雪香の星月夜日記

山口雪香の歌がたり、ささやき、ひとりごと

ふかしぎの女人潜める夜のうらおもておんなは皆とびらならむ

2008-04-30 20:55:13 | Weblog


 デルボーに。


 無表情の表情。


 つめたいエロチシズム。


 熱い氷。


 誘惑する拒否。


 ルイス・キャロルの世界にも似ている、気がする。



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逃れなき汗の匂ひよ脱衣場に谺かへりぬ草も陽ざかり

2008-04-30 17:48:57 | Weblog



 夏日を終えて。


 
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青よ  鋭(と)き日々はしるうつそみのまなざしに充つ海の閃き

2008-04-30 13:00:49 | Weblog


 初夏の海と光と風に。










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夏はじく乳歯はなびら散りたればあかごのゆびの爪いきほひぬ

2008-04-30 09:21:09 | Weblog


 こどものゆび。


 もろくて、ちいさくて、たよりない。


 乳歯から永久歯に変るころ……うすいはなびらのような爪、手ゆびのかたち、同時にしっかりしてくるような。

 
 ひとのからだにも季節おりふしがある、ということ。


 春から夏へ。


 もうじき立夏。


 銀杏若葉、さわやかな黄緑。

















 
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こでまりの夜降りこぼれては我が胸の骨またしろく水に沈めつ

2008-04-29 19:55:18 | Weblog


 ドビュッシー「沈める寺」……を聴いて。


 あのピアノ譜面は、ながめているだけでふしぎなきもちになる。


 まるで関数グラフか、建築設計図のように音符の配列がうつくしい曲線を描く。


 陪音の共鳴をたどりながら紡ぐ、海に沈んだ伝説の寺院の幻想。


 ドビュッシー、ふしぎなひと。


 あまりに聴覚が鋭敏なので、ひとつの音を聴くと、大気中に拡散してゆく陪音までも聞き取れたそうだ。

 
 ふつうの聴覚では聞き取れないはずの音の振動。

 
 雑音でいっぱいの日常生活を暮らすのは、たいへんだったろう。




 


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ひかりみづみづと注げり基督の掌(て)の孔のごとまばゆき初夏よ

2008-04-29 14:31:48 | Weblog


 仏はつねにいませども

 うつつならぬぞあはれなる

 人の音せぬ暁に

 ほのかにゆめに見えたまふ

                          梁塵秘抄


 祈りのこころを「短歌表現」に昇華するのは曲折が要る。

 「賛美歌」にしてしまうと、そのユニゾンではすなおすぎて、現代の歌としては「嘘っぽい」と感じる。

 かといって、虚偽や空疎な歪曲は冒瀆的に思える。

 ひねくれでなく、真摯に、自分のこころの(照り翳り)と信仰の領域をハーモニーさせることはできないだろうか。

 歌としても自立しながら、同時に頭でっかちではない自己表白でもあるという……


 浜田到さんは、ときどき信仰について詠っておいでだけれど、どこか苦いニュアンスがこびりつく。それはいや。

 
 いずれにせよ、この現代で、イエスさまを信じるということじたい、いたみをともなうことではなかろうか。あるいはいたみを認識すること、とも。


 大正エログロナンセンス時代のような奇怪な事件が頻繁に起こる。

 そんなニュースを目にするたび、自己の基軸を喪失してしまった魂の行方をいたわしく思う。


 この梁塵秘抄の小唄は平安末期の、貧しい庶民の「流行歌」だけれど、いつわりのない哀歓と「祈り」がこもっていると感じる。

 

 
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蕊ひらく罌粟(コクリコ)朝は朱透(あけとほ)る翅(つばさ)ながらに風を標べす

2008-04-29 08:44:53 | Weblog


 雛罌粟。


 素朴な野花。


 与謝野晶子さんの名歌がおありだけれど。


 火の色す。それはフランスの花のことだろうから。


 日本の路傍で無造作に咲くコクリコは、もうすこし温和な朱色に思える。



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青海波散りかかる月光ありてこそ苦しまず死ぬ貌となりぬれ

2008-04-28 22:35:25 | Weblog


 願はくば花のもとにて春……西行に倣って。


 それと、葛原さん

     耳裂きてかへりし猫のよこたはる雪のごとくに苦しまず死ね

 こちらは思い切った突き放しようだけれど、べたついた抒情をならべるより、かえって猫に対する思いの深さも感じ取れようという歌。


  月下に無くなったのは、かぐや姫か。

  あるいは光源氏のふたりの妻、葵の上、また紫の上。


  いずれも葉月十五夜のころ、みまかった。
 
  紫式部は、彼女たちの死貌を、唯美的…明晰なほど…に描き尽くしている。


  










 


 
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霧がくれて中世森に冴えざえと襤褸美しき聖者ありけり

2008-04-28 18:08:20 | Weblog


 
 アシジの聖フランシスコに。


 小鳥と会話できたという、中世の聖者。

 
 いいなあ、と思う。鳥の視線で地上を眺めることができたんだろうか?


 わたしのフランシスは、真上に乗せた。

 
 霊名クララの先生だった聖人の名前をいただいて付けた子だから。


 彼をわたしより下座にするのは気がひける。


 聖フランシスコの引用画像は、ちょっと深刻。


 でもジョニー・デップに似ているかな。















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風みちの迷宮青葉のかがよひて夏の血のため願言(ねぎごと)垂らす

2008-04-28 13:43:12 | Weblog


 青葉と、緑蔭に。


 
 新緑のさやぎ。

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アルファポリス