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夜は短し歩けよ乙女

2017年05月11日 | 邦画(17年)
 アニメ『夜は短し歩けよ乙女』を、渋谷Humaxシネマで見ました。

(1)評判が良さそうなので、映画館に行ってきました。 

 本作(注1)は、京都の大学の学生(本作では「先輩」と言われます)が、一目惚れした女子学生(本作では「黒髪の乙女」とされます)に近づこうとして後を追い、四条木屋町界隈の飲み屋街とか、下鴨神社で開催されている古本市、さらには大学学園祭などをうろつきまわって、事件を様々に引き起こすという物語。

 本作は、原作同様に、4つのパートに分けられるでしょう(注2)。
 ここでは、2番目のパートの初めの方を見てみましょう。

 最初のパートの終わりの方で、主人公の「先輩」が一目惚れした、1年後輩の「黒髪の乙女」が、「私は『ラ・タ・タ・タム』という絵本を思い出した。その本に会いたくなった」と呟き、本を探しに「下鴨納涼古本まつり」(注3)に向かいます。
 他方で、学園祭事務局長は先輩を呼び出し、「なぜ私をここへ?」と訝る「先輩」に対して、「「黒髪の乙女」の情報も集められている。彼女が昔読んだ本が下鴨神社の古本まつりに出品される」と言います。学園祭事務局の局員も、「その本を入手すれば、彼女の心をたやすくつかむことができるでしょう」と口添えします。
 かくして、「先輩」と「黒髪の乙女」は古本まつりに集まることになります。

 「先輩」が「夏はこんなに暑いのか?」とか「私は本が嫌いだ」などと呟きながら、古本市にやって来て、ソフトクリームを手にした少年とぶつかって、ズボンを汚してしまいます。



 「黒髪の乙女」も、「ここはまるで本の海」と呟きながら、出店している本屋の店先を歩き、以前から欲しかった本(注4)に遭遇し購入します。



 さあ、このあと2人はめでたく邂逅するのでしょうか、それとも、………?

(2)原作小説では四季が巡るところを(注5)、本作では一晩の出来事とする(注6)など、話をグッと凝縮することによって、それぞれの登場人物が、とてつもない早口で尋常ではない量の会話をする中で、展開が大層スピードアップされます。あれよあれよという間にラストまでたどり着いてしまうこととなり、結果として、実に楽しい映画の時間を過ごすことが出来ました。

 それぞれのパートについて少々見ていくと、
 二番目のパートでは、何と言っても会話の量が目立ちます。
 例えば、上記(1)で「先輩」が遭遇する少年は、「黒髪の乙女」と出会った際、「すべての本はつながっている」として長々と語り出すのです(注7)。
 そんなお喋りは、一語一語区切られて理解できるように観客の耳に入ってくるのではなく、耳に心地よい塊としてしか聞き取れません。古本市で大量の古書を見たら、一冊一冊の本というよりも本の塊に見えてしまうのと、あるいは似ているのかもしれません。

 なお、この後で、少年は「僕は古本市の神様だ」と明かし、「黒髪の乙女」が、一つの書店でまとめて高値で売られている稀覯本を、バラバラにして様々の書店の書籍の間に解放すると、「ありがとう、これで本は再び生き返る」と礼を言います。ただ、これには問題がないこともない感じがするところです(注8)。

 また、三番目のパートでは、ゲリラ演劇(注9)の『偏屈王』(注10)が「パンツ総番長」(注11)を巡る恋物語(注12)として演じられますが、すべてがミュージカル仕立てとなっているのは、原作には見られないことであって、本作制作陣のグッドアイデアといえるでしょう。

 さらに、最後のパートでは、「先輩」が風邪をひいて寝込んでいるところ、学園事務局長から、そこに「黒髪の乙女」がやってくるという連絡があり、「先輩」は大混乱に陥るのですが、その有様が「脳内会議」によって描かれます。

 脳内会議と言えば、『脳内ポイズンベリー』でしょう。
 ただ、同作の場合、会議参加者は原則5人ですが(注13)、本作の場合は、一人一人の判別がつかないほどたくさんの者が会議に参加しています。
 とはいえ、重大事が起こるとそれぞれの会議が大混乱に陥るという点は共通していて、なかなか面白いなと思ったところです。
 さらに、本作の脳内会議のビジュアルは大層躍動的で、これは原作にない場面だけに、アニメーションの特性が随分と生かされているなと感心いたしました。

 しかしながら、最初のパートは色々問題があるように思いました。
 例えば、「先輩」が追いかける「黒髪の乙女」は、大学生と言ってもおそらく20歳を超えていて、飲酒をしてもかまわないのでしょう。ただ彼女が、「李白」と称する高利貸の老人と「偽電気ブラン」(注14)の飲み比べをして勝利するなどというのは、誠に芸の無い話だとしか思えません(注15)。
 また、「黒髪の乙女」は還暦祝のパーティーに遭遇しますが、そこで赤いちゃんちゃんこを着た老人たちが話す愚痴は、どれもこれもありきたりのものばかり(注16)。
 さらに、「詭弁踊り」なるものを、「黒髪の乙女」は、詭弁論部のOB・OGと一緒に踊るのですが、映像的に醜悪ではないでしょうか?

 ただ、最初のパートでは、東堂(注17)が、閨房調査団の一員として収集していた春画を、先斗町の料亭の2階の窓から地上に向けて破り捨てるシーンがありますが、これは、最近見た韓国映画『お嬢さん』において、お嬢さま付きの侍女・スッキキム・テリ)が、屋敷の主人の収集したたくさんの日本の春本を破り捨てるシーンと重なり、大層興味を惹きました(両者には、必ずや同じ物が見られるのではないでしょうか?)。
 昨今では、芸術品としてその価値が正当視されているはずの春画・春本が、期せずして日本と韓国の映画で破棄されているシーンが描かれているというのは、一体どうしたことなのでしょう?

 このように、本作には、興味深い仕掛けが様々に施されていて、時間をかけてゆっくりとDVDで確かめてみる楽しみを見る者に残してくれているようにも思いました。

 なお、湯浅監督は、「これは人と人を繋げていく話、出会いとご縁の話なんだというのを意識して作っていました」と述べています(注18)。
 このことは、例えば、「黒髪の乙女」が、李白に対し「李白さんは孤独ではありません。ちゃんと人と繋がっています」と言ったり、あるいは「古本市の神様」が「本っていうのは、すべて繋がってるんだ」と言ったりするセリフに反映されているのでしょう。
 それに、本作において「黒髪の乙女」は、実に様々な人と出会います。
 ただ、「先輩」には学園先事務局長とか「パンツ総番長」といった友人がいますが(注19)、彼女にはそうした友人が見当たりません。
 確かに、今回の夜の徘徊によって、「黒髪の乙女」は、人との繋がりは出来たかもしれません。でも、はたして友人ができたのでしょうか?そして、彼女が李白に言ったように、人の繋がりができれば、人は“孤独”ではなくなるのでしょうか?

(3)渡まち子氏は、「時間や空間の概念が覆される物語もさることながら、のっぺりとしたイラストのような絵柄とカラフルな色彩のビジュアルが非常に新鮮だ。形も色も動きさえも、自由すぎるほど変幻自在に変わるそのテイストは、リアルとは対極にある」として75点を付けています。 
 前田有一氏は「時間の濃縮還元原液のような猛烈な作風を残したまま、ライトユーザーを取り込むことができたら、きっと湯浅アニメは社会問題になるくらいのムーブメントを起こすことができるだろう。そんなポテンシャルを感じる一本であった」として60点を付けています。



(注1)監督は湯浅政明
 脚本は上田誠
 原作は、森見登美彦著『夜は短し歩けよ乙女』(角川文庫)。

(注2)本作は、次の4つのパートに分けられるでしょう。
 最初のパートは四条木屋町界隈の飲み屋街での話(原作の第一章「夜は短し歩けよ乙女」に該当するでしょう)、二番目のパートは下鴨神社で開催されている古本市での話(原作の第二章「深海魚たち」)、三番目のパートは大学学園祭での話(原作の第三章「御都合主義者かく語りき」)、そして最後のパート(原作の第四章「魔風邪恋風邪」)。

(注3)下鴨神社境内にある「糺の森」で開催されています。
 この記事によれば、実際にも、同地で8月中旬に毎年開催されています。

(注4)原作によれば、「黒髪の乙女」が中学生の時に愛読していたジェラルド・ダレル著『虫とけものと家族たち』の続編の『鳥とけものと親類たち』(P.84)。

(注5)原作は、「新緑も盛りを過ぎた五月の終わり」(P.9)から「十二月も中旬に差しかかった頃」(P.243)までのおよそ7か月間の話とされています。

(注6)劇場用パンフレットのインタビュー記事の中で、湯浅監督は、「タイトルが『夜は短し(歩けよ乙女)』なんで、原作は四季を巡る物語ですが、一晩の話にすると、すっきりタイトルの意味に収まるなと思いました」と述べていますし、このインタビュー記事においても、「今回4つの話を1本にして、一晩で起こったことにしている」と述べています。また、脚本の上田氏も、「一夜をノンストップで歩き抜くワンナイトムビーにしたい」という監督の意向を「最も重視した」と述べています。
 ですが、公式サイトの「物語」には、「春の先斗町、夏の古本市、秋の学園祭、そして冬が訪れて…」「季節はどんどん過ぎてゆく」などとあります。
 さらには、劇場用パンフレットに掲載されている「キャラクター設定」でも確認できますが、「先輩」と「黒髪の乙女」については、四季折々の服装が用意されていて、実際の映画でも、彼らの服装は各パートで異なってもいるのです。
 要すれば、本作は、一晩で四季が巡ってしまうという大変ファンタジックな設定になっているようです。
 とはいえ、逆に言えば、こうした描き方をしたら、パートとパートとの“繋がり”(!)がどうなっているのだ、と見る者を混乱させてしまうのではないでしょうか?

(注7)原作によれば、喋りの骨子は次のようです。『シャーロック・ホームズ全集』→著者のコナン・ドイルがSF『失われた世界』を書く→ジューヌ・ヴェルヌの影響→ヴェルヌの『アドリア海の復讐』→ヴェルヌはアレクサンドル・デュマを尊敬→デュマの『モンテ・クリスト伯』→翻案したのが黒岩涙香→………→三島由紀夫が嫌った文章を書いたのが太宰治→太宰治が「よくやった」と評価したのが織田作之助→『織田作之助全集』」(P.110)。

(注8)そうすれば、価値の分からない書店が安い値を付けるので、誰でも稀覯本を手にすることができるというわけなのでしょうか。
 確かに、著名な本の初版本とか絶版本や近代以前の本などは、随分の高値で販売されていて、素人には手が出ません。ただ、希少価値のあるものが高値で売られること自体は、自由な市場を認める限り当然のことではないでしょうか?それに、初版本など素人に不要でしょうし、絶版本などは図書館を利用すれば読めますから、それらが高値で取引されることにそれほど問題があるとも思えませんが?

(注9)特定の劇場で演じられるのではなく、無告知で公園とか公共広場などで突然上演される演劇のことでしょう。

(注10)ヒロインのプリンセス・ダルマが囚われの偏屈王を探すという筋立て。劇場用パンフレット掲載の「用語解説」には、「実在のサークルや学生の実名を織り込んだ虚実入り乱れる内容で構成されているミュージカル」とされています。

(注11)二番目のパートの「下鴨納涼古本まつり」の会場に持ち込まれたコタツのところで、「パンツ総番長」は、自分の渾名のいわれを「黒髪の乙女」に語ります。「芝居を見た後、空からリンゴが降ってきて、私とたまたまソバにいた彼女の頭の上に同時に落ちて跳ねた」「別れた後、彼女のことが忘れられなくなった」「彼女にふたたび出会うまでパンツを取り替えないと、吉田神社に願をかけた」。
 なお、「パンツ総番長」は、彼女に会うべく『偏屈王』の脚本を書いて、ゲリラ公演をしているようです。

(注12)「黒髪の乙女」、舞台監督の紀子、そして学園祭事務局長が入り乱れての大混乱となります。

(注13)時折、「本能」が乱入してきますが。

(注14)劇場用パンフレット掲載の「用語解説」によれば、「偽電気ブラン」とは、「電気ブラン」の味を再現しようとする過程で発明したとされる幻の名酒。
 原作では、「偽電気ブラン」について、「黒髪の乙女」の言葉で、「甘くもなく辛くもありません」「芳醇な香りをもった無味の飲み物と言うべき」「飲んでいるうちにお腹の底から幸せになってくる」と述べられています(P.64)。

(注15)湯浅監督は「大人の階段をのぼるような雰囲気が出せればいい」と述べていますが(劇場用パンフレット掲載のインタビュー記事)、酒の飲み比べなどというものは、単に、生まれつき酒に強い体質をしているかどうかを明らかにするにすぎないのですから〔尤も、「黒髪の乙女」と李白との飲み比べは、原作に書かれていることですが(P.64~P.66)〕。

(注16)第一、今や60歳になったくらいでは簡単に「老人」扱いされないのではないでしょうか?にもかかわらず、原作では、還暦の人が言うこととして、例えば、「人生というものはあっけないのう」「若さがなく悩みだけとは地獄じゃないか」「還暦にして未だ納得がいかん。人生とは何ぞ」「死ぬのは怖いな」などといった御託が並べられていますが、今時ならば「米寿(88歳)」あたりの方々の会話ではないでしょうか(P.45~P.46)?
 加えて、還暦パーティーに参加している人たちが付けている時計が「12年時計」で、針がぐるぐる回っていて、これは、老人になると時間が過ぎ去るのが早く感じられるというのを表してもいるようです。この時計は原作に見られない映像的なものとはいえ、時間と年齢との関係をあまりに単純化しているのではないでしょうか?

(注17)「黒髪の乙女」が木屋町のバーで出会ったスケベ親父。高利貸の李白に借金で追いかけられています。

(注18)上記「注6」で触れたインタビュー記事の中で。

(注19)尤も、「先輩」の方は、今回の騒動の中で、それほど人との繋がりを増やしているようには見えません。



★★★★☆☆

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