菊に。
十月に入ると、菊があちこちで目に入る。
わたしだけの感じ方なのかもしれないが、菊の香りは、和箪笥のなかにしまわれた和服の匂いに似ている。
藤澤樟脳の匂いが沁みこむ厚手のたとう紙、そうして袷のやわらかものからたちのぼる香り、菊のそれに通う。
樟脳と絹と、それから箪笥じたいの匂い。
それに、振袖、留袖、小紋などに多用される華やかな友禅模様の極彩色が連想にあやなされ、わたしの抱く菊花のイメージを重厚なものにしている。
更級日記の作者が、初めて祐子内親王家への宮仕えに参上した秋の一夜、菊襲(きくがさね)の袿(うちき)に装った、と。
白いきものを三枚、その上に蘇芳いろの濃淡を取り混ぜた八枚がさね、さらに紅の練絹の表着(うわぎ)という正装は、秋の風情そのもの。
しっとりした彼女の雰囲気によく似合ったことだろう。
街のそこかしこ、さりげなく咲いている野菊群菊、正装する前の、かるい装束の女人のよう。