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新感染 ファイナル・エクスプレス

2017年10月21日 | 洋画(17年)
 韓国映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』を新宿ピカデリーで見ました。

(1)公開されてからかなり時間が立ちますが(注1)、評判が大層高いので映画館に行ってきました。

 本作(注2)の冒頭では、高速道路の料金所の出口で車を停めさせて、防疫の作業員が車に消毒液を噴霧してから通過させています。
 トラックの運転手が「なんだよ?また豚を埋めてんのか?」と訊くと、作業員は「何かが漏れたらしい」と答えます。
 運転手は「また豚だったら、ただじゃおかないぞ」などと文句を言って、一般道に出てトラックを走らせますが、隣の運転席に置かれていた携帯をとろうとして目を前方から逸らした時に、突然ドンという音がして何かにぶつかった感じがしたので、車を停めます。
 鹿が轢かれて道路に倒れています。
 運転手は、トラックを降りてその場を確認して、「なんてこった」「ついてないな、まったく」と言いながら再びトラックに乗って、発進させます。
 しばらくすると、道路に倒れていた鹿が、体をピクピクさせたかと思うと勢い良く立ち上がります。ただ、その目は白く濁っています。

 ここで、タイトルが流れます。

 ソウルにある証券会社。
 ファンドマネージャーのソグコン・ユ)が電話で、「今、手を引かないと、証券が紙切れになってしまう」「関連株を全部投げろ」「個人投資家が買うだろう」などと仕事の話をしています。
 他方で、ソグは、プサンにいる別れた妻とも電話で話しています。
 ソグは「子供は俺が育てる」と言いますが、別れた妻の方では、「スアンが明日来るって言っている。父親なのに知らないの?連れてきてよ。明日はスアンの誕生日なのよ」と言います。

 ソグが家に帰ると、彼の母親が出てきて、「ご飯は?」と尋ねると、ソグは「いらない」と答えます。
 幼い娘のスアンキム・スアン)が出てきて、「プサンに行くって、ママと話した」というと、ソグは「来週なら行けるよ。パパは今忙しい」と答え、さらに「誕生日おめでとう」と言って、プレゼントをスアンに渡します。
 スアンが包みを開けると、Wii ゲーム機が出てきますが、スアンはあまり喜びません。
 なんとそれは、子供の日にソグが買って与えたのと同じゲーム機(スアンの机の上に置いてあります)だったのです。
 スアンは、「明日、プサンに行きたい」「一人で行ける」「パパを困らせない」と言います。
 ソグの母親は、「ご飯を食べながら2人でよく話し合いなさい」と忠告します。
 そして、「お前が学芸会に来なかったから、スアンは寂しがっていた」と付け加えます。

 ソグは、部屋で学芸会のビデオを見ます。
 スアンが舞台で歌を歌っているものの、途中で歌が止まってしまいます。

 結局、ソグはスアンを連れてプサンに行くことになりますが、さあ、この後物語はどのように展開するのでしょうか、………?

 本作は、主人公とその子供がたまたま乗り合わせた釜山行きの特急列車にゾンビが出現し、乗客や車掌らが次々とゾンビ化し、また列車が向かっている先々の都市においてもそこの住民が大量にゾンビ化している中、主人公らが必死になって生き延びようとする姿が描かれています。襲いかかるたくさんのゾンビからいかにして生き抜くかを描いている映画はいくつもありますが、本作は、その事態を特急列車という大層狭い空間の中に持ち込んだ上で主人公らの行動を捉えていて、そのスピード感・切迫感がただごとではなく、最後まで息も吐けないほどの面白さです。

(2)ゾンビが大量に出現する映画として、最近では、『ワールド・ウォーZ』と『アイアムアヒーロー』を見ましたが、前者においては、ブラッド・ピットが扮する元国連職員のジェリーの一家が、後者でも、主人公の漫画家(大泉洋)と2人の女性(有村架純と長澤まさみ)が中心的に描かれます。
 他方、本作においては、主人公のゾクとスアン以外の登場人物にも、随分と焦点が当てられていて、物語の幅を大きくしています。



 例えば、サンファマ・ドンソク)とソンギョンチョン・ユミ)の夫婦。
 体つきのがっしりした筋肉労働者然のサンファは、妊娠中の可愛い妻のソンギョンを必死で守ろうとします。



 また、高校生のヨンソグチェ・ウシク)とジニアン・ソヒ)。
 野球部員のヨンソグはバットを手にして、恋人のジニを救出しようとします。



 他方で、バス会社の幹部のヨンソクキム・ウィソン)は、自分が助かることしか考えておらず、他の人がどうなろうと知ったことではないといった態度を最後まで取り続けます。

 彼らは、ゾクとスアンが乗車したソウル5時30分発プサン行きの特急KTX101号に乗り合わせます(注3)。
 時速300kmでプサンに向かって進む列車の中では、12号車に乗り込んだ女性客がゾンビ化し、彼女に噛まれた女性乗務員も感染し、さらにどんどん感染者が拡大し、後方車両に迫ってきます。
 息詰まるのは、サンファが、迫ってくるゾンビたちに噛まれながらも客室への侵入を防いでいるにもかかわらず、ヨンソクが自分たちだけが助かろうとして、ソグたちが逃げ込もうとする通路のドアをなんとか閉めようとする場面でしょう。
 まさに、「前門の虎、後門の狼」といった感じです。

 ただ、本作に出現するゾンビの扱いは、これまでのものとはどこか違う感じがします。
 というのも、『アイアムアヒーロー』にしても、『ワールド・ウォーZ』にしても、最初のうちは、本作と同じように、主人公らは、ゾンビ化した人間の襲撃から逃げようとむやみと走り回るだけでしたが、そのうちにゾンビらに向き合って撃ち殺したり、はてはゾンビに攻撃されないワクチンを求めたりします。
 要するに、両作においては、ゾンビに向かい合って抵抗することによって、主人公らは活路を見出そうとします。
 ですが、本作の場合、民間人が乗車する列車の中の場面がほとんどで、本来的に乗客らは何の武器も持っていないわけですから(野球のバッドで対抗しても、たかが知れています)、ゾンビに襲われると車内を走って逃げるしか手はありません。
 本作では、最後までそうした状態が続きますが、はたして列車が目的地に到着した後に、人間がゾンビの来襲に対抗できるのかどうか、本作では何も示されないままで終わります。

 なお、主人公のゾクは、証券会社のファンドマネージャーとして仕事を猛烈にこなす仕事人間であり、そのために家族を省みていないという、お定まりの設定になっています。
 屈強なサンファや野球部員のヨンソグも、あるいは悪役を一手に引き受ける会社役員のヨンソクにしても、典型的な人物設定と思えます。
 ですから、本作から、韓国の政治や経済に対する風刺的なものを読み取ったりしても、あまり意味がないような気もしてきます(注4)。
 そんなことよりも、本作の息も吐けない面白さをそのまま受け止めた方が時間の無駄にならないように思えます。

 ところで、冒頭のシーンでは、上記(1)で見るように、トラックに消毒液がかけられますが、それは、トラックがこれから行こうとしている地域をウイルスから守ろうとしてなのでしょうか、それとも、ウイルス汚染地域から来たトラックを殺菌しようとしてなのでしょうか?
 また、トラックが衝突した鹿は、トラックとぶつかったことでゾンビ化したのでしょうか、それともぶつかる前からゾンビ化していたのでしょうか(注5)?

(3)渡まち子氏は、「この移動型密室ゾンビ・サバイバル・ホラー、世界中の映画祭で評判というのが納得の、見事な出来栄えだ。群れになって襲い掛かるゾンビと、醜いエゴまるだしの生存者たち。どっちが怖い? ぜひ映画を見て確かめてほしい」として80点を付けています。
 前田有一氏は、「思わせぶりな社会派の香りを漂わせつつも、エンタメとしての見せ場をこれでもかと詰め込んである。なくなったゾンビ映画の祖ジョージ・A・ロメロ監督作品のような、王道でありながらもローカルな韓国らしさをふんだんに漂わせる。ゾンビ映画の新作としては、非常に良くできた部類に入るだろう」として75点を付けています。
 毎日新聞の高橋諭治氏は、「日本の新幹線に引っかけた題名はダジャレのようだが、中身の充実ぶりは目覚ましく、このジャンルにおいては最上級の出来ばえと言い切れる娯楽大作である」と述べています。
 安部偲氏は、「アクション、恋愛もの、ミステリーなどさまざまな韓国映画がこれまでに日本でもヒットしてきているが、この映画は名作と呼ばれる映画の中でも、特に見る価値があると思う。おそらく実際に見て劇場を後にするころにはゾンビ映画ながら感動してしまった自分に気づくに違いない」と述べています。



(注1)日本での劇場公開日は9月1日。

(注2)監督はヨン・サンホ
 脚本はパク・ジュソク。
 英題は「Train to Busan」。

(注3)KTXについてはこちらの記事を。

(注4)プサン市に通じるトンネルの入口では、軍隊が、迫ってくるゾンビたちを銃を構えて待ち受けています。おそらく、プサン市は安全地帯になっているのでしょう。
 こうした状況から、朝鮮戦争における「釜山橋頭堡の戦い」に言及するレビューもあるようです(例えば、こちら)。ですが、朝鮮戦争の際でも、本作のようにプサン市まで戦線は後退しなかったように思いますし、なによりも、肝心の「仁川上陸作戦」に相当するものはどのように考えるのでしょうか?
 それに、主人公らの乗ったKTXはどこで誰が運行をコントロールしているのでしょうか、またゾクはソウルの会社の部下からの電話を受けたりしていますから(キム代理から、「今回のゾンビ騒動の発端は、ブクたちが株で仕掛けたユソン社だといわれています」「僕達に責任はないですよね」といった電話があります)、ソウルが壊滅したわけでもなさそうです。
 そうしたことから、本作の状況は、朝鮮戦争時とは異なっているようにも思えるのですが、実のところはよくわかりません。

(注5)鹿がゾンビ化するくらいなら、映画にはもっとゾンビ化した熊とかイノシシなどが登場しても良さそうに思われますが。



★★★★☆☆



象のロケット:新感染 ファイナル・エクスプレス