しばらくの時が経ち、その現場のことを忘れかけていた頃、依頼者の女性から会社に電話が入った。
例によって、事務所に不在がちな私は、その報を外で受けた。
そして、あの汚腐呂の画を頭に浮かべながら、〝今頃、何の用だろう・・・何かあったかな?〟と、少々不安な気持ちが湧いてきた。
「先日は、お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ・・・」
「あれから、不動産屋さんに見てもらいまして・・・」
「はぃ・・・それで、何かありました?」
「えぇ・・・それで、ちょっとお願いがありまして・・・」
女性は、始めから低テンション。
その口はかなり重そうで、そこから、事後処理の難航が感じ取れた。
「何か、問題を指摘されましたか?」
「いえ・・・御陰様で、特に何も言われてはいないんですけども・・・」
「そうですか!それは何よりです!」
「ただ、〝片付けた業者の説明が欲しい〟とのことなんです」
「なるほど・・・そういうことですかぁ」」
「そうなんです・・・」
「わかりました!ここに限らずよくあることなんで、キチンと対応しますよ」
「すみません・・・」
女性は、かなり気マズそう。
その理由にだいたいの見当がついた私は、その課題を早々に片付けるため、会話を核心に寄せた。
「ところで、例の件は伝えられました?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「でも、特に何も言われなかったわけですよね?」
「そうなんですけど・・・」
「・・・」
「亡くなってたことは話したんですけど、詳しいことは・・・」
「・・・そうですか・・・じゃぁ、浴室のことも?」
「いぇ・・・浴室で亡くなってたことは言いましたけど、それ以上の詳しい事は何も・・・」
「じゃぁ、浴槽に浸かっていたこととか、結構な日数が経ってたことは言ってない訳ですね?」
「そうなんです・・・」
案の定・・・
私が抱いていた懸念は、ドンピシャ!
私は、自分の勘の良さに満足することはさて置き、これから遭遇するであろう出来事を想像して、それを憂いた。
「詳しい事、訊かれませんでした?」
「訊かれましたけど、〝よく見てないんで知らない〟とトボケました」
「不審に思われませんでしたか?」
「・・・だから〝業者の話が聞きたい〟ってことになったのかもしれません・・・」
「なるほどねぇ・・・しかし、私は、訊かれたことに嘘はつけませんから、その辺は了承して下さいね」
「・・・」
「○○さん(女性)が、嘘をついたかたちにならないようにしますので」
「はぃ・・・」
女性は、私が口裏を合わせることを期待していた感じ。
しかし、私にはそのつもりはなく、女性がそのことを口にする前に釘を刺した。
それから、数日後。
私と女性は、不動産会社の担当者が来る時刻の少し前に、現場で待ち合わせた。
私のアドバイスを一部無視したことに加え、私に新たな雑用をやらせることになったことに罪悪感を覚えたのだろう、女性は平身低頭。
ただ、女性の心情も充分に理解できるものだったし、女性の物腰に気の毒さを覚えた私は、本来の性格とはかけ離れた、青竹を割ったような性格をつくって対応した。
当初、故人のプライベートなことは話たがらなかった女性だったが、この局面では、逆に〝話しておいた方が無難〟と考えたよう。
私が細かく質問をした訳でもないのに、故人の個人的な話や自分と故人の関係等を話してきた。
ただ、私は、家財生活用品を片づける段階で、氏名・性別・年齢・職業など、ある程度の故人情報は得ていた。
わからないのは、死体検案書に書かれた死因と故人と女性の関係ぐらいで、それもまた、それまでの経験を材料にして、大方の察しをつけていた。
そういう訳で、女性の話にはほとんど新鮮さを感じなかったのだが、話す側からすると、せっかくの打ち明け話に反応が薄いと寂しいはず。
私は、終始、〝初耳〟のフリをして相槌を打った。
故人は、中年の男性。
女性の夫・・・法的(戸籍上)には〝元夫〟。
どうも、仕事に失敗したようで、そのために離婚・別居。
ただ、経済的・社会的な事情があってそうなっただけで、心的関係は変わらず。
電話で話すのは日常的なことで、顔を合わせることも珍しくなかった。
故人にとって、風呂に浸かりながら酒を飲むのは長年の習慣で、格別の楽しみだった。
ただ、身体のことを考えて、一回に飲む量は二合に自制。
しかし、離婚・別居してからは、その量が明らかに増えていた。
自分一人の力では自制心を維持できないのが人の常・・・私は、汚腐呂場に、数個の空カップが転がっていたことを思い出して複雑な心境に。
そして、その後に起こったことを想って、深呼吸にも似た深い溜息をついた。
そうこうしていると、不動産会社の担当者が現れた。
若々しい軽快さを感じながらも、業界経験をそれなりに積んでいることも感じさせる雰囲気。
その物腰は低姿勢で礼儀正しく、その好印象は、以降の展開に楽観的な期待感を持たせてくれた。
我々は、決まりきった挨拶を交わして、早速、部屋の中へ。
過日、既に中を確認していた担当者は、〝部屋の見分〟よりも、〝私の話を聞く〟ことが目的のよう。
更には、〝業務上の役目〟というよりも〝個人的な好奇心〟といった姿勢を前面にだし、事細かく私に質問をぶつけてきた。
私は、傍にいる女性の心情に配慮し、同時に担当者の心象を考慮して、露骨(グロテスク)な表現をできるかぎり回避。
それでいて、喋ってる内容が嘘にならないよう注意しながら自分が格闘した状況を説明。
しかし、私が目と鼻で感じたことを口で表現することも、担当者がそれを耳で理解することにも限界がある。
担当者は、私が発する一語一句にとりあえず頷いていたが、実際のところ〝液体人間〟も〝PERSONS〟もピンとこない様子。
働かない想像力にムチを入れるかのごとく、難しい顔で私の説明に聞き入った。
「うまく想像できませんけど、そういうことだったんですかぁ・・・」
「はぃ・・・」
「この(掃除後の)状態が、嘘のようですね」
「まぁ・・・」
「ただなぁ・・・話を聞いちゃうとね・・・」
「・・・」
「聞いてなきゃねぇ・・・」
「・・・」
担当者は、困惑気味。
汚腐呂の画は想像できないにしても、そこが、かなりヤバいことになっていたことだけは、感覚的にわかったみたいだった。
「ここまで訊いといてなんですが・・・」
「???」
「亡くなってたこと以外は、何も聞かなかったことにしていいですか?」
「は!?」
「なんか、細かいことを言うと面倒臭いことになりそうじゃないですかぁ・・・」
「はぁ・・・」
「しばらく空室にして、ほとぼりが冷めるのを待った方がいいと思うんですよ」
「・・・」
「もともと、このマンションは常に2~3室は空いてる状態ですし、大家さんも、それを見越して運用してますから」
「そうなんですか・・・」
担当者は、Good ideaのごとく、〝知らんぷり〟を提案。
以降に発生しそうなゴタゴタを避けたいようで、適当はところで話をまとようとした。
そして、女性にも、それを拒む理由はなく、私の範疇外でアッサリ妥結。
そうして、担当者は、何事もなかったかのように立ち去って行った。
「良いか悪いかは別として、意外な結末でしたね」
「はぃ・・・」
「担当者がああ言うんですから、後のことは、不動産会社と大家さんの責任に任せましょう」
「はい・・・」
「とにかく、引き渡しが済んでよかったですよ」
「はい!ありがとうございます!」
「どういたしまして」
「あと・・・黙っててもらって、ありがとうございました!」
「???」
「お見通しなのは、わかってたんですけど・・・」
「い、いえ・・・ど、どうも・・・」
女性は、背負っていた重荷が降りたのだろう、表情と声のトーンを軽くした。
一方、私の方は怪訝な感情がムクムク。
女性とは逆に、気分も声のトーンも重くなっていった。
「もしかして?・・・」
〝中年男性+風呂+飲酒=心不全〟
勝手な先入観でその方程式を組み、無意識のうちに死因を決めていた私。
しかし、女性の言葉の意味深さに、それを覆すイヤな予感が走った。
「知らなきゃよかったかも・・・」
それとなく、女性の言葉の意味を探ると、イヤな予感は的中。
故人の至福バスタイムを想像して温まっていた気持ちは、冷水を浴びせられたように縮み上がった。
そして、既知と未知の妙に無知の得が交錯し、長風呂にあたった時のような目眩と脱力感に襲われたのであった。
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例によって、事務所に不在がちな私は、その報を外で受けた。
そして、あの汚腐呂の画を頭に浮かべながら、〝今頃、何の用だろう・・・何かあったかな?〟と、少々不安な気持ちが湧いてきた。
「先日は、お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ・・・」
「あれから、不動産屋さんに見てもらいまして・・・」
「はぃ・・・それで、何かありました?」
「えぇ・・・それで、ちょっとお願いがありまして・・・」
女性は、始めから低テンション。
その口はかなり重そうで、そこから、事後処理の難航が感じ取れた。
「何か、問題を指摘されましたか?」
「いえ・・・御陰様で、特に何も言われてはいないんですけども・・・」
「そうですか!それは何よりです!」
「ただ、〝片付けた業者の説明が欲しい〟とのことなんです」
「なるほど・・・そういうことですかぁ」」
「そうなんです・・・」
「わかりました!ここに限らずよくあることなんで、キチンと対応しますよ」
「すみません・・・」
女性は、かなり気マズそう。
その理由にだいたいの見当がついた私は、その課題を早々に片付けるため、会話を核心に寄せた。
「ところで、例の件は伝えられました?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「でも、特に何も言われなかったわけですよね?」
「そうなんですけど・・・」
「・・・」
「亡くなってたことは話したんですけど、詳しいことは・・・」
「・・・そうですか・・・じゃぁ、浴室のことも?」
「いぇ・・・浴室で亡くなってたことは言いましたけど、それ以上の詳しい事は何も・・・」
「じゃぁ、浴槽に浸かっていたこととか、結構な日数が経ってたことは言ってない訳ですね?」
「そうなんです・・・」
案の定・・・
私が抱いていた懸念は、ドンピシャ!
私は、自分の勘の良さに満足することはさて置き、これから遭遇するであろう出来事を想像して、それを憂いた。
「詳しい事、訊かれませんでした?」
「訊かれましたけど、〝よく見てないんで知らない〟とトボケました」
「不審に思われませんでしたか?」
「・・・だから〝業者の話が聞きたい〟ってことになったのかもしれません・・・」
「なるほどねぇ・・・しかし、私は、訊かれたことに嘘はつけませんから、その辺は了承して下さいね」
「・・・」
「○○さん(女性)が、嘘をついたかたちにならないようにしますので」
「はぃ・・・」
女性は、私が口裏を合わせることを期待していた感じ。
しかし、私にはそのつもりはなく、女性がそのことを口にする前に釘を刺した。
それから、数日後。
私と女性は、不動産会社の担当者が来る時刻の少し前に、現場で待ち合わせた。
私のアドバイスを一部無視したことに加え、私に新たな雑用をやらせることになったことに罪悪感を覚えたのだろう、女性は平身低頭。
ただ、女性の心情も充分に理解できるものだったし、女性の物腰に気の毒さを覚えた私は、本来の性格とはかけ離れた、青竹を割ったような性格をつくって対応した。
当初、故人のプライベートなことは話たがらなかった女性だったが、この局面では、逆に〝話しておいた方が無難〟と考えたよう。
私が細かく質問をした訳でもないのに、故人の個人的な話や自分と故人の関係等を話してきた。
ただ、私は、家財生活用品を片づける段階で、氏名・性別・年齢・職業など、ある程度の故人情報は得ていた。
わからないのは、死体検案書に書かれた死因と故人と女性の関係ぐらいで、それもまた、それまでの経験を材料にして、大方の察しをつけていた。
そういう訳で、女性の話にはほとんど新鮮さを感じなかったのだが、話す側からすると、せっかくの打ち明け話に反応が薄いと寂しいはず。
私は、終始、〝初耳〟のフリをして相槌を打った。
故人は、中年の男性。
女性の夫・・・法的(戸籍上)には〝元夫〟。
どうも、仕事に失敗したようで、そのために離婚・別居。
ただ、経済的・社会的な事情があってそうなっただけで、心的関係は変わらず。
電話で話すのは日常的なことで、顔を合わせることも珍しくなかった。
故人にとって、風呂に浸かりながら酒を飲むのは長年の習慣で、格別の楽しみだった。
ただ、身体のことを考えて、一回に飲む量は二合に自制。
しかし、離婚・別居してからは、その量が明らかに増えていた。
自分一人の力では自制心を維持できないのが人の常・・・私は、汚腐呂場に、数個の空カップが転がっていたことを思い出して複雑な心境に。
そして、その後に起こったことを想って、深呼吸にも似た深い溜息をついた。
そうこうしていると、不動産会社の担当者が現れた。
若々しい軽快さを感じながらも、業界経験をそれなりに積んでいることも感じさせる雰囲気。
その物腰は低姿勢で礼儀正しく、その好印象は、以降の展開に楽観的な期待感を持たせてくれた。
我々は、決まりきった挨拶を交わして、早速、部屋の中へ。
過日、既に中を確認していた担当者は、〝部屋の見分〟よりも、〝私の話を聞く〟ことが目的のよう。
更には、〝業務上の役目〟というよりも〝個人的な好奇心〟といった姿勢を前面にだし、事細かく私に質問をぶつけてきた。
私は、傍にいる女性の心情に配慮し、同時に担当者の心象を考慮して、露骨(グロテスク)な表現をできるかぎり回避。
それでいて、喋ってる内容が嘘にならないよう注意しながら自分が格闘した状況を説明。
しかし、私が目と鼻で感じたことを口で表現することも、担当者がそれを耳で理解することにも限界がある。
担当者は、私が発する一語一句にとりあえず頷いていたが、実際のところ〝液体人間〟も〝PERSONS〟もピンとこない様子。
働かない想像力にムチを入れるかのごとく、難しい顔で私の説明に聞き入った。
「うまく想像できませんけど、そういうことだったんですかぁ・・・」
「はぃ・・・」
「この(掃除後の)状態が、嘘のようですね」
「まぁ・・・」
「ただなぁ・・・話を聞いちゃうとね・・・」
「・・・」
「聞いてなきゃねぇ・・・」
「・・・」
担当者は、困惑気味。
汚腐呂の画は想像できないにしても、そこが、かなりヤバいことになっていたことだけは、感覚的にわかったみたいだった。
「ここまで訊いといてなんですが・・・」
「???」
「亡くなってたこと以外は、何も聞かなかったことにしていいですか?」
「は!?」
「なんか、細かいことを言うと面倒臭いことになりそうじゃないですかぁ・・・」
「はぁ・・・」
「しばらく空室にして、ほとぼりが冷めるのを待った方がいいと思うんですよ」
「・・・」
「もともと、このマンションは常に2~3室は空いてる状態ですし、大家さんも、それを見越して運用してますから」
「そうなんですか・・・」
担当者は、Good ideaのごとく、〝知らんぷり〟を提案。
以降に発生しそうなゴタゴタを避けたいようで、適当はところで話をまとようとした。
そして、女性にも、それを拒む理由はなく、私の範疇外でアッサリ妥結。
そうして、担当者は、何事もなかったかのように立ち去って行った。
「良いか悪いかは別として、意外な結末でしたね」
「はぃ・・・」
「担当者がああ言うんですから、後のことは、不動産会社と大家さんの責任に任せましょう」
「はい・・・」
「とにかく、引き渡しが済んでよかったですよ」
「はい!ありがとうございます!」
「どういたしまして」
「あと・・・黙っててもらって、ありがとうございました!」
「???」
「お見通しなのは、わかってたんですけど・・・」
「い、いえ・・・ど、どうも・・・」
女性は、背負っていた重荷が降りたのだろう、表情と声のトーンを軽くした。
一方、私の方は怪訝な感情がムクムク。
女性とは逆に、気分も声のトーンも重くなっていった。
「もしかして?・・・」
〝中年男性+風呂+飲酒=心不全〟
勝手な先入観でその方程式を組み、無意識のうちに死因を決めていた私。
しかし、女性の言葉の意味深さに、それを覆すイヤな予感が走った。
「知らなきゃよかったかも・・・」
それとなく、女性の言葉の意味を探ると、イヤな予感は的中。
故人の至福バスタイムを想像して温まっていた気持ちは、冷水を浴びせられたように縮み上がった。
そして、既知と未知の妙に無知の得が交錯し、長風呂にあたった時のような目眩と脱力感に襲われたのであった。
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