雪香の星月夜日記

山口雪香の歌がたり、ささやき、ひとりごと

春風の耳に触れくる海は今たんぽぽ近く飛び跳ねひかる

2015-02-28 09:07:11 | Weblog


 

 春の海に。

 春風の音があらい。由比ヶ浜から稲村ヶ崎にかけて、波のうねりの屈曲が目に見えるような音だ。

 サーファーもたくさん遊んでいるに違いない。






 久しぶりに海を見たいと思うけれど、軽い風邪気味で自重。


 

 さて、


 「カフェ・アンジェリコ」(チェリー・トート・ロード第11話)を「さゆらもゆらに水晶虹彩」にアップしました。



 週末、お時間ありましたらおのぞきください。










 
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虹をひらく濃きうつそみのなめらかにひたと水吸ふいのちうつくし

2015-02-27 15:21:30 | Weblog


 虹色の虫に

























 今日も丁寧に過ごす。









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未来(757)二月号

2015-02-26 17:00:49 | Weblog


 うすい色の虫が浮かんだ水をすてすぐに何かが浮かぶ水くむ


 さんざんな喧嘩のあとに降る雪のやうにやさしい白を見ている


 夕窓にぼんやり映るわたくしの中の日暮れを猫が動けり              木下こう





 ふくろふの首のくるりとうしろなる闇深きかな秩父の森は


 廊下にも小暗き辻のありにけりちひさき祖母とわれは行きあふ


 柘榴重く撓みてあれば地中より赤きをひとつ欲る手も見えて           岩岡詩帆






 蒼鈍のひといろにしてなにもみえずただ渺渺と海に吹く風


 おもふよりさきにこぼるることばあり胸の奥処に結界をはる


 こころわづかささくれたちぬくらぐらと夢をうつつが模倣してゆく


 海崩ゆる鈍のうねりをかへしつつ降る雪を吸ひふるゆきをすふ          佐藤薫





 三歳半宙に置かれて危惧はあり 燃料棒は下ろされにけり


 〈天も病む〉荷をかかふればふくしまに内向きとなる選挙はありて


 ふくしまに住んでる人の気がしれない ニッポン人に言はれてもねぇ


 〈八十年生きれば そりゃあ〉と笑まひつつなほ老いさびぬ姉とゐるなり    佐々木喜代子




 『私』といふ未完の書物に余白あらば書き継ぎゆかむ日々の喜び        雅風子



 明け暗れに海黙したり鶺鴒は腹の白きを波の上に見す


 切り岸の冥きにありてつはぶきは点描のごと黄花を零す            佐藤伊佐雄



 
 一人抱きひとり背負ひて歩みゆく母よ我らもかく育てしか


 血のとまらぬ猫を撫でつつ死んでゆくのを見るしかなかった


 どんなにか悲しかったらう無視されて無視した方はもっと悲しい        高田芙美



 

 我が知らぬわれの背よ霜月の光を浴びて佇ちつくすとき

 
 落葉踏み歩める人よ身にいくつゆずれざるもの持ちて来たりし


 すみれ色の空に象牙の月光り金の一樹は葉を落としつつ


 人ならば涙流すを極まりて葉を落としゐる金の銀杏樹


 雪降るは詩の降れるなりとほくより我に来て添ふひとつ面影          後藤雪乃

   
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母を見るわがまなざしのさえざえと彼方を想ふ静けさを見よ

2015-02-25 06:29:06 | Weblog


 今日もていねいに過す。


 母の具合がまた悪くなってきたらしい。


 あと十年くらいは生きていてほしいものだけれど。




 


 だけど、こうして病んだ母を心から愛しく思える時間に感謝する。




 今日を生きる力を、神よお与えください。
















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だいすきなこと

2015-02-24 08:54:03 | Weblog

こわれちゃったお人形

 みんなが蹴とばすの

 こんなのいらないやって

 あたしはその子をひろってかえった

 ぼろぼろの髪や、汚れた顔

 花模様のハンカチで包んで

 箱に入れて寝かせた

 夜にはお休みのキス

 誰がキスするの?

 道端にこの箱を戻したら

 きっとみんながまた蹴とばす


 あたしは蹴飛ばされた子をまたひろう


 お人形って生きてないから人権がないの

 だから踏んずけてもいいんだ

 悲鳴をあげないから

 自分の憂さ晴らしに

 何してもいいんだって


 ほんとう?


 かわいそうなお人形

 道端には返さないで

 ずっとあたしのところに置いておこう


 だけどあたしも意地悪

 もしかしてこの子がいじめられるのを見たくって

 また放り出すかもしれない


 だいすきなお人形


 かわいそうなお人形


 あたしお人形を撫でる

 洗ってあげて

 キスしてあげて、


 あたしの人権を分けてあげよう


 そしたら


 そしたら


 お人形はだいじにされるかな


 こわれちゃったお人形

 捨てられた



 花模様のハンカチで、

 この子を包んであげて


 だいすきなこと

 うたって








 
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親王飾り

2015-02-23 18:33:21 | Weblog


 雛人形が届いた。


 1965年生まれのわたし、2015年にふたたび新しいお雛さまを飾る。リバース、と微笑む。

 オルゴールはサービスとか。智美、は本名。雪香にしてもよかったけれど両親からもらった名前に、と。



 これは母が一目ぼれしたお人形。意外なことに母の好みとわたしの好みがぴったり合った出会い。



 キャッシュを渡して、そのおつりに偶然8888のゾロ目が出た。


 この数字の並びはエンジェルナンバーではいろいろいい意味のようでうれしい。あたるといいなあ。



 神さまも、試練ばっかりじゃなく、ちょこっとごほうび欲しいです、なんちゃって、また笑ふわたくし。あ、いえいえ。


 毎日、感謝。




 


 
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やはらかに微笑(ゑまひ)ささげむ朝と海の透きとおるばかりの顔とならまし

2015-02-23 09:05:39 | Weblog


 ものぐさカトリック信者のわたし。



 今はキリスト教暦の受難節、何かを神にささげるべき期間。この期間、肉食を禁じる方もいらっしゃるそうだ。


 わたしは恥ずかしながら体力勝負の仕事なので、食事制限はちょっと。


 何がお捧げできるかなと考えた。



 自分にも、周囲にも価値のある捧げものでなければいけない。



 だから、わたしにとって今いちばん美しい表現をキリストにお捧げしよう。

 笑顔。




 ほほえみ。




 平均寿命八十何歳として、わたしに残された現世の時間は三十年あまり。


 二十歳から今までは、ほんとにふりかえればあっという間に過ぎた。好悪とりまぜ、充実した人生だった。


 これからの三十五年もきっとあっという間に過ぎる。


 
 だから、この短い日々を主キリストがおっしゃったように「いつも笑って、喜んで過ごす」ことにする。

 笑顔の時間の方が多かった、とみまかるときに思うように。



 わたしの周囲のひとたち、笑顔がたしょうぎこちなくても、勘忍してね。



 笑顔は最高のメイクアップでしょ?




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葡萄のシュガービーズアクセサリー

2015-02-22 20:33:48 | Weblog

 コスチュームジュエリーアーティストの萩原全美さんのお家にうかがって、ネックレスとイヤリングを作りました。

 マンツーマンで、ぜいたくな時間でした。

 エネルギッシュで社会的な視野もダイナミックな女性です。母へのプレゼントも彼女に依頼して作っていただきました。


 自分の生き方をしっかりつかんでいる人は強いなあ、と確認したひとときでした。


 











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今日は今日立てば寄り添ふ春雨よ樹々草花のうたひ出す雨

2015-02-22 09:39:17 | Weblog


 今日に、ふと。








 みなさん、よい一日でありますよう。



















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内裏雛ふたたび購ひて我生(あ)れし日の花影に逢ふ五十年

2015-02-21 17:18:57 | Weblog



 一泊で実家に戻ってきた。母の介護認定更新の担当者会議のために。

 母は前回と同じく要支援2。他に何かの特別な公費負担が使えるとのこと。

 気丈なひとなので、生活はほぼ完全に自立、認知症状もなし。

 
 透析だけ大変だ。でも、まあ、この程度でよかった、ということかしら。




 帰りにデパートに寄って、母はわたしに雛人形を買ってくれた。びっくり。

 伝統工芸士の手になる作品で、男雛と女雛の対、立雛。


 来週届くとのこと。



 わたしが生まれたとき、両親は七段飾りを揃えたのだが、それは母が重症で身のまわりを整理したとき、やむを得ず片付けてしまった。

 鎌倉に引き取るために、仕方がなかった。わたしはとても悲しかったが、数えで五十歳になる今年、あたらしい美しい雛人形が来る。


 うれしい。


 数えてみれば空恐ろしい気もする、五十歳。知命の世代に入って、わたしはこの年齢にふさわしい落ち着きと心の広さを身につけたかしら。


 円熟してゆきたいと思う。






 で、さて。


「さゆらもゆらに水晶虹彩」に「タマゴ・ダンディ」をアップしました。

 大晦日から正月にかけての時間を物語ります。

 身体介護の世界を描いて、きれいごとではすませたくないので、ややきつい描写も加えた。

 この小説のなかでは衝撃的な情景かもしれないが、巷のいろいろな「介護日記」「記録」の出版物には、はるかにシビアなミゼラブル、アクシデントが綴られているはずだ。

 老いて、衰弱してゆくひとたちに、誠実な介護者はどんなふうに接しているか、想像していただきたいと願ってのこと。

 ヒロインの茴は不惑になってもまだ夢見がちで、いろいろアンバランスな「婆ちゃんじょうちゃん」なのだけれど、まっすぐでユーモアのあるいいケアワーカー、と設定している。


 御批判は謙虚に受け止めます。


 お楽しみいただけましたら。


 
 











 
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アルファポリス