団塊的“It's me”

コキロク(古稀+6歳)からコキシチ(古稀+7歳)への道草随筆 2週間ごとの月・水・金・火・木に更新。土日祭日休み

ポルチーノ

2022年11月09日 | Weblog

  11月に入って、山の木々が色づいて来た。私にとって紅葉の“匂い”は、なぜかキノコの匂いである。キノコが好き。採るのも食べるのも好き。おそらく私の体は、秋になると山でキノコを採ったので、紅葉とキノコ採りを結び付けて覚えているのかもしれない。

  妻がネパールでの任期を終え、次の任地のアフリカのセネガルへスイス航空の飛行機で向かった。機内食にキノコがでた。美味しかった。白ワインとの相性も抜群だった。あまりに美味しかったので、客室乗務員にキノコの名前を尋ねた。「CÈPE セップ」と聞き取った。もちろん赤道直下のセネガルにセップはなかった。時間の経過とともに、セップの美味しさもその名も、セネガルの生活の厳しさに飲み込まれていった。

  セネガルの次の任地は、旧ユーゴスラビアだった。NATO空爆や国際社会からの経済封鎖で、生活は厳しかった。唯一の息抜きは、休暇でイタリアへ行くことだった。秋に訪れたイタリアでセップと再会した。イタリアでは、セップのことをporcinoポルチーノという。複数形がporciniポルチーニ。私はセップという音の響きより、ポルチーノの方が好き。音だけでも美味しそうである。意味は子豚だという。スイス航空の機内食で食べたポルチーノはすでに調理されたものだった。元の形は、知る由もなかった。子豚とポルチーノ!私の頭の中で二つが結びつかない。市場で初めてポルチーノを見た。子豚とポルチーノが結びついた。何とまあピッタリな名前だろう。ますますポルチーノが好きになった。知人に勧められたポルチーノで有名なレストランへ行った。店の人の勧めで、オリーブオイルで炒めて塩だけで振ってある料理を頼んだ。ポルチーノの香りがオリーブオイルの匂いを押しのけた。歯ごたえがいい。松茸の歯ごたえのよう。白ワインを口に含む。子どもの頃、ふるさとの山の中で落ち葉を踏みしめ、蹴散らして遊んだ。土の匂いと落葉と浄化された空気が入り混じって鼻腔をくすぐった。あの感覚が、鼻腔でなくて口の中で、白ワインとポルチーノが記憶の中で、踊っているようだった。リゾットも美味かった。

  妻が職を辞して日本に帰国した。日本にはポルチーノは、ないと思った。キノコ採り名人の妻の高校の時の担任だった恩師を訪ねた時、ポルチーノの話をした。彼は「日本にもポルチーノあるよ。日本ではヤマドリタケと呼ぶけど」と言った。驚いた。でも嬉しかった。そのうち口にできるかもしれないと期待した。残念ながら、未だに日本のポルチーノを食べる機会はない。しかし日本でイタリア産の冷凍のポルチーノを買うことができる。少し前まで、日本で手に入るポルチーノは、乾燥物だけだった。私は、わがままな典型的な“ないものねだり”。乾燥物より生。生で手に入らなければ、食べない、と粋がった。冷凍のポルチーノを試してみた。ローストビーフの付け合わせにした。「いいじゃん」 松茸の寿司を真似て、ポルチーノの寿司を作った。スライスして醤油を塗ったポルチーノを気持ち炙る。ちょっとしなっとしたスライスを、醤油をまぶした飯の上に置き、握る。細く切った海苔を巻く。

 キノコは、不思議な食べ物だ。今では人工的な栽培で多くの種類のキノコが栽培される。松茸もトリュフもポルチーノも、まだ人工的に栽培されていない。どうかこの先、ずっとそうでありますように。

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