『ヘイトフル・エイト』を渋谷シネクインで見てきました。
(1)タランティーノ監督の作品というので映画館に行ってきました。
本作(注1)の冒頭では、雪をいただくワイオミングの山々が聳えていて、雪雲が横に大きくなり、鳥が群れをなして飛んでいます。
雪野原が広がって、牧場の柵が見える間もなく、辺りは吹雪に。
道端に建てられた十字架のキリスト像が映し出される中でタイトル・ロールが流され、終わると6頭立ての馬車が雪道を走ってきます。
ついで、「第1章 レッドロックへの最後の駅馬車」の字幕。
走る駅馬車の前に黒マントの男(サミュエル・L・ジャクソン)が現れて、「もう一人乗れるか?」と尋ねると、御者のO.B.(注2:ジェームズ・パークス)が、「お前は何者だ?やつらに何が起きたんだ?」と訊きます。

それに対して、男は「マークス・ウォーレン少佐、前は北軍の騎兵隊に所属」と言い、そばの3つの死体を指して、「こいつらを金に換えに行くんだ」と付け加えます。
O.B.は、「レッドロックに行くのか?こっちはあの猛吹雪に3時間も追われている。追いつかれる前にそこに行き着かないと」と言います。
ウォーレンが「乗っていいか?」と尋ねると、O.B.は「決めるのは俺じゃない。中のやつが貸し切りにしたんだ。そいつと話しな」と答えます。
それで、ウォーレンが馬車に近づこうとすると、中の男(カート・ラッセル)がライフルを構えながら、「銃をそこの岩の上に置き、両手を挙げてこっちにこい」と命じます。

ウォーレンがそのとおりにすると、その顔を見た男は「たまげたな、ウォーレンか?」と尋ね、ウォーレンも「お前は首吊り人(hangman)のジョン・ルースだな」と応じます。
さらに、ルースが「どうして雪のワイオミングに?」と尋ねると、ウォーレンは「賞金を稼ぎに」と答えます。
すると、ルースは、手錠で連行している女(ジェニファー・ジェイソン・リー)を見せて、「デイジーだ」と言うと、デイジーもウォーレンに「よう、ニガー!」と言います。ルースは続けて、「こいつの賞金が1万ドル。その1万ドルは俺が手にする。だからお前を馬車に乗せたくない」と言います。

これに対して、ウォーレンは「俺の賞金はその女じゃない」と3つの死体を見せます。
それで、ルースはウォーレンを馬車に乗せることにします。
この馬車は、さらにもう一人の男、レッドロックの保安官に任命されたというマニックス(ウォルトン・ゴギングズ)を拾い、レッドロックに向かいます。

ですが、吹雪が一層酷くなり、馬車は途中で「ミニーの紳士服飾店」(Minnie’s Haberdashery)に立ち寄ります。
そこには既に4人の男がいました。
さあ、都合8人の男女は、この先どのようなことになるのでしょうか、………?
本作は、猛吹雪で人里離れたロッジに閉じ籠もらざるを得なくなったワル顔の8人の運命を描いています。時代設定が南北戦争からおよそ10年後で、北軍関係者と南軍関係者との対立は厳しく残っており、また人種差別も露骨です。そんな状況でいったい誰が生き延びることが出来るのだろうか、という点が次第に解明されていくミステリー仕立てとなっています。問題点はあるとはいえ、登場人物の個性が際立っていて、3時間近い長尺ながら、時間のたつのを忘れてしまいます。
(以下では、本作が「ミステリー」とされているにもかかわらずネタバレをしていますので、未見の方はご注意ください)
(2)タランティーノ監督作品としては、ここのところでは『ジャンゴ 繋がれざる者』(以下、「同作」とします)を見ました。
クマネズミの怠慢によってエントリを書きませんでしたが、この拙エントリの(2)で若干触れたように、同作では、黒人の主人公ジャンゴ(ジェレミー・フォックス)と、白人の賞金稼ぎの歯科医のキング・シュルツ(クリストフ・ヴァルツ)が、愛する妻・ブルームヒルダ(ケリー・ワシントン)を救出し、彼女を酷い目に合わせた白人に徹底的に復讐します。
黒人が主人公であるとか、賞金稼ぎが登場する、時代設定が接近している(同作は南北戦争直前の設定)、さらには本作に出演するサミュエル・L・ジャクソンやウォルトン・ゴギンズ、ブルース・ダーンが同作にも出演している、といった類似点があります。
加えて、本作では6頭立ての馬車が活躍しますが、同作においてもキング・シュルツは歯のオブジェが屋根に付けられた馬車に乗っているなど、いろいろ共通項を挙げられるでしょう。
ただ、本作は、ミステリー仕立てとなっている点が、前作とかなり違っています。
すなわち、8人が吹雪のため人里離れた服飾店の中に長時間閉じ込められる上に、彼らがお互いに憎しみ合う要素を持っていて、いつ騒動が持ち上がってもおかしくない一触即発の雰囲気が本作に漂っています。
特に、ルースは、1万ドルの賞金がかかっているデイジーを連れているために、自分を殺して賞金を横取りしようとする奴がいるかもしれないと(あるいは、デイジーの仲間が彼女を奪いに来るかもしれないと)、絶えず細心の注意を周囲に払っています。
また、ウォーレンは、ただ一人の黒人で皆の憎悪の対象となっていますし、さらに、北軍に属していたことで、略奪団の首領の息子で黒人などに対し無法の限りを尽くしたマニックスと厳しく対立します(注3)。
これは、服飾店に先にいた4人についても同じで、南軍の将軍だったスミザーズ(ブルース・ダーン)はウォーレンと対立しますし、ウォーレンは「ミニーは犬とメキシコ人が大嫌いのはず」と言って、ミニーの不在の間服飾店を預かっているというメキシコ人のボブ(デミアン・ビチル)に疑問をいだきます。さらには、絞首刑執行人のオズワルド(ティム・ロス)とカウボーイのジョー(マイケル・マドセン)も、胡散臭い雰囲気を醸し出しています。
それで、ウォーレンがスミザーズ将軍に、その息子の最後について衝撃的な話をしたことから、同将軍はキレてしまいますが、結局ウォーレンが将軍を撃ち殺すことになり、騒動の幕が切って落とされます。
ただ、ミステリー仕立てというには少々問題点もあるようにも思われます。
例えば、見ればただちにわかることですが、公式サイトや劇場用パンフレットが「8人」だけを強調しているものの、実際には異なる状況となっているのはどうしたことでしょう?
まず、馬車に乗っているのは4人ですが、もう一人、御者のO.B.がいるので、服飾店に閉じ込められるのは実のところ9人なのです。
このO.B.は、員数外といえば員数外であるとはいえ、服飾店と馬小屋との間にロープを張り渡す作業をマニックスと一緒にしたり(注4)、カウボーイのジョーの拳銃から抜き取った弾丸を入れた桶を馬小屋まで捨てに行かされたりした挙句、毒入りのコーヒーを飲んで死んでしまうのです。きちんと一人前の仕事をしているように思われます。
こうした人物が登場するのであれば、なにも「8人」ばかりを強調しなくともいいわけです(注5)。
ということからでしょうか、本作には後半で突如10人目の人物まで登場します。
デイジーの兄のジョディ(チャニング・テイタム)で、デイジーを救出すべく服飾店の床下に隠れ潜んでいて、ウォーレンがボブを撃ち殺した時に、床下からウォーレンを撃って華々しく登場します(注6)。
そして、ボブやオズワルド、ジョーがその仲間であることも判明し、服飾店の店主のミニーらがどうなったのかもわかります。
本来的なミステリーであれば、駅馬車の4人(あるいは5人)と服飾店の4人が合流した時点で登場人物は全て揃い、あとは謎の解明と、その8人(あるいは9人)の中にいるはずの真犯人の追求に進んでいくはずです。
そういう観点で見ていたクマネズミは、映画の後半になってからのジョディの出現には驚いてしまいました。
とはいえ、考えてみると、本作は、真犯人は誰かといった謎の真相究明を行うミステリーではありません。
酷く厳しい関係に置かれた8人(あるいは9人)がどのような決着を最終的に迎えるのだろうか、という興味で観客を引っ張っていきます。
ですから、こんなところで10人目の人物が登場すると、驚くことは驚きますが、あまり肩透かしを食らった感じにはなりません。
ただ、上で書いたことからもある程度わかるように、当初服飾店で打ち揃う8人(あるいは9人)について、駅馬車に乗って服飾店に着く4人(あるいは5人)と、その店にいた4人とは雰囲気がかなり違うように感じます。すなわち、前者の4人がお互いに憎悪する関係にあることはよくわかるものの、後者の4人は一見したところそうした関係にあるように思えないのです。
こうした状況は、ジョディの登場によって一気に変わるとはいえ、見る者にやや間延びした感じを与えかねないように思われます。
なお、酷くつまらないことながら、この服飾店のトイレはどこにあるのかという点が気になりました。
特に、ルースは、長期間目を瞑らないでいることが出来ると豪語していましたが、生理的要求は逃れられないでしょう。その場合、服飾店の店内にトイレは設けられていないように思われます。多分、店の外に設けられているのでしょう(注7)。
いずれにせよ、長時間馬車に揺られてきて、その上服飾店でコーヒーなども飲んだのですから、生理的な要求は高まっているものと思います。
ただ、トイレに行く場合、手錠で繋がっているデイジーをどうするのかという問題があり、またどうしても背後がおろそかになりがちですから危険なことこの上ありません(注8)。
映画を見ながらそんなことに気を取られてしまいました。
でも、それらのことはどうでもいいことです。
本作は、大量の台詞が取り交わされる中で、次々と目覚ましい出来事が起きていくのですから、3時間という時間を見る者に覚えさせません。
(3)渡まち子氏は、「セリフで圧倒しセリフで魅せる本作、身も凍る猛吹雪の中でのドラマだが、まるで舞台劇のような熱っぽさだった」として80点をつけています。
中条省平氏は、「前作『ジャンゴ 繋がれざる者』に続く西部劇で、密室内でのミステリーというのがミソ。2時間48分の長尺だが、物語にたえず捻りをきかせて、まったく飽きさせない。堂々たる娯楽映画の名人芸を楽しめる」として★4つ(「見逃せない」)をつけています。
小梶勝男氏は、「ジャンル映画の格好良さは最大限に表現しながら、ジャンルの約束事を外していくのがタランティーノ流。B級映画史と戯れているようにも思える。その遊びに、すさまじいエネルギーをつぎ込んでいるところが感動的だ」と述べています。
秋山登氏は、「気品などさらさらない。奥行きも幅も厚みもない。清新、端正からもほど遠い。そんな作柄なのに、しかし、絢爛たる話術が強く人を引きつける。映画でなければ表現できない世界をきっちりと組み上げ、深々と陶酔させるのだ」と述べています。
(注1)監督・脚本は、『イングロリアス・バスターズ』のQ.タランティーノ。
原題は、「The Hateful Eight」。
なお、本作に登場する主要人物は、実際には8人ではありません。というところからすると、原題における「eight」の意味は、「8人」ではなくて、「8作目」(eighth)ということなのかもしれません(本作は、タランティーノ監督が制作した長編映画の8番目のもの)。
また、出演者の内、最近では、サミュエル・L・ジャクソンは『キングスマン』、ティム・ロスは『グローリー 明日への行進』、ブルース・ダーンは『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』で、それぞれ見ました。
(注2)「O.B.ジャクソン」という名のようですが、終始「O.B.」と言われます。
(注3)他方で、レッドロックに向う馬車の中で、マニックスは、ウォーレンに賞金がかけられていることを暴露します。というのも、ウォーレンは、囚われていた南部連合の捕虜収容所から逃げ出す際に、収容所に火を放ったのですが、それによって収容所に宿泊していた新兵の47名が焼死してしまったからです。それで南軍から追われたのですが、さらに37人の北軍兵士も焼き殺されたことがわかると、「殺人ニガー」として北軍からも追われたと、マニックスは言います。
(注4)「10歩ごとに杭を打ち込」んで、その杭を伝うようにロープを張るという作業をします。こうしたシーンがきちんと描かれているために、このロープは後で意味を持つのかなと思ったのですが(例えば、馬小屋に死体が見つかって、その事件の解明に際してロープ付近の靴跡が手がかりとなる、など)、あまり効果的な使われ方をしません。
(注5)服飾店の店主などがいても構わないことになるでしょう。なにしろ、ジョディ一味は、O.B.の駅馬車が着く前に服飾店にやってきて、店主のミニーのみならず、駅馬車の女御者ジュディなど6人も殺してしまうのです!
(注6)映画の冒頭のタイトル・ロールでチャニング・テイタムの名前が映し出されるのですから、映画のPRでその存在をいくら隠しても余り意味がないように思われます。
(注7)よく覚えていないのですが、服飾店と馬小屋との間の他に服飾店とトイレらしき小屋との間にもロープを渡したように思います〔付記:下記の「maru♪」さんのコメントを御覧ください〕。
(注8)外のトイレ小屋に行く場合には、いくら銃を手に持っているとしても、酷い吹雪のために防護が疎かになり、服飾店内からの銃撃にさらされてしまうでしょう(それに、冷えきって戻ってきた時に服飾店の中に入れてもらえないかもしれません)。
★★★★☆☆
象のロケット:ヘイトフル・エイト
(1)タランティーノ監督の作品というので映画館に行ってきました。
本作(注1)の冒頭では、雪をいただくワイオミングの山々が聳えていて、雪雲が横に大きくなり、鳥が群れをなして飛んでいます。
雪野原が広がって、牧場の柵が見える間もなく、辺りは吹雪に。
道端に建てられた十字架のキリスト像が映し出される中でタイトル・ロールが流され、終わると6頭立ての馬車が雪道を走ってきます。
ついで、「第1章 レッドロックへの最後の駅馬車」の字幕。
走る駅馬車の前に黒マントの男(サミュエル・L・ジャクソン)が現れて、「もう一人乗れるか?」と尋ねると、御者のO.B.(注2:ジェームズ・パークス)が、「お前は何者だ?やつらに何が起きたんだ?」と訊きます。

それに対して、男は「マークス・ウォーレン少佐、前は北軍の騎兵隊に所属」と言い、そばの3つの死体を指して、「こいつらを金に換えに行くんだ」と付け加えます。
O.B.は、「レッドロックに行くのか?こっちはあの猛吹雪に3時間も追われている。追いつかれる前にそこに行き着かないと」と言います。
ウォーレンが「乗っていいか?」と尋ねると、O.B.は「決めるのは俺じゃない。中のやつが貸し切りにしたんだ。そいつと話しな」と答えます。
それで、ウォーレンが馬車に近づこうとすると、中の男(カート・ラッセル)がライフルを構えながら、「銃をそこの岩の上に置き、両手を挙げてこっちにこい」と命じます。

ウォーレンがそのとおりにすると、その顔を見た男は「たまげたな、ウォーレンか?」と尋ね、ウォーレンも「お前は首吊り人(hangman)のジョン・ルースだな」と応じます。
さらに、ルースが「どうして雪のワイオミングに?」と尋ねると、ウォーレンは「賞金を稼ぎに」と答えます。
すると、ルースは、手錠で連行している女(ジェニファー・ジェイソン・リー)を見せて、「デイジーだ」と言うと、デイジーもウォーレンに「よう、ニガー!」と言います。ルースは続けて、「こいつの賞金が1万ドル。その1万ドルは俺が手にする。だからお前を馬車に乗せたくない」と言います。

これに対して、ウォーレンは「俺の賞金はその女じゃない」と3つの死体を見せます。
それで、ルースはウォーレンを馬車に乗せることにします。
この馬車は、さらにもう一人の男、レッドロックの保安官に任命されたというマニックス(ウォルトン・ゴギングズ)を拾い、レッドロックに向かいます。

ですが、吹雪が一層酷くなり、馬車は途中で「ミニーの紳士服飾店」(Minnie’s Haberdashery)に立ち寄ります。
そこには既に4人の男がいました。
さあ、都合8人の男女は、この先どのようなことになるのでしょうか、………?
本作は、猛吹雪で人里離れたロッジに閉じ籠もらざるを得なくなったワル顔の8人の運命を描いています。時代設定が南北戦争からおよそ10年後で、北軍関係者と南軍関係者との対立は厳しく残っており、また人種差別も露骨です。そんな状況でいったい誰が生き延びることが出来るのだろうか、という点が次第に解明されていくミステリー仕立てとなっています。問題点はあるとはいえ、登場人物の個性が際立っていて、3時間近い長尺ながら、時間のたつのを忘れてしまいます。
(以下では、本作が「ミステリー」とされているにもかかわらずネタバレをしていますので、未見の方はご注意ください)
(2)タランティーノ監督作品としては、ここのところでは『ジャンゴ 繋がれざる者』(以下、「同作」とします)を見ました。
クマネズミの怠慢によってエントリを書きませんでしたが、この拙エントリの(2)で若干触れたように、同作では、黒人の主人公ジャンゴ(ジェレミー・フォックス)と、白人の賞金稼ぎの歯科医のキング・シュルツ(クリストフ・ヴァルツ)が、愛する妻・ブルームヒルダ(ケリー・ワシントン)を救出し、彼女を酷い目に合わせた白人に徹底的に復讐します。
黒人が主人公であるとか、賞金稼ぎが登場する、時代設定が接近している(同作は南北戦争直前の設定)、さらには本作に出演するサミュエル・L・ジャクソンやウォルトン・ゴギンズ、ブルース・ダーンが同作にも出演している、といった類似点があります。
加えて、本作では6頭立ての馬車が活躍しますが、同作においてもキング・シュルツは歯のオブジェが屋根に付けられた馬車に乗っているなど、いろいろ共通項を挙げられるでしょう。
ただ、本作は、ミステリー仕立てとなっている点が、前作とかなり違っています。
すなわち、8人が吹雪のため人里離れた服飾店の中に長時間閉じ込められる上に、彼らがお互いに憎しみ合う要素を持っていて、いつ騒動が持ち上がってもおかしくない一触即発の雰囲気が本作に漂っています。
特に、ルースは、1万ドルの賞金がかかっているデイジーを連れているために、自分を殺して賞金を横取りしようとする奴がいるかもしれないと(あるいは、デイジーの仲間が彼女を奪いに来るかもしれないと)、絶えず細心の注意を周囲に払っています。
また、ウォーレンは、ただ一人の黒人で皆の憎悪の対象となっていますし、さらに、北軍に属していたことで、略奪団の首領の息子で黒人などに対し無法の限りを尽くしたマニックスと厳しく対立します(注3)。
これは、服飾店に先にいた4人についても同じで、南軍の将軍だったスミザーズ(ブルース・ダーン)はウォーレンと対立しますし、ウォーレンは「ミニーは犬とメキシコ人が大嫌いのはず」と言って、ミニーの不在の間服飾店を預かっているというメキシコ人のボブ(デミアン・ビチル)に疑問をいだきます。さらには、絞首刑執行人のオズワルド(ティム・ロス)とカウボーイのジョー(マイケル・マドセン)も、胡散臭い雰囲気を醸し出しています。
それで、ウォーレンがスミザーズ将軍に、その息子の最後について衝撃的な話をしたことから、同将軍はキレてしまいますが、結局ウォーレンが将軍を撃ち殺すことになり、騒動の幕が切って落とされます。
ただ、ミステリー仕立てというには少々問題点もあるようにも思われます。
例えば、見ればただちにわかることですが、公式サイトや劇場用パンフレットが「8人」だけを強調しているものの、実際には異なる状況となっているのはどうしたことでしょう?
まず、馬車に乗っているのは4人ですが、もう一人、御者のO.B.がいるので、服飾店に閉じ込められるのは実のところ9人なのです。
このO.B.は、員数外といえば員数外であるとはいえ、服飾店と馬小屋との間にロープを張り渡す作業をマニックスと一緒にしたり(注4)、カウボーイのジョーの拳銃から抜き取った弾丸を入れた桶を馬小屋まで捨てに行かされたりした挙句、毒入りのコーヒーを飲んで死んでしまうのです。きちんと一人前の仕事をしているように思われます。
こうした人物が登場するのであれば、なにも「8人」ばかりを強調しなくともいいわけです(注5)。
ということからでしょうか、本作には後半で突如10人目の人物まで登場します。
デイジーの兄のジョディ(チャニング・テイタム)で、デイジーを救出すべく服飾店の床下に隠れ潜んでいて、ウォーレンがボブを撃ち殺した時に、床下からウォーレンを撃って華々しく登場します(注6)。
そして、ボブやオズワルド、ジョーがその仲間であることも判明し、服飾店の店主のミニーらがどうなったのかもわかります。
本来的なミステリーであれば、駅馬車の4人(あるいは5人)と服飾店の4人が合流した時点で登場人物は全て揃い、あとは謎の解明と、その8人(あるいは9人)の中にいるはずの真犯人の追求に進んでいくはずです。
そういう観点で見ていたクマネズミは、映画の後半になってからのジョディの出現には驚いてしまいました。
とはいえ、考えてみると、本作は、真犯人は誰かといった謎の真相究明を行うミステリーではありません。
酷く厳しい関係に置かれた8人(あるいは9人)がどのような決着を最終的に迎えるのだろうか、という興味で観客を引っ張っていきます。
ですから、こんなところで10人目の人物が登場すると、驚くことは驚きますが、あまり肩透かしを食らった感じにはなりません。
ただ、上で書いたことからもある程度わかるように、当初服飾店で打ち揃う8人(あるいは9人)について、駅馬車に乗って服飾店に着く4人(あるいは5人)と、その店にいた4人とは雰囲気がかなり違うように感じます。すなわち、前者の4人がお互いに憎悪する関係にあることはよくわかるものの、後者の4人は一見したところそうした関係にあるように思えないのです。
こうした状況は、ジョディの登場によって一気に変わるとはいえ、見る者にやや間延びした感じを与えかねないように思われます。
なお、酷くつまらないことながら、この服飾店のトイレはどこにあるのかという点が気になりました。
特に、ルースは、長期間目を瞑らないでいることが出来ると豪語していましたが、生理的要求は逃れられないでしょう。その場合、服飾店の店内にトイレは設けられていないように思われます。多分、店の外に設けられているのでしょう(注7)。
いずれにせよ、長時間馬車に揺られてきて、その上服飾店でコーヒーなども飲んだのですから、生理的な要求は高まっているものと思います。
ただ、トイレに行く場合、手錠で繋がっているデイジーをどうするのかという問題があり、またどうしても背後がおろそかになりがちですから危険なことこの上ありません(注8)。
映画を見ながらそんなことに気を取られてしまいました。
でも、それらのことはどうでもいいことです。
本作は、大量の台詞が取り交わされる中で、次々と目覚ましい出来事が起きていくのですから、3時間という時間を見る者に覚えさせません。
(3)渡まち子氏は、「セリフで圧倒しセリフで魅せる本作、身も凍る猛吹雪の中でのドラマだが、まるで舞台劇のような熱っぽさだった」として80点をつけています。
中条省平氏は、「前作『ジャンゴ 繋がれざる者』に続く西部劇で、密室内でのミステリーというのがミソ。2時間48分の長尺だが、物語にたえず捻りをきかせて、まったく飽きさせない。堂々たる娯楽映画の名人芸を楽しめる」として★4つ(「見逃せない」)をつけています。
小梶勝男氏は、「ジャンル映画の格好良さは最大限に表現しながら、ジャンルの約束事を外していくのがタランティーノ流。B級映画史と戯れているようにも思える。その遊びに、すさまじいエネルギーをつぎ込んでいるところが感動的だ」と述べています。
秋山登氏は、「気品などさらさらない。奥行きも幅も厚みもない。清新、端正からもほど遠い。そんな作柄なのに、しかし、絢爛たる話術が強く人を引きつける。映画でなければ表現できない世界をきっちりと組み上げ、深々と陶酔させるのだ」と述べています。
(注1)監督・脚本は、『イングロリアス・バスターズ』のQ.タランティーノ。
原題は、「The Hateful Eight」。
なお、本作に登場する主要人物は、実際には8人ではありません。というところからすると、原題における「eight」の意味は、「8人」ではなくて、「8作目」(eighth)ということなのかもしれません(本作は、タランティーノ監督が制作した長編映画の8番目のもの)。
また、出演者の内、最近では、サミュエル・L・ジャクソンは『キングスマン』、ティム・ロスは『グローリー 明日への行進』、ブルース・ダーンは『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』で、それぞれ見ました。
(注2)「O.B.ジャクソン」という名のようですが、終始「O.B.」と言われます。
(注3)他方で、レッドロックに向う馬車の中で、マニックスは、ウォーレンに賞金がかけられていることを暴露します。というのも、ウォーレンは、囚われていた南部連合の捕虜収容所から逃げ出す際に、収容所に火を放ったのですが、それによって収容所に宿泊していた新兵の47名が焼死してしまったからです。それで南軍から追われたのですが、さらに37人の北軍兵士も焼き殺されたことがわかると、「殺人ニガー」として北軍からも追われたと、マニックスは言います。
(注4)「10歩ごとに杭を打ち込」んで、その杭を伝うようにロープを張るという作業をします。こうしたシーンがきちんと描かれているために、このロープは後で意味を持つのかなと思ったのですが(例えば、馬小屋に死体が見つかって、その事件の解明に際してロープ付近の靴跡が手がかりとなる、など)、あまり効果的な使われ方をしません。
(注5)服飾店の店主などがいても構わないことになるでしょう。なにしろ、ジョディ一味は、O.B.の駅馬車が着く前に服飾店にやってきて、店主のミニーのみならず、駅馬車の女御者ジュディなど6人も殺してしまうのです!
(注6)映画の冒頭のタイトル・ロールでチャニング・テイタムの名前が映し出されるのですから、映画のPRでその存在をいくら隠しても余り意味がないように思われます。
(注7)よく覚えていないのですが、服飾店と馬小屋との間の他に服飾店とトイレらしき小屋との間にもロープを渡したように思います〔付記:下記の「maru♪」さんのコメントを御覧ください〕。
(注8)外のトイレ小屋に行く場合には、いくら銃を手に持っているとしても、酷い吹雪のために防護が疎かになり、服飾店内からの銃撃にさらされてしまうでしょう(それに、冷えきって戻ってきた時に服飾店の中に入れてもらえないかもしれません)。
★★★★☆☆
象のロケット:ヘイトフル・エイト