(3月16日 レバノン・トリポリで、アサド政権を支援するイランとイスラエル国旗を燃やす反シリア住民 “flickr”より By FreedomHouse2 http://www.flickr.com/photos/syriafreedom2/6867344326/)
【1日の死者数としては最悪】
シリアでは、これまでにも増して激しい戦闘が続いています。
日本人ジャーナリスト山本美香さんが殺害されたように、外国報道が厳しく制約されているため状況は判然としませんが、国連停戦監視団が19日に任務を終了して撤退して以降、政府軍は主戦場となっている大都市のダマスカス及びアレッポにおいて軍用ヘリ・戦闘機・戦車などを投入した攻勢を強めているようです。
“政府軍は戦闘機や戦車を投入するなど攻勢を強めており、小火器で対抗する反体制武装組織は厳しい戦いを強いられているもようだ”【8月24日 時事】
有効性が疑問視された国連停戦監視団ですが、それなりの抑止力はあったということでしょうか。
****過去最悪370人死亡=政府軍、各地で攻勢―シリア****
在英人権団体「シリア人権監視団」は26日、政府軍が反体制派弾圧を強化しているシリアでの25日の死者数が約370人に達したことを明らかにした。昨年3月に反体制派弾圧が始まって以降、1日の死者数としては最悪。このうち首都ダマスカス近郊ダラヤでは、200人以上が死亡したとの情報がある。
反体制組織「地域調整委員会」は、25日の死者が440人に上ったと主張。国連停戦監視団の任務が19日に終了し、撤退して以降、政府軍は軍事ヘリコプターや戦車を反体制派掃討作戦で多用するなど情勢が一段と悪化している。
ダマスカスの南西郊外に位置するダラヤは、反体制派の中心を構成するイスラム教スンニ派住民の町。遺体の多くは民家の中で見つかり、政府軍の掃討作戦の際、至近距離から射殺される「処刑」のような形で殺害されたもようだ。国営シリア・アラブ通信は「軍部隊はダラヤからテロリストを掃討した」と報じた。政府側は反体制派をテロリストと位置付けている。【8月26日 時事】
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北部アレッポ郊外では、24日、政権軍がイスラム教の金曜礼拝に市民が集まったモスクを空爆、数十人が死亡したと報じられています。
【“モザイク国家”レバノン】
こうしたシリアの混乱は隣国レバノンに飛び火して、レバノン国内での宗派間の衝突も激しくなっています。
もともとレバノンは、キリスト教(10宗派以上)、イスラム教(5宗派)の宗派が各地に分散し、“モザイク国家”とも呼ばれる複雑な状況にあります。
しかも多くの宗派が民兵組織を持っており、75年からは、各民兵組織とパレスチナ解放機構(PLO)が入り乱れて争う内戦が17年間に及んでいます。
また、隣国シリア及びイスラエルが混乱するレバノンに侵攻、90年から約15年間はシリアの実効支配下にありました。2005年のシリア軍撤退後も、“親シリア”“反シリア”というシリアとの距離感が、各宗派入り乱れるレバノン政治情勢において最大の対立軸ともなっています。
現在のミカティ政権は、シリア・アサド政権がイランとともに長年支援してきた親シリアのシーア派組織ヒズボラが後ろ盾となっています。ミカティ首相自身は必ずしもシリアの傀儡でないような行動もこれまで示してはいますが、それでも組閣にはスンニ派などの反対で5カ月を要しています。
こうした各宗派に複雑に分断されたモザイク状態、更にはシリアの極めて強い影響・・・ということで、「シリアで起きる全てはレバノンに影響を与える」(スンニ派指導者)、「必ずレバノンでももめるはず。自衛の準備は進めている」(アラウィ派指導者)といった言葉のように、シリア情勢とは不可分・連動の関係にあります。
更に、シリアからレバノンへは多数の避難民が流入、24日の国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の発表によれば、その数は5万1000人とされています。(なお、近隣諸国へ逃れたシリア住民の総数は20万人超)
また、レバノン北部は反体制派住民が多いシリア西部ホムスに近く、「反体制派への物資供給拠点」になっていると言われていますが、一方で、アサド政権に近いシーア派ヒズボラがアサド政権擁護のためにシリア国内で活動しているとも言われています。
【各勢力は「さまざまな形でシリアと関係を持っており、同国情勢と無関係ではいられない」】
こうしたレバノンの事情から、シリア内戦が長期化すれば混乱がレバノンへ飛び火することは、以前から回避困難な事態とも見られていました。すでに今年2月時点で、アラウィ派の民兵とスンニ派民兵とが交戦も報じられています。
****シリア危機、隣国に波及 レバノン不安定化の懸念****
親・反アサドの両派、対立鮮明化
シリアで続くバッシャール・アサド政権と反体制派との戦闘をめぐり、レバノンでは各政治勢力に親アサド派と反アサド派との色分けが徐々に鮮明化し、対立が深まる恐れが強まっている。北部ではすでに散発的な衝突が発生。多様な宗教・宗派で成り立つ同国の勢力バランスが崩れ、情勢が不安定化する懸念もある。
「シリアが民主国家になることは、レバノンにとっても喜ぶべきことだ」
レバノンのハリリ前首相は14日、自身が党首を務めるイスラム教スンニ派中心の政党「未来潮流」の会合に寄せたビデオメッセージでこう述べ、シリアの在外反体制派組織「シリア国民評議会(SNC)」と連携していく考えを表明した。
一方、シリアとの関係が深いシーア派組織ヒズボラの指導者ナスララ師は7日の声明で「アサド政権は改革を約束しているのに反体制派が拒絶している」と反体制派を強く非難した。
昨年3月にシリアで反政府デモが発生して以来、自国の不安定化を恐れるレバノンのミカティ首相は、アラブ連盟などによるアサド政権への圧力強化には慎重姿勢を示しつつも、同政権に極度には肩入れしない立場を取ってきた。同首相の後ろ盾であるヒズボラをはじめとする国内の各政治勢力も、表向きは同様だ。
だが、国連によると、シリアからレバノンにはこれまでに6千人を超す避難民が流入。また同国北部は、反体制派住民が多いシリア西部ホムスに近く、最近は「反体制派への物資供給拠点」(反体制派活動家)になっているという。
レバノンの軍事評論家エリアス・ハンナ氏は、同国北部の各勢力は「さまざまな形でシリアと関係を持っており、同国情勢と無関係ではいられない」と指摘、「親アサド」か「反アサド」かで立場を鮮明にせざるを得なくなり、さらに緊張が高まると予想する。
今月10、11日には、北部の主要都市トリポリの市街地で、アサド大統領らシリア支配層に出身者が多い、シーア派の一派とされるアラウィ派の民兵と、スンニ派民兵とが交戦、少なくとも2人が死亡した。事件を受け、レバノン政府はトリポリ周辺に国軍を展開し、治安維持に努めている。しかし、同国では多くの政治勢力が民兵組織を抱えており、専門家からは「各勢力間の均衡が崩れれば、国軍では対立を抑えきれなくなるだろう」との指摘も出ている。【2月18日 産経】
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【「レバノンをますますシリアの内戦に引きずり込もうとする動きがある」】
イスラム・キリスト教各宗派が絡み合う“モザイク国家”にあって、シリア・アサド政権と宗派を同じくするイスラム教アラウィ派は人口(約400万人)の2~3%に過ぎず、政治、経済、文化的に影響力の強いシリア・アサド政権が重要な後ろ盾となってきました。
そうした事情があって、レバノン北部トリポリでは、アサド政権を支持するアラウィ派とシリア反体制派を支持するイスラム教スンニ派とが衝突を繰り返しいます。“両者は30年以上前のレバノン内戦時から対立する因縁の関係”【7月29日 毎日】とも言われています。
その対立はエスカレートしているようです。
****シリア情勢、レバノンへ飛び火 宗派間対立で死者も****
シリアで激しい戦闘を展開しているバッシャール・アサド政権軍と反体制派との対立が、隣国レバノンに波及している。
地中海に面するレバノン第2の都市トリポリでは今週に入り、アサド政権を支持するイスラム教少数派アラウィ派と反体制側を支持するスンニ派の勢力の衝突が続き、24日には新たにスンニ派の聖職者1人を含む3人が死亡した。
治安当局関係者によると、20日からの両者の衝突ではこれまでに計14人が死亡。また100人を超える負傷者が出ており、その大半は狙撃手による襲撃されたものだという。
衝突が起きているのはトリポリ市内東部のシリア通りで、アラウィ派地区ジャバル・モフセンとスンニ派のBab al-Tebbaneh地区の境界となっている。20日の衝突以降、レバノン軍が出動して両者を隔てているが、24日早朝にスンニ派の聖職者ハリド・バラデイ師(28)が狙撃手に殺害されたことから衝突が激化。携行式ロケット弾や銃撃の応酬がみられた。
一連の衝突の前までには誘拐が増えており、ただでさえ不安定なレバノン情勢はさらに揺らいでいる。自動車修理工場を経営しているという地元男性は、「僕たちはシリアで起きていることと何も関係ない。平和に暮らしたいのに。僕たちは生きていくのにやっとなのに、民兵たちは給料をもらっている。彼らはどんな理由でも、自分たちの利益のために戦うんだ」と語った。
トリポリ出身のナジブ・ミカティ(Najib Mikati)首相は22日、「指導者たちが協力し、レバノンを危険から守らなければならない時だというのに、レバノンをますますシリアの内戦に引きずり込もうとする動きがある」と懸念を表明した。【8月25日 AFP】
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アラウィ派の民兵とスンニ派民兵の衝突の他、親アサド政権派と反体制派が互いに敵対勢力を拉致し、人質に取る事件も相次いでいます。
****シリア内戦:隣国レバノンでも「人質合戦」****
・・・・レバノンでは、シリア国内で身内を拉致された親アサド政権の有力部族が15日、レバノンにいた離反兵士団体「自由シリア軍」メンバーら20人以上を拉致。反体制派を積極支援するサウジアラビアやカタールなど湾岸4カ国は15日、レバノン滞在中の自国民に即時退去を呼びかけるなど、周辺の中東諸国にも余波が広がっている。
ロイター通信などによると、15日の拉致事件を起こしたのはレバノン東部出身で、アサド政権を支持するイスラム教シーア派の有力部族。人質の大半はシリア人だが、トルコ人も1人含まれているという。
この部族に属する男性がシリアの首都ダマスカスで反体制派に捕らえられ、14日公開された映像で「(アサド政権が後ろ盾となるレバノンのシーア派民兵組織)ヒズボラの戦闘員1500人の一員として8月初めにシリア入りした」と語った。ヒズボラや部族は男性の戦闘への関与を否定している。
一方、反体制派は5月以降、シリア国内でシーア派のレバノン人11人やイラン人48人を相次いで拘束し、アサド政権崩壊まで「人質作戦」を継続する姿勢を鮮明にしている。
こうした事態を受け、サウジ、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェートはレバノンに滞在する自国民に対し、即時退去を促している。
レバノンは湾岸諸国の富裕層の避暑地として人気が高く、いずれもシリア反体制活動の主導勢力と同じイスラム教スンニ派。とりわけ反体制派支援の急先鋒(せんぽう)であるサウジやカタールは、拉致の矛先が自国民に向けられる事態を警戒している。
今後も「人質合戦」が過熱すれば、中東諸国を巻き込んだ宗派間対立がさらに拡大する可能性もある。【8月16日 毎日】
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【「指導者たちが協力し、レバノンを危険から守らなければならない時」】
親アサド政権のシーア派ヒズボラを後ろ盾とするミカティ政権ですが、レバノン国内への飛び火を抑えるため、親アサドに偏らないように慎重姿勢をとっているとも報じられています。
“昨年3月にシリアで反政府デモが発生して以来、自国の不安定化を恐れるレバノンのミカティ首相は、アラブ連盟などによるアサド政権への圧力強化には慎重姿勢を示しつつも、同政権に極度には肩入れしない立場を取ってきた。同首相の後ろ盾であるヒズボラをはじめとする国内の各政治勢力も、表向きは同様だ”【2月18日 産経】
“レバノンのミカティ政権は、アサド政権がイランとともに長年支援してきたシーア派組織ヒズボラが後ろ盾だが、アサド政権に弾圧されるスンニ派難民を受け入れ、シリア反体制派の国内での活動も事実上黙認している。反体制派は、サウジアラビアや米国にも近いハリリ前首相(暗殺された元首相の息子)が支援しており、敵対すればレバノン国内でも騒乱が燃え広がる可能性があるからだ”【3月13日 毎日】
ただ今後、シリア情勢の展開を受けて、国軍よりも高い戦闘力を有するシーア派ヒズボラが親アサドの姿勢を明確に示して活動を始めると、レバノンも内戦状態に陥ります。
ヒズボラが動けば、敵対するイスラエルにも緊張が高まります。スンニ派のサウジアラビア・カタールなど湾岸諸国も同様です。
ミカティ政権には、シリア情勢に引きずられない慎重姿勢が求められています。
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