団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

漢字

2012年11月22日 | Weblog

  乞食鶏という料理がある。中国発祥の鶏料理のひとつだ。ただならぬ名前に食欲を失いそうになる。日本の中華料理店でもメニューに載せている店がある。一羽丸ごとの鶏の料理で2万円はする。起源にまつわる話はたくさんあるが、要は下味を付けた鶏の腹に詰め物をして、ハスの葉でくるんで、それをこねた土で全体を覆い、オーブンで3時間くらい焼いた料理だ。テーブルにそのまま出してハンマーなどで割って供するため、結婚式のケーキカットのように、主賓に割ってもらい、祝いの席を盛り上げられる。

 その乞食鶏で週末に我が家にワイン会の集る友人の中で今年退職したとか孫が誕生した友を皆で祝おうと考えた。私は料理に関しても素人である。すでに20年という主夫の経験から、味は演出で隠せることを知ってしまった。

  材料の調達を始めた。最近はパソコンのインターネットで家にいて簡単に買い物ができる。ハスの葉もすぐ買えると思った。しかしどこのネット販売でも「この商品の取り扱いはございません」の表示しか出なかった。これであきらめないのが、私の強みであり弱みだ。最後の頼みは、横浜の中華街にある食料品店だと昨日出かけた。東京のデパートで住む町では調達できない他の食材を買った。すでにリュックと手提げの買い物袋は満杯だった。横浜駅でコインロッカーを見つけ、預けていこうと思ったが、重い荷物を持ったまま、広大な駅構内をさがす気にならず、そのまま戦後のヤミの担ぎ屋のような格好で東急東横線で「元町・中華街」駅まで行った。そこでやっとコインロッカーを見つけ、重い2個の荷物を入れることができた。

  中華街は尖閣問題の影響か人出がなかった。すでに何回も食材を求めて来ているので店を何軒か知っている。「ありません」「もう置いてないよ」「ハスの葉なんて日本人だれも買わないよ」と3軒で言われた。4軒目の中華街のはずれの小さな店でやっと見つけた。探していた品物を見つけた喜びは、クセになるらしい。私にその性癖があるらしく、妻に「こだわり過ぎる」と指摘されることが多い。

  ハスの葉を見つけて高揚している私に店番をしていた中年のおばさんが「お兄さん、この字何という漢字。たくさん買ってあちこち送る言ったので、私親切して、送り主の名前と住所は一番上の一枚だけ大丈夫。私書きます言ったの。でもこの字分からないから書けません。困った困った」と宅急便の送付伝票を突きつけた。明らかに女性は、中国の方である。中国人が私に漢字の事を尋ねるか、と疑問に思ったが「お兄さん」の呼びかけが私の気持を動かした。伝票を手にとって目に近づけた。「うっ、何だこれ」 漢字は崩れていて、顕微鏡で覗いたO―157の大腸菌のように散らばっていた。私はカバンから老眼鏡を出して更に目を皿にして解読しようと試みた。まあ、よくここまで字を崩したものだ。感じとしては、『優』「に近い。ニンベンの横の百に似た部分が大腸菌のように散乱していてまったく読めない。「日本の漢字むつかしい。中国漢字簡単」女性がレジの向こうで言う。私はあせる。これは日中問題だ。読み明かしてここで日本人の実力を見せなければ。しまいには大腸菌が生きているように見えてきた。そこに日本人の若いカップルがレジで清算するために私の後に並んだ。中国人女性は、私の手から伝票を取り戻し、今度は、若い女性に「貴女、これ読めますか?」と渡した。「優かな」とこれまた自信なさそう。店の女性が諦めた。「ありがとね。ハイ、ハスの葉380円です。でも助けてくれたから、20円オマケして360円」

  あの漢字を解読できなかったことが、ハスの葉を発見して入手できた喜びをすっかり消してしまった。思い出すことさえできないあの字が、帰りの電車の中、ずっと私の脳裡で大腸菌O-157のようにのたうちまわっていた。人の名前は大切だ。あの中国人女性がどうこの問題を解決したのだろうか。私なら、電話番号が書いてあったので、客に電話して事情を話して、確認して正しい送り主の名前を書いて商品を送る。尖閣の領土問題は、確かに難しい問題だ。中国から伝来した漢字だが、すでにこれだけ形も意味も変化してしまった。もつれた問題も直接額をつき合わせて、お互い納得するまで喧々諤々話し合うしかない。放っておけば、O-157の大腸菌のように、お互いの誤解と妄想を増大させ、ついには最悪の事態を引き起こしかねない。

  乞食鶏をハスの葉で包みながら、私は、いつか乞食鶏をひとつのハンマーを両国首脳が握ってテーブルの上で割って、両国の友好を祝える日が再び来ることを願わずにはいられなかった。あの中華街の中国人女性も私のこの願いにきっと「私もそう思うよ」と賛成してくれる気がする。

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