案した。

そんな私の提案に対し、三者は三様の心情を露わに・・・
大家は嫌悪の表情、担当者は驚きの表情、女性は困惑の表情を浮かべて沈黙。
それから、短く協議。
結果、担当者が代表して室内を見てくることになり、顔は不満げ(不満げ?)に・身体は素直に私の後をついてきた。


「やっぱ、最近、多いんですか?」
本来は〝滅多にない出来事〟であるべきことが、〝よくある出来事〟になってしまっている昨今。
担当者は、私の肯定を聞いて、〝これは、自分だけの不運じゃない〟〝これも、不動産屋の仕事だ〟と、自分を納得させたいみたいだった。

「中に入らなくてもいいですよね!?」
担当者は、玄関を開ける前に一言。
滲みでる嫌悪感をつくり笑顔で誤魔化しながら、釘を刺してきた。

「うぁ゛~・・・なんだコレ!!」
中がヒドいことになっているのは、玄関前から一目瞭然。
担当者は、ハンカチで鼻を塞ぎながら、眉を顰めた。

「ここが、おかしかったんですよ・・・」
担当者は、自分のコメカミに人差指をトントン。
故人の人間性か・故人の生き方か・故人の死に方か・・・故人の何がしかを非難。
ただ、私には、それが、自分を含めたすべての人間に当てはまる言葉にも聞こえ、内心で恐縮した。

「いつか、こんなことになるんじゃないかと思ってたんですよねぇ・・・」
担当者は、呆れた表情で軽く溜息。
〝所詮は他人事〟と言わんばかりの乾いた表情をしていたが、ここまでの事になる前に策を打たなかったことにも、少し苦味を感じているいるようだった。


故人は30代、依頼者女性の娘・・・つまり、二人は母娘。
死因は、トイレでの練炭自殺。
死後経過は、二週間。
温暖な季節でもあり、その身体はヒドく腐乱していた。

一番はじめに異変を感じたのは、近隣住民。
数日に渡って漂う異臭を不審に思い、不動産会社に連絡。
それを受けた担当者は、故人宅を訪問。
室内からの応答がない中で、ドアポストを押し開けて鼻を近づけると、そこには外よりもはるかに高濃度の悪臭。
室内でよからぬことが起こっているのは明白で、直ちに警察に通報した。

パトカーや警官が集まれば、どうしたって目立つ。
野次馬も集まり、周囲は騒然。
しかも、当初は、硫化水素発生が危惧され、トイレのドアを開ける前に、近隣住民は強制退避。
そんな騒動の中で、故人は、危険人物ならぬ〝危険汚物〟として搬出。
結果、この部屋に自殺腐乱死体がでたことは、近所の誰もが知ることとなった。

生前の故人は、精神を患っており、近隣トラブルも頻発。
自転車の停め方・ゴミの出し方etc、マンションのルールを守らず。
夜中の騒音もお構いなし。
時には、壁や床を叩いたり、奇声をあげたりして、近隣住民を怖がらせることもあった。

母親(依頼者女性)は、故人宅から歩いて数分のところに居住。
スープの冷めない距離にいたにも関わらず、二人(母娘)はわざわざ別居。
しかも、二人は疎遠な距離を保って生活し、母親が、生前の故人宅を訪れることはほとんどなかったよう。
そして、久し振り訪問が最期の訪問となったのであった。


担当者は、自分が見たこと・嗅いだことを大家にストレートに報告。
その内容は、母親にとって不利なものばかりだったけど、それもこれも故人の仕業・室内の汚損が原因なので、やむを得ず。
それを聞く大家の表情は、みるみるうちに・・・単なる仏頂面だったものが、アッと言う間に鬼の形相に変容。
わずかに残っていた人の死を悼む雰囲気は一掃され、代わりにキナ臭さが漂い始めた。

「この責任は、キッチリとってもらいますからね!」
一通りの報告を聞き終わった大家は、怒り心頭で半ギレ状態。
言いたいことがあり過ぎて話す順番が整理できなかったのだろう、結論を先に持ってきて話の口火を切った。

対して、母親が反論できる余地は一切なく、防戦一方。
まさに、手も足も出ないサンドバッグ状態。
始めのうちは、一つ一つの言葉に黙って頷いていたものが、そのうち、うなだれたまま硬直。
それでも怒りが収まらない大家は、母親の消沈ぶりなど意に介さず、容赦なく言葉の剣を突き刺し続けた。

部屋の全面改修工事・将来の家賃補償・風評被害の資産補償・精神的苦痛に対する慰謝料etc・・・
大家は、震えがきそうなくらいの賠償を母親に請求。
私も、第三者として聞いているだけだったのに、まるで、自分が責められているかのように気分が沈んだ。

大家の苦情は、次第に悪口・罵声に近いものにエスカレート。
金銭的・精神的なことだけではなく、故人の人間性や人格まで言及。
すると、それまで呆然・無反応だった母親がわずかに反応。
大家が言葉を重ねていく毎に、蒼ざめていた顔に赤みがさし、虚ろだった目に反抗的な光が蓄えられていった。
そして、その変化に冷たい力を感じた私の頭には、悪寒にも似たイヤな予感・・・母親が持ってる〝切り札〟・・・大家も蒼冷める〝ジョーカー〟が過ぎったのであった。

つづく




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Fight ~父の苦悩~

2009-03-17 14:43:43 | Weblog
依頼者は、中年の男性。
固い表情に、男性の緊張が伺えたが、私に対する物腰は柔らかく、印象は良好。
私も、第一印象を意識して、似合いもしない柔和な顔をつくった。

現場は、一般的な1Rアパート。
簡単な挨拶を交わして後、我々は現場に入室。
靴を脱いだ男性に習って、土禁に不慣れな私も靴を脱いだ。

室内は、嗅ぎ慣れた異臭が充満。
ただ、その濃度は極めて低く、素人が嗅いだら、生ゴミや排水等の生活悪臭と勘違いするであろうレベル。
鼻を塞がない男性に合わせて、私も、マスクを首にブラ下げたままにしておいた。

部屋にある家財生活用品は極少で、一日の生活に必要な最低限の物のみ。
また、生活汚れもほとんどなく、きれいそのもの。
本件がなければ、内装工事もクリーニングも要らず、そのまま次に貸せるくらいの状態だった。

汚染は、クローゼットの前の床。
ウジやハエの姿はなく、汚れの具合も軽度。
特掃の難易度は極めて低く、そのままチョチョイと掃除できそうなレベルだった。

しかし、私の目は、汚染面積の小ささと、クローゼットの扉が片方だけわずかに傾いていることを見逃さず。
その状況から、私は故人の死因を特定。
ただ、それを口にするかどうかまでは判断がつかず、何も気づいていないかのように黙々と現場調査を進めた。


「自殺なんですよ・・・」
床にしゃがみ込み、マジマジと汚染を観察する私に、男性は前置きなく言葉を発した。
もともと、死因を隠しておくつもりはなかったのだが、話を切り出すタイミングを図りかねていたようで、申し訳なさそうに打ち明けてきた。

「〝自分で掃除すべき〟とも思ったんですけど・・・」
床の汚れは、精神的なことを除けば、素人でも掃除できるレベル。
しかし、不動産会社に対する説得性を高めるため、また大家に誠意をみせるため、業者の手に委ねることにしたようだった。

「私の息子でね・・・」
訊かずして、男性は故人を明かした。
そして、言われる前からその可能性にに気づいていた私は、無表情と無言をもって男性に応えた。

「なんで、こんなことに・・・」
汚れた床を見つめて、男性は力なくそう呟いた。
そして、薄っすらと涙を浮かべる目が、後悔と悲哀に苛まれる胸の内を静かに映し出していた。


故人は20代の男性で、男性の息子。
大学を卒業し一般企業に就職した故人は、社会人一年目にして精神病に罹患。
学生時代は、明るく前向きな性格だったのに、就職した途端に表情が暗くなり、口から出る言葉もネガティブなことばかりに。
そんな故人を、家族は、時に叱咤・時に激励。
しかし、結局、故人は一年足らずで会社を退職。
そうして、実家での療養生活がスタートした。

「病気療養」と言っても、世間は単なる〝引きこもり〟〝ニート〟と冷視。
社会から隔離されても尚、好奇の目と風評の冷たさは本人を刺し、病状は一層深刻化。
そして、とうとう、通院と薬だけではどうすることもできない状態にまで進行し、入院治療に受けることに。
一進一退の病状に対し、家族は、一喜一憂。
男性の家は戦場と化し、平穏な日常は、戦いの日々となった。

しかし、亡くなる数ヶ月前、故人は、劇的に回復。
わずかながらも、顔には昔の表情が戻り、言動にも明るい話題が混ざるように。
しばらくすると、自分の病気について、客観的なコメントまでするように。
自分の病気を他人事のように批評する息子に、男性は、息子が回復基調にあることを確信した。

そうした中、故人は「自立したい」「一人暮らしをしたい」と言い出すように。
それまでの故人は、社会に怯え自分を否定してばかりで、社会復帰の志向を話すことは皆無。
それが、うって変わっての自立要望。
驚きと共にそれを喜んだ家族は、早速、医師に相談。
そして、医師の肯定的な診断もあり、家族は、社会復帰の第一歩として故人の意思を認め・後押しすることにした。

男性は、故人(息子)が自殺をする危険性を、意識していないではなかった。
ただ、数年に渡る闘病生活で、その辺の感覚が麻痺。
と当時に、その心配よりも、息子が元気になる期待感の方が大きくて、悪い予感は頭の隅に追いやってしまっていた。

部屋は、故人が自分で探してきた。
そこは同県隣市で、実家とは離れた縁もゆかりもない場所。
故人が、自分が暮らすところを、病院からも実家からも離れ、仕事も知人もないこの場所にした理由は、家族にもわからず。
ただ、息子(故人)がやることに口を出すことが、息子のやる気に水を差すことになるのを恐れて黙って認めた。
その先に起こることを、知る由もなく・・・


「電話での様子が変だったんで、一度、ここまで来たことがあるんですよ・・・」
亡くなる数日前、胸騒ぎがした男性はアパートを訪れた。
ただ、〝頼まれもしないのに干渉して、せっかくの自立心を損ねてしまったらもともこうもない〟と考え直し、玄関の前まで来て引き返したのだった。

「とにかく、元気になることだけを望んでました・・・」
男性は、父親としての欲目はとっくに捨てていた。
仕事に就けなくても、親のスネをかじり続けても、世間体が悪くてもよかった。
ただ、少しずつ社会に馴染んで、病む前の自分を取り戻してくれれば、それでよかった。

「でも、まさか、自分で死ぬとは思ってなかったんですよ・・・」
男性は、悔やまれて・悔やまれてならない様子。
取り返しのつかない事態・・・息子が死に陥ることがわかっていれば、男性は、躊躇うことなく干渉したはず。
しかし、そこまで考えが及ばなかった自分を苦々しく思っているようだった。

「息子がしでかしたことの責任は、親である私が負うしかありません・・・」
男性は、故人を発見した時から、腹を決めていた様子。
そして、逃げ出したくなる気持ちを振り払うかのように、私に直ぐの作業を依頼。
〝部屋が原状を回復しないと、自分の精神と生活も回復できない〟と考えていることが、痛いくらいに伝わってきた。


〝人生は戦場〟〝生きることは戦い〟
人生には、そんな側面がある。

生きている限りは、何時、苦難・艱難・災難に襲われるかわからない。
また、大なり小なり、問題・課題が自分からなくなることはない。
だから、常に、それらと戦っていなければならない。

人と戦い・自分と戦い
社会と戦い・生活と戦い
目に見えるものと戦い・目に見えないものと戦い
結局のところ、その基は、自分との戦い・・・自分が生きるために戦うこと。

真の敵は、己を蝕む、邪悪な性質と悪欲・貧欲。
・・・疲れを知らない強者。見るからに怖そう。
究極の味方は、己を健てる善良な性質と良心・理性。
・・・疲れやすい軟弱者。見るからに頼りない。
どう見ても、形勢は不利。
苦戦を強いられることが間違いない持久戦。
しかし、生きる戦いに休停戦はない。ありえない。

小さな勝敗は、その時々にある。
その勝因と敗因は?・・・何がその勝敗を決するのか・・・
どうすれば勝てるのか
、どうしたら負けずに済むのか・・・
悩みながら生きていくことで、そのヒントが与えられ、
苦しみながら生きていくことで、その策が練られ、
戦いながら生きていくことで、その力が養われる。
そして、苦戦しても・敗北をきしても、最期まで降伏しないことが人生に大勝=幸福を呼び寄せるのである。


「(人は)生きなきゃいけないんですよね・・・」
(〝死ぬまで戦え!〟〝死ぬまで生きろ!〟)
男性は、故人に伝えきれなかった想いを呟いて声を詰まらせた。
そして、その目から滲み出る新たな戦いの決意に、また一つ、戦う=生きる勇気をもらった私だった。



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知らぬが仏・知らぬは放っとけ ~続・バスタイム~

2009-03-11 09:39:00 | Weblog
しばらくの時が経ち、その現場のことを忘れかけていた頃、依頼者の女性から会社に電話が入った。
例によって、事務所に不在がちな私は、その報を外で受けた。
そして、あの汚腐呂の画を頭に浮かべながら、〝今頃、何の用だろう・・・何かあったかな?〟と、少々不安な気持ちが湧いてきた。

「先日は、お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ・・・」
「あれから、不動産屋さんに見てもらいまして・・・」
「はぃ・・・それで、何かありました?」
「えぇ・・・それで、ちょっとお願いがありまして・・・」
女性は、始めから低テンション。
その口はかなり重そうで、そこから、事後処理の難航が感じ取れた。

「何か、問題を指摘されましたか?」
「いえ・・・御陰様で、特に何も言われてはいないんですけども・・・」
「そうですか!それは何よりです!」
「ただ、〝片付けた業者の説明が欲しい〟とのことなんです」
「なるほど・・・そういうことですかぁ」」
「そうなんです・・・」
「わかりました!ここに限らずよくあることなんで、キチンと対応しますよ」
「すみません・・・」
女性は、かなり気マズそう。
その理由にだいたいの見当がついた私は、その課題を早々に片付けるため、会話を核心に寄せた。

「ところで、例の件は伝えられました?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「でも、特に何も言われなかったわけですよね?」
「そうなんですけど・・・」
「・・・」
「亡くなってたことは話したんですけど、詳しいことは・・・」
「・・・そうですか・・・じゃぁ、浴室のことも?」
「いぇ・・・浴室で亡くなってたことは言いましたけど、それ以上の詳しい事は何も・・・」
「じゃぁ、浴槽に浸かっていたこととか、結構な日数が経ってたことは言ってない訳ですね?」
「そうなんです・・・」
案の定・・・
私が抱いていた懸念は、ドンピシャ!
私は、自分の勘の良さに満足することはさて置き、これから遭遇するであろう出来事を想像して、それを憂いた。

「詳しい事、訊かれませんでした?」
「訊かれましたけど、〝よく見てないんで知らない〟とトボケました」
「不審に思われませんでしたか?」
「・・・だから〝業者の話が聞きたい〟ってことになったのかもしれません・・・」
「なるほどねぇ・・・しかし、私は、訊かれたことに嘘はつけませんから、その辺は了承して下さいね」
「・・・」
「○○さん(女性)が、嘘をついたかたちにならないようにしますので」
「はぃ・・・」
女性は、私が口裏を合わせることを期待していた感じ。
しかし、私にはそのつもりはなく、女性がそのことを口にする前に釘を刺した。


それから、数日後。
私と女性は、不動産会社の担当者が来る時刻の少し前に、現場で待ち合わせた。
私のアドバイスを一部無視したことに加え、私に新たな雑用をやらせることになったことに罪悪感を覚えたのだろう、女性は平身低頭。
ただ、女性の心情も充分に理解できるものだったし、女性の物腰に気の毒さを覚えた私は、本来の性格とはかけ離れた、青竹を割ったような性格をつくって対応した。

当初、故人のプライベートなことは話たがらなかった女性だったが、この局面では、逆に〝話しておいた方が無難〟と考えたよう。
私が細かく質問をした訳でもないのに、故人の個人的な話や自分と故人の関係等を話してきた。
ただ、私は、家財生活用品を片づける段階で、氏名・性別・年齢・職業など、ある程度の故人情報は得ていた。
わからないのは、死体検案書に書かれた死因と故人と女性の関係ぐらいで、それもまた、それまでの経験を材料にして、大方の察しをつけていた。
そういう訳で、女性の話にはほとんど新鮮さを感じなかったのだが、話す側からすると、せっかくの打ち明け話に反応が薄いと寂しいはず。
私は、終始、〝初耳〟のフリをして相槌を打った。

故人は、中年の男性。
女性の夫・・・法的(戸籍上)には〝元夫〟。
どうも、仕事に失敗したようで、そのために離婚・別居。
ただ、経済的・社会的な事情があってそうなっただけで、心的関係は変わらず。
電話で話すのは日常的なことで、顔を合わせることも珍しくなかった。

故人にとって、風呂に浸かりながら酒を飲むのは長年の習慣で、格別の楽しみだった。
ただ、身体のことを考えて、一回に飲む量は二合に自制。
しかし、離婚・別居してからは、その量が明らかに増えていた。
自分一人の力では自制心を維持できないのが人の常・・・私は、汚腐呂場に、数個の空カップが転がっていたことを思い出して複雑な心境に。
そして、その後に起こったことを想って、深呼吸にも似た深い溜息をついた。


そうこうしていると、不動産会社の担当者が現れた。
若々しい軽快さを感じながらも、業界経験をそれなりに積んでいることも感じさせる雰囲気。
その物腰は低姿勢で礼儀正しく、その好印象は、以降の展開に楽観的な期待感を持たせてくれた。

我々は、決まりきった挨拶を交わして、早速、部屋の中へ。
過日、既に中を確認していた担当者は、〝部屋の見分〟よりも、〝私の話を聞く〟ことが目的のよう。
更には、〝業務上の役目〟というよりも〝個人的な好奇心〟といった姿勢を前面にだし、事細かく私に質問をぶつけてきた。

私は、傍にいる女性の心情に配慮し、同時に担当者の心象を考慮して、露骨(グロテスク)な表現をできるかぎり回避。
それでいて、喋ってる内容が嘘にならないよう注意しながら自分が格闘した状況を説明。
しかし、私が目と鼻で感じたことを口で表現することも、担当者がそれを耳で理解することにも限界がある。
担当者は、私が発する一語一句にとりあえず頷いていたが、実際のところ〝液体人間〟も〝PERSONS〟もピンとこない様子。
働かない想像力にムチを入れるかのごとく、難しい顔で私の説明に聞き入った。

「うまく想像できませんけど、そういうことだったんですかぁ・・・」
「はぃ・・・」
「この(掃除後の)状態が、嘘のようですね」
「まぁ・・・」
「ただなぁ・・・話を聞いちゃうとね・・・」
「・・・」
「聞いてなきゃねぇ・・・」
「・・・」
担当者は、困惑気味。
汚腐呂の画は想像できないにしても、そこが、かなりヤバいことになっていたことだけは、感覚的にわかったみたいだった。

「ここまで訊いといてなんですが・・・」
「???」
「亡くなってたこと以外は、何も聞かなかったことにしていいですか?」
「は!?」
「なんか、細かいことを言うと面倒臭いことになりそうじゃないですかぁ・・・」
「はぁ・・・」
「しばらく空室にして、ほとぼりが冷めるのを待った方がいいと思うんですよ」
「・・・」
「もともと、このマンションは常に2~3室は空いてる状態ですし、大家さんも、それを見越して運用してますから」
「そうなんですか・・・」
担当者は、Good ideaのごとく、〝知らんぷり〟を提案。
以降に発生しそうなゴタゴタを避けたいようで、適当はところで話をまとようとした。
そして、女性にも、それを拒む理由はなく、私の範疇外でアッサリ妥結。
そうして、担当者は、何事もなかったかのように立ち去って行った。


「良いか悪いかは別として、意外な結末でしたね」
「はぃ・・・」
「担当者がああ言うんですから、後のことは、不動産会社と大家さんの責任に任せましょう」
「はい・・・」
「とにかく、引き渡しが済んでよかったですよ」
「はい!ありがとうございます!」
「どういたしまして」
「あと・・・黙っててもらって、ありがとうございました!」
「???」
「お見通しなのは、わかってたんですけど・・・」
「い、いえ・・・ど、どうも・・・」
女性は、背負っていた重荷が降りたのだろう、表情と声のトーンを軽くした。
一方、私の方は怪訝な感情がムクムク。
女性とは逆に、気分も声のトーンも重くなっていった。

「もしかして?・・・」
〝中年男性+風呂+飲酒=心不全〟
勝手な先入観でその方程式を組み、無意識のうちに死因を決めていた私。
しかし、女性の言葉の意味深さに、それを覆すイヤな予感が走った。

「知らなきゃよかったかも・・・」
それとなく、女性の言葉の意味を探ると、イヤな予感は的中。
故人の至福バスタイムを想像して温まっていた気持ちは、冷水を浴びせられたように縮み上がった。
そして、既知と未知の妙に無知の得が交錯し、長風呂にあたった時のような目眩と脱力感に襲われたのであった。



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バスタイム(後編)

2009-03-05 17:44:13 | Weblog
「この件は、まだ不動産屋に言ってないんですよ・・・」
「え!?不動産会社は、知らないんですか?」
「はい・・・言わない方がいいですよね?」
「ん?」
「そうしよ・・・そうします!」
「え?」
「もちろん、黙っててくれますよね!?」
「は?」
それを聞いた私は、その突拍子もない考えに意表を突かれ、言葉を詰まらせた。

実際、他にも、腐乱死体現場を秘密裏に処理し、何事もなかったかのように解約・退去したケースは複数ある。
そして、当初しばらくの間、不動産会社が気づかないでいることも。
しかし、事が公にならない可能性は極めて低い。
タイムラグはあれど、退去側の人間が想定できないことがキッカケとなって、明るみに出てしまうのだ。

まず、そのきっかけとなるのは、細部の汚染痕と残留する異臭。
きれいに消せると思って、一生懸命に掃除するのだろうが、所詮は素人の浅知恵。
汚染の程度にもよるが、遺体が明らかな腐乱レベルにある場合、並の掃除だけで現場を元通りにするのは不可能。
過去に書いた通り、私も、何度かこのケースに遭遇したことがあるが、やはり、どこもバレバレの状態だった。

仮に、物理的な原状回復が実現できても、それだけで事は収まらない。
遺体搬出作業は、何人もの警察官が来て騒々しくやることがほとんどなので、在宅の近隣住民がそれに気づかないはずはない。
そして、事が事だけに、その出来事は、人々の頭にハッキリと刻み込まれる。
ただ、近隣住民は、〝関わり合いになりたくない〟という気持ちで沈黙するだけで、口に戸を立てているわけではない。
だから、些細なことがきっかけでその口は開かれ、情報は漏れることとなる。

また、解約の申し出や引き渡しの際に、契約者本人が出てこないのも極めて不自然。
過去別件では、〝病気入院〟〝長期海外〟等と強引なことを言ったような人もいたが、聞く方(大家・不動産会社)からすると奇妙な話。
本人確認を求められては、シラを切り通せるものではない。


「いやぁ゛・・・それはちょっと・・・マズいと思いますが・・・」
「そうですか?」
「バレる可能性も高いですし、バレた時に、大変な問題になりますよ!」
「・・・」
「本件の類は、不動産契約の重要事項になるはずですし・・・」
「・・・」
「追求されて、〝知らぬ・存ぜぬ〟は、通用しませんからねぇ・・・」
「・・・」
「バレることを心配して、ビクビクしてるのもストレスかかりますよ」
「・・・」
「あと、〝バレる〟とか〝バレない〟とかの問題じゃないような気もしますし・・・」
「・・・」
特掃が終わった後のことを、女性がどうしようが請け負った仕事の範疇外。
〝あとのことは知ったこっちゃない!〟と、割り切れば済む話。
しかし、事前に相談されてしまうと話は変わってくる。
〝聞いた耳〟と〝話した口〟に相応の責任・・・
それが不可抗的行為としても、その片棒を担ぐことに責任が生じるような気がした。
同時に、それに対して抵抗感を覚えた。

「黙ってたことによって、事が大きくなったケースもたくさんあるんですよ」
「そう言われてもねぇ・・・」
「・・・」
「さっきおっしゃったようなことが、起こらないとも限らないじゃないですかぁ・・・」
「・・・まぁ・・・確かに、〝ない〟とは言い切れませんけど・・・」
「でしょ!?さすがに、そこまでは負担できませんよ・・・」
「・・・」
知ったかぶりの情報提供が、藪の蛇をつついたよう。
女性は、事実を明るみにすることによって強いられる可能性がある補償に対して完全に尻込み。
同時に、そこには、自信を持って女性を説得できない私もいた。

「不動産会社は、ホントに気づいてませんかね?」
「・・・と、思いますよ」
「ちょっとした騒ぎになったと思いますけど、近所の人が知らせた形跡もありませんか?」
「ないと思います・・・何の連絡もありませんから・・・」
聞けば、警察が来た時は相応の騒ぎになったとのこと。
それを、近所の人が気づいていない訳はなく。
それでも、その時点ではまだ沈黙は守られているようだった。
一方、女性も、故人の葬儀や現場の処理で頭がいっぱいで、不動産会社へ連絡することなど眼中になく。
私と話して、初めて不動産会社の存在に気づいたような状態だった。

「ところで、亡くなったのは、お身内の方ですか?」
「まぁ・・・」
「ご家族とか?」
「いや、まぁ・・・そんなところです・・・」
故人の氏名・死因・性別・年齢・女性との関係etc・・・
女性は、これらについてはあまり話したくなさそう。
険しく曇らせた表情に、〝その類のことは話したくので訊かないで!〟というメッセージを感じた私は、以降、この類のネタには触れないよう気をつけることにした。

「第一発見者は?」
「私です・・・」
「驚いたんじゃないですか?」
「そりゃもぉ!・・・ビックリしましよ!」
第一発見者は、女性。
浴室で変わり果てた姿になった故人は、どこからどう見ても生きているようには見えなかったが、気が動転した女性は、とっさに119番。
しかし、状況を聞いた消防署は「119番じゃなく110番へ」と返答。
何が何だか分からないまま、すぐに110番したのであった。

「どのくらい住んでられたんでしょう」
「一年くらいですね」
「賃貸契約の保証人は、どなたが?」
「私なんです・・・まさか、こんなことになるなんて・・・」
故人が、このマンションに暮らした期間は、一年足らず。
どういう経緯か知る由もなかったが、その賃貸借契約の保証人は女性。
後始末の責任から免れることができないことは、女性自身が一番よく分かっていた。

「嘘はいけませんが、不動産会社に、この状態は見せない方がいいと思いますよ」
「はぁ・・・」
「部屋の第一印象は、少しでもいい方がいいですから」
「はぃ・・・」
「できる限りきれいな状態にして、それから見てもらうことにしませんか?」
「はぃ・・・」
「私も、頑張って掃除しますから」
「わかりました・・・」
虚偽報告に反対した手前、私には暗黙の責任が発生。
私は、女性に家賃の延長負担を承知してもらい、作業日数を多めに確保。
工事抜きではなかなか難しい汚腐呂の原状回復を、特掃のみで実現することを目指して、その日のうちに特掃に着手した。


何日か後。
空になった部屋は、きれいそのもの。
故人が住んでいたのは一年足らずで、普通に生活していれば内装が著しく汚損するはずもなく、それは、当然・自然の状態。
大した掃除も必要なかった。
問題は浴室だったが、長い長いバスタイムを経た甲斐あって、ほぼ原状を回復。
それこそ、言わなければ誰も何も気づかないくらいの状態に戻った。

「ちょっと日数がかかりましたけど、ほぼ原状は回復できたと思いますよ」
「そうですね!お世話になりました!」
「この状態なら、相手(大家・不動産会社)のウケは悪くないはずです」
「ありがとうございます」
「あとは、事実をキチンと伝えることですね」
「はぃ・・・」
事実を伝えることに関し、女性は、力なく返事。
その視線は私の目から逸れ、空を泳いだ。
そして、その様子に寂しい疑心を抱きつつ、私は現場を後にしたのだった。


その日の夜。
風呂に入ると、色んな想いが頭を巡った。

「俺だったら、アノ風呂に入れっかなぁ・・・」
「最初は我慢が要りそうだけど、慣れれば大丈夫かな?・・・」
私は、自分が掃除した汚腐呂に〝入れる!〟と即断できないことを苦い笑みに換えて誤魔化した。

「あの人(女性)、(不動産屋に)ホントのこと言うかなぁ・・・」
「あそこで人が死んでたことは言っても、詳しいこと(腐乱溶解in浴槽)は言わないんじゃないかなぁ・・・」
別れ際に女性がみせた後ろめたそうな顔は、私に苦い疑念を引きずらせ、温まりかけた気分に水を差してきた。

「入浴中の酒は、身体に悪そうだなぁ・・・」
「でも、外にはない味わいがありそうだろうなぁ・・・」
答の出ない問いにのぼせそうになった私は、考えることを中断して風呂から上がった。
そして、至福の入浴中に亡くなった故人と後始末に苦慮した女性の心情を想いながら、苦いビールを飲んだのだった。




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