団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

列の美しさ

2018年06月01日 | Weblog

①     屋根の瓦の列

②     田植えを終えた水田の苗の列

③     駅のホームの乗客の列

①      私が子どもだった時、母が二人で歩いていると突然言った。「子どもの時、瓦の家に住みたいと思った」 私は驚いた。「かあちゃんの夢は小さいね。」 さように私は嫌味な子どもだった。古希を迎えた今なら母の気持ちが少しわかる。現在母は念願だった瓦の屋根の家に住んでいる。母は藁ぶきの屋根の家に生まれた。そして姉が残した4人の子どもを育てるために父に嫁いだ。その家はトタン屋根だった。貧しく専門業者にトタン屋根にペンキを塗ってもらわず、母は自分でトタン屋根にペンキを塗った。私もほんの少し手伝ったが、高いところが恐くてすぐ手伝うのをやめた。でも母はやり遂げた。

 妻の大阪での学会について行き、妻が学会に参加している間、私は一人で京都を歩いた。京都には、たくさんの寺院がある。どこも屋根が立派な瓦屋根だった。母が瓦の家に住みたいと言ったのを思い出した。瓦の列が太陽の光を跳ね返していた。かやぶき、わらぶき、トタン屋根、新建材の屋根。それぞれ特色がある。中でも瓦の列が見せる美しさは格別である。

②      私が生まれ育った所は、水田に囲まれていた。田植えの終わった水田にまっすぐ並ぶ苗が風にそよぐ。好きな光景である。小学校の時、春と秋に1週間の農繁休業があった。読んで字のごとく、農作業が多くて煩わしい時、手伝いをする休みである。農家の子は、自分の家の手伝いを、農家以外の子は、割り振られて農家へ手伝いに行った。まだ農業用機械の導入もなく、ほとんどの作業は人力だった。経験のない農家以外の子も、見よう見まねで田植えから稲刈りを手伝った。田植えはかがんだままの作業なので子どもでも腰が痛くなる。植えた苗が直線になるよう厳しく指導した農家もあるが、いい加減でも許していた農家もあった。私は前後左右整然としている植え方が好きである。日本人の気質、完ぺき主義、手を抜かない真面目さなどは田植えという行動から影響を受けたのではと思うことがある。農繁休業はとても良い経験になった。もう農繁休業はなくなった。再び地方の小学校に農繁休業が復活することを願う。

③      日本の駅のホームでの乗車待ちの列は気持ちよい。海外での生活を通して日本人は列を作ることに慣れている国民だと思った。それはおそらく保育園幼稚園小学校中学校などでの整列の訓練のたまものかもしれない。カナダの高校で学んだが、整列と号令をかけられて並んだことがなかった。日本ではほぼ毎日何らかの形で並ばされた。ネパールでは人々は前の人の背中と自分の胸をくっつけて並ぶ。そうして横入りを防ぐ。中東では列は存在しないと思うほど、横入りが横行していた。飛行場での搭乗手続きは、力のある者、地位ある者、コネある者の順であって先着順ではない。道路での合流は、相手の車をぶつけてでも先に割り込んだ車の勝ち。日本もかつてはマナーが悪かった。まだ問題はあるが進歩してきている。整理、整頓、整列がますます定着しますように。

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