孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  新憲法公布で民政復帰に向けて踏み出すも、権力内部では対立が激化

2017-04-10 22:18:10 | 東南アジア

(【flickr】に3月17日にアップされたインラック前首相の写真ですが、いつ撮影されたものかは知りません。【by Prachatai https://www.flickr.com/photos/prachatai/33488220375/in/photolist-SbjCrS-T2eTcV-T1X56t-S78aQ3】)

新国王が政治に影響を及ぼす可能性も
タイでは亡くなったプミポン前国王を荼毘に付すための巨大な火葬施設の建設が進められているそうです。

****首都に巨大火葬施設=高さ50メートル、10月に前国王葬儀-タイ****
昨年10月に死去したタイのプミポン前国王を荼毘(だび)に付すため、首都バンコクの王宮前広場で巨大な火葬施設の建設が進められている。
 
火葬施設は土台部分が60メートル四方で、高さは約50メートル。仏教の宇宙観で世界の中央にそびえているとされる須弥山(しゅみせん)を表現する。現在は高さ約23メートルまで建設が進んでいる。
 
24日に現地を視察したタナサック副首相は取材に対し、火葬を含む一連の葬儀日程について、10月26~30日の5日間とする案をワチラロンコン国王(64)に提示したことを確認。「(日程の)変更や期間の短縮があるかどうか国王の回答を待つ必要がある」と述べた。【3月24日 時事】
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一方、軍部の権限が強化され、民主主義が後退したとの批判もあった新憲法ですが、国民投票での承認を経て、ワチラロンコン国王が署名して公布・施行に至っています。

ただ、最終段階で国王の要請で国王権限を強める方向の修正がなされ、今後のワチラロンコン国王の政治関与の可能性をうかがわせる流れにもなっています。

****タイ、新憲法施行 民主化後退、国王の権限強化****
タイのワチラロンコン国王は6日、首都バンコクで新憲法案に署名し、新憲法が即日公布・施行された。2014年のクーデターで破棄された旧憲法に代わる新憲法案は当初から民主主義に逆行する内容を含んでいたが、国王側の要請で国王権限を強める修正もなされた。民主的な統治からさらに遠のく懸念が出ている。
 
クーデター後の軍事独裁体制が続くタイでは、新憲法の制定が民政復帰への第一歩。だが新憲法は、選挙で選ばれた下院議員や政権に対し、憲法裁判所に強い監視権限を持たせる一方、上院議員を非公選とし、今後も軍が政治に強い影響力を持つ内容だ。昨年8月の国民投票で承認されたが、その後、国王側から条項の一部修正を求める意向が示されていた。
 
この日、明らかになった主な修正点は、憲法に規定のない政治状況などが生じた場合に、「国王を元首とする民主主義制度の慣習」に基づいて判断するとの規定に関するものだ。過去の憲法にもあったが、だれが状況を認定するのかなどがあいまいだったため、当初の新憲法案ではその判断を最終的には憲法裁判所長官らに仰ぐとされていた。
 
だが、修正でこの部分が削除された。タイの憲法学者は「政治危機に国王が介入する余地が取り戻された」と指摘する。
 
もう一つは、外国訪問などで国王が公務をできない場合の摂政任命規定に、「任命しなくてもよい」との内容を加えたこと。これも、国王がこれまで生活拠点の一つとしてきたドイツなどに滞在する際に、権限を保持するためとみられている。
 
タイでは、不安定な連立政権で混乱が繰り返された反省から、1997年に史上最も民主的と言われる憲法ができたが、その結果、民衆の支持を背景にタクシン元首相が台頭。軍や官僚といった既得権益層の脅威になり、06年に軍がタクシン氏をクーデターで失脚させ、07年制定の憲法では上院のほぼ半数を非公選にするなどした。

それでもタクシン元首相派を抑えられず、14年のクーデターや、今回の新憲法につながった。新憲法は1932年の立憲革命以降、20番目となる。
 
新憲法の施行で、総選挙に向けたプロセスも始まった。現政権の行程表によれば、新憲法施行から総選挙に至る日程は最長で570日。遅くとも来年11月までには総選挙が実施されることになるが、プラユット暫定首相は6日夜、「選挙の正確な日程はまだ設定できない」と述べた。

外交筋の間では「行程表は行程表に過ぎない」との慎重な見方もある。【4月7日 朝日】
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浅見靖仁・法政大教授(タイ政治)は“新憲法が制定されたことで、軍政はこれ以上の民政移管の先延ばしは難しくなったと言える。ただ、タクシン元首相派と反タクシン派の和解が進んでいないなど、課題は多い。一方、直前になって憲法案を修正させるなど、国王が政治に影響を及ぼす可能性も今回見えてきた。”【4月6日 毎日】とも指摘しています。

軍内部の対立に新国王・タクシン派も加わって不穏な空気も
従来からのタクシン派と反タクシン派の対立、軍部による民主主義への制約、新国王がどのように政治に関与するのか、あるいは関与しないのか、総選挙はいつになるのか・・・・等々の問題ははらみつつも、とにもかくにも民政復帰に向けて一歩踏み出したように見えます。

しかし、タイの権力内部では、新国王即位に伴って“不穏”な対立が進んでいるとの指摘も。

軍内部では、現在の暫定政権を主導してきたプラユット暫定首相らの軍主流派に対し、新国王の親衛隊を担う勢力が権限を強めており、権力闘争的な色合いを帯びてきているとのことです。

素行の評判が芳しくなかった新国王はもともと軍主流派とはそりが合わず、軍主流派はできれば国民的人気が高いシリントーン王女を即位させたかった・・・とも言われています。

一方、新国王は従来からタクシン元首相と関係が深く、また、新国王に近い軍部勢力はタクシン元首相とも関係が深いということもあって、新国王・軍部の反主流派(国王の親衛隊)・タクシン派と軍部主流派の間で抗争が起きる危険性もあるとか。

もし、帰国すれば逮捕・拘束されることになっているタクシン元首相が、新国王の恩赦を前提に「凱旋」帰国するようなことになると、この対立は一気に火を噴く・・・という話です。

****タイで膨らむ「内戦リスク****
新国王と現政権の根深い「憎悪」
タイでは国民の敬愛を集めたプミポン国王が昨年十月に逝去し、十二月にワチラーロンコーン皇太子が新国王に即いた。

もともと素行が問題視され、国民の目も冷ややかな新国王には内外から不安視する声が多かったが、まさにそれが的中しそうな情勢だ。

最大の問題は政権を握る軍主流派と国王の親衛隊の対立。皇太子時代は冷遇されてきた親衛隊が一気に権力を強め、軍は二分状態となった。

さらに軍政の天敵、タクシン元首相は新国王と親しく、恩赦による帰国も現実味を帯び始めた。タイは軍を割った内戦危機も含め、再び大混乱に陥る可能性が静かに高まっている。
 
バンコク中心部の王宮前広場では今年十月に予定される故プミポン国王の火葬の儀に向けた施設の建設が進んでいる。(中略)

表面上は新国王のもとで落ち着き始めたかにみえるタイだが、王室と軍、政治家が入り乱れた権力闘争が激化している。

争いの火種になっているのはワチラーロンコーン新国王の親衛隊。昨年十二月までは「皇太子親衛隊」と呼ばれたグループだ。

タクシン「凱旋」で着火
タイの王族には身辺警護にあたる親衛隊が置かれる。首都を守る第一軍管区の七個師団のうち第一歩兵師団が故プミポン国王を護衛する近衛師団。シリキット王妃を護衛するのがバンコク東部のプラチンブリやチョンブリーに駐屯する第二歩兵師団であり、そのほか皇太子、シリントーン王女などにそれぞれ親衛隊が組織されていた。
 
当然ながら軍内で最も力を握ってきたのは国王を守る第一歩兵師団出身者だった。だが、一九九二年五月にバンコクで軍が反政府のデモ隊に発砲した流血事件でスチンダ首相(元陸軍司令官で、第一歩兵師団出身)が国王の仲裁で辞任させられて以降、軍の影響力が低下、その原因となった第一歩兵師団も軍内で実権を失った。
 
二〇〇一年にタクシン政権が誕生すると、軍の権力構造にはさらに変化が生じた。タクシン氏は警察士官学校出身で、軍内にも人脈があり、自らに近い人物を軍幹部に就けたためだ。

〇三年に陸軍司令官に任命されたチャイシット大将はタクシン派の典型だ。そうした軍の〝タクシン化〟に最も懸念を抱いたのが王妃親衛隊とそのOB会ともいうべき「東の虎」グループである。〇六年のタクシン追放クーデターを主導したのはまさにこの「東の虎」グループだった。
 
その後、軍内では「東の虎」がかつての国王親衛隊に代わって実権を掌握した。軍のトップである陸軍司令官のポストは〇四年以降、プラウィット(現副首相兼国防相)、アヌポン、そして現首相のプラユットと王妃親衛隊出身者がほぼ独占している。
 
一方で、ワチラーロンコーン新国王の皇太子時代の親衛隊は空軍の九〇四飛行隊。バンコクのドンムアン空港を基地とする空軍の精鋭で通称「ラチャワロップ」。

皇太子時代には三回目の結婚相手のスリラスミ妃の愛犬「フーフー」に空軍大将の称号を与えるなど空軍に愛着を持っている様子がうかがえる。

今、王宮内で肩で風を切って歩いているのはこの九〇四飛行隊出身者であり、軍内の枢要なポストを押さえつつある。
 
新国王はプラユット政権が成立を急ぐ新憲法についても就任以来、数回にわたって見直しを命じるなど揺さぶりをかけている。新国王と現政権の関係は明らかに摩擦が高まっているのだ。
 
もともと「東の虎」グループ含め陸軍はワチラーロンコーン皇太子の国王即位に懸念を持ち、国民の支持が厚いシリントーン王女を担ごうとしていた。新国王にすれば「東の虎」グループは不愉快な存在で、権力からはずそうとしているとみていい。
 
もうひとつ大きな底流は新国王とタクシン元首相の親密な関係だ。放蕩息子と呼ばれ、女性関係、ギャンブル、ドラッグなどの噂が絶えない新国王の尻拭いをしてきたのがタクシン元首相だったからだ。中でも欧州各地のカジノで遊んだ皇太子の負けを肩代わりして支払ったことは、タイの庶民でも知っている。

また、皇太子親衛隊の九〇四飛行隊はタクシン派の牙城であるタイ東北部、北部出身者で占められ、人的にも新国王と元首相は深いつながりを持っている。
 
タイ政治が〇六年のタクシン追放クーデター以降、直面する最大の課題はタクシン氏の帰国問題だ。帰国すれば即逮捕、収監になるが、国王には恩赦を出す権限がある。

「ワチラーロンコーン国王がタクシン氏に恩赦を出す可能性は八〇%以上」。タイの新興企業の経営トップはこう分析し、「十月の故プミポン国王の火葬の儀の後にタクシン氏は帰国する」と予想する。それも密やかな帰国ではなく、凱旋になるだろう、との見方だ。
 
当然のことながら、プラユット政権と陸軍主流派は反発。恩赦の阻止、あるいはそれが無理ならば、タクシン帰国を物理的に阻止しようとする。そこで何が起きるのか。元皇太子親衛隊を中心とする空軍と陸軍主流派の衝突だ。

陸軍内には過去十年間干されたタクシン派が東北部を管轄する第二軍管区、北部を管轄する第三軍管区に多数おり、さらに首都の治安を守る警察には「心はタクシン派」という幹部が多い。
 
となれば、タイは軍と警察が国王派と反国王派に分かれた内戦に突入する懸念がある。反国王派はシリントーン王女を担ぎ、国民の支持を得ようとするだろう。内戦の基本構図は空軍精鋭部隊が首都防衛の第一軍管区の部隊を攻撃、東北部、北部からタクシン支持派の陸軍部隊が国王を守るため首都に進撃するという流れだろう。

日本企業の喫緊の課題に
「新国王とタクシン氏の『東の虎』グループに対する怨念を考えれば、決して荒唐無稽ではない」とタイの経済人はみる。

内戦が起きた時、連鎖的に勃発するのはタイ南部のイスラム教地域の分離独立だ。最近では南部での政府庁舎、警察へのテロ攻撃はますます激化しており、イスラム過激派にしてみれば内戦は最大のチャンスとなる。
 
タイには自動車、エレクトロニクス、素材など四千社を超える日本企業が進出し、東南アジア諸国連合(ASEAN)最大の産業集積を構築している。一一年秋のバンコク大洪水が示したようにタイの生産混乱は日本企業に深刻な影響を及ぼす。

次に起きるのは洪水やデモどころではない大騒動。日本企業としてはタイの緊急時対応策の練り直しが今や喫緊の課題となった。【「選択」4月号】
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タイが内戦状態に・・・タイ政治・社会の実情に疎遠な私などにはいささか荒唐無稽にも思われる話ですが、「ワチラーロンコーン国王がタクシン氏に恩赦を出す可能性は八〇%以上」という話になると、内戦とまではいかなくても、タイ政治・社会を揺るがす混乱状態・分断が改めて表面化することも考えられます。

総選挙でタクシン派が再び第1党となれば、「一定の民意」が示されたとして「恩赦」も現実味を帯びるのかも。

なお、新国王が皇太子時代に愛犬「フーフー」に空軍大将の称号を与えた話は有名ですが、陸軍でも海軍でもなく「空軍大将」だったのにはちゃんとした背景があったようです。

執拗な「タクシン派潰し」】
一方、暫定政権側のタクシン派への締め付けは続いているようです。

****インラック前首相に五百億円課税 タイ軍政が執拗に「タクシン派潰し****
二〇〇六年のクーデターで事実上の国外追放状態になったままのタイのタクシン元首相の妹、インラック前首相が三月、税務当局から四億五千万ドル(約五百億円)の課税を命じられたと公表した。

インラック氏は「意見の異なる者を追い詰めるために恣意的に法を適用している。よくも国民和解などと言えたものだ」とプラユット暫定首相を批判している。
  
タクシン一族は○六年一月、自身の財閥「シン・コーポレーション」の株をシンガポールの政府系投資会社テマセク・ホールディングスに売却。日本円で二千意円を上回る巨額の富を手にしたが「節税」を縦横に使い、納税額は一億円に満たなかった。

この不満が同年九月のクーデターヘとつながった。この時の売却益のうち四分の三は二年後、国に没収されたが、その後の追徴課税が十年近く経過した今になって行われたのだ。
 
インラック氏に対しては昨年十月、在任中(十一~十四年)の貧農に対するコメ担保融資制度で発生した巨額損失の責任を問い、軍政は一千億円を超える賠償金支払いを要求している。

インラック氏を執拗に追い詰めることについて記者団に聞かれたプラユット暫定首相は「私は誰もいじめていない」とだけ答えている。【「選択」4月号】
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相手が華があるインラック前首相だと、“いじめている”というネガティブなイメージになってしまうところが面白いところでもあります。

旧正月ソンクラーン前のバンコクでは爆発事件も
前述の「不穏」な空気とも関連するのでしょうか、バンコクでは新憲法公布前日の5日に小規模な爆発事件が起きています。

****バンコクで小規模な爆発****
タイの首都バンコクの官庁街ラチャダムヌン地区で5日午後8時(日本時間同10時)ごろ、小規模な爆発があり、近くにいた女性2人が耳や手に軽いけがをした。

地元メディアが現地警察の話として伝えた。樹脂製のゴミ箱に小型の爆発物が仕掛けられていた。タイでは6日に新憲法の公布が予定されているが、政治的な背景があるかどうかはわかっていない。【4月6日 日経】
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タイでは、水かけ祭りも行われる旧正月ソンクラーンの休みが4月13日から始まります。

多くの人が里帰りして、家族だんらんを楽しむ長期休暇ですが、上記爆発事件を受けて、在タイ日本国大使館からは“小型爆弾の爆発事件に関するお知らせ” として6日、「本日、新憲法の公布・施行式典が開催される他、今後ソンクランに向け各種行事が開催されますが、不測の事態が発生する可能性も排除されませんので、外出する際には、十分注意して下さい。」との注意喚起が在タイ邦人に出されているようです。
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