(米連邦最高裁が人工妊娠中絶の合憲判決を覆す判断を示してからちょうど1年となった6月24日、米最高裁前で意見をぶつけあう中絶擁護派と反対派【6月26日 ロイター】)
【少子高齢化・経済苦境で進む「保守化」 アメリカも「日本病」に?】
多くの先進国が少子高齢化に苦慮するなかで、アメリカはこれまでは移民が多いこともあって、あまり少子化・高齢化が目立ちませんでしたが、近年は他の先進国同様に少子高齢化が進行しているようです。
そうした人口構成の変化、更にインフレなどの厳しい経済状況を反映して、社会の雰囲気がいわゆる「保守化」する傾向にあります。
****ギャラップ「世論調査」で米国人の価値観・心情の変化が明らかに…少子高齢化で「日本病」に罹る可能性****
米国でもますます進む少子高齢化
米疾病管理予防センター(CDC)は6月1日、「米国の2022年の出生率は前年に比べ横ばいだった」と発表した。
2022年の出生率は1.7人。現在の人口を維持するためには、2.1人が必要とされている。出生数は366万1220人で2021年より約3000人減少したが、新型コロナのパンデミック2年目に当たる2021年の出生数は7年ぶりに増加していた。
米国の出生率は今後も減少することが懸念されている。
住居費や学費の高騰などのせいで、米国の若者の3分の1が親と同居するようになっているからだ。日本や南欧など親との同居率が高い国は出生率が低い傾向があり、米国でもこれらの国と同様の現象が生ずるとの指摘が出ている(5月29日付日本経済新聞・28日付ウェブ版)。
2010年以降、米国では高齢化も進んでいる。主な要因は、ベービーブーマー(1946年から1959年までに生まれた世代)の大部分が65歳を超えたことだ。
国勢調査によると、65歳以上が占める割合(高齢化率)は2010年が12.8%、2020年が16.8%。1990年以降、12%台で安定的に推移してきたことにかんがみれば、驚きの変化だ。
米国の高齢化に歯止めがかかっていた理由には、移民の存在がある。しかし近年は、移民に対する風当たりが強くなっており、高齢化はますます進むことになるだろう。
米国もいわゆる「日本病」に…兆候は「保守傾向」
少子高齢化は米国の社会にどのような影響を与えるのだろうか。
英誌「エコノミスト」(6月3日号)は「少子高齢化が進めば、社会から『流動性知能』が失われる恐れがある」と警告を発している。
流動性知能とは、問題をまったく新しい方法で解決する力のことであり、心理学者によれば、若者が多く保有している。これに対し、高齢者はリスクを取ることに抵抗が強く、革新的なアイデアを採用することが少ない。少子高齢化社会ではイノベーションが起きにくく、経済は停滞するというわけだ。
このような指摘は日本では当たり前の感があるが、米国もいわゆる「日本病」に罹ってしまうリスクが生じているのだ。
既にその兆候は現れている。米国人が社会問題に対してより保守的になっていることが、米国の世論調査・コンサル企業ギャラップの世論調査で明らかになった。
ギャラップは6月8日、毎年5月に実施している価値観・信条に関する調査の結果を発表した。昨年まではリベラルと保守がほぼ並んでいたが、今年は保守が38%、リベラルが29%だった。
注目すべきは、自身を「社会的保守」とする共和党支持者が、昨年60%から74%に急増していることだ。州別に見ると、共和党が主導する州の人口が増加している一方、民主党が主導する州の人口は減少している。米国の保守化がさらに進む可能性がある。
年齢別に見ると、「社会的保守」と回答した割合は中年層で高く、30歳から64歳までの平均が12%上昇したことも今年の調査の特色の1つだ。
保守化を追い風にして次々と可決される法案
15年前、オバマ元大統領を勝利に導いた当時の若い有権者(ミレニアル世代)は現在40歳前後になっているが、歳を重ねた彼らの多くは右傾化したと言われている(6月12日付クーリエ・ジャポン)。
「貧すれば鈍する」ではないが、その理由は日々の生活の厳しさだろう。
米国では高額な配達料を節約するため、注文した商品を自ら飲食店に取りに行く客が増えているという(6月9日付ビジネスインサイダー)。
「弱り目に祟り目」ではないが、住宅所有者のホームエクイティ(住宅価格からローン残高を差し引いた持ち家の正味価値)は、今年第1四半期に前年比0.7%低下。2012年以来初の年間ベースでの減少となった。マイホームの資産価値を元手に生活費をやりくりしている多くの米国人にとって大きな痛手だ。
社会の保守化を追い風にして、共和党が主導する州では中絶やトランスジェンダーの権利を制限する法案の可決が相次いでいる。
米国の性的少数者の権利を推進する団体「ヒューマン・ライツ・キャンペーン」は6月6日、創立以来初の全国規模の非常事態を宣言した。LGBTQ(性的少数者)の生活を規制することが狙いの法案が各地の州議会で次々と可決されているとするものだ。
反ESG(環境・社会・企業統治)運動も米国で広がっている。
フロリダ州で今年初め、ESG活動を制限する「反ESG法」が成立した。それを皮切りに、共和党が主導する州では同様の動きが生じており、来年秋の大統領選挙では争点の1つになることが予想されている(5月24日付日本経済新聞)。
バイデン政権は銃規制強化を訴えているが、過去1年をみてみると、規制を緩和する州法が規制を強化する州法より多かったことがわかっている(5月25日付日本経済新聞)。
人口動態の変化に伴い、米国社会の保守化は着実に進んでいる。国際社会はこのことにもっと大きな関心を払うべきではないだろうか。【6月24日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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【トランプ政治支持の背景に保守化の流れ】
大きな政治的流れで言えば、トランプ前大統領を誕生させたのも、そしてそのトランプ氏に関するあまたの疑惑・問題にもかかわらず、その支持が一向に衰えないことの背景に、上記のような「保守化」があると推測されます。
*****バイデン氏、僅差で支持率リード トランプ氏との再対決想定****
米NBCテレビは25日、2024年大統領選で再選を目指す民主党のバイデン大統領(80)と、共和党の候補指名争いで首位に立つトランプ前大統領(77)の再対決を想定した世論調査でバイデン氏が4ポイントリードしたと伝えた。
世論調査は16〜20日に実施され、回答した有権者の49%がバイデン氏、45%がトランプ氏を支持した。支持率の差は誤差の範囲内としており、拮抗しているとみられる。
私邸への機密文書持ち出しで8日に起訴されたトランプ氏の共和党内の支持率は4月の46%から51%に上昇。党内で捜査への反発が広がり、追い風になっている。【6月26日 共同】
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バイデン大統領が問題山積のトランプ前大統領を引き離せず、誤差の範囲で拮抗しているのは、単に高齢が不安視されているということだけでなく、やはり上記のような「保守化」の流れが影響してのことでしょう。
人種的には白人比率が低下するなかで、社会に不満を持つ白人層の利益代弁に特化しつつあるような共和党に未来はないのでは・・・と、十年から数年前は思っていたのですが、上記のように社会全体が保守化する流れにあっては、むしろリベラルを掲げる民主党に厳しくなっているのかも。
【「意識高い系」的な環境・人種・性差別問題重視に対する反動として先鋭化する「反ESG」の動き】
保守化を端的に示すのが、上記記事にある“反ESG(環境・社会・企業統治)運動”の拡大です。
いわゆる「意識高い系」的な環境・人種・性差別などの問題で社会正義を重んじる考えに対する反発・反作用でしょうか。
****米国で先鋭化する「反ESG」の動き 日本企業などにも波及****
環境や社会問題への取り組みを重視する「ESG」(環境、社会、企業統治)。日本でも投資や企業の経営方針に取り入れる動きが進むが、先行した米国では激化する党派対立の火種になっている。
脱炭素や多様性の動きに逆行する「反ESG」が、保守派の野党・共和党の新たな旗印となり、2024年の大統領選でも主要な争点の一つになりそうだ。影響は国外にも飛び火している。
「我々の年金システムにESGは必要ない」「保守派を差別する『ウオーク』(Woke)な銀行はいらない」。大統領選に向けた共和党候補の指名争いに参戦した南部フロリダ州のデサンティス知事は5月30日、出馬表明後に初めて開いた中西部アイオワ州での集会で声を張り上げた。
「ウオーク」は、環境や人種、性差別などの問題で社会正義を重んじる人々を保守派がやゆする文脈で使われる。日本語では「意識高い系」に似た意味がある。
「ウオークな政治イデオロギー」と反発
フロリダ州では5月、デサンティス氏の主導で「反ESG法」が成立した。
「投資は収益の最大化を優先すべきだ」との立場から、州関連の年金基金の運用や地方債の発行、州政府の物品やサービスの調達などでESGを考慮することを事実上禁じる内容だ。州と取引する金融機関には、ESGへの取り組みを評価する外部格付けの使用も認めない。
ESGは「『ウオーク』な政治イデオロギーだ」と異を唱え、一掃を目指す初めての州法で、7月に施行される。
「反ESG」で先陣を切ったのは南部テキサス州だった。アボット州知事(共和党)の指示の下、州政府は22年夏、化石燃料にかかわる企業への投資を抑制している金融機関のリストを公表。名前が載った米資産運用最大手ブラックロックなどに対し、年金基金との取引停止をちらつかせて投資方針の撤回を迫った。
テキサス州の経済を支えてきた石油・天然ガス産業の保護が背景にあるが、ESGの考え方はバイデン政権の民主党寄りだとみなされてきたことも影響した。
保守派による「反ESG」の動きは全米レベルで先鋭化している。
米連邦議会の上下両院は今年2~3月、企業年金の運用にESG投資を組み入れることを認めた労働省規則の「無効化」を求める決議を賛成多数で可決した。
下院多数派の共和党が主導。上院は民主党が多数派を占めるが、地元に化石燃料産業を抱える議員が造反した。環境や人権などの価値観を重視するバイデン大統領は、政権発足後、初となる拒否権を行使して成立を阻止した。
バイデン氏は「ESGの要素が市場、産業、ビジネスに重大な影響を与える証拠は豊富にある」と述べ、ESG推進を維持する姿勢を明確にした。
ただ、デサンティス氏は、全米18州の共和党知事とともに「反ESG」同盟を結成し、バイデン政権や金融機関への圧力を強めている。(後略)【6月7日 毎日】
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【人工中絶、LGBT、そして「アファーマティブ・アクション」(積極的差別是正措置)】
「保守化」の流れが影響する具体的な問題としては、人工中絶、LGBT、そして今日話題になっている大学入試における「アファーマティブ・アクション」(積極的差別是正措置)などがあります。
人工中絶に関しては、周知のように昨年、トランプ前政権によって保守化したアメリカ連邦最高裁が女性の人工妊娠中絶の権利を覆した判断を示し大きな社会問題となりました。(中絶の問題は最高裁判断以前からアメリカ社会を二分して(日本の常識では信じられないような暴力行為を伴う)激しい対立が続いていました)
ただ、女性を中心に共和党支持者にも最高裁判断を是認しない向きも少なくなく、バイデン政権・民主党サイドからすれば、争点になれば有利な問題でもあります。実際、最高裁判断後の中間選挙で大敗必至とされた民主党が予想に反して善戦したのは、この問題が争点になったことが大きな理由でした。
そうしたこともあって、バイデン政権は次期大統領選挙に向けて、この問題を再び争点にしたい構えです。
****アメリカの妊娠中絶の是非をめぐる国民世論の対立 来年の大統領選でも争点になる見通し****
アメリカ連邦最高裁が女性の人工妊娠中絶の権利を覆した判断から1年を迎えました。中絶の是非をめぐる国民世論の対立は根深くなる一方で、来年の大統領選挙でも大きな争点になりそうです。
首都ワシントンで24日、中絶擁護派の集会が開かれ、参加者は「権力が女性の身体のことを決めている」「国の非常事態だ」などと中絶規制の動きを批判しました。
中絶反対派も集会を開き、出席したペンス前副大統領が「命の尊厳を全ての州で取り戻すまで決して手を緩めない」と述べると会場からは大きな歓声が上がりました。
アメリカでは中絶は憲法上の権利として認められていましたが、1年前の6月24日、連邦最高裁がその判決を50年ぶりに覆したことで規制の動きが急速に広がっていて、来年の大統領選挙でも重要な争点となります。
AP通信によりますと、共和党が地盤の州を中心に14の州で中絶が禁止され、中にはレイプによる妊娠でも中絶を認めない厳しい規制を導入した州もある一方で、民主党が強い20州では中絶権を保護するなど党派性が際立っています。(ANNニュース)【6月25日 ABEMA TIMES】
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****「女性の権利と健康を守る唯一の方法」バイデン米大統領、中絶の権利法制化を議会に強く要求****
アメリカの最高裁判所が人工妊娠中絶の権利を認める判断を覆してから24日で1年となります。バイデン大統領は、中絶の権利を法制化するよう議会に強く求めました。
バイデン大統領「女性の権利と健康を守る唯一の方法は、議会が(中絶の権利を保障する)法案を通すことだ。議会は(以前の)最高裁判決で守られていたものを取り戻すべきだ」
アメリカのシンクタンクによりますと、最高裁の判断が覆されて以降、中絶を全面禁止した州は13州にのぼります。
バイデン大統領は23日、「全米各地で壊滅的な影響を目の当たりにしてきた」などと最高裁の判断を批判し、中絶の権利の法制化を議会に強く求めました。(後略)【6月24日 日テレNEWS】
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柳の下に2匹目のドジョウはいるのか・・・
近年、その権利が認められてきたLGBTに関しても、共和党系の知事の州などで、その反動とも見える規制強化が進行しています。
保守派を中心に、LGBTなど性的少数者をめぐる教育について、子どもに特定の思想を吹き込み、他の思想を認めないこと(洗脳)だと決めつけて反対する声も根強く、フロリダ州知事デサンティス氏はそうした声を代表しています。
トランスジェンダー(出生時の性と自認する性が一致しない人)に対する医療行為にメディケイド(低所得者向け医療保険)からの給付を禁じる法律も保守系の州で相次いでいます。
この問題は司法で争われており、フロリダ州の連邦地方裁判所は21日、トランスジェンダーに対する医療行為にメディケイド(低所得者向け医療保険)からの給付を禁じた同州の措置を無効としました。
ジェンダー・アファーミング・ケア(ジェンダーを尊重する医療)を禁止する州法はアラバマ州、アーカンソー州、インディアナ州、オクラホマ州でも差し止められています。
LGBTの人々の間では、規制強化の動きへの不安が広がっています。
****性的少数者らNYでパレード 否定意見に「不安」も****
米ニューヨーク中心部のマンハッタンで25日、LGBTなどの性的少数者らが誰にでも平等な社会や差別のない未来の実現を訴えてパレードを行った。米国では性的少数者に否定的な保守派と擁護するリベラル派の対立が深まっており、「今後が不安だ」と吐露する参加者の姿もあった。
米ニューヨーク中心部のマンハッタンで25日、LGBTなどの性的少数者らが誰にでも平等な社会や差別のない未来の実現を訴えてパレードを行った。米国では性的少数者に否定的な保守派と擁護するリベラル派の対立が深まっており、「今後が不安だ」と吐露する参加者の姿もあった。
色とりどりの衣装に身を包んだ参加者は踊りながら行進し、ありのままの自分をさらした。NYタイムズ紙によると、パレード参加者は7万5千人、観客は200万人。
パートナーと参加したブランドンさん(45)は、性的少数者への否定的な意見について「本当の自分を見せることにどんな罪があるのか」と不安を口にした。【6月26日 共同】
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そして「アファーマティブ・アクション」
****最高裁判断、大統領「強く反対」 米大学の人種優遇「違憲」****
米大学の入学選考で黒人などを優遇する積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)を巡り連邦最高裁は29日、憲法が定める「法の下の平等」に反するとして違憲だと判断した。米メディアによると、最高裁は1978年に合憲としていた。
バイデン大統領は「数十年続いてきた判例を覆した。強く反対する」と演説し、教育省に対応措置を取るよう命じた。
公民権運動が高まった60年代に多様性を確保するため導入された差別是正の措置が制限され、大学は選考方法の見直しを迫られる。同様の措置は政府や企業が職員を雇用する際に取り入れており、影響が広がりそうだ。
違憲判断は、最高裁の9人の判事のうちロバーツ長官ら保守派6人による多数派意見だった。ロバーツ長官は大学が「能力ではなく、肌の色が基準になるとの誤った結論を下してきた。憲法はそのような選択を容認しない」と指摘。リベラル派のソトマイヨール判事は「長年の判例と大きな進展を後退させることになる」と懸念を示した。【6月30日 共同】
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