孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

セルビア  民族派のニコリッチ氏、大統領選挙勝利 懸念されるコソボへの影響

2012-05-22 22:48:03 | 欧州情勢

(4月26日、ベオグラード セルビア進歩党の選挙集会に参加した、ニコリッチ党首のポスターを掲げる支持者 “”より By www.pierremorel.net  http://www.flickr.com/photos/pierremorel/6973026158/ )

【「ムラディッチ被告はボスニアの民族浄化をたくらみ・・・」】
ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦当時のセルビア人武装勢力司令官で、戦犯として国際法廷に起訴されたラトコ・ムラディッチ被告(70)の裁判が5月16日、オランダ・ハーグの国連旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)で始まりました。

****ムラディッチ被告の公判開始、旧ユーゴ国際戦犯法廷****
・・・・ムラディッチ被告は民族浄化や第2次世界大戦後としては欧州最悪の大量虐殺などの残虐行為を指揮したとして起訴されている。Dermot Groome検察官は冒頭陳述で「ムラディッチ被告はボスニアの民族浄化をたくらみ、犯罪行為を実行した」と述べた。

同被告は、1992~95年まで続いた内戦でのジェノサイド(大量虐殺)や戦争犯罪、人道に対する罪など11件の罪で起訴された。内戦では10万人が殺害され、220万人が家を失った。

同被告は裁判官が法廷に入ってくると、皮肉を込めて拍手で迎えた。Groome検察官は「検察当局は、いずれの犯罪においても、被告が確かに関与した証拠を提示する」と加えた。
同被告は前年6月に開かれた審理で、無罪を主張した。【5月17日 AFP】
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ムラディッチ被告が責任を問われている“民族浄化”のひとつに、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中の1995年にイスラム教徒の男性約8000人が殺害されたスレブレニツァ虐殺事件があります。

当時、スレブレニツァには周辺地域から戦火を逃れてイスラム教徒ボシュニャク人が集まっていました。
国連はこの地域を安全地帯に指定し、200人の武装したオランダ軍の国際連合平和維持活動隊も駐留していました。しかし、武力に勝るスレブレニツァを包囲したセルビア人勢力の圧力に屈する形で、ボシュニャク人男性8000人がセルビア人勢力に引き渡され、そのほとんどが組織的、計画的に、順次殺害されていったと言われています。

TVニュースで見ると、検察側の罪状説明の際に、ムラディッチ被告は嘲るような冷笑を見せていました。
昨年5月に拘束されたときは、随分やつれた様子で、“脳卒中に見舞われ、右手がほぼマヒ状態で、心臓病も患っている”とのことでしたが、法廷での同被告は健康を回復したように見えました。

セルビア人は戦犯引き渡しを求めるEUの要求を恐喝と見ている
ムラディッチ被告は、セルビアの民族主義的なサイドからすれば“英雄”であり、同被告がながく潜伏できたのもセルビア国内の多くの支持者の存在があるとされていました。
しかし、内戦敗北からの復興をEU加盟に託すセルビアに対し、EU側は同被告の身柄引き渡しを条件としていたこともあって、EU加盟を推進する親西欧派のタディッチ大統領のもとで、同被告の拘束・引き渡しが実現しました。

****戦犯ムラディッチ拘束に怒るセルビア人****
ボスニア内戦でムスリム虐殺を指揮したムラディッチだが、セルビア人は彼を英雄視する

旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷から戦争犯罪などの罪で起訴され、逃亡していたセルビア人武装勢力指導者ラトコ・ムラディッチが拘束された。このニュースを受けて、セルビアの首都ベオグラードの中心部では若者が集まり、ムラディッチの拘束に怒りの声を上げた。

ボスニア内戦の終結から15年以上、NATO(北大西洋条約機構)軍による空爆でコソボ紛争が終結してから10年以上が経つが、バルカン半島の緊迫はまだ続いている。
ムラディッチの拘束に対する市民の反応から、多くのセルビア人がまだ内戦の傷を抱えていること、そしてEU(欧州連合)加盟のために戦犯を引き渡すという条件に疑念を持っていることがうかがえる。

EU統合セルビア事務所のミリカ・デレビッチ所長によると、現在EU加盟を望んでいるセルビア国民は57%で、02年以来最低の割合だ。
セルビア人は戦犯引き渡しを求めるEUの要求を恐喝と見ている。
さらに国外旅行をするセルビア人が増えるにつれて、実際に見るEUが政治家が喧伝するような「バラ色の社会」とは異なると実感し始めた。

ムラディッチ拘束を受けて、セルビア語のネット上には怒りの声も書き込まれている。「セルビアは何も得られない」「セルビア人はこれから、特にボスニアで大きな圧力にさらされるだろう」
(中略)
ベオグラードでも街の中心部で若者のグループが愛国的な歌を歌うなどの現象がみられたため、セルビア警察は組織的な集会を禁止し、警備を強化した。

ある世論調査によれば、セルビア人の51%がムラディッチの身柄引き渡しに反対だった。フェースブックのセルビア国防相のページには、あるユーザーが「まるで自分が拘束されたようだ」と書き込んだ。「われわれは誰しも神の前では小さな存在だ」【11年5月27日 Newsweek】
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EU加盟路線への転向は「選挙向けの演出に過ぎない」】
そのセルビアでは、大統領選の決選投票が20日行われ、野党の民族派、セルビア進歩党のトミスラブ・ニコリッチ党首(60)が与党の親欧米派、民主党を率いるボリス・タディッチ前大統領(54)を抑えて勝利しました。

****セルビア大統領選:ニコリッチ氏当選確実 コソボなど警戒****
セルビア大統領選で野党の民族派、セルビア進歩党のニコリッチ党首が初当選を確実にした。欧州統合路線の継承を約束するが、極右政党出身で欧米と対立してきた「過去」を持つだけに、隣国コソボや欧州諸国からは懐疑的な見方も出ている。

20日深夜段階でニコリッチ氏の得票率は50.21%。3選を目指した親欧米派、民主党のタディッチ前大統領は46.77%だった。

タディッチ氏は、90年代の紛争で戦った近隣国との和解を推進。大物戦犯の逮捕や、セルビアから独立したコソボとの直接対話の実現などを通じ、今年3月にEU加盟候補国の地位を獲得していた。
だが、欧州債務危機のあおりで国民生活が打撃を被る中、選挙の関心事は経済の再生や汚職体質の是正に向いた。地元観測筋は「00年の民主化から10年余。生活の向上などで国民が期待したほどの成果が上がらなかったことへの不満が表れた」とみる。

ニコリッチ氏は08年に極右政党を離脱。EU加盟路線へ切り替えたが、多くの専門家は「選挙向けの演出に過ぎない」と見る。
コソボのセリミ副外相はロイター通信に、ニコリッチ氏が近隣国で戦争犯罪を行ったセルビア部隊の組織化に関与したとして懸念を表明。
スウェーデンのビルト外相はツイッターで「ニコリッチ氏が率いるセルビアは、欧州統合や近隣協調に向け信頼を醸成しなければならない」と指摘した。【5月21日 毎日】
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ニコリッチ氏勝利の背景には、記事に指摘されるように“選挙の関心事は(EU加盟問題よりは)経済の再生や汚職体質の是正に向いた”ことがあるようです。
最近のEU・ユーロ圏の混乱が、EU加盟に対する期待感を損なっていることもあろうかと思われます。

また、事前の世論調査ではタディッチ氏が大幅にリードしていたとのことで、民族派のニコリッチ氏勝利に、かつての“セルビアの英雄”ムラディッチ被告の公判開始が影響した面はないのでしょうか?

コソボのセルビア系住民問題が更に厄介なことになるのでは・・・
ニコリッチ氏は、旧ユーゴスラビア紛争を巡る国連の戦争犯罪法廷の裁判中に死去したミロシェビッチ元大統領の下で閣僚を務めるなど、反欧米の民族派として知られていますが、4年前に極右政党を脱退し、「セルビア進歩党」を立ち上げてからは欧米との協調路線に転換したとされています。

ただ、勝利宣言でも「セルビアは今後もEU統合への道を歩むが、コソボは守り抜く」と述べ、EUとの加盟交渉は進める一方、コソボの独立を認める考えはないことを改めて強調しています。
EUへの加盟には、戦犯引き渡しと並んで、EUが後ろ盾となっているコソボとの関係改善が条件となっていることから、「EU統合への道を歩むが、コソボは守り抜く」というのは “加盟しない”と言うのと同義です。実際、「EUが(セルビアからの)コソボ独立の承認を加盟条件にするなら加盟しない」と公言しているそうです。
コソボに強硬な姿勢をとるニコリッチ大統領が就任することで、セルビアのEU加盟に向けた交渉に遅れが出るものとみられています。【5月21日 NHK、毎日より】

また、コソボでは、少数派となったセルビア系住民がコソボ政府への反発を強め、セルビア本国には“見捨てられた”と失望を抱いていますが、民族主義的なニコリッチ氏が今後コソボにこれまで以上に関与を強めると、ただでさえ厄介なセルビア系住民問題が更にこじれる可能性もあります。
5月8日ブログ「コソボのセルビア系住民に残された道は・・・」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120508

また、セルビア国内においては、先の総選挙でニコリッチ党首の進歩党が第1党に躍進したものの過半数に届かず、連立協議が注目されていましたが、大統領選挙では敗れたタディッチ氏率いる親欧米派与党・民主党を軸とする連立が合意されたと報じられています。

****セルビア:連立政権維持で合意 躍進の進歩党は野党に****
セルビア議会選で第2党となった親欧米派与党、民主党は9日、第3党につけたセルビア社会党と連立政権の維持で合意したと発表した。他の少数政党を加え、過半数の獲得を目指す。首位に躍進した民族派野党、セルビア進歩党は野党にとどまる見通しとなった。

政党別の獲得議席は進歩党73、民主党67、社会党44の順。社会党は、民主党のタディッチ前大統領と進歩党のニコリッチ党首による20日の大統領選決選投票でも、タディッチ氏への支援を明確にした。大統領選の第1回投票ではタディッチ氏が小差でリードした。【5月9日 毎日】
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大統領選挙でのニコリッチ氏勝利・タディッチ氏敗北でもこの連立合意が変わらなければ、大統領と議会・内閣のねじれ現象も生じるように思えますが・・・。
いろいろ厄介な問題を生じそうなニコリッチ氏勝利です。

セルビア国民の内戦の傷を癒すためには、民族主義的な自己主張も有効なのでしょうが、副作用には注意が必要です。
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