映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

夜明け告げるルーのうた

2017年08月16日 | 邦画(17年)
 少々前のことになりますが、『夜明け告げるルーのうた』をTOHOシネマズ新宿で見ました(注1)。

(1)フランスで開催されたアヌシー国際アニメーション映画祭で、クリスタル賞を受賞した作品だと聞いて、映画館に行ってきました。

 本作(注2)の舞台は、寂れた漁港の町の日無町(注3)。
 朝、本作の主人公の足元カイ(声:下田翔大)は、目を覚ましパソコンを開いて、自分がネットに投稿した音楽作品「assemble music」を再生しますが、コメント欄に「すげえじゃん、足元か?」などという書き込みがあるのを見つけます。

 それから、カイは階下に降りて、祖父(声:柄本明)や父親・照夫(声:鈴村健一)と朝食を食べます。
 照夫が「夏期講習申込んだのか?」と尋ねると、カイは「うん」と生返事をして、学校に行くために家を出ます。
 町内放送のスピーカーから、「皆様お早うございます。本日2時より公民館で3度目の“活きじめ”ワークショップを行います」などの声が流れます。

 しばらくすると、中学校のクラスメイトのユウホ(声:寿 美奈子)とクニオ(声:斉藤壮馬)が、カイに向かって「お早う」と言いながら集まってきます。



 ユウホが「今の放送は、伊佐木先輩。あたしも、この町出なきゃ」と言います。
 そして、ユウホが「足元君、バンドやろうよ」と言うと、クニオも「お前のテクニック知らなかった」「やっぱ東京生まれだからな」とユウホに同調すると、カイは「楽器できないよ」と答えます。
 それに対し、クニオが「打ち込みでいいから」と応じると、カイは「音楽は単に暇つぶし」「そんなに好きじゃないんだ」と難色を示します。
 それでも、ユウホは「秘密の島でこっそりやっているんだ」と、カイの参加を促します。

 教室では、担任が、進路についての調査票を生徒から回収します。
 ユウホがカイに「どこにした?」と訊くと、カイは「書いてない」「行きたい高校なんてない」と答えます。それを聞いたユウホは、「カッコいい!」「あたしもそうする」「あっ、ボールペンで書いたから消せない」と騒ぎます。

 カイは学校から帰宅します。
 家に入る際に、カイ宛の手紙(注4)をポストから抜き取り、舟屋の2階にある自分の部屋に持っていき、封は切らずに箱の中にしまい込み、自分で作曲した曲を再生します。
 その時、カイは海の中に人魚らしきものを見ます。
 カイは部屋にあった古い本を読みます。そこには、「古来、日無湾には人魚が出ると言われた」など、日無の人魚のことが書かれています。

 それからは、カイが音楽を部屋で聞いていると、海水の中から人魚(声:谷 花音)が現れ、自分のことは「ルー」だと言い、「みんな仲良し」と言って踊り出したりします。



 こんなところが本作の初めの方ですが、さあそれからどのような物語が綴られるのでしょうか、………?

 本作は、大層元気で活発で音楽好きな人魚の女の子のルーと、ふさぎがちながら豊かな音楽性を備えた少年カイとの出会いと別れを、素晴らしく斬新なアニメーションで描き出しています。流れてくる音楽に身を浸すのも良し、スクリーンに映し出される色彩に溢れた世界に見とれるも良し、なかなか良く出来たアニメではないかと思いました。

(2)本作については、いくつかの特色を挙げることが出来るでしょう。
イ)主人公のカイについては、比較的複雑な性格付けがされています。
 すなわち、カイは、もともとは東京生まれで東京で暮らしてきましたが、家庭の事情で日無町に移り住んできました。そのためもあって、周囲になじまず心を閉ざしていて(注5)、大部分の時間は部屋にこもっています。
 と言っても、上記(1)にあるように、完全な引きこもりというわけではなく、音楽には心を開いていて、作曲したものをネットに投稿しており、またユウホやクニオのバンドに、嫌々ながらも参加したりするようになります。

ロ)カイが動き回る環境は、大層しっかりと描きこまれています。
 例えば、カイが住んでいる家の母屋は木造の3階建で、1階は貸船屋「つり船 あしもと」であり、なおかつ傘も売っているようです。また、2階は居間で(カイと祖父と父親が食事をしたり、祖父が傘の内職をしたりします)、3階が寝室になっているのでしょう。
 さらに、母屋は傾斜地に建てられているので、2階に玄関が設けられています。
 そして、この母屋の狭い通りを挟んで向かい側に舟屋(1階部分に船が置かれていて、2階部分をカイが自分用に使っています)があります(注6)。

ハ)カイを取り巻く登場人物も、そんなに単純ではありません。
 カイの父親は、離婚して故郷の日無町に戻って、水産会社に勤めています。でも、全く向いていない仕事に就いているために、大変なようです(注7)。
 また、カイの祖父は、酷い頑固者(注8)で、貸船屋を営むだけでなく、母屋の2階の居間で内職の傘張りをします(注9)。
 ユウホは、町一番の水産会社(カイの父親が勤務)の社長(声:チョー)の一人娘。快活ながらも、いまいち自分に自信がない感じです(注10)。
 クニオは、町の神社の神主の息子。元気一杯ながらも、神主を継ぐことにプレッシャーを感じてもいるようです。

 こうしたことをバックに、もう一人の主人公のルーが登場します。



 ルーには、天真爛漫で可愛らしい女の子というような、むしろ単純な性格が与えられています。ですが、カイ及びその周囲が、ルーとは対比的にリアルに描かれていることもあり、ルーの持つ人魚であるというファンタジー性が一層増すように思えます。

 さらに、そのファンタジー性の増幅に寄与したのが、「フラッシュアニメ-ション」で全編が制作されている点ではないかと思われます。特に、最後の方の津波が日無町を襲う場面などで、その特色が生かされているように思います(注11)。

 ただ、全体として女性の登場が少ない感じもするところです。
 勿論、主人公のルーは人魚ながらも女の子ですし、またカイのクラスメイトのユウホも活躍はします(注12)。ですが、他方で、カイの家族には祖母はいませんし、母親とも離れています。それに、ルーのパパ(声:篠原信一)は登場しますが、ママは見当たりません(注13)。

 まあ、そんなところはどうでもよくて、本作で重要な位置を占める音楽については、ユウホらのバンド「セイレーン」が演奏する曲が、映画を見ている方までもワクワクするような躍動的なものですし、何回か本作の中で歌われる斉藤和義の「歌うたいのバラッド」もとても素晴らしい曲です。

(3)渡まち子氏は、「映画を難しく見る必要など、ないのだ。ボーイ・ミーツ・マーメイドの本作は、鬼才・湯浅政明の新境地に見えて、原点なのかもしれない」として70点を付けています。
 毎日新聞の最上聡氏は、「音楽が重要な位置を占め、絵柄はかわいく、物語は実に王道だ。では、どこかで見たかと問われれば何かひっかかる。登場人物の叫びに真実味がある」と述べています。



(注1)下書きを書いてしばらく放っておいたら、10月にはDVDが販売されるということなので(この記事)、不十分な内容ながらも、慌てて本ブログに掲上することといたしました。

(注2)監督は、『夜は短し歩けよ乙女』の湯浅政明
 脚本は、『聲の形』の吉田玲子と湯浅政明。
 英題は「Lu over the wall」。

(注3)劇場用パンフレット掲載の湯浅監督と脚本の吉田氏の対談記事において、吉田氏は、「湯浅さんの構想に、すごく大きな岩があって日が当たらないという設定があったので、名前もそのままわかりやすく「日が無い町」にしました」と述べています。

(注4)その手紙は、父親と離婚したカイの母親からのもの。
 母親は、ダンサーとして東京でなおもやっていこうとして、故郷に帰るという夫(カイの父親)と離婚したようです(「どうして母さんと別れたの?」と尋ねるカイに対し、照夫は「ここが好きなんだ」と答えます)。

(注5)上記「注3」で触れている対談記事において、湯浅監督は、「吉田さんが「これはカイくんが貝のように閉じて、それが開くお話ですよね」とおっしゃってくれたんです」と述べています。

(注6)上記「注3」で触れている対談記事において、湯浅監督は、「カイの部屋がある舟屋は「伊根の舟屋」という京都にある建物からとっている」と述べています。

(注7)カイが家に戻った時、父の照夫が「どこに行ってた?」と訊くものですから、カイは「クニオんち」と答え、さらに「父さんも、バンドやってたんだよね」と言います。こんなことからすると、照夫は、ミュージシャンを目指していたようです。でも、照夫は絵画音楽をやることに反対なようで、「勉強しないと、いい就職が出来ないぞ」と言います。

(注8)母親が人魚に噛まれて亡くなったとして人魚を酷く恐れています。
 カイにも、「絶対に海に近づいてはいけない」と口うるさく言います。

(注9)上記「注3」で言われているように、日無町が「すごく大きな岩があって日が当たらない」のであれば、祖父が傘を作っても売れないのではと思われるのですが。
 とはいえ、町の商店街の上空が傘で一杯になるシーンはトテモ綺麗でした!

(注10)ユウホの祖父は、人魚島に「人魚ランド」を作りますが、失敗しています。
 なお、その島で、ユウホとクニオとカイは、バンド「セイレーン」の練習をします。

(注11)劇場用パンフレット掲載のインタビュー記事において、「サイエンスSARU」に所属するアベル・ゴンゴラ氏(フラッシュアニメーター)は、フラッシュにある「シェイプトゥイーン」という機能を使って「ゆらめくような水の表現が多用できた」、「特にルーの髪がいつも水でゆらゆらしている描写には、ずっとこの機能を使っています」などと述べています。

(注12)さらには、タコ婆(声:青山穰)も登場しますが。
 なお、タコ婆の若い時分に恋人だった男が海で死んだのは人魚のせいだと思い込んで、人魚を酷く憎んでいます。

(注13)「ママは?」と尋ねるカイに、ルーは「食べられた」と答えます(それに対して、カイは「俺もママはいない。小さい時に出ていった」と応じます)。
 なお、ルーのパパは、外見がサメの人魚ながら、バリっとした背広を着て、日無町の住民にも受け入れられているようです。でも、日無町には、カイの祖父を始めとしてアンチ・人魚の住民がかなりいるはずで、どうして受け入れられているのかよくわからない感じもします。



★★★★☆☆



象のロケット:夜明け告げるルーのうた



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2 コメント

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Unknown (atts1964)
2017-08-17 08:44:10
画の感じがどうかなと思って様子を見ていましたが、これはなかなかいいアニメ作品でしたね。音楽の取り入れ方、人間と人魚の触れ合い、なかなか心温まる作品でした。
いつもTBありがとうございます。
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Unknown (クマネズミ)
2017-08-17 21:36:54
「atts1964」さん、コメントを有難うございます。
おっしゃるように、本作は、「音楽の取り入れ方、人間と人魚の触れ合い」といった点で、「なかなかいいアニメ作品」だったように思います。
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