(AUKUSは13日、首脳会談を開き、中国への抑止力強化に向けてオーストラリアへの原子力潜水艦の導入計画を発表した。【3月14日 FNNプライムオンライン】 左からアルバニージー豪首相、バイデン米大統領、スナク英首相)
【英米豪がインド太平洋への関与を強化することを内外に示す象徴的な意味合いも】
3月16日ブログ“オーストラリア 中国との貿易戦争を経て、経済面で関係改善の動き 安全保障面では米欧基軸”でも取り上げたように、オーストラリアは経済関係については中国との関係改善の動きを見せている一方で、安全保障面では「AUKUS」や「QUAD」といった米欧基軸の外交政策を強めています。
その象徴が「AUKUS」の枠組みでオーストラリア海軍の原子力潜水艦を建造すると共同声明です。
****米でAUKUS首脳会合 インド太平洋安定化へ結束 次世代攻撃型原潜を共同開発****
バイデン米大統領は13日、インド太平洋における米英豪の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」の首脳会合を西部サンディエゴで主催した。
バイデン米大統領は13日、インド太平洋における米英豪の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」の首脳会合を西部サンディエゴで主催した。
3カ国首脳は中国の覇権的な海洋進出に対抗するため、2030年代前半までにオーストラリアが米原子力潜水艦を最大5隻購入することや、米英が共同で次世代攻撃型原潜「オーカス」を建造する計画を発表。バイデン政権は長期に及ぶ中国との競争を見据え、米国を中心とした民主主義陣営の抑止力強化に全力を挙げる構えだ。
会合にはバイデン氏、スナク英首相、アルバニージー豪首相が出席。バイデン氏は両首相とともに演説し、「オーカスの目的は世界情勢が急速に変化する中でインド太平洋の安定を維持することだ」と語り、今回の成果を域内外の同盟・パートナー諸国との連携強化につなげると強調した。
ホワイトハウスによると、今回合意した計画は複数のフェーズ(段階)に分けられる。第1フェーズでは今後の数年間で米英潜水艦による豪州への寄港実績を積み上げ、原潜の運用・建造に関連する豪州側への訓練を加速。早ければ27年にもインド太平洋を巡回する米英潜水艦のローテーション部隊を設置する。
第2フェーズの30年代前半には豪州が、通常動力型潜水艦の退役による戦力の穴を埋めるため米国からバージニア級攻撃型原潜3隻を調達。豪州はさらに2隻を追加購入することもできる。
さらに第3フェーズでは英国の設計と米国の技術による次世代攻撃型原潜オーカスを開発し、英国で30年代後半に、豪州で40年代前半にそれぞれ建造する。
首脳会合が行われたサンディエゴは米太平洋艦隊の主要拠点。3カ国がインド太平洋への関与を強化することを内外に示す象徴的な意味合いがある。【3月14日 産経】
*********************
【2040年代前半に1隻、2060年代までに最大で8隻】
少し詳しく見ると、下記のような内容になっています。
*********************
(1)イギリスが開発計画を推進している次期攻撃原潜をベースに、アメリカも技術協力をすることによってオーストラリア海軍用の新型攻撃原潜、SSN-AUKUSを開発する。
(2)イギリスで設計・建造される新型攻撃原潜は2030年代末までにイギリス海軍が手にする。SSN-AUKUSの一番艇は、2040年代前半にはオーストラリア海軍へ配備する。
(3)オーストラリア海軍のSSN-AUKUSは、2040年代からはオーストラリアで2年に1隻のペースで建造される。オーストラリア海軍は2060年代までに最大で8隻のSSN-AUKUSを手にすることになる。
(4)すでに老朽化してしまったオーストラリア海軍潜水艦戦力を補強するため、2027年を目標に、アメリカ海軍とイギリス海軍の攻撃原潜をオーストラリアに巡回配備させる。
(5)オーストラリアに交代で配備されるイギリス海軍攻撃原潜は1隻とし、アメリカ海軍攻撃原潜は最大4隻まで拡大させる。
(6)2030年代前半には、アメリカはオーストラリアに3隻のヴァージニア級攻撃原潜を売却し、それに加えて2隻の追加売却の可能性もオプションとして残す。【3月23日 北村 淳氏 JBpress】
**********************
中国の海洋進出に対し、オーストラリア海軍は極めて弱体なことから、それを補強するための計画です。
もともとオーストラリアの潜水艦建造についてはフランス、ドイツ、遅れて日本も参加して競合した結果、フランスから調達することに決まっていました。
そのフランスとの契約を、見積り金額が高騰し予定納期も伸びてしまっていたこともあって、オーストラリア政府に一方的に破棄し、そのかわりに今回のAUKUSによる原子力潜水艦SSN-AUKUS開発ということになっています。
一方的に契約破棄されたフランスは激怒し、一時豪仏関係は険悪にもなった経緯があります。
【与党内からも異論 膨大な開発費用 使用済み核燃料保管先の問題】
しかし、このAUKUSによる原潜開発にはオーストラリア国内で与野党元首相などから異論が出ていることは前回ブログでも取り上げました。
****豪元首相2人が原潜反対 AUKUS「最悪の合意」****
オーストラリアのキーティング元首相(与党労働党)が15日、米英豪の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」に基づく原子力潜水艦の導入について、巨額の費用を理由に「歴史上最悪の合意だ」と批判した。
ターンブル元首相(野党自由党)も16日、原子力産業のないオーストラリアには技術者が少なく「非常に大きなリスクを伴う」と反対した。
与野党の首相経験者による攻撃に国内で衝撃が広がっている。アルバニージー首相や閣僚は終日、釈明に追われた。
キーティング氏は1990年代に首相を務めた与党労働党の重鎮。15日に全国記者クラブで講演し、オーストラリアで広がる中国脅威論について「歪曲であり真実ではない」と主張した。
13日に米サンディエゴで行われた米英豪の3首脳による記者発表を「歌舞伎ショー」とやゆ。バイデン米大統領とスナク英首相がうれしそうにしていたのは、オーストラリアが最大3680億豪ドル(約32兆円)を「米英の軍事産業に支払うからだ」と皮肉った。【3月16日 共同】
*******************
労働党は中国重視の傾向が強いこともあって、キーティング元首相(与党労働党)の異論もそうした姿勢を反映したもののようにも見えます。
問題は、キーティング元首相も指摘するように開発費用が大きな負担になること、そして、使用済み核燃料の保管先をどうするのかということです。
****米英との原潜共同開発、揺れるオーストラリア与党 党内重鎮が反発****
米国と英国、オーストラリアの3カ国で作る安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」の合意に基づく豪州での原子力潜水艦の建造計画を巡り、アルバニージー政権の与党・労働党が揺れている。
巨額の費用などを理由に党重鎮が反対を表明。また原潜の運用に伴う使用済み核燃料の保管先を巡り、同党の政治家がトップを務める州で意見が分かれている。(中略)
AUKUSの結成や豪州の原潜計画は、軍事的影響力を拡大する中国を念頭に置く。建造や維持管理などに今後30年で最大3680億豪ドル(約32兆8400億円)の費用が見込まれる。アルバニージー首相、バイデン米大統領、スナク英首相は13日、米海軍基地がある西部カリフォルニア州サンディエゴで会談し、記者会見でその意義を強調した。
この計画に異を唱えるのが1990年代に首相を務めた労働党のキーティング氏だ。15日に開催された豪州記者クラブ主催のイベントで「中国が脅威を示唆したことはない」と指摘し「史上最悪の合意だ」と現政権を非難。「外交的手腕を活用できていない」と述べ、外交を通じて地域の安定を図ることの重要性を強調した。
これに対しアルバニージー氏は16日、ラジオ番組で「90年代以降、時代は変わり、中国も姿勢を変化させた」と反論。中国の脅威を踏まえ、原潜計画の必要性を訴えている。また雇用や関連産業の活性化による経済効果を生むと訴えている。(中略)
そこで問題となるのが「核のゴミ」だ。必要なエネルギーの5割以上を石炭による発電に頼り原発を保有しない豪州では、放射性廃棄物は医療機関などで排出された低レベルのものがほとんどだ。だが原潜が動き出せば、使用済み核燃料など高レベルの放射性廃棄物を保管する場所が必要となる。
保管場所を巡り早くも与党内で神経戦が始まっている。南東部ビクトリア州のアンドリュース首相(労働党)と西オーストラリア州のマクゴワン首相(同)は、原潜建造計画によって今後、30年で2万人分の雇用が生まれると指摘。
(建造計画の拠点になるとみられる「豪州潜水艦企業体」)ASCが拠点を置く南オーストラリア州の利益が大きいとして、同州が核燃料廃棄も責任を持つべきだと強調する。これに対し同州のマリナウスカス首相(同)は「核燃料廃棄は国レベルで協議することだ」と反発する。
ニュースサイト「豪ガーディアン」は21日、原潜の計画とその費用についての世論調査を発表した。結果は「原潜は必要ない」28%▽「必要だが費用が釣り合わない」27%▽「必要で費用は妥当」26%となり、国民の意見も割れているようだ。
豪フリンダーズ大のザク・ロジャーズ研究員(防衛論)は「原潜の保有は、豪州の防衛だけを考えれば不要かもしれないが、軍拡を続ける中国への将来的な抑止力になる」と指摘。
「政権は、AUKUSに協力しなければ、中国に強い姿勢で臨むべきだと考える有権者から『中国寄り』だとみられて政権維持に影響することを懸念している」とも説明する。
一方で、国防費が膨らんで医療、年金などにしわ寄せがくれば世論が反発する可能性がある。ロジャーズ氏は「使用済み核燃料の問題も議論しなければならず、実際に原潜の建造が可能かを含め課題が山積している」と話した。【3月25日 毎日】
******************
【いつになるかわからない原潜開発 中国が警戒していたのは日本潜水艦の採用】
上記のような開発費用、使用済み核燃料の保管先の問題に加えて、そもそも新たに原潜を開発するという今回計画が本当に効果的なのか? という疑問もあります。
2040年代前半に1隻、2060年代までに最大で8隻・・・・随分と時間がかかる計画で、しかも、こういう計画は遅れることが多いのが常識。
その頃には、今でもオーストラリア海軍を圧倒している中国海軍は更に増強されており、オーストラリアなど相手にもしない状況にもなっていることが予想されます。
中国が警戒していたのは、オーストラリアが優秀な日本潜水艦を調達することであり、今回のAUKUS開発になって、表向きの抗議とは裏腹に、本音ではほくそ笑んでいるとの指摘も。
****米英豪「AUKUS」潜水艦計画に中国が本当は胸をなでおろしている理由****
(中略)
中国にとって好ましい方向性を打ち出したオーストラリア
さらに中国にとっての朗報は、アメリカとイギリスが中国脅威論によってオーストラリア政府の恐怖心と警戒心を盛んに煽りたてて、アメリカの軍事力に一層頼るように仕向けたことと、見積り金額が高騰し予定納期も伸びてしまっていたフランスとの潜水艦開発契約をオーストラリア政府に一方的に破棄させることに成功したことである。
ただし、フランスとの契約破棄に乗じて、米海軍戦略家たちが期待したように、日本の潜水艦を取得することになってしまえば、中国にとっては思わしくない状況となったはずだ。
その場合には、オーストラリア海軍は2030年から日本が開発した新鋭潜水艦を手にすることになる。そして、アメリカ海軍が攻撃原潜を、日本とオーストラリアが高性能ディーゼル・エレクトリック潜水艦を運用することによって、潜水艦戦における効率的役割分担が強化できるという、米海軍潜水艦戦略家の期待が実現することになるのである。裏を返すと、中国にとってアメリカ陣営の潜水艦戦力は厄介度を増してしまうことになるのだ。
ところが、中国にとって再び好ましい方向性をオーストラリアは打ち出した。すなわち、当初の潜水艦戦力増強の理由付けを捨て去って、次期潜水艦をディーゼル・エレクトリック潜水艦からイギリス製あるいはアメリカ製の攻撃原子力潜水艦を取得することになったのだ。この方針は「AUKUS」という中国を念頭に置いた米英豪英語圏3国軍事同盟結成とともに打ち出された(2021年9月)。
当然ながら、中国は表向きは「アジア地域の平和を乱す時代遅れの冷戦的思考」と批判してはいたものの、内心はほくそ笑んでいたものと思われる。
なぜならば、オーストラリアは、中国海軍にとっては厄介なオーストラリア北方の多数の島々が横たわっている海域で、攻撃原潜よりも強敵となる高性能ディーゼル・エレクトリック潜水艦を捨て去ってしまったからである。
アメリカが自国製潜水艦を売りつけるための茶番劇?
そして、AUKUS結成の際に公約したように、1年半後の2023年3月13日に、オーストラリア海軍潜水艦調達計画が上記のごとく公表された。
中国は今回のAUKUS共同声明に対しても、強い懸念を表明しているが、実際にはアメリカが自国のヴァージニア級潜水艦を無理やり売りつけるための茶番劇と考え、笑いが止まらないといったところであろう。
なんといっても、開発・建造・配備に長時間がかかる攻撃原潜をオーストラリアが手にするのは早くとも2040年代となる。
現時点で攻撃原潜(旧式を除く)を6隻以上、ディーゼル・エレクトリック潜水艦(旧式を除く)を44隻以上保有する中国海軍は、2040年代には新旧交代を考慮しても攻撃原潜は14隻以上、ディーゼル・エレクトリック潜水艦は50隻以上有し、オーストラリア海軍など歯牙にもかけない状況をさらに強化していることは確実である。
やはり中国海軍にとって気になるのは、アメリカやイギリスに振り回されているオーストラリア海軍のいつになったら誕生するかわからない攻撃原潜ではなく、着実に自国での生産を推し進めている日本と韓国(攻撃原潜の開発にも着手している)の潜水艦戦力の動向であろう。【3月23日 北村 淳氏 JBpress】
********************
こうしたあまり効果が期待できない原潜開発によって“国防費が膨らんで医療、年金などにしわ寄せがくれば世論が反発する可能性がある。”【前出 毎日】・・・・お上(おかみ)の決定に従順な日本と違って、フランスで年金改革で大規模デモが繰り返されているように、外国では自分たちの“権利”が改悪されることに国民は強く抵抗します。
アルバニージー政権にとっては、かなり荷が重い原潜開発のように思えます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます