以前このブログで書いたこともあるように、いや書かなくても多くの人が理解しているように、カラスは知能が高く、愛情深く、なかなか愛嬌のある生き物である。
その知能の高さが、ときに人間にとって困った行動を起し、BMWのCMの状況設定――あのドライバーはどうみても、カラスを出し抜いてやったという事実に対して意地の悪い満足の笑みを浮かべていますぞ――を可能にする。その愛情深さは、繁殖期における人間へのカミカゼ・アタックとなり、毎年かなりの被害者を出し、わたしはカラスの巣の下を通るときには、雨も降っていないのに傘をさす。
そんなカラスは憎めない存在ではあるが、やはりその小賢(こざか)しさに、堪忍袋の緒がブチッと切れそうになることがある。以下そんな2つの事件である。
■ 外溝業者さんの3時のおやつを奪取する
5月の連休明けから月末にかけて、業者さんに庭の外溝工事をしてもらっていた。
工事中は、毎日10時と3時に飲み物とお菓子を出した。工事人さんたちは毎日数人で来るので、小分けされたお菓子と飲み物を数人分用意した。5月ともなれば暑いので、ペットボトルの飲み物に、個別包装の煎餅とクッキー数種類というのが定番になった。10時・3時になってからお菓子を出すのではちょっと遅いので、9時半と2時半に先に庭の一角に出して、仕事の邪魔をしないようにこちらは引っ込む。
責任者のSさんは律儀な人で、毎日夕方、仕事が終わると必ず経過報告をしにくる。そしてそのときに菓子が入っていた菓子盆も返却していく。
ある日の夕方、いつものように空の菓子盆を持ってきたSさんは、情けない表情で力なく母にこういった。
「今日は、お菓子をすべてカラスに取られてしまいました。」
Sさんによると、「そろそろ3時の休憩だ。その前に、休憩後に使う道具を持ってきておこう」と考え、持ち場を離れて車にもどったわずか数分間の隙に、カラスがお菓子の袋を持って逃げていった。残っていた袋もすべてカラスがつついてしまい、人間が食べられる状態ではなかったのだという。
そういえば外溝工事の間、とくに母やわたしがお茶を運ぶ時間には、かならず近くの電線にカラスが数羽とまって、こちらを見ていたことを思い出した。彼らは人間と直接目を合わせることを避けるので、こちらが見返すとあらぬ方向を向くが、見ていないふりをしながらこちらを見ていた。
カラスたちは毎日やってきては、母とわたしがお茶とお菓子を運んでいるのを見ていた。そして人間全員がお菓子から離れる瞬間を、辛抱強く待ちつづけていたのだ。
カラスたちにとって「わたしと母の存在=お菓子」となってしまったらしく、外溝工事が終わってもしばらくの間は、わたしが庭に出るたびに、近くの電線にカラスが集まってくるようになってしまった。もちろんわたしが彼らを睨むと、彼らは「いやぁ、わたしは別にあなたを見ているわけではありませんよ」とばかりに、あらぬほうを向く。
ヒッチコックの映画のごとく不気味であった。
■ 屋根の上で行水する。そればかりでなく…
最近建てたわが家の屋根は陸(ろく)屋根である。実際には屋根にはわずかに傾斜がついていて、南側の樋(とい)に雨水が流れやすくなっている。
この家が樹木の生い茂る斜面樹林の公園に面しているおかげで、屋根に落ちる落ち葉は半端でないゆえに、引渡しより3ヶ月後には早くも雨どいが詰まってしまった。雨が降ると縦どいに水が流れず。南側の庇から雨水があふれている。
周りの樹木の量を考えれると、たとえどんな形の屋根であろうと雨樋は詰まるだろう。しかしここでの問題は、陸屋根で雨どいが詰まったということだ。つまり屋根の傾斜が浅いために、雨樋が詰まって雨水がはけなくなると、屋根の上に水がたまったままになるのだ。
屋根の上に雨水がたまってプール状態となっていることに気づいたのは、カラスのおかげ…じゃなくて、カラスのせいだ。
ある晴れた日、数羽のカラスが屋根の上で騒いでいる。はしゃいでいるようである。外に出て下から庇を見上げてみると、カラスの姿は見えないのだが、屋根の上から水しぶきが盛大に上がっている。どうやらカラスの行水の真っ最中らしい。
冗談じゃない。わが家はカラスの遊技場ではない。早速ハウスメーカーに連絡し「屋根の上に水がたまって困っている」と伝えて、屋根を見てもらう手配をつけた。
明日はハウスメーカーがやってくるという日、いつにもまして屋根の上のカラスどもがうるさい。庭に出て下から庇を見上げてみると、また盛大に水しぶきが上がっているのだが、彼らの反応がいつもと違う。半ばパニックに陥っているようでもある。
なぜカラスの反応がいつもと異なったのかというと、この日は公園の斜面樹林で枝の伐採などが行われていたためだ。ここにはカラスの塒(ねぐら)になっているため、枝を切られるということは、彼らにとっては居場所を荒されるという一大事だ。
こういうときのカラスの反応は、簡単にいえば「あらゆる物に八つ当たり」である。クチバシで枝をバシバシと折ったり、自転車のサドルのウレタンをつついたり、その辺の植物を手当たりしだい引き抜いたりと、憤懣やるかたない彼らは、意味の無い、しかしはた迷惑な行動を起す。
で、話を屋根の上のカラスに戻すと、庇の上で何かを盛んにつついている。まさか屋根材を壊すのではあるまいか? 心配になったわたしは、庭から庇を見上げていた。もちろんわたしの立っている位置からは、カラスは見えない。ゆえに余計に心配だった。
次の瞬間、わたしの見ている前で、縦どいの内部でゴボゴボっと音がしたかと思うと、縦樋の中にまるでホテルのシャワーを全開にしたかのように、水が勢いよく流れる音がし始めた。縦どいを流れる水の音は数分間勢いよく続いて、そして止った。どうやら八つ当たり気味のカラスが、樋の何かをつついているうちに、偶然にも樋を詰まらせている何かを取り除いたらしい。
水音が止まるとともに、屋根の上のカラス数羽は、すべてどこかへ飛んでいってしまった。水のたまっていない屋根は、彼らにとっては何の魅力もなくなってしまったしい。
翌日、ハウスメーカーが点検に来た。しかしどうしたもんかしらん。「屋根に水がたまっている」といってハウスメーカーを呼びつけたのに、肝心の水が全部抜けてしまったんじゃあ証拠がない。
そう思いながら点検の様子を見ていると、屋根の上にあがってデジカメで現場写真を撮った職人さんが、現状報告しにやって来た。
「たしかに水が流れた跡がありました。」
ああ、よかった。嘘ではないということはわかってもらえた。
「でも、それよりもですね」職人さんはデジカメの液晶部分をこちらに映像をこちらに見せながら言った。
「色々なものが、屋根の上に乗っかっているんです。ラップの芯とか、缶詰の空き缶とか、出汁をとったと思われる大きな骨とか…」
しばしの沈黙のあと、わたしは口をひらいた。
「それって、もしかしてカラスが…」
「ええ、多分カラスだと思います」即座に職人さんが答えた。
公園には大きなゴミ箱がある。また公園の入り口近くがゴミの集荷場所になっている。そしてこの場所は人通りが少ないため、ときに家庭ごみや事業系ゴミが不法に投棄されている。住民が出すゴミとは異なり、不法に投棄されたゴミは、むき出しのままだったり、トンでもない時間におかれたりすることが多いので、カラスに頻繁にあらされる。カラスはこういったゴミをくわえて舞い上がり、水のたまったわが家の屋根にポチャリと落としては、その様子を楽しんでいたのだ。
わが家がトタン屋根の家だったころ、カラスどもは庭のビワの実を加えては高く飛び上がり、それをトタン屋根に落下させてはその音を楽しんでいた。家を建て替えるときにビワの樹も切ってしまったので、「もうカラスどもに悪さはできまいよ」と、BMWのCMのドライバーなみのイジの悪さでひそかにほくそえんでいたのだが、カラスのほうが一枚上手だったということか。
遊び上手は良いことだが、はた迷惑だ。しかしあのカラスの脳みそは一体どうなっているんだろう。
で、下は敵を知る1冊