『タイピスト!』をヒューマントラストシネマ渋谷で見ました。
(1)本作はアメリカ映画だとばかり思って映画館に出かけたのですが、実のところはフランス映画でした。
フランスの田舎で暮らすローズ(デボラ・フランソワ)は、都会に出て保険会社の社長ルイ(ロマン・デュリス)の秘書になります。彼女の実家は雑貨屋で、そこにあったタイプライターを小さい時から使っていたのでしょう、彼女は1本指で打ち込むのですが実に早いのです。
それを見て、ルイは彼女を仕込んで「タイプ早打ち大会」で優勝させようとし、特訓が始まります。まずは、打ち方を1本指から10本指に矯正すること、それから体を鍛えること。
さらには、ルイの幼なじみボブの妻マリー(ベレニス・ベジョ:実は、ルイの昔の恋人)によるピアノレッスンまで行われます。
ルイによる厳しい特訓の成果が現れ、ローズは地方大会から全仏大会へと勝ち進み、ついにはニューヨークで開催される世界大会に出場するまでになります。
さあ、彼女はその大会で優勝することができるでしょうか、ルイとの関係は……?
本作は、タイプの早打ちを巡るスポ根物といえ、単純ながらも、ヒロインを演じる女優が魅力的であり、また登場するたくさんのタイピストが着こなす服装も実にカラフルで、全体としてなかなか楽しい作品だと思いました(注1)。
(2)なんだか、田舎のじゃじゃ馬娘イライザが淑女になるという「マイ・フェア・レディ」のようなお話で、実際にもルイの部屋には、マリリン・モンローの写真と並んで、オードリー・ヘプバーンの大きな写真が貼ってあります。本作の時代設定が1950年代末とされているのですから、それも当然でしょう。
また、タイプの早打ちといっても実に単純な作業の繰り返しで、野球などのゲームと違い、大会の規模が大きくなっても全然見栄えがしません。そこで、本作に登場する女優のファッションをカラフルにしたりして(注2)、観客の目を楽しませてくれます。
なお、この映画で使われているタイプライターは、電動タイプライターが登場する前の手動式のもので(Wikipediaによれば、1961年にIBMが IBM Selectric typewriter を発売)、同時に打つとタイプアームが絡まったりします(注3)。
ちょっと思ったのですが、全仏大会までは、ローズはフランス語の文章をタイプ打ちしていたはずながら(注4)、いったい世界大会では何語が使われたのでしょうか?
タイプで打ち込む語数(注5)を問題にするのですから、同一の言語でないとフェアーな競技にならないものと思われるところ、この世界大会には、フランス代表のローズばかりでなく、韓国やドイツなど英語国ではない国の代表も入っています。
世界大会で出される文章が英語の場合、いくら訓練を積んでいるとはいえ、それを母国語とする代表には敵わないように思えるところです(注6)。
さらに、ローズのように根を詰めてタイプライターの訓練に明け暮れたりすると、腱鞘炎になるおそれがあるのではないでしょうか(注7)?
でも、それらのことは、ローズの一途さを前にするとなんとかうまく克服できたのだろうなと思えてきて、何の問題にもならなくなります。
(3)渡まち子氏は、「それにしても50年代のファッションやインテリアはとびきりポップでカラフルだ。しかも色はどこか柔らかい色調で、まるでマカロンが詰まったお菓子箱のような可愛い小品に仕上がった」として65点をつけています。
(注1)ルイ役のロマン・デュリスは、『メッセージ』で弁護士ネイサンを、また、ローズ役のデボラ・フランソワは、『譜めくりの女』で少女メラニーを演じていました。
また、ボブの妻マリー役のベレニス・ベジョは、『アーティスト』で新人女優ベビーを演じています。
(注2)劇場用パンフレット掲載の「Production Note」には、例えば、「衣装を手がけたシャルロット・ダヴィッドは、二人の女性をファッションで描き分けた。地方出身のローズは、可愛らしい花柄のドレスなど50年代スタイル。裕福なアメリカ人と結婚してモダンな家に住むマリーは、髪にリボンを巻き、ピッタリしたカーディガンと短いパンツ、バレーシューズという60年代初期のスタイルだ」などとあります。
(注3)世界大会の決勝で、ローズはそれをやってしまいましたが、なんとか克服します。
(注4)ローズは、タイプの練習の教材としてルイから『ボヴァリー夫人』などのフランス文学の名作を渡されます。
(注5)この大会の優勝者は1分間で515字でした。
(注6)ルイによれば、王者米国にフランスは勝ったことがないとのことですが、むべなるかなです。
(注7)ルイの屋敷に行って特訓を始めた途端に、ローズは「痛い!」と大声をあげます。ルイは、ローズの部屋に飛んでいって彼女の姿勢を矯正し、「背筋をまっすぐにすれば、痛くならない」と言います。
実際は、そんな単純な話ではないのではと思うのですが(クマネズミが趣味にしているクラシック・ギターの世界には、腱鞘炎にかかったギタリストがたくさんいます←関連した事柄については、このエントリをご覧ください)。
★★★★☆
〔追記〕
『メモリーズ・コーナー』というフランス映画(2011年)のDVDが、TSUTAYAで新作のコーナーに並んでいるので借りてきて見たところ、本作で主演のデボラ・フランソワがヒロインとして出演しているではありませんか!
本年2月下旬からシネマート六本木で公開された作品だとは、寡聞にして全然知りませんでした。
この映画でデボラ・フランソワは、1995年に起きた阪神大震災の15周年記念式典を取材するためにフランスから日本にやってきたジャーナリスト・アダを演じており、神戸では、通訳の岡部(西島秀俊)や、元ジャーナリストの石田(阿部寛)に会ったりします。アダは石田に興味を持ちますが、岡部から、彼は生きている男ではないと言われ、次第に自分を取り戻していきます(彼女も、フランスである体験をしてきて日本にやってきたのでした)。
随分と本作とは違った雰囲気の作品で、本作でふんだんに見られるデボラ・フランソワの笑顔はありませんが、また彼女の別の魅力を見た感じがしました。
象のロケット:タイピスト!
(1)本作はアメリカ映画だとばかり思って映画館に出かけたのですが、実のところはフランス映画でした。
フランスの田舎で暮らすローズ(デボラ・フランソワ)は、都会に出て保険会社の社長ルイ(ロマン・デュリス)の秘書になります。彼女の実家は雑貨屋で、そこにあったタイプライターを小さい時から使っていたのでしょう、彼女は1本指で打ち込むのですが実に早いのです。
それを見て、ルイは彼女を仕込んで「タイプ早打ち大会」で優勝させようとし、特訓が始まります。まずは、打ち方を1本指から10本指に矯正すること、それから体を鍛えること。
さらには、ルイの幼なじみボブの妻マリー(ベレニス・ベジョ:実は、ルイの昔の恋人)によるピアノレッスンまで行われます。
ルイによる厳しい特訓の成果が現れ、ローズは地方大会から全仏大会へと勝ち進み、ついにはニューヨークで開催される世界大会に出場するまでになります。
さあ、彼女はその大会で優勝することができるでしょうか、ルイとの関係は……?
本作は、タイプの早打ちを巡るスポ根物といえ、単純ながらも、ヒロインを演じる女優が魅力的であり、また登場するたくさんのタイピストが着こなす服装も実にカラフルで、全体としてなかなか楽しい作品だと思いました(注1)。
(2)なんだか、田舎のじゃじゃ馬娘イライザが淑女になるという「マイ・フェア・レディ」のようなお話で、実際にもルイの部屋には、マリリン・モンローの写真と並んで、オードリー・ヘプバーンの大きな写真が貼ってあります。本作の時代設定が1950年代末とされているのですから、それも当然でしょう。
また、タイプの早打ちといっても実に単純な作業の繰り返しで、野球などのゲームと違い、大会の規模が大きくなっても全然見栄えがしません。そこで、本作に登場する女優のファッションをカラフルにしたりして(注2)、観客の目を楽しませてくれます。
なお、この映画で使われているタイプライターは、電動タイプライターが登場する前の手動式のもので(Wikipediaによれば、1961年にIBMが IBM Selectric typewriter を発売)、同時に打つとタイプアームが絡まったりします(注3)。
ちょっと思ったのですが、全仏大会までは、ローズはフランス語の文章をタイプ打ちしていたはずながら(注4)、いったい世界大会では何語が使われたのでしょうか?
タイプで打ち込む語数(注5)を問題にするのですから、同一の言語でないとフェアーな競技にならないものと思われるところ、この世界大会には、フランス代表のローズばかりでなく、韓国やドイツなど英語国ではない国の代表も入っています。
世界大会で出される文章が英語の場合、いくら訓練を積んでいるとはいえ、それを母国語とする代表には敵わないように思えるところです(注6)。
さらに、ローズのように根を詰めてタイプライターの訓練に明け暮れたりすると、腱鞘炎になるおそれがあるのではないでしょうか(注7)?
でも、それらのことは、ローズの一途さを前にするとなんとかうまく克服できたのだろうなと思えてきて、何の問題にもならなくなります。
(3)渡まち子氏は、「それにしても50年代のファッションやインテリアはとびきりポップでカラフルだ。しかも色はどこか柔らかい色調で、まるでマカロンが詰まったお菓子箱のような可愛い小品に仕上がった」として65点をつけています。
(注1)ルイ役のロマン・デュリスは、『メッセージ』で弁護士ネイサンを、また、ローズ役のデボラ・フランソワは、『譜めくりの女』で少女メラニーを演じていました。
また、ボブの妻マリー役のベレニス・ベジョは、『アーティスト』で新人女優ベビーを演じています。
(注2)劇場用パンフレット掲載の「Production Note」には、例えば、「衣装を手がけたシャルロット・ダヴィッドは、二人の女性をファッションで描き分けた。地方出身のローズは、可愛らしい花柄のドレスなど50年代スタイル。裕福なアメリカ人と結婚してモダンな家に住むマリーは、髪にリボンを巻き、ピッタリしたカーディガンと短いパンツ、バレーシューズという60年代初期のスタイルだ」などとあります。
(注3)世界大会の決勝で、ローズはそれをやってしまいましたが、なんとか克服します。
(注4)ローズは、タイプの練習の教材としてルイから『ボヴァリー夫人』などのフランス文学の名作を渡されます。
(注5)この大会の優勝者は1分間で515字でした。
(注6)ルイによれば、王者米国にフランスは勝ったことがないとのことですが、むべなるかなです。
(注7)ルイの屋敷に行って特訓を始めた途端に、ローズは「痛い!」と大声をあげます。ルイは、ローズの部屋に飛んでいって彼女の姿勢を矯正し、「背筋をまっすぐにすれば、痛くならない」と言います。
実際は、そんな単純な話ではないのではと思うのですが(クマネズミが趣味にしているクラシック・ギターの世界には、腱鞘炎にかかったギタリストがたくさんいます←関連した事柄については、このエントリをご覧ください)。
★★★★☆
〔追記〕
『メモリーズ・コーナー』というフランス映画(2011年)のDVDが、TSUTAYAで新作のコーナーに並んでいるので借りてきて見たところ、本作で主演のデボラ・フランソワがヒロインとして出演しているではありませんか!
本年2月下旬からシネマート六本木で公開された作品だとは、寡聞にして全然知りませんでした。
この映画でデボラ・フランソワは、1995年に起きた阪神大震災の15周年記念式典を取材するためにフランスから日本にやってきたジャーナリスト・アダを演じており、神戸では、通訳の岡部(西島秀俊)や、元ジャーナリストの石田(阿部寛)に会ったりします。アダは石田に興味を持ちますが、岡部から、彼は生きている男ではないと言われ、次第に自分を取り戻していきます(彼女も、フランスである体験をしてきて日本にやってきたのでした)。
随分と本作とは違った雰囲気の作品で、本作でふんだんに見られるデボラ・フランソワの笑顔はありませんが、また彼女の別の魅力を見た感じがしました。
象のロケット:タイピスト!
別の映画でも1分に何ワード打てる、とかの台詞を何度か見たがタイピング速度の単位はwpm(1分あたりのワード数)で、例えばサンディエゴ市の資料を見ると
Some positions require a minimum net(corrected) typing speed of 30 wpm, while others may require a minimum of 50 wpm. Please review each job bulletin for details.
とある。しかし文字数ではなくワード単位なら例えば引用した文章は(スペース句読点など抜きで)28ワードあるが1ワードと言っても1文字から9文字まである。つまりワード数では比較できないと思うのだが一般的にどうなっているのだろう??さらにコンテストなら使うタイプライターも同一の機種でないと不公平だと思われるが…
同じ資料にTyping Contest Rules もあり、当然ミスタイプはワード数として減点されるので単純にワードや文字数の多さでは表せないと思うのだが…
3. The duration of the typing skills test (5 min.minimum);
4. The gross (uncorrected) words per minute(wpm)
5. The number of errors made (more than 5 errors will not be accepted);
6. The net (corrected) words typed per minute
(Net wpm must be computed as follows; Gross wpm minus 2 wpm for each error.)
Wiki によると、あのようなコンテストは30年代のアメリカで盛んだったようで本来の目的はキー配列のDvorak と QWERTY のどちらが効果的かを調べるためだったらしい。同種のコンテストは日本も含む各国で今も行われれていて早打ちの2012年の記録保持者はアメリカの Barbara Blackburn で212 wpm とギネス記録にある。
ちなみに日本の「毎日パソコン入力コンクール」では、あらかじめ課題文章が発表され参加者以外でも無料でダウンロードできる。
監督は実際のコンテストのドキュメンタリーを見て製作を思い立ち当然多くの資料を調査し2011年のタイピングのワールドカップをデボラ・フランソワと一緒に見ているので映画の多くの部分は事実に基づくだろうが、やはりルールが分からないので戯画化されたコンテスト自体はすっきりしない。
原題の Populaire とは映画で使われる商品名でもあるがポピュラーという意味で、やはり本当の監督の意図はコンテストそのものではなく“50年代の女性の社会進出”を描くことなのだろう。
最後に老婆心ながら“雑貨屋で、そこにあったタイプライターを小さい時から使っていた”とは考えられない。映画では大人(せいぜい1,2年前)の彼女が夜中にショーウィンドウからタイプライターを持ち出し恐らくは初めて、おそるおそる“1本指”で打鍵する場面から描かれたと思うが。
また、どこを見ても田舎から“都会”にとあるが、確かに出身地はバス=ノルマンディ、カルヴァドス県の田舎町らしいが出て行った町(ルイの会社や家)も同じ県内のリジューで2007年でも人口は22,700人なので(86年に駅前のホテルに1泊したことがある)まったく都会というイメージはないが、地域圏内では都会と言えるかもしれない。出たのがパリではないこと自体が荒唐無稽なようで意外と“リアル”なのかもしれない。
そういえばパラシュート兵(?)のボブがベレニスと結婚するエピソードは『城の生活』を連想させた。
おっしゃるように、英語の文章で競うにしても、争うのが1分あたりのワード数(wpm)でいいのかどうかは、確かに大きな問題でしょう!
また、ローズが田舎から出て行った都会というのがリジュー(Lisieux )で、人口が2.2万人ほどの小都市とは思いませんでした。
なお、ローズが「そこにあったタイプライターを小さい時から使っていたのでしょう」と書いたのは、1、2年ほどで人の目を引くほど習熟するとは思えなかったからで、あるいは筆の走り過ぎかもしれません。
具体的に使用言語や機材を含む具体的なルールは分からなかったが
International Typing Contest Rules として
To standardize the word count, the MITCRs define a typing word to be 5 keystrokes.
となっていた。つまり結局は、速さ=キーストローク数ということで、それなら使用言語が何語であれ(やはり実際には英語とフランス語だけのようだが)、ひとまずは平等に判定できる。
もちろん例えば英語でも一瞬見ただけで綴りが分かる頻出語と医学や科学系の専門用語のように注視しないと想像できないような単語もあり、当然試験問題(?)は様々な条件を考慮して作成されると思うが個人的には競泳の水着や飛ぶボールじゃないが、条件を均一(平等)にするのは不可能で、どうしても有利不利は存在すると思うが…
『メモリーズ・コーナー』は好きな映画だがトップシーンからツッコミ満載の雑な映画、まあそれは別の話として
『譜めくりの女』の監督ドゥニ・デルクールは一時京都に長期滞在しビデオだが短編を何本か撮った。その1本に主演した女性(もちろん素人)が友人だったので監督と話したこともある。
次のmilouさんのコメントにあるように、打ち込みの文字数(単語数ではなく)を競うのであれば、必ずしも英語の文章に統一しなくてもいいのでしょうが、それでも例えば、映画に登場していた韓国の代表の場合は何語を使ったのでしょう?
タイプの早打ち大会に限らず、どんな競技でも完全にフェアーな条件にするのは難しいようですね。
また、『譜めくりの女』の監督ドゥニ・デルクール氏とお話をしたことがあるとは素晴らしいことだなと思います。
日本でも日本語タイプライター(業務用のでっかい奴)と英文タイプライターが併存する時期があったので、普通に英文タイプじゃないですか? この映画の中で韓国人だけは一言も話さないのが気になりましたけどね。まあ、どうでもいい事なんですが。
おっしゃるように、韓国でも「普通に英文タイプじゃない」かと思います。ただ、その場合いくら上達しても、世界大会においては、英語を母国語とする者にはぎりぎりのところになれば敵わないのではないかと思うのですが?