団塊的“It's me”

コキロク(古稀+6歳)からコキシチ(古稀+7歳)への道草随筆 2週間ごとの月・水・金・火・木に更新。土日祭日休み

桜満開、セコイア芽吹く

2014年04月01日 | Weblog

  私が一番好きな桜の景色は、住む集合住宅の地下駐車場の出入り口から見えるものである。(写真参照)出入り口には自動シャッターが装備されている。車の中から遠隔操作できる。シャッターといっても格子状に細いパイプで作られているので、明かりが遮断されない。車が通過できるまでゆっくり車内から一幅の絵画や写真のように四季折々の景色を楽しむ。

 このシャッター防犯(事件発生時犯人逃走を遅らせるためなど)と安全(子供の挟み込みや人の巻き込み防止など)のために開閉速度が遅く設定されている。かつて集合住宅の管理組合理事会で地震の際速やかに車で避難できるように駐車場のシャッターを開け放しにしておくと告知された。私たちと一部住民は猛烈に反対した。何とか開け放しは回避された。

  桜の季節になると子供や孫や友人を招いて自宅の窓から花見をしようと思い始めてすでに9年が過ぎた。何故実現しないのか。桜の咲き方に問題がある。見頃の判定が難しい。加えて子供たちは土日祭日しか来られない。友人知人も退職した人が多いと言ってもまだそれぞれ忙しい。日記で過去の桜の開花日満開の日を調べてもバラバラで特定できない。かくして我が家でのお花見は私たち夫婦だけとなる。モッタイナイことだ。

 我が家は北向きの山の斜面のふもとにある。冬は約2か月間直射日光が当たることはない。冬は確かに寒々としている。冬を乗り越えた褒美は春の桜である。そして集合住宅の北側に植えられた12本のセコイアが黄緑色の芽吹きを始める。山々は緑を増し、やがて全山緑の色見本のパレットになる。

  川の流れが発生するオゾン、山の草木が吐き出す光合成で生産された酸素。優しい風がそれらを撹拌して運んでくれる。家の前を流れる川の音も慣れると心地よい。山側から川側から時間によって交互に風が、家の中を通り抜ける。夏はおかげで窓を開け放しにすれば、エアコンを作動させなくてもすごせる。心臓を病む私には夏も冬も快適な自然環境だ。

  この家に住んですでに10年の年月が過ぎようとしている。反射神経も鈍くなり、体の各所の動きも遅く、バランス感覚も悪くなる一方、不思議に時間の経過だけが速度を上げてきた。四季の変化が速い。速すぎる。時々その速さが怖くなる。そんな不安を和らげてくれるのが、日本の桜である。

  中国や韓国がどんなに日本憎しと叩いても、かつてオーストラリアの原住民を銃で狩りの対象として撃ち殺した移民がクジラが可哀そうだとオランダのハーグの国際司法裁判所に訴えて日本の調査捕鯨を禁止させても、日本政府がよりにもよって桜の季節に消費税を5%から8%に上げても、日本人の多くは、ほんの数日の桜の開花に吸い込まれ世上から解放される。

  桜が満開になった。桜は愛でる人を黙らせ、心を空っぽにしてくれる。

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