ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

色んな世の中の出来事、セラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

ステキな仲間たちとの出会い③

2008-07-27 21:12:07 | 出会い

 ちーちゃんは、①で紹介したjynちゃんと一緒にオーラソーマを習ったお友達です。彼女とも勉強会で知り合いました。

最初に、ちーちゃんのことを「すごいな~!」と思ったのは、

“この人はなんて熱くオーラソーマのことを語るんだろう!”

ということでした。

オーラソーマに対する気持ちでは誰にも負けないつもりだったのに、口火を切ってもあまり興味を示さない人やハナから「わたし、そういうアヤシソウなもの、ダメ!」みたいなオーラを発散している人には引いてしまっていた私・・・

だけどちーちゃんは、どんな人にも臆せず、自分が感動したときの温度そのままに熱く語れる人なんです。そうすると、引き気味だった人もあら、不思議!

なんか興味出てきちゃった、あたし・・みたいな感じになってくるんですよね~!

  だから、ちーちゃんの周りにはちーちゃんの思い入れの深さをそのままコピーしたような思い入れの深い人がいっぱい!

彼女は5月の連休明けに自宅での開業をスタートさせたんですが、そのときオープニングパーティに呼んでいただきました。

すてきなイラスト付のハガキが各種(同じイラストの人のものだけど、絵もコピーも違う種類のものがいっぱい)置いてあって、ちーちゃんが「えっちゃん、今日来てくれたお礼だからこのなかからどれでも好きなものを持っていって」と言ってくれました。そのなかで私が選んだのがこの1枚です。

054 「『思い切り幸せになること』生まれたとき天があなたに命令したことといえばそのくらいのものですよ。」

もうっ!なんてすてきな言葉なんでしょう!

ほんとにそのとおりだと思います。

これだけの言葉のなかからいろんな気付きがあります。

「そこそこ幸せだけれど、思い切り幸せといえるだろうか・・」

「思い切り幸せ、と言い切れるようになるためには思い切り努力もしなくてはそういう境地になれないのではないだろうか」

「幸せになることが、天からの応援ではなくて、天からの“命令”だったなんて! なんてすてきなの!」

「自分が幸せでいなくちゃ、人を幸せにできないもんな。」

「しかし、幸せでいることにとどまっていていいんだろうか。」

    ・・・などなど。

私は小さい頃、「おとなになったら何になりたいの?」という問いに対して、そのつど多少答えは変わったものの、常に「職業」を答えていました。そのときの職業はこども心ながらに一生懸命「天職」を模索していたと思います。自分がなりたいからだけではなくて、それをやることが私だけに課せられた使命みたいな職業が必ずあるはずだ、というように。

  だから、「お嫁さんになりたい」と答える同級生がいると内心腹立たしく思っていました。「それって、努力しなくったってなれるものじゃん!誰だって結婚ぐらいしてるじゃん!そんな努力しなくったってなれるもの答えたって、それが希望っていうなんてなんて情けない!」と。(まあ、えらそうなこと言う割りには、その本人がいつまでもその結婚さえできなかったんですけどね・・)

  しかし、今になってようやくその同級生たちのほうが的を得ていたことに気付くわけです。「幸せになりたい」ってことを言ってるわけですもんね。

  まあ、いまだにいつもいつも「いつかは幸せになりたい」と思っていると、自分の足元にすぐある幸せを見落としはしませんか、っていう程度のおせっかいというか、苦言は呈したい気はあるとしても「思い切り幸せになること」に貪欲だったのは彼女たちのほうだったかもしれません。つまり、「お嫁さんになりたい」という同級生のほうが、天の意思にかなっていたわけですか。ふーむ。

    ・・とかね。

まあ、このようにいろいろ考えたり、気付いたりさせていただけるわけですよ。

  考えたり、気付いたりできる私って幸せ。

長くなってしまいましたが、私がこのハガキを選んだとたん、ちーちゃんは、

「えっちゃん! それ、私と同じ! 私もそれを自分用に選んだんだ。」って。

そうかい、そうかい。我が同志よ、って感じですよね。

彼女とはこんなこともありました。

彼女は「赤毛のアン」が大好きで(なんと、舞台となったカナダのプリンス・エドワード島を訪ねたことがあるってくらい!)、その話を聞いた次の日、私は会社の人間に頼まれて郵便局に行きました。

  そこで、ふと(あ、ついでに切手も残り少なくなってたから買っておこう)と思って、「80円切手、10枚ください。」と申し出ました。すると郵便局の人が、「80円切手10枚なら、今、記念切手も出ていますが、どうされます?」といいました。(会社で使うヤツだから、どんなんだっていーや)と思いながらも、一応「どんなのですか?見せてください」というと、なんと、それが、赤毛のアン! しかも赤毛のアンのファンじゃなくても欲しくなるようなそれはそれは美しいシートだったんです。もちろん、それを買うと共に、早速ちーちゃんにも教えてあげなくちゃ、とメールしました。

  その日の夜、彼女から「3枚も買っちゃいました」というメールが来ました。

しかし、不思議だよなあ~

わたし、こんなことからも思います。

自分が望んでいることやモノは、人前で口に出して言ってみるべきだって。

自分ひとりの力はたかがしれています。でも、「私はこういうことがしたい!」「私にはこういう望みがあるんだ!」ということをあちらこちらで話すことによって、それがな~んでもなく簡単に手に入ることってあるんです。

  もちろん、そのためには「こういうこと」や「ああいう望み」のために自分自身がちゃあんと努力していることが大切ですけどね。果報は寝て待て、といいますが、これには寝て待つ前までの努力が語られていません。もう寝て待つくらいしかやることはなくなった、すべてやるべきことはやりつくした、という意味に捉えたほうがいいんじゃないか、と思います。

  その努力を見ていた人が、「あいつのためなら協力を惜しまないぞ」という気持ちでいてくれると、どこからかそれが目に付いたときに教えてくれます。

「あんなやつのためにほんの少しでも立ち働いてやるもんか」と思えば、目の前にその人がのぞむものがあっても「めんどくさ」「別にそこまでしてやらなくても」とか、まあ、そこまで思わなくても忘れちゃってるでしょうから、何事も起こらない、ということになります。

  なんか、こう思うと強く願う気持ちって言うものは、空間を伝わって伝染していくんだな、と思います。

ちーちゃんとの出会いにより、またステキないろいろな人たちと知り合うことができました。

  それについては、また長くなってしまいますので、日を改めることにいたしましょう。


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