特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

命根・命花 ~続・Flight~

2009-04-04 09:24:53 | Weblog
もう四月。
春も本番。
冷え込みが和らぎ・暖かさが増し、陽も少しずつ延び・夜明けも早まってきている。

春の到来は、冬季の朝鬱を患う私には大歓迎なのだが、問題もある。
ここ二週間くらい、極度の不眠症に陥っているのだ。
更に、頭痛・食欲不振etc・・・

春を迎えて、私の中で何かが芽吹いているのか・・・
冬眠していた何かが目を覚ましたのか・・・
もともとの不眠症に輪がかかり、深刻な状態。
寝付きはいいのだが、早朝(夜中)に覚醒。
目が冴えたまま明け方を迎え、やっと眠くなったかと思ったら起床時刻。
そんな困った(弱った)状態なのだ。

そんな具合だから、このところ、昼間っから目がショボショボ。
頭も、回転が鈍化してボーッ。
常に軽い睡魔に襲われているような状態で、なかなかツラい日々を過ごしている。

ただ、そんな私にも、柔らかい元気を与えてくれるものがある。
満杯の酒・・・じゃなく、満開の桜だ。
これから一週間が見頃らしいが、〝桜好き〟の私にとって、それは格別の眺め。
欲を言えば、〝ゆっくり花見〟といきたいところだが、現実は、通りすがりに眺める程度。
それでも、何ともいえない快感覚をもって、私の心をプラスにもっていってくれる。
ありがたい春の風情だ。


母親との電話を終えてしばらく後、不動産会社の担当者から電話がかかってきた。
予定通り、母親は、私との電話が終わってすぐ、連絡を入れたよう。
そして、相続を放棄する旨を伝達。
言葉の端々には謝罪の意が混ぜられていたが、その口調は事務的で、一方的なもののようだった。

一方の担当者は、そうなることを全く予期しておらず、〝寝耳に水〟。
そんなことが罷り通ることが信じられず、唖然。
返す言葉もそのための知識もなく、ただ母親の言うことに返事をするのが精一杯だった。

「大家さんのプレッシャーが、藪蛇になりましたかね?」
「少なからず、影響したでしょうね・・・」
「困りましたよ・・・」
「資産補償や慰謝料の類はさて置いて、物理的な原状回復だけでも請求されたらいかがですか?」
「でも、それだけでも、相当の費用がかかるでしょ?」
「まぁ・・・アノ状態ですから・・・」
「多分、〝うん〟とは言わないでしょうね・・・」
「責任を感じていないわけではなさそうですから、打診するだけしてみたらどうですか?」
「・・・ですかねぇ・・・」
本来の権利義務者は、故人。
しかし、当人がいなくなったため、事後処理の責任は宙を浮遊。
〝母親が責任を負うべき!〟と断言できる根拠もない。
しかし、このままでは、大家が気の毒。
私は、部屋の原状回復だけは母親の責任で行われることを期待した。

「こんなことって、普通、あり得ないでしょ?」
「いや・・・多くはありませんけど、たまにありますよ・・・」
「え゛ー!そんなバカな話があるんですか!」
「法律上は、正規に認められた権利ですからね・・・」
「でも、さすがに、このまま黙って承知する訳にはいきませんよ!」
担当者は、全然納得できない様子。
母親を責める手だてがないことを承知しつつも、諦めきれない感情を抱えて苛立っているようだった。

「契約の保証人は?」
「それがですね・・・」
「母親じゃなくて、保証会社を使ってたんですよ・・・」
「そうなんですか・・・じゃ、(母親を責めるのは)尚更、難しいですね」
「ん゛ー・・・」
故人(娘)の自死を予感していた訳ではないだろうが、母親は、賃貸借契約の保証人にはなっておらず保証会社を利用。
ただ、保証会社が担うのは家賃滞納時の補償のみ。
部屋の原状回復は、まったく範疇にないことだった。

「大家さんはどうです?」
「それが・・・状況が呑み込めないみたいで・・・」
「はぁ・・・」
「とにかく、〝責任はとってもらう!〟の一点張りなんです・・・」
「・・・」
「娘がこんなことしでかしといて、何もせずに逃げるなんて、普通じゃ考えられないじゃないですか!」
「まぁ・・・」
「理解できるはずないですよ!」
「・・・」
母親の相続放棄に、大家も唖然。
そんな権利が母親に認められること、そして、それが自分にどういう事態をもたらすのか、現実のこととして理解できないらしかった。

そんなこんなで、話は煮詰まる一方。
いつまで話してても結論に達し得ないのは明らかで、我々は、再度、現場に集まることにして話を締めた。


約束の日時、私は再び現場へ。
大家と担当者は、約束通り現れたが、当然、母親は来ず。
それでも空気はピリピリと張りつめ、そんな中で、話は始まった。

部屋を放置したところで、状態は、悪くなることがあっても良くなることはない。
それは、腐乱死体現場に見識がない二人も、容易に理解。
短い話し合いの結果、トイレの特掃と消臭消毒だけは急いでやることに。
そうして、私は、その作業を請け負った。

「ところで、費用はどなたが?・・・」
その場は、お金の話をしにくい雰囲気。
しかし、無償ではやれない私は、浮くことを覚悟で費用負担の話を持ち出した。

「それは・・・」
担当者は、口を濁しながら視線を大家へ。
それ以上は言及せず、大家に返事を譲った。

「私が払います!」
私に対して向けられたものではなかったが、大家は、不満感情を丸出し。
鬱積する悔しさを吐き出すように、そう言った。


ほとんどの現場に共通することだが、特掃に着手する際、特有の嫌悪感を覚える。
特に、自殺現場はそれが強い。
この時は、特に、母親の相続放棄にも大きく引っかかるものがあったので、それが尚更だった。
しかし、請け負った仕事は完遂しなければならない。
私は、最初は余計なことを考えないようにして、機械的に腐敗液に手をつけた。

雨戸が閉められた部屋は、不気味な暗闇。
狭いトイレを照らすのは、小さな蛍光灯のみ。
そんな静寂の中での作業は、心身に堪えた。
しかし、仕事を完遂するまで後には退けない。
労苦と恐怖感と嫌悪感をグチャグチャに混ぜ、生きる糧と使命感に作りかえ、特掃魂を燃やした。


「ニオイは残ってますけど、見た目はきれいになりましたよ」
「そうですか・・・」
「家財生活用品はどうしますか?」
「処分するにも、それなりの費用がかかるでしょ?」
「それは、まぁ・・・」
「片づけたところで人には貸せませんし、ゆっくり考えて少しずつやりますよ・・・」
「はぃ・・・」
「ただ・・・七輪だけは持って行っていただけると、ありがたいんですけど・・・」
「はい・・・わかりました」
「すいません・・・」
大家は、〝冷静さを取り戻した〟というより〝元気をなくした〟といった様子。
当初のハイテンションとのギャップが大きく、その様が気の毒に見えた私は、誰もが嫌がる七輪の処分を二つ返事で承諾した。

それから後・・・
家財生活用品は、全て処分。
建具・備品も取り外し撤去。
そして、トイレをはじめ、すべての内装を解体。
最後に残ったのは、基礎コンクリートが剥き出しの四角いスペース。
そして、それは、住居に戻る予定もなく、無期限で放置されることになったのであった。


あれから、しばらくの時が経つ・・・
その後、アノ部屋は、原状を回復し、誰かが何事もなかったかのように暮らしているかもしれない。
そして、本件に関わった人々はもそれぞれの人生を歩いていることだろう。
母親も、大家も・・・
古い過去を捨て、悩める今を生き、新しい未来を描きながら・・・


今思うと、コンクリートの箱と化した部屋は、花ビラが散った後の桜と重なる。
独特の淋しさと虚無感がある中でも、再生・新生の希望がある。

花が散っても葉があれば、
葉が枯れても枝があれば、
枝が折れても幹があれば、。
幹が倒れても根があれば、
すべてを再生するチャンスを持つ。
根があれば強い幹も・しなやかな枝も・鮮やかな葉も・美しい花も生むことができる。
しかし、根を失っては、幹は幹でなくなり・枝は枝でなくなり・葉は葉でなくなり・花は花でなくなる。

美しいのは花ビラだけではない。
葉には葉の・枝には枝の・幹には幹の美しさと価値がある。
そして、その基は、誰にも気づいてもらえず・陽も当たらず・冷暗の中にあり・泥まみれになって汚れた根・・・つまり、〝命〟そのものにある。
そして、それこそが、命の花なのかもしれない。




公開コメントはこちら


特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。

◇お問い合わせ先◇
0120-74-4949(24時間応対いたします)
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« Flight ~母の苦悩(後編)~ | トップ | ゴテゴテ »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Weblog」カテゴリの最新記事