孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  “忘れられた戦争” 解決の糸口がつかめない深南部のテロ

2012-08-02 23:10:11 | 東南アジア

(のどかな托鉢風景・・・に見えますが、写真右奥には銃を持った兵士が。タイ深南部では仏教僧侶もテロの対象となるため、朝の托鉢にも兵士の護衛がつくようです。“flickr”より By Richard Humphries http://www.flickr.com/photos/9456474@N02/692920248/

平穏を重んじる断食月でもテロ増加
仏教国タイのマレーシアに接するパタニ、ヤラー、ナラティワートの「タイ深南部」と称されるエリアは、住民の8割ほどがイスラム教徒で、歴史的にもタイとは異なる歴史を有しています。経済的にも格差が存在します。
そうしたことから、以前から激しい民族対立の場となっており、タイからの分離独立を目指すイスラム反政府勢力によって仏教徒の首が切り落とされるといった類の、「微笑みの国」というイメージとは異なる凄惨なテロが多発しています。これまでの犠牲者は5000人にのぼるとも言われています。
(4月2日ブログ「タイ深南部、止まぬテロ 繁華街で連続爆弾テロ」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120402 参照)

対立の背景には、タイ政府のマレー系住民の言葉や習慣、文化、宗教などへの無理解や仏教徒優遇政策などへの根深い不満があると言われています。
タクシン前首相は強硬な掃討作戦を行いましたが、虐殺や誘拐、拷問などが多数報告され、力で抑え込もうとするやり方は、むしろ事態を悪化させたと見られています。以来、解決の糸口がつかめていません。

イスラム教では7月20日から断食月(ラマダン)に入っていますが、従来のラマダンとは逆に、今年はテロが増加しているとのことです。

****タイ、断食月に入りテロ活発化 25人死亡、40人負傷****
タイ最南部のマレー系武装組織によるとみられるテロ活動がイスラム教の断食月(ラマダン)に入った7月20日以降、活発になっている。1日未明までに20件を超える爆発や襲撃事件で、25人が死亡し、約40人が負傷した。

7月31日午後7時ごろ、パタニ市中心部にある高級ホテル「CSパタニホテル」近くで爆発が起き、従業員ら3人が軽いけがをした。県当局によると、小型トラックに爆弾が仕掛けられていたという。2時間半後には、パタニ県内の村でバイク2台に乗った若者が茶店を通りすがりに無差別に発砲し住民4人が死傷。1日未明には同じ地区の別の茶店で銃撃事件が起き、6人が死傷した。

一方、7月29日には、バイクで駐屯地に戻る途中の陸軍兵士が武装集団の銃撃を受け6人が死傷した。この一部始終をとらえた監視カメラの映像が公開され、武装集団の残虐行為に加え、治安の安定を図れない国軍への批判が高まっていた。

イスラム教徒のマレー系住民が8割以上を占めるタイ最南部では8年前から独立を目指す武装組織と治安当局との間の紛争が再燃している。ただ、平穏を重んじる断食月はこれまで事件が少なかった。地元の消息筋は(1)あえて断食月に事件を起こすことで武装組織の意思を内外に示す(2)国軍の無力さを浮き彫りにする、といった狙いがあると解説する。【8月2日 朝日】
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【「以前は村も学校も雰囲気がよかった。でも6年前に突然変わってしまった」】
普段、あまり取り上げられることが少ない「タイ深南部」の状況ですが、2カ月ほど前に【朝日】で“忘れられた戦争”としてレポートしていました。

仏教徒側の教師もテロの対象となっており、これまでに151人の教師が殺されています。そのため、学校への通勤は自動小銃を持った兵士に護衛され、授業中も兵士が警備するような状況となっています。

****忘れられた戦争〉学校も標的 村去る人も****
朝8時前、すでに汗ばむ気温のなか、タイ最南部パタニ県ノンチック郡の警察署前に小学校の校長と教師3人が車で集まってきた。
これから、自動小銃を抱えて防弾チョッキを着た兵士約20人に護衛され、4キロほど離れたパカルソン村へ向かう。所要時間はわずか10分。平日の朝と午後、繰り返される通勤風景だ。

3人の教師は少数派の仏教徒。2年生の担任、オンアノン・チャイナリンさん(53)はこの学校で27年間教えている。「以前は村も学校も雰囲気がよかった。児童はいまの3倍近い200人はいた。でも6年前に突然変わってしまった」
村人が慕うイスラム教指導者がテロ容疑で逮捕されたのがきっかけだった。イスラム系住民は反発し、新学期、児童は誰も登校しなかった。この頃から治安が悪化。掃討作戦中の兵士が武装グループの反撃を受け、校庭に逃げてきたこともあった。

学校は、政府の命令で1年半後に再開が決まり、教師の要請で護衛付きの通勤が始まった。今年に入り、村で逮捕者が出たため、報復を恐れ、先月始まった新年度から兵士による学校の警備も始まった。
テロの標的は、兵士や警官だけではない。村長や教師も政府の協力者とみなされる。最南部3県の教員組合によると、151人の教師が殺され、100人以上が負傷した。学校への放火も相次ぐ。

仏教徒の間では、身の危険を感じて移住する動きが相次ぐ。マレーシアと国境を接するナラティワート県。県都の中心部から小一時間ほどの所に新興住宅地がある。建売住宅のように、ほぼ同じ形の家が並ぶ。
65世帯180人の住民は全員が仏教徒で、ゴム園での労働で生計を立てる。以前は周辺の村でマレー系住民と隣り合わせで暮らしていた。だが夜明け前にゴム園へ向かう途中、何者かに襲撃される事件が何度か発生。郡役場と王室の支援を得て、宅地を新たに造成し、昨年、移り住んだ。(後略)【6月5日 朝日】
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【「過剰な行動」】
地域の警戒には多数の民兵が使われており、そうした民兵を含む治安当局による人権侵害も多発しており、それがイスラム教徒住民の憎悪を生んでいる面があります。

****忘れられた戦争〉未熟な民兵 招く負の連鎖*****
タイ最南部ヤラーとパタニの県境の国道を車で移動中、自動小銃を構えた治安部隊に停止を求められた。
警戒にあたる大半は、兵士でも警官でもない。タイ語でタハン・プラン(英訳はレンジャー)と呼ばれる民兵だ。1970年代末、共産党掃討で志願者を組織したのが始まり。正規兵より安く雇え、最南部では1万6千人が活動する。

検問所にいる大半が女性。統括するアナンティヤシリ・ヘントラクン少佐は「男性は時に過剰な行動を取るので」と説明する。
「過剰な行動」とは、住民への暴力やモスクに土足で踏み込むといったイスラム教をおとしめる行為にとどまらない。虐殺や拷問、レイプなどの犯罪が頻発していることを指す。正規兵に比べ、軍事能力やモラルの低さが指摘される。

軍事的に未熟な集団はテロの格好の標的になる。最近は道路脇に爆弾を仕掛け、部隊が通る時に携帯電話で遠隔操作し、爆発させる方法が使われる。
恐怖感は新たな暴発を引き起こす。今年1月末、パタニ県のレンジャー部隊駐屯地に砲弾が撃ち込まれた。その直後、住民を犯人と勘違いしたレンジャーが銃を乱射し、8人が死傷する事件が起きた。

最南部3県は非常事態宣言下にあり、レンジャーを含む治安当局が、強大な権限を背景に人権侵害を繰り返す。だが地元ではわずかしか報じられない。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは昨年9月、治安当局がこの3県で過去に5千人以上を不当に拘束し、拷問などを繰り返していると指摘。地元の団体「正義のための平和財団」も過去10年間で33人が当局に拘束され、行方不明になっているとする。(後略)【6月7日 朝日】
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和平が実現すれば予算は大幅に削られる
和解に向けた対話も行われてはいますが、国軍が和解に消極的なこと、武装勢力側も統制がとれていないこともあって成果を挙げていません。

****忘れられた戦争〉和平の道 阻む内部対立****
タイ南部ソンクラーの刑務所の面会所。鉄格子がはまっている窓の向こう側に受刑者が入ってきた。マレー系武装組織「パタニ統一解放機構」(PULO)の地区司令官、マダオ・マセン受刑者(55)は水色の上下の受刑者服を着ていた。同行した弟を通じて取材の許可をもらった。

テロを計画実行したとして、国家転覆罪などで数年前に起訴され、昨年12月、終身刑が確定した。時折、笑みを浮かべる温厚な顔つき。受話器から聞こえる声は穏やかだ。
だが主張は強硬だった。「私はマレー系の正義のために戦った。もちろん無実の人は傷つけたくない。しかし我々が平等に扱われない以上、やむを得ない」とテロ行為を正当化した。

現在、拘束中の「大物テロリスト」の一人。バンコクの刑務所から、故郷に近いソンクラーに移った。
可能にしたのがアピシット前政権時代に再開した武装勢力との対話だった。首相が議長を務める国家安保会議の一員の大学教授らが、PULOや民族革命戦線(BRN)の一派ら複数の組織とマニラなど国外で秘密接触。信頼醸成策としてマダオ受刑者らの移送が決まった。

武装組織の代表の一人はPULOのカストゥリ・マフコタ議長(55)。ナラティワート出身で17歳でシリアに留学。その後、独立運動に共感し、PULOに加わった。国籍を持つスウェーデンを拠点に活動する。
日時と場所を特定しない条件で、東南アジアの国の首都で3月下旬に取材に応じたカストゥリ氏は「要求が受け入れられるまで武装闘争は放棄しない」と述べた上で、「幅広い自治が認められれば独立にこだわらない」と譲歩を示唆。一方で「いつでも和平協議に応じる用意がある。政府と軍の内部対立が障害だ」とタイ政府を非難した。

最南部の情勢に詳しいプリンス・オブ・ソンクラー大学のシーソンポップ助教授は、紛争が長引く大きな要因として、(1)和平に消極的な国軍(2)分裂を繰り返し、統制がとれていない武装勢力の2点を挙げる。
インラック政権は今年1月以降、初めて陸軍将校を加え、隣国マレーシアなどで武装勢力との接触を始めている。複数の関係者によると、インラック首相の兄、タクシン元首相も3月にクアラルンプールでPULOと面会したという。

だが「国軍は、武装勢力に屈したという印象は避けたいし、和平が実現すれば予算は大幅に削られる。消極姿勢に変化はない」(消息筋)という。

2年前、事実上の停戦が限定的に試みられたこともあった。武装組織幹部の統率能力を示すため、1カ月間、ナラティワート県の一部でPULOなどが一方的に戦闘停止を表明した。
この経緯を慎重に見極めていた前政権の首脳は「事件は減ったが、皆無ではなかった。結局、PULOなどの影響力は検証できなかった」と明かす。
カストゥリ氏も「和平を快く思わない集団がいるのは事実。戦闘員の過半数は我々の指揮下にある」と述べ、一部では統制が利いていないことを暗に認める。

双方が問題を抱えるなか、暴力の応酬がやむ気配はない。【6月7日 朝日】
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軍にしても、武装組織にしても戦闘集団ですので、戦いにこそ存在意義があり、平時にはその存在意義が失われるため、世界各地の紛争において往々にして和平を好まない傾向が見られます。
「国軍は、武装勢力に屈したという印象は避けたいし、和平が実現すれば予算は大幅に削られる。消極姿勢に変化はない」という軍部を押さえて和解に取り組むためには強力な政治的リーダーシップが必要ですが、タクシン派と反タクシン派の泥沼の対立から抜け出せないタイ政治にはちょっと難しい課題です。
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