映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

アーサー・クリスマスの大冒険

2011年12月18日 | 洋画(11年)
 『アーサー・クリスマスの大冒険』を新宿ミラノ2で見てきました。

(1)ブログ「ふじき78の死屍累々映画日記」の管理者「ふじき78」さんが、この作品を取り上げているエントリで★5つをつけ、加えて2日後のエントリにおいても「最近のお気に入り」の3本の一つとしてあげておられるので、これは『この愛のために撃て』と同じように傑作に違いないのではと思い、映画館に足を運びました。
 問題は、「ふじき78」さんが、「この入りじゃクリスマスを越せないよ」とか「内容はすっごく面白いのに宣伝を失敗して観てる人が凄く少ないCGアニメ」と指摘されているように、観客の入りが酷く悪いことから上映館がかなり少なくなっている点です。
 クマネズミは当初、近くの吉祥寺バウスシアターが次の火曜日(20日)まで上映していることが分かっていたので、その上映時間が昼間のこともあり、日曜日の本日に行くつもりでした。
 ところが、昨日になって同館のスケジュールをHPで再確認したところ、既にその前の日の金曜日で打ち切りになっていて、「ご了承ください」とHPには掲載されているではありませんか!
 「了承」などしないぞとは思ったものの後の祭り、仕方なく他の映画館を探したところ、新宿で20日まで上映されていることが分かり、1日でも早くと、昨日慌てて出かけた次第です。
 上映されている「新宿ミラノ2」(地下にあります)には、これまで殆ど行ったことがありません。相当くたびれた外観ながら、中に入るとトテモ立派な雰囲気を持った大劇場(定員が700名近く!)です。
 でもやはり、そんな大きな劇場の中心部に、土曜日にもかかわらず20人ほどの観客が座っているだけの大層寂しい上映風景でした。

(2)映画は、20億人もいる世界中の子供達にクリスマスプレゼントを届けるサンタ一家のお話。一体どうやったらそんなことが可能なのでしょう、という疑問に対する回答を本作は与えてくれます。

 実は、北極の氷の下に超ハイテクの作戦指令所が設けられていて、長男スティーヴが沢山の妖精を使って指揮を執っているのです(言ってみれば、スティーヴは、参謀長的存在なのでしょう)。



 その指令の下、実際に子供達にプレゼントを配るのは、巨大な最新飛行装置「S-1」に乗る父親マルコムです(彼は、作戦全体を統括する大将というわけでしょう)。



 スティーヴは、早いところ父親からすべてを譲り受けて、全体を自分で動かしたいと思っています(父親は、今回を含めて70回もプレゼント作戦を執り行ってきていて、引退も間近といった感じなのです)。
 サンタ一家には、この他に、136歳にもなる祖父(「おじいサンタ」)と、マルコムの妻マーガレット、そして本作の主人公の次男・アーサーがいます(注1)。

 アーサーの仕事は、長男の様な派手なものではなく、地味な裏方で、サンタに寄せられる沢山の手紙に返事を出すことです。



 さて、今年のプレゼント作戦もうまくいったと皆が喜んでいる時に、イギリスに住む女の子グウェンにプレゼントの自転車が配達されていないことが判明します。
 長男スティーヴは、たった1個のプレゼントが届けられなくとも、20億個マイナス1のプレゼントがきちんと届けられているのだから、作戦は大成功なのだ、そんなことは無視してもかまわないと主張し、父親マルコムもそれに同調します。
 ですが、次男のアーサーは、一人でもプレゼントを待っている子供がいるなら、そのプレゼントを届けるべきだと主張し、25日のクリスマスの朝を迎えるまでの2時間のうちに、グウェンにプレゼントを届けようとします。

 でも、父親や兄が反対するので「S-1」は使えません。そこでアーサーは、祖父の「おじいサンタ」を引っ張り出します。


 アーサーは、彼が密かに隠し持っていた橇「イヴ」(トナカイ8頭が引っ張ります)に乗って、一緒に、グウェンのいるイギリス・コーンウォール州の小さな村を目指して出発します。
 さあ、アーサーたちはうまくプレゼントを彼女に届けることができるのでしょうか、……?

 北極の下の大規模な作戦指令所(オペレーションセンター)の有様、巨大な最新飛行装置「S-1」の姿、そしてピンクの自転車をグウェンに届けるまでの大冒険等々、このアニメには見所が一杯詰まっています。
 それらの場面は、子供達のみならず大人達にとってもワクワクしてしまいます。
 そして、大人達には、「おじんサンタ」とかマルコムの描き方が単純になされていないところとか、スティーヴとアーサーの対比的な描き方にも興味を惹かれるところです。

 ただ、そうしてリアルな方向に注意が向くと、見ている方も少々突っ込みを入れたくなってきます。
 例えば、この映画では妙齢の女性がマッタク登場しませんが、スティーヴとかアーサーの結婚はどうなるのでしょうか?
 劇場用パンフレットによれば、オペレーションセンターで「60万人」も働いている「妖精」は、平均身長が66㎝とされますが、本作の描き方では、同じ「人間」ながらも、サンタ一家に従属するだけの差別的な扱いを受けているように思われてしまうのではないでしょうか?
 そして、やっぱり、アーサーたちの大冒険を阻止しようとする悪漢どもが見当たらないのも寂しいところです。

 でも、そんなツマラナイことなど考えずに、質の高いアニメを素直に愉しむべきなのでしょう!

(3)実は、この映画を見る前に、『さよなら!僕らのソニー』(立石泰則著、文春新書)を読み終えていました。
 12月15日号の『週刊文春』の「文春図書館」で、小説家・白石一文氏が、「いやはやこんなに面白い本を読んだのは久しぶりだ。小説、ノンフィクイションを問わず、ここ十年来で最高の読書体験の一つだった」とまで述べていたことに触発されました。実際、目を通し始めたところ、興味深い事柄が引きも切らず書き連ねてあって、それこそアッという間に読み終えてしまいました。
 ですから、本作の冒頭で「Columbia Pictures and Sony Pictures Animation」などといった文字に出会った途端に、同書が思い起こされました。

 そして、チョット強引ではありますが、サンタ一家の大作戦を仮に企業の事業だと捉えると、本作と同書の登場人物とが互いになんとなく似ている様な気もしてきたのです。
 すなわち、
・「おじいサンタ」は、サンタクロースの原点を体現しているので、メーカーとして物作り自体に独創性を求めたソニー創業者の井深大氏と盛田昭夫氏に、
・父親のマルコムは、息子のスティーヴとアーサーのそれぞれの良さを認めているところから、ソニーの転換点に当たる時期にCEOだった大賀典雄氏に、
・兄のスティーヴは、効率性を最も重視しているので、ソニー創業の原点から逸れる方向に大きく舵を切ったCEOの出井伸之氏とかハワード・ストリンガー氏に、
・そして主人公アーサーは、効率性よりも精神の問題だとして「おじんサンタ」に協力を仰いだところから、古いソニーを懐かしんでいる著者立石氏(あるいは、書評を書いた白石氏)に、
それぞれ当て嵌めてみたら面白いのでは、と思ってみました。

 もう少し申し上げれば、例えば、白石氏の書評によれば、「ソニーはメーカーとしての競争力を急速に失っていったしまった」わけですが、「その最大の原因は、モノ作りをすっかり忘れてしまった金融大国アメリカ出身のハワード・ストリンガー氏を、社内政治上の思惑から出井氏が後継CEOに指名したことに尽きると立石氏は指摘している」のです。
 こうした事態は、「おじさんサンタ」の時代には、トナカイの橇「イヴ」に乗って一つずつプレゼントを配ったのに対して、今やスティーヴは、巨大な最新飛行装置「S-1」を使って非常に効率的に20億個のプレゼントを配っていることに対応させることが、もしかしたら出来るかもしれません。
 なにしろ、ストリンガー氏は、エレクトロニクス事業がソニーの中核だとはしながらも、実際は同事業について十分な識見を持っておらず(注2)、実際のところは端末装置ではなく、コンテンツ事業の方に重要性を置いているのです。マサニ本作のような映画を制作して収益を上げることを重視しているのでしょう(とはいえ、日本ではコケてしまった感じですが!)(注3)。

 もっと飛躍してもかまわないのであれば、ソニーの変貌は、日本経済全体が世界経済の中で置かれている位置とも連動している、と言えるのかもしれません。
 すなわち、日本は今や、物作りの面では、かなりの部門で韓国や中国に追い抜かされそうになっていて、今後生き残れる道はサービス産業くらいしかないと思われるにもかかわらず、依然として自動車産業頼みとなっているために、ソニーが赤字体質からの脱却が難しくなっているのとパラレルに、日本経済の地盤沈下が一層進んでいるようにも思われます。

 さてここで、日本経済は、アーサーのような道に戻るべきなのでしょうか、それとも、あくまでもスティーヴの路線をモット先まで辿っていくべきなのでしょうか、それとも第3の道が?
 ですが、そんな重大問題はクマネズミの手にあまることなので、別の機会といたしましょう。

(4)なお、本作を見ながら、クリスマスってプレゼントを子供に届けることがすべてなの、という思いに囚われてしまいました。単にチョコレートを贈る日となってしまっている日本のバレンタインデーに対する違和感と同じような感じです。
 そこで、手元にあった『サンタクロースの秘密』(クロード・レヴィ=ストロース/中沢新一著、せりか書房、1995年)に収められている、レヴィ=ストロースの論文(中沢新一訳)を踏まえた中沢新一氏の論考によれば、概略次のようです。
 
 ヨーロッパの「民衆の世界には、救世主の誕生と死者の霊の来訪とを同一の出来事としてとらえる、象徴的思考の伝統が深く息づいてい」て、「冬至の時期、太陽はもっとも力を弱め、人の世界から遠くに去っていく」が、そのとき「生者の世界には、おびただしい死者の霊が出現することにな」る。そこで、生者は「訪れた死者の霊を、心をこめてもてなし、贈り物を与えて、彼らが喜んで立ち去るようにしてあげる」と、「太陽はふたたび力をとりもどして、春が到来」してくることになる。
 この場合、「死者の霊を表象するものとして、社会性のマージナルである子供と若者が祭の立役者として選ばれ」、「大人たちがつくる生者の世界は、彼らを媒介にして、有体化した贈与物を、死者の領域に贈り届けることもできた」わけである。
 ところが、そうした「ダイナミズムのすべてが、近代のブルジョア社会の成立と共に、大きな変質をこうむることにな」り、「生者を死者の霊の領域につなぐ媒介者の地位をつとめていた子供組や若者組の働きを、今日のブルジョア化された世界では、あのサンタクロースなる人物がつとめることにな」り、「子供はサンタクロースからのプレゼントを受け取る位置に、転落していった」わけ。

 やはり、サンタクロースの背景には奥深い物があると分かります。
 ただ、仮にそうであるとしたら、上記(3)を踏まえて、ストリンガー氏は、ソニーという会社を通じて社会(株主だけ?)にいろいろプレゼントをしてくれるサンタクロースの位置にあるといってもよいのかもしれません。
 しかしながら、立石氏によれば、彼に支払われる「8億円を超える報酬額は高すぎ」、「十分に欲深い」といえそうですから(『さよなら!僕らのソニー』P.271~P.271)、子供達に与えるべきプレゼントを自分に向かって与えてしまっている、といえるかもしれません(注4)!

(5)渡まち子氏は、「ヘタレの主人公が繰り広げる手に汗握るアクションと、ワールド・ワイドな冒険、そしてエモーショナルな家族のドラマは、父と子のバトン・リレーのよう。心温まる秀作アニメーションに仕上がった」として75点を付けています。
 福本次郎氏は、「“CGによってアニメは飛躍的に表現力をつけたが手書きアニメの頃のぬくもりを伝える魂を忘れたわけではない”。映画製作者自身が、プレゼントを直接デリバリーするアーサーの活躍を通じて、そう宣言しているように思えた」として60点を付けています。



(注1)あるいは間違っているかもしれませんが、次男の姓名は「アーサー・クリスマス」ではなく、「アーサー・サンタ(クロース)」ではないでしょうか?邦題も、本来的には、「アーサーのクリスマス(大冒険)」とすべきなのではないでしょうか?

(注2)立石氏によれば、「井深氏にはトリニトロン・カラーテレビ、盛田氏にはウォークマン、大賀氏にはCDプレーヤーという一般消費者なら誰もが知るそに商品を成功させた実績がある」のに対して、「いまはソニーらしい製品が生まれないこともあって、代表的な製品と「ソニーの顔」が結びつかない」(『さよなら!僕らのソニー』P.148~P.149)。

(注3)立石氏によれば、ストリンガー氏には、「エレクトロニクス製品は、あくまでもエンタテインメント事業が利益を上げて行くためのツール(道具)であって、それ以上でも以下でもな」く(『さよなら!僕らのソニー』P.243)、彼にとって「何よりも大切なのはハリウッドなのである。そして、SONYをコンテンツとネットワーク事業を含む博い意味でのエンタテインメント企業に変貌させることが夢なのかもしれない」(同書P.244)。

(注4)この点に関し、書評をした白石氏は、「本書で明らかにされているハワード氏及びその取り巻きのアメリカ人たちの保身と強欲、無為無策ぶりには唖然とする。そして、そうしたアメリカニズムというものが、ソニーに限らずこの国の各界のリーダーたちをいかに毒しているかを思うとき、現在の日本の衰退の真因が私たちの前にぼんやり浮かび上がってくる」と述べています。
 ですが、そうしたいわゆる小泉流の市場原理主義批判をここで持ち出すのは、全くのお門違いと言うべきでしょう。
 むしろ、立石氏がいうように、「「SONY」ブランドが輝いたかつてのソニーを知る者にとって、日に日にメーカー・マインドを失っていくソニーの姿を見るのは辛い。しかし「グローバル企業」とは、こういうものなのだろうなとも思う」べきではないでしょうか(『さよなら!僕らのソニー』P.289)?




★★★★☆




象のロケット:アーサー・クリスマスの大冒険


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5 コメント

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アーサーの結婚 (ふじき78)
2011-12-18 22:33:51
こんちは。観ていただいて恐縮至極です。ここから又、広がったりしてくれると嬉しいんですけどね。20日までって中途半端だなあ。

> アーサーの結婚

多分、そっと東北の寒村あたりに来て、夜這いとかしながら嫁を探すのだと思います。
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相談所では? (クマネズミ)
2011-12-19 05:48:00
お早うございます。TB&コメントをありがとうございます。
アーサーの「嫁探し」については、「夜這い」から始めるよりも、大手の結婚相談所に行った方が時間がかからないかもしれませんよ!
ただ、自分のことを紹介する書類に添付しなくてはならない証明書(たとえば、独身証明書、所得証明書、卒業証明書など)については、アーサーの場合、上手く揃えることが出来るのでしょうか?
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妙齢の女性がマッタク登場しません (KGR)
2011-12-19 10:41:29
今気が付きましたが、その通りですね。

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あけおめことよろですw (愛知女子)
2012-01-01 02:01:14
あけましておめでとうございます!
昨年も色々交流して下さりありがとうございました。
本年もまたよろしくお願い致します。

ところで私、この映画クリスマス近くに観たいと思って劇場まで足を運びましたが…。
やってませんでした(-ω-;)ヽ
なかなか話も奥が深そうで。是非スクリーンで観たかったです!
東京もそういう状態でしたか…。
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お礼 (クマネズミ)
2012-01-02 05:41:48
「愛知女子」さん、元旦早々にコメントをいただき、誠にありがとうございます。
こちらこそ、様々の面白いコメントをいただき感謝しております。今年もよろしくお願いいたします。
なお、本作については、クリスマス物にもかかわらず、早々と上映が打ち切られてしまいました。あるいはPRの仕方が不味かったのかもしれません(クマネズミも「ふじき78」さんのブログ記事で初めて、良い映画だと知ったくらいですから)し、話の内容がそれほど子供向きではなかったからなのかもしれませんが、いずれにせよお客さんの入りが悪くてはドウしようもないのでしょう!
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