雪香の星月夜日記

山口雪香の歌がたり、ささやき、ひとりごと

触れ合へば鼓動はガラス飾らずにはなびらひらく君に委ねて

2011-10-29 14:39:06 | Weblog



  はなびらに。





 今日はさわやかに晴れ渡り、きれいな光りが空にもあたりにも透けていた。

 窓ガラスなどを拭く。


 ずいぶん前の大嵐で、潮風はここまで海の塩を運んだ。そのガラス曇りをぬぐいとり。



 CELLOでは、ヴォカリーズも奏いている。

 この曲の印象的な出だしを、いつも「こころがふるえるような音で」と諭されたことを思い出しながら。

















 
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美(は)しき骨となるまで言葉えらびつつ母の昔に茶碗など洗ひつ

2011-10-28 19:05:49 | Weblog



 ふと夜に。もしかしたら、








   ぬばたまの黒羽蜻蛉は水の上母に見えねば告ぐることなし         齋藤史さん




 こんなフレーズが、心のどこかに籠もる?。















 
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夭折の翳さへ薔薇は透きとほる追想LiliのNocturne奏く

2011-10-26 13:38:58 | Weblog

 

 今日は、まるごとのお休み。


 朝からこまごまと片付けものなど。



 あいまに、また違う楽曲をお稽古始める。


 以前奏でていたものを、もういちど手のなかにとりもどそう、という程度だけれど。


 好きな小品いくつか。そのひとつ、リリィ・ブーランジェの「夜想曲」


 天才肌の作曲家だった彼女は二十歳そこそこでローマに留学。まもなく当地で客死。

 結核だったそうだ。



 リリィのお姉さんは、やはり早くしてみまかったピアニスト、ディヌ・リパッティの恩師、ナディア・ブーランジェ。


 みじかいけれど、デカダンスなフランス音楽の要素がたっぷりと凝縮されていて、昔はその理解がむつかしく、困惑したものだ。


 あれから何年もたって、わたしの心の容量は、すこしは大きくなったろうか?


 同じフレーズ、同じ演奏家でも、こころのありかたによって、奏でる音色はちがって聴こえる、ような気がする。


 まるで幾重にもひらいた薔薇のはなびらを撫でるようなこまやかな連音符では、なめらかに指が奔って、よい音を響かせてくれるとうれしい。


 まだ、とてもたどたどしい。





 
 
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そのままに見つめしものは離れぬをかなしみなればきよらに刻む

2011-10-25 19:36:01 | Weblog



 遠ざかるいろいろな景色に。














 アリステア・マクラウドというカナダの作家を、最近知った。


 1936年うまれ。苦学して博士号を取得し、三十年ほどの間に、短編16、長編1作という寡作なひと。


 新潮社から上梓されていた短編集のひとつ、『冬の犬』を、たまさか読み、感動してしまった。


 素材はどれも、とても素朴でナチュラルな人間と動植物の生の営み。

 スコットランドから移住してきたケルト人の伝統を持つ作者は、まるで古代びとのように質朴で鋭敏なまなざしを保ち、ひとつひとつの掌編をどれも、極端なアクセントや感情移入過多の着色を加えることなく、清冽につむいでゆく。

 それでは地味な作風のかというとそうではなくて、わたしの読後感では、このひとは、まるで壮大なパノラマを眺め渡すように、森羅万象を俯瞰しているかのように感じられた。人間も、動物も、森も、魚も、鳥も、なにもかも自然の大いなるめぐりのなかでは、まったく均等で、ひとつひとつの存在に優劣などない、という。

 書評なんておこがましくってできないので、かんたんな感想。


 たぶん、これからも日本ではメジャーにはならないだろう。

 カナダでは、彼の長編がベストセラーになったそうだ。


 気になるので、もう一冊の短編集『灰色の輝ける贈り物』を読んでみることにした。



 そのときは、もうちょっとまとまった文章が書けるかしら。

 


 

 

 
 

 


 










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万聖節しっぽ落ち葉にひらひらと悪さゆるして妖精跳ねる

2011-10-24 17:50:07 | Weblog


 ハロウィーンに。


























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銀凪の胸やはらかに沈むごと誰が恋しきひかり満つ潮

2011-10-22 16:49:01 | Weblog


 ひさびさに海辺へ。



 静かな満ち潮だった。




 波濤がうちよせ、砕ける音に、かもめの声が遠く近く聞こえた。





 海の時間、人間の時間、空の、大気の。


 



 いいえ……時間の箍を持つのは人間だけ。風景は、ただめぐりめぐる。
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かりそめのぬくもりにしても風景は樹々なだらかな空を持ってる

2011-10-20 16:17:09 | Weblog


 風景に




























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日々つむぐ真綿のやうに歌は君への距離いたはりつ影もしずかな

2011-10-19 09:51:46 | Weblog


 ひととひととのあはひ。



 秋と冬のさかいめ。



 今、うっすらとした影の淡い初冬の光り。






















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星の座を超えてきらめき視野果てず那由多翔びゆく冬の阿修羅よ

2011-10-17 17:26:33 | Weblog


 SFちっくな歌になってしまった


 このごろ、夜空を見上げると、大気が澄みとおって月星のひかりがさやか。


 オリオンも昇る季節。







 シャルケンを終えて、ほっと。


 語りとチェロ演奏をすべてソロで演じるのは最初の試みだった。


 お稽古や舞台は日常の業務同様、一生懸命、ベストを尽くす、それはあたりまえのこと。


 そのいっぽうで、お客様の入りは、どうなるかなあ…と、心配だったけれど、予想以上にお出でいただいて、うれしかったし、びっくりした。


 中でも、去年に続いて、ケアワークでの先輩方がさらに何人もお越しくださり、ちょっと、どぎまぎ。

 楽しんでいただけたらうれしい。

 ふだん、日常と、非日常の境界のけじめは付けて働いているいるつもりだけれど、傍目には違和感もさぞ、と察してきた。


 歌や演奏、お芝居にたずさわっているから、業務が鈍い、などと評価されたくない。


 
 ひとりよがりでなく、ちゃんと結果が出せる「一生懸命」を続けたいと思っている。






 二日め、椿さんの演奏を聴きながら語り、夢のような気持ちがした。


 たぶん、ここにいるほとんどの方がご存知ではないけれど、彼は、数年前に、事故で左手に重症を負い、チェリストとして再起があやぶまれた。じっさい、もう演奏不可能だろうと、みんな思ったはずだ。


 でも、不屈の精神と忍耐、努力で復活し、そんなこと微塵も感じさせない芸を披露し続けている。

 わたしは、芝居が終わったあと、すこしおしゃべりして、そのことに触れたかったけれど、椿さんに気兼ねして言えなかった。

 椿さんは、そういう話題の吹聴を嫌うので。


 わたしには、でも、自慢ではないし、贔屓目ではないし、遠方からわざわざお越しいただいた方に、そういう「強靭な意志」の音色を聞いていただいた、とお伝えしたくもあった。

 
 椿さんの発する「不屈のエナジー」を。もしかしたら、お聴きになった方の「元気の素」になるかもしれないから。



 椿さんのかたわらで語りながら、わたしは、時のへだたりの遠さを、思った。


 今のわたしにあるべき心のスタンスを測りながら、一瞬ごとの音を聴き、声を紡いだ。


 椿さんの周囲には、相変わらず、女性、ことにあたらしい若い世代のお弟子さんたちが、また集まっている。





 距離を置いて、わたしはそういう方たちを、曇りのないまなざしで眺めている。






 この歌は光瀬龍さんの「百億の昼と千億の夜」のヒロインから(古い?


 萩尾さんの漫画もよかった。もっと長編で連載して欲しかったなあ。



 よしなしごと、ながながと。





 読んでくださってありがとう。御不快になりませんよう。





 


 








 

 


 

 

 

 
 
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雨のうら逝きし夜語り薔薇はほのか幻影のまま君にあふれむ

2011-10-14 19:02:49 | Weblog


 ローゼ・ヴェルデルカウストに。




 シャルケンのヒロイン(?)




 さらわれてゆく少女。なぜだろう、ファニュの書く女性たちは、それが幽霊でも魔物でも、繊細でやわらかく……おそろしげなものがない。


 ファニュの女性像が、きっとそうだったんだろうなあ。















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アルファポリス