特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

人情味(前編)

2009-05-19 17:07:18 | Weblog
人間関係は、社会的動物である我々が生きていくうえで必要なものではあるけど、時に、煩わしいものでもある。
無人島に一人きりでは困るけど、人間社会にあっての一人きりは、わりと心地よかったりする。
特に、人と関わることを苦手とする私のような人間はそう。

いつの頃からか、私は、人間関係に楽しさを覚えることよりも、疲れを覚えることの方が多くなってきた。
〝仲間とワイワイ〟といったノリは歳とともになくなり、一人で静かに過ごすことを好むようになってきた。

今更、社交的なキャラにはなれないけど、とにもかくにも、人は一人では生きられないものなので、好む・好まざるに関わらず、一定の人間関係は保持しなければならない。
どうせ関わらなければならないなら、できる限り、愛と・誠と・善と・情をもとづいた関係をつくりたいものである。


調査を依頼された現場は、細い路地を迷路のように巡った奥にあるアパート。
私は、塀や電柱に当てないよう、車を慎重に徐行させた。

ナビが目的地指定したアパートの前には、何人かの年配女性達が屯。
議題は、意味のない雑談と噂話だろうか、どこの地域でも見られる井戸端会議をやっているようだった。

「こんにちはぁ」
マスクと手袋を見て、私が何者かわかったのだろう。
女性達は、車を降りて挨拶した私に軽く会釈。
アパートに歩く私に、好奇に感じる視線を送ってきた。

「ボロボロ・・・」
そこは、〝超〟をつけてもいいくらいの老朽アパート。
思わず眉を顰めてしまうくらいの建物だった。

「どの部屋だ?」
一般的なアパートなら、部屋番号は〝102〟とか〝203〟と表記。
しかし、このアパートの部屋は全て一桁の通し番号で記されており、私は教わっていた部屋番を探すため、端から順に一戸一戸を確認した。

「この部屋か?」
錆び付いた鉄階段を上がった二階に、目的の部屋を発見。
いつもの異臭が漂う玄関前に立って、とりあえず、外観を観察した。

「だいぶ、いるな・・・」
窓の内側には、大きく成長した無数のハエ。
それが、死んだ人間から出たとは思えないくらい活発に蠢いていた。

「貧困・・・」
足下には、ドアポストからハミ出たチラシや郵便物が散乱。
その中に混ざる公共料金や消費者金融の督促状が、故人の逼迫した暮らしぶりを代弁していた。

「失礼しま~す」
部屋は、〝オープンルーム〟。
泥棒を警戒する必要もなく、鍵は開いたままになっていた。

「予想通りだな・・・」
間取りは、シンプルな1K。
外観と同じく、中もかなり老朽。
小さな流し台と狭い和式トイレがあるだけで、風呂はなし。
窓も木製で、昭和30年代の佇まいがそのまま残っていた。

「随分、汚いなぁ・・・」
古い部屋でも、整理清掃が行き届いていれば、それなりの趣があるもの。
しかし、この部屋は、ゴミが散らかり放題の上、住人が腐乱していたものだから、〝趣〟どころの話ではなく、ただただ惨状を晒すのみとなっていた。

「これも、〝シンプルライフ〟って言うのかな・・・」
散らかっているとは言っても、家財生活用品は少量。
そこからもまた、故人が質素な生活を送っていたことが伺えた。

「でも、自殺じゃなさそうだな・・・」
人痕は、布団の上に残留。
警察が掛けていったであろう毛布の端からは、腐敗液の一部が顔を覗かせていた。

「うへぇ~・・・」
毛布をめくってみると、下からは、黒茶色の人型がついた敷布団。
更に、そこには、千万?億万?のウジが山盛ライスのように潜伏していた。

「畳もダメか?」
私は、敷布団の隅を指先で摘み上げた。
すると、その下にはビニールシート。
除湿?防カビ?失禁対策?・・・何のためだか、それは、以前から敷かれていたらしく、その御陰で、畳は何とか無事だった。


一通りの見分を終えた私は、数匹のハエとともに外へ。
井戸端会議を続ける女性達の視線を感じながら、車に乗り込んだ。

そして、まずは、不動産屋に電話。
部屋の中で見たことを、素人にも理解しやすいよう例を用いて説明した。
次に、大家に電話。
ショックを与えないよう、不動産屋に話たのと同じ内容のことを、表現を柔らかくして話した。
最後は、遺族である故人の母親に電話。
心を深く傷めていることを想定して、慎重に言葉を選びながら、部屋の状況を伝えた。

「業務責任は果たしている」
「原状回復費用は、当社が払う筋合いのものではない」
これが、不動産会社の言い分。

「生活も苦しそうだったので、家賃の滞納も大目に見てきた」
「後始末の費用までは負担できない」
これが、大家の言い分。

「少ない年金で、やっと生活しているような状態」
「貯金らしい貯金もないし、費用を負担したくても負担できない」
これが、母親の言い分。

「安くやるにも限界がある」
「代金がもらえないなら、作業はできない」
これが、私の言い分。

それぞれにそれぞれの立場と思惑があるのは、然るべきこと・・・
皆、唸ってばかりで、結論を得ず。
結局、その時点で、手を挙げる人は誰もおらず、現場に手のつける術を得られないまま電話は終わった。


八方ふさがりの状態になった私は、その場でしばらく黙想。
本件はそれで放るか、それとも次の手を考えるか、悶々と考えた。

ふと気がつくと、外に屯している女性達が私の方に視線をチラチラ。
どうやら、私に訊きたいこと・話したいことがあるよう。
私は、野次馬的な質疑には応答するつもりはなかったけど、近隣住民の考えを把握しておくことも必要と考え、笑顔をつくって車を降りた。


亡くなったのは、中年の男性。
死後二週間で発見。
それなりに腐乱が進んでおり、搬出時は、近所を巻き込んでの大騒ぎに。
そうして、遺体は何とか搬出されたものの、その後、積極的に後始末をする人は現れず。
そんな中で、悪臭は近所に漏洩し続け、窓につくハエは日に日に増殖。
その状態に、女性達(他住民)の不安も増殖。
不動産屋と大家への苦情も虚しく、部屋は放置されたまま、更に二週間が経過していた。

故人が、このアパートに暮らした期間は、十数年。
その生活は、最初から質素。
見栄を張ることもなく、強がりを言うこともなく、慎ましく生活。
その間、近隣住民達とも仲良く付き合っていた。
しかし、それが、ある時期を境に一変。
正職をなくして収入が不安定になったのを機に、故人は少しずつ人付き合いをしなくなり、そのうち、人目を避けるように。
亡くなる直前の数ヶ月は、外への出入りも見受けられなくなり、近所の人が故人の姿を見かけることもほとんどなかった。

故人は、晩年、一段と困窮した生活を強いられていたよう。
家賃の滞納をはじめ、水道光熱費の支払いもままならず、電気とガスを止められることもしばしば。
水道だけは、アパート全室の共同栓だったので、故人の部屋だけ止められることはなかったが、故人は、この費用も払わず、他住民の費用負担に便乗してタダ使用。
そんな故人が住民達から顰蹙をかわないわけはなく、その関係は、おのずと悪化していった。


住民達は、そんな故人のことが気にならない訳ではなかったが、一人一人、自分の生活を守っていくことで精一杯。
付き合いたがらない故人の意思を侵してまでお節介をやく余裕は誰にもなかった。
そうして、故人の存在は、次第に、誰の気にも留まらない稀薄なものに。
そんな状態での死は、早くに気づいてもらえるはずもなく、結果、気づいてもらえるまで、二週間を要したのであった。


そんなつもりはさらさらないのに、私は、関係者の話を聞くうちに、故人の代理人のような位置づけになりつつあり・・・
何の打開策も・そのヒントも持たないのに、大家・不動産屋・遺族(母親)・住民、四方の間を取り持つことを期待されているようにも感じられ、その後、増々困窮してしまう私であった。

つづく






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