映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ゴールデンスランバー

2010年02月21日 | 邦画(10年)
 『ゴールデンスランバー』を吉祥寺で見てきました。

 伊坂幸太郎氏の原作を映画化したものは、これまで『アヒルと鴨のコインロッカー』、『フッシュストーリー』、それに『重力ピエロ』を見てきましたし、『クヒオ大佐』で類い稀な演技を披露した堺雅人が主役を演じもするというので、何はさておきと映画館に駆け付けたところです。

(1)実際に見てみますと、伊坂氏原作の4作品の中で、やはり『アヒルと鴨のコインロッカー』の一位は動かないものの、少なくとも二位にはなる出来栄えではないかと思いました。

 というのも、まず、『アヒルと鴨のコインロッカー』や『重力ピエロ』と同じように、この作品もまた仙台を舞台としているのです。主役の青柳青年が、仙台市内を所狭しと走りまくるのは、同市の地理をある程度知っている者には実に興味が惹かれる点です〔「勾当台公園」と聞いて、大体あそこだと分かれば言うことなしでしょう!〕。

 それに、主役を、今一番脂が乗り切っている堺雅人が演じていることも注目すべきでしょう。
 この映画では、単なる宅急便運転手にすぎない市民が、突然首相暗殺犯人にされるわけですが、日常生活を営んでいるときのあまり緊張感のない様子から、いわれなき犯人とされてなんとか逃げのびようとするときの真剣な表情への豹変ぶりは、この役者でないと出せないかもしれないと思いました。

 また、映画の中で重要な役割を演じることになるビートルズの「ゴールデンスランバー」は、アルバム「アビー・ロード」を聞いたときから好きな曲でした(この曲から、「Carry That Weight」へ、そして「The End」にいたるメドレーが実に格好いいので)。映画では、斎藤和義氏が歌っているとところ、またポールとは違った味わいがあるのではないかと思いました(注)。

 さらに加えれば、時事性の点でも面白さを持っていると思います。
 言うまでもありませんが、冒頭で総理がテロに遭って暗殺されてしまうのは、9.11事件をはじめとするテロ事件を思い起こさせますし、あるいは青柳青年によく似た人物が怪しい行動するところなどは、市橋事件を想起させます〔さらには、本人が思い当たらない事件で真犯人にでっち上げられてしまうのは、菅谷さん冤罪事件そのものといえるでしょう〕。

 そういった社会性・時事性を持つ作品でありながら、その点は前面に出さずに、あくまでも青春時代に築いた男女4人の強い絆を巡るお話というラインで描いているのが、この映画のいいところではないかと思いました。

 だから他方で、下記にもあるように、評論家の間で、「映像に力が感じられない」(小梶勝男氏)とか「権力による巨大な陰謀という部分は残念ながら迫力不足」(渡まち子氏)といった批判を招くのでしょう。
 ただ、9.11事件やその後のイラク戦争などを見ても、テロの背後にいる黒い組織はとらえどころがないようであり(ビンラディン!)、たとえその組織を力でつぶしたとしても不死身のごとく蘇ってくるようでもあって(アフガニスタンのタリバーン!)、むしろキチンと描き出さないでいた方が、そしてむしろ学生時代の友情の復活劇といった小市民的なドラマに徹する方が、かえってその不気味さが際立ってくるのではないでしょうか?

(注)アルバム「Abbey Road」に収録されているのは「Golden slumbers」と、一つの言葉として繋がっているわけではなく、それも複数形なのに、伊坂氏の小説の題名もこの映画のタイトルも単数形で一つの言葉となっているのは、著作権の関係からなのでしょうか?

(2)この映画では、仙台市内に敷かれている下水道管が重要な役割を果たしています。
 地下の下水道に重きが置かれている物語は、これまでも随分あると思われます。古くは小説『レ・ミゼラブル』でしょうし、これまで何度か映画化された『オペラ座の怪人』とか、ポーランドの「ワルシャワ蜂起」を描いたワイダ監督の『地下水道』(1956年)もあるでしょう。

 ちなみにここでは、以前の記事で触れた松浦寿輝氏の『川の光』(中央公論新社)を見てみましょう。
 川の工事で巣穴を追われたクマネズミ一家は、しばらく市立図書館に住み着きますが、やはり川辺に巣穴を見つけ出すべくそこを後にします。ただ、ドブネズミの縄張りを迂回して川岸に出ようとして、下水道を利用します。

 「浅い流れのわきに、水に足を取られずにネズミが走ってゆく程度の余地はある。しかし、下水道の床面は側面にかけて湾曲しているし、何やらわからぬもので足元がぬるぬるしているので、三匹とも何度も足を滑らせて汚水のなかに転がって、皆たちまち泥だらけになった。……」(P.104)

 映画の青柳青年も、おそらくはこんな感じで地下の下水道の管の中を走ったのではないでしょうか?

(3)映画評論家は総じて好印象を持ったようです。
 小梶勝男氏は、「いろんな場面がサラッと流されてしまって、映像に力が感じられない」としながらも、「十分に面白いことは認め」るとして80点をつけていますし、
 渡まち子氏は、「仲間たちとの信頼を唯一の武器に走る主人公に、いつしか感情移入してしまい、あれよあれよの大逃亡劇も思いがけず楽しめた」として60点をつけています。
 中で、前田有一氏は、70点をつけながらも、あろうことか先ず「いま民主党政権はいわゆる外国人地方選挙権を推し進めようとしていること」を持ち出してくるのです。
 評論の途中では、この作品は「基本的にはポリティカルサスペンスではなく、コメディを交えた友情ドラマ」だとしていて、そんな問題とは自分は無関係だという素振りは見せているものの、前田氏の関心は、この作品よりもむしろ政治の動向に向けられていることは明らかです。なにしろ、民主党政権は、「内閣に反対派の亀井大臣を入れている時点で、本気で通す気などゼロではないか」などと、政治評論家まがいのことを書いているくらいなのですから〔政府の方で通す気がないというのなら、わざわざ映画評論の中でそんな政治問題を取り上げる必要など端からなかったでしょうに〕!

★★★★☆

象のロケット:ゴールデンスランバー