団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

電話に出んわ

2020年05月13日 | Weblog

  アフリカのセネガルに住んでいた時、買い出しの当番でフランスのパリへ出張になった。セネガルで仲良くなった領事のKさん一家がパリに転勤になっていた。海外の見知らぬ土地で友人がいると助かる。Kさんの奥さんに案内されてパリで物資調達がはかどった。夜、Kさんに紹介されたシャンゼリゼの裏通りの鮨屋へ妻と二人で出かけた。店主が自分で育てたというカイワレで握った鮨が旨かった。ホテルへ帰る時、私は安全のためにタクシーで行こうと妻に言った。妻は地下鉄で行けるのだからタクシーはもったいないと反対した。地下鉄の電車の中で、背の高い春なのに厚手のオーバーを着たアラブ人風の男が私の前で屈みこんだ。手で私の靴の先を叩き始めた。私はこういうおかしな人はどこにでもいるなと思っただけだった。電車が次の駅に止まり、ドアが閉まる瞬間2人の男が飛び出した。危ないと思った瞬間、しまったドアの取手に一人の男のオーバーの端が、ドアの取っ手に引っかかった。パリの地下鉄の電車のドアの取手は、木製の手のコブシ大の丸い握りになっている。そこの握りにオーバーの端がしっかり食い込んでいた。このままだと男は電車に引きずられて大変なことになる。電車が発車する。男がよろける。私は咄嗟にオーバーを取手から力一杯外した。男はホームに倒れ込んだ。助かった。良かったと思った。ホテルに戻った。ズボンの後ろポケットに入れていた長財布がなくなっていた。奴らは二人組のスリだったのだ。

 Kさんに連絡した。私のようなスリの日本人被害者は、毎日大使館の領事に連絡が入っているという。Kさんに指示された通り、まず日本のクレジットカード会社に電話することにした。クレジットカード会社も保険会社も何か起こった時、海外からの電話を24時間受け付けると謳う。パリが夜9時なら日本は朝の4時。ホテルの電話代は高くつく。やっとつながってもお話し中。こちらは怒りと恥ずかしさで過度の緊張状態。スリの命を助けたことが腹立たしかった。何度も電話機を壊したくなる気持ちを抑え込んで電話がつながるのを待った。声でかなり歳をめしたと推測できる男性が対応してくれた。お陰で無事カードを無効にすることができた。財布の中にはセネガルのセーファー(1セーファー=100円)で700円とカードしか入っていなかった。不幸中の幸いだった。旅券は妻が管理していた。

 私は電話が嫌いだ。相手の顔を見ながら話せないと不安になる。だから多くの会社が電話でのやり取りをやめて、ネットを通してメールでのやり取りの方が気楽である。それでも電話だけで対応する会社はまだある。電話をする。お話し中で数回かけ直す。やっとつながる。まず「お電話ありがとうございます。ご用件の番号を押してください。ご注文の方は1番、製品に関するお問い合わせは2番、その他の方は3番を…」とくる。我が家の電話機はこの番号を押してもすぐに反応できないタイプ。イライラ。やっとこさの反応。「只今、大変混みあっています。恐れ入りますが、いましばらくこのままお待ちください。」 ここで擦り切れた音楽が流れ始める。「大変お待たせいたしました。…担当の〇〇です。」 私…。「お客様の顧客番号を…」 私「知りません」「申し訳ございません。お調べになってもう一度…」 ここまでに15分。電話切る。探すのに3,40分。やっと見つけてまた電話に挑戦。すべて終わるまでに小一時間。アメリカの友人が言っていた。アメリカでも同じ。毎日2,3時間は電話の受話器を握っていると。

 現在新型コロナウイルスが猛威をふるう中、もし私が感染したと思ったら次の手順をとる。まず帰国者・接触者相談センターに電話する。この電話が問題らしい。まずつながらないという。これだけAIだSNSだ5Gだと騒いでいても、電話での連絡は、難かしい。電話が嫌いな私でも命に関わるなら、何としてでも検査をするために待つ。ウイルスは恐ろしい。時間との勝負にも関わらず、旧態依然の電話でしか助けを求める方法がない。感染していたら、救急車を呼んでも、ただウイルスをまき散らすことになってしまう。私はたとえ感染しても私以外の誰にも感染させたくない。

 まだ携帯が普及していなかった数十年前のパリでスリに遭って、日本のカード会社に電話した時と現在の電話事情はちっとも変っていない。できる限り感染しないために予防と免疫力を高めて、つながらない帰国者・接触者相談センターへ電話しなくても済むよう努力するしかない。

 

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